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齋藤精一氏と考える、まちづくりの未来
~ワークショップ×最新テクノロジー体験で共創アイデアを~ 誌上レポート

 2025年4月13日~10月13日に開催される大阪・関西万博。開幕が間近に迫る現在、国・まち・企業・個人を超えた共創が展開されている。これを受け、2024年9月に、wisdom特別イベント「齋藤精一氏と考える、まちづくりの未来 ~ワークショップ×最新テクノロジー体験で共創アイデアを~」が開催された。当日は、大阪・関西万博のEXPO共創プログラムディレクター、パノラマティクス齋藤 精一氏の講演やまちづくりをテーマにしたアイデア共創ワークショップ、さらには関西地域共創プログラムの活動の1つ「個別ワーキンググループ」の中間発表も行われた。「共創」をカギに創るまちづくりとは?ここではその内容をレポートしたい。

地域のものづくりが外資に買収され、流出していく

 このイベントは、NECとゆかりのある人々が出会い、新たなビジネスの共創を目指す、関西地域共創プログラムの一環として企画されたもの。その第1部では「共創が生み出すまちづくりの未来」と題して、齋藤氏の講演が行われた。

 齋藤氏は冒頭で、戦後日本がたどってきた変遷を概観しつつ、地域が直面している現状について指摘した。「日本の風土から生まれたものづくり企業の多くが、外資に買われています。例えば、フランスのLVMH(ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーの合併によって設立された複合企業)では、岡山のデニムメーカーへの投資を始めましたし、鯖江のメガネの7割を輸入するイタリアの企業が、鯖江に工業団地をつくり始めている。要は、国内で評価されない産業を海外が評価して、莫大な投資をしているわけです。日本の技術や産業が、日本の文化圏からどんどん流出してしまっているのが現状です」。

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 こうした技術や産業の流出を防ぐためには、企業と地域の関係について理解を深める必要があるという。「海外の投資対象になっている日本の手工業はまだまだ健在で、地域の資産ととらえることができる。また、地域の知恵や産業は、その土地の自然や風土と分かちがたく結びついています。その土地の水や山、森林がいかに地域の知恵を生み出したかということも、もう一度再評価する必要があると思います」。

 この想いは、齋藤氏が大阪・関西万博のEXPO共創プログラムディレクターを務めるきっかけにもなったという。「僕が万博の仕事を引き受けた理由は4つあります。1つ目は、万博が日本の産業を強くする最大の機会になると考えたから。2つ目は、日本企業が不得手としている、企業間の共創の機会をつくり上げたかったから。3つ目は、課題先進国といわれる日本の知恵や文化を、世界に発信・共有したいと思ったから。4つ目は、万博が日本の“地域”を強くする好機だと考えているからです」。

 だからこそ、「大阪・関西万博では関西だけでなく、日本全国を万博の会場にしたい」と齋藤氏は意気込む。夢洲会場や大阪・関西をきっかけに興味を持ってもらい、実際にそれぞれの地域まで足を運んでもらい、さまざまな事例を見てもらうわけだ。「できる限り全国の現場を訪れて、日本の地域が培ってきた知恵や文化を持ち帰ってもらいたい。それが世界への提案となり、ひいては観光や視察、関係人口や活動人口の増加につながると考えています」。

個人の熱量なくして共創は進まない

 日本の産業や地域を強くしていくためには、個社あるいは1つの産業・地域だけの取り組みでは限界がある。そこでカギを握るのが共創だが、「『共創だ、集まろう』といって集まるだけでは、共創は発動しない」と齋藤氏は言いきる。

 「共創を発動させるためには、“旗”を立てなければならない。そのときに大事なのは、『誰がその旗を立てるか』ということです。国の機関や行政に頼っても、残念ながら共創を発動させるトリガーにはなりません。なぜなら、政策や制度によって枠組みはつくれますが、哲学はつくれないからです。つまり、動き出すきっかけにはなれても持続させることはできないのです。それでは共創のカギはどこにあるのか。結局は、プロジェクトにかかわるみなさん一人ひとりの熱量の総和なんだと思います」。

 なぜ個人の熱量が重要となるのか。それは個人のコンピテンシー(成果を上げる人に共通する行動特性)が共創に欠かせないからだと齋藤氏は指摘する。それはまちづくりについてもいえることで、一人ひとりが能力を持ち寄って地域に集まり、地域にコミットして行動を始めることが必要なのだという。

 「僕がまちづくりで注目しているのが、ファンダム・エコノミーとクリエイターズ・エコノミーです。クリエイターズ・エコノミーとは、ワイヤードマガジン創設時の編集長ケビン・ケリーが提唱した概念で、彼は1980年ごろ、『1人のクリエイターが1000人の熱狂的なファンに支えられる時代が来る』と予言していました。例えばTikTokでは、クリエイターがインスタライブやゲーム解説を配信し、ファンから少しずつお金をもらって活動を持続させています。これがクリエイターズ・エコノミーであり、それを支えているのがファンダム(ファン集団)です」。

地域に愛着を持つファンをいかにつくり、育てるか

 このファンダムの考え方は、まちづくりにおいても重要なキーワードとなりつつある。「例えば、万博首長連合で『みなさんは何をやりたいですか』と質問すると、みなさんは口をそろえて『観光』と言われる。では、何を持って観光客を集めたいのか。車好きを集めたいのか、林業に関心がある人を集めたいのか、それともサステナビリティに対する感度が高い人を集めたいのか。それを明確にする必要があるのではないでしょうか」と齋藤氏は指摘する。

 大事なことは、地域の中にどんな人を集め、地域のファンをつくっていくのかにある。ファンダムの経済圏では、ファンの期待に応えないと経済が回らなくなる。しかも、ファンとは受動的な消費者ではなく、行動する主体であり生産者でもある。ファンダムの世界では経済圏が大きく変化し、コーポレート(企業中心の)エコノミーからシビック(市民中心の)エコノミーへの転換が起こっていくという。

 画一的な都市開発によって、全国のまちは金太郎飴化し、いつしか独自の個性や魅力を失った。これからのまちづくりには、地域に愛着を持つ「ファン」の存在が不可欠であり、テクノロジーの活用によってファンに開かれた仕組みをつくることが重要だという。

 「日本のスタートアップや中小ベンチャーがやるべきことは、GAFAを目指すことではなく、地域を考察して問いを出し、解決方法を考え、それを拡大していくことだと思います。まずはみなさんの熱意と視点で、しっかりと問いを立てていただきたい。それも“労働人口の低下”のような総花的な話でなく、その地域に根差した、できるだけ解像度の高い問いの抽出が必要です。自らが地域の活動人口となって、自分の能力を持ち寄り、クリエイティブ・アクションを起こしていただきたいと思います」と齋藤氏は語り、降壇した。

地域に根差した問いを立て、解決策を議論する

 第2部のプログラムは「アイデア共創ワークショップ」だ。齋藤氏がまちづくりにかかわる奈良県・奥大和エリアを題材として、地域活性化を考えるグループワークが行われた。

 奈良県南部・東部の19市町村からなる奥大和は、修験道の聖地として栄えた歴史を持つ自然豊かな地域。だが、近年は過疎化・高齢化・林業の衰退が進み、人口減少が加速している。観光客が多く訪れる吉野ですら、開花期の2週間以外は閑散としているのが実情だ。

 それでは、テクノロジーを使って奥大和の魅力を引き出し、年間を通じて観光客を呼び込むためにはどうすればいいのか。参加者はグループに分かれてアイデアを検討し、プレゼンテーションを行った。

 あるグループは、奥大和に知られざる観光資源が多い点に着目し、石碑や観光マップにスマホを向けるとARで解説が見られるアプリをつくって、埋もれた史跡を観光資源化することを提案。スマホ片手に「2泊3日で奥大和を歩き、地元の民家に泊まって郷土料理を食べる」といったストーリーを作成して、外国人の誘客につなげるアイデアを披露した。

 「ARグラスをかけると、そのときに見ていた情景を記録してくれるので、旅の思い出を美しい映像に仕上げて、NFTで取引することもできるかもしれない。そんなこともイメージしてみました」。

 またあるグループは、奥大和はアクセスが不便で、21種の大和野菜があり、修行寺が多いという点に着目。「ダイエットとデトックス」をうたい文句に、宿坊に泊まって修行体験や林業体験をするプランを提案した。

 「林業体験では山仕事を体験して、木について学んだり、育てたりする。シカの狩猟も行われているので、シカの皮を使ってバイク用の手袋がつくれたらいいな、という意見も出ました。今はお寺の檀家さんも減っているので、宿坊を営むお寺の檀家さんになったり、バーチャルでお布施や写経をしたり。何か活動するたびにランクアップする仕組みをつくれば、お寺のファンも増えるのではないかと思います」。

 一方で、宿坊の活用については、「宿坊の事業性が低く、事業承継は難しい」といった課題があることを指摘。その上で、「最近、スタートアップや新規事業部門では経営合宿が増えているので、宿坊に泊まって経営合宿をする企画商品があってもいいのではないか」と意見を述べた。

 また、奥大和が抱える課題の解決策として、ユニークなアイデアを考案したグループもある。このグループは、「奥大和ではバス便が1日1本しかなく、アクセスが不便」であることに注目。「例えば神戸のサウナバスのように、車内で特別な体験ができれば、増便もできるのではないか。サウナの水風呂には吉野川の水を使う、修行体験をしながら旅をする、といったアイデアも出ました」。

 「観光」という1つのテーマでも、業種の異なる企業が意見を交わしあうことで、さまざまな視点での課題からアイデアが生まれる。参加者からは「地域を考察して問いを出すという共創でのクリエイティブ・アクションへのヒントをつかむきっかけを、グループワークで体験できた」という声も聞かれた。

 各チームの発表を聞いて、齋藤氏はこう講評した。「みなさんの発表を聞いて、奈良県の職員もここに呼んだらよかったのに、と思いました。ポジティブなアイデアを出していただき、とても感銘を受けています。もし実際にやりたいという方がおられましたら、しかるべき人たちにご紹介しますので、ぜひご連絡ください」。

現場でヒアリングを行い、現状を把握して課題を抽出

 第2部終了後、3つのワーキンググループ(以下、WG)による中間発表が行われた。これは関西地域共創プログラムで行われる活動の1つで、多様な業種のメンバーが集まり、地域や社会課題に対し、NECやお互いのもつアセットを活用しながら新たな共創事業を模索していく試みだ。

 一番手は、地域活性化WGによる「地域再生モデルの模索~地元産業(観光×漁業)教育プログラムを通じて~」。和歌山市加太エリアを題材として、地元産業教育プログラムを作成し、地域循環および循環継続モデルを模索するという内容だ。

 「和歌山市の加太エリアは海があって史跡も多く、観光や漁業が盛んな地域です。一方で、高齢化・過疎化により子どもの数が減り、地域活性化を担う若者がいなくなりつつある。こうした課題を解決するためには、安定して働ける環境が不可欠です。そのためには、域外から資金を稼ぐ“域外市場産業”の活性化が重要と考え、観光と漁業に着目。そして、一過性のものに終わらせないためにも、“教育”を通して、持続的に人材が学び育つ環境をつくることが重要と考えました」。

 WGでは地元の中学校と漁業関係者にヒアリングを行い、現状把握と課題の抽出を行った。その結果、「域外市場産業として観光と漁業をしっかり育て、地元の小中学生が地元の産業について学べる仕組みを構築することが重要」という結論に至った。

 「地元に愛着を持ち、地元に就職する子どもが増えれば、やがて地場産業を支えてくれる存在となる。ひいてはそれが、地場産業の継続・発展につながるというループが自律的に回っていくのではないか。また、地元を離れた子どもたちには、他エリアで加太の魅力をPRしてもらい、ゆくゆくは観光・漁業の収入増につなげるという構図を考えました。このモデルは、加太のみならず、他エリアにも適用可能な汎用的モデルになると考えています」。

 続いて発表したのは、「顔認証で大阪を素敵に活性化!」WGで「顔認証でライフタイムバリューアップ!」と題して活動報告を行った。

 金融資産の増加やパワーカップルの顕在化により、大阪でもアッパーマーケットが活性化。ここへ来てインバウンド需要も回復している。そんな中、同WGでは来阪するファンを増やすために「顔認証」を活用したアプローチを検討している。

 国内顧客としては、「高収入の共働き夫婦」をターゲットに設定。すき間時間に顔認証を使って、スマホアプリで買い物などを楽しんでもらい、消費拡大につなげていく。また、海外顧客に対しては、パスポートの写真を顔認証と連携させることで、ストレスフリーな観光や買い物を実現。ファンの増加と定着につなげたい、と意気込みを語る。

 「1回限りの買い物で終わらせず、お客様のライフタイムバリューを最大化する。そのための手法の1つとして顔認証は有効と考えます。顔認証を使ってスマートな買い物体験をしていただき、パーソナルなコミュニケーションを実現して、新たなサービス体験コンテンツの開発につなげたいと考えています」。

価値あるサービスをつくるためヒアリングの協力者を募集

 最後を飾ったのは、モニター調査WG。「感情分析で生活者の『生の声』を聴くモニター調査」と題して発表を行った。この事業を発案した、南海電気鉄道(以下、南海電鉄)の岸田 達哉氏は語る。

 「ものづくり企業は“生活者の声”を聞くためモニター調査をされていますが、既存の調査ではなかなか生の声が聞けないという課題感を持っています。なぜかというと、調査会社のモニターに登録している時点で一定の偏りがあり、調査慣れしている人も多い。専門の調査ルームなど特殊な環境で調査をすることも多いので、本当にそれが生の声といえるかどうかは疑問のあるところです。それよりも、弊社の駅やオフィス、商業施設のオープンスペースに新製品の展示ブースなどを設置し、通りがかった方にアンケートやインタビュー調査を行うほうが、より本音に近い生の声が聞けるのではないか。そんな発想から、南海電鉄のアセットを活用したモニター調査の事業化に向けて取り組んでいます」。

消費者の「生の声」を集めるモニター調査のイメージ。南海電鉄が保有する施設のオープンスペースを使ったアンケートやインタビュー調査に向けて取り組む

 とはいえ、モニターの本音を把握するのは容易ではない。インタビュー時には「すごくいいね」「これ買うよ」と答えても、実際には購入しない人が多いのが実態だ。この問題を解決するため、WGが活用を進めているのが、NECの感情分析だ。現在、NECでは、「人間の無意識の表情から感情を推定する技術」の導入を進めている。これは、無意識に生じる筋肉の微細動をAIで解析することによって、真実の感情をとらえる技術である。これをモニター調査にとり入れることで、“回答の本気度”を推定し、どの機能やキャッチコピーが刺さっているか(もしくは刺さっていないか)を見極めたい、と岸田氏は語る。

 「このモニター調査を本当に価値あるサービスにするためには、メーカー企業さんの課題を深掘りし、提供価値を高めるための仕組みをつくる必要があります。そのためにもメーカー企業さんへのヒアリングを重ね、さまざまな提携の可能性を探っていきたい。B to Cメーカーの担当の方、特に商品企画やマーケティング担当の方には、ぜひヒアリングさせていただきたいですし、消費者の生の声に関心のある方や、感情分析の無償PoCにご協力いただける方と、ぜひお話しさせていただきたいと思います」。

 3つのWGの発表後、齋藤氏が講評を行い、この日のワークショップは盛況のうちに幕を閉じた。