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ファンも喜び、地域経済も潤う
「酒蔵めぐりの実証実験」から目指す地域活性化の新しいカタチ

 NECはweb3時代の新しいサービスの創出に向け、異業種間での共創を目指すコミュニティ活動(※)を推進している。そのワーキンググループ(以下、WG)の1つである「ファンマーケティングWG」は、2025年3月に広島県東広島市で酒蔵めぐりを支援するモビリティサービスの実証試験を行った。舞台となったのは、吟醸酒発祥の地といわれる酒処の東広島市だ。市内で酒蔵めぐりをするための移動手段を提供し、それが地域経済や観光消費にどのような影響をもたらすかを検証しようというのが、今回の実証の狙いだ。実証実験までの経緯や今後どのような価値の創造を目指すのかについて2人のWGメンバー(自動車関連会社、コンテンツマーケティング支援会社)とNECのキーパーソンに話を聞いた。

  • NECが主催する BluStellar Communitiesの1テーマであるweb3コミュニティの活動

ファンマーケティングの第一弾として酒蔵めぐりを支援

 今回実施された実証実験では、酒蔵めぐりの移動手段として、相乗りタクシーを活用。市内の西条・黒瀬・安芸津にある4つの酒蔵(賀茂鶴酒造、西條鶴醸造、金光酒造、柄酒造 ※)をめぐり、神社などの観光スポットやランチスポットにも立ち寄るルートを設定している。

  • 土曜日と日曜日で異なります
賀茂鶴酒造(左)/西條鶴醸造(右)
金光酒造(左)/柄酒造(右)
酒蔵めぐりの相乗りモビリティサービスで訪問する東広島市内の4つの酒造

 日程は、2025年3月1日(土)~3月30日(日)の土曜日と日曜日(計10日間)。土曜日コースは乗車定員5名(1人当たり料金5400円)、日曜日コースは乗車定員4名(1人当たり料金8900円)で、日曜日のみガイドがタクシーに同乗。訪問先の酒蔵では、オリジナルデザインのデジタルスタンプ(NFT)も収集できるというおまけ付きである。

訪問先では、酒蔵オリジナルのデジタルスタンプを集めることもできる

 実証実験が行われた東広島市は、「日本三大酒処」の1つとして伏見(京都)、灘(兵庫)と並び称される国内屈指の酒処である。

 2024年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本酒の文化的な価値は世界的に認められることとなった。海外での日本酒ブームや空前の訪日観光ブームも追い風となり、酒蔵見学が楽しめる「酒蔵ツーリズム」のニーズは一層拡大していくと予想される。

 こうした背景を踏まえ、WGでは地域活性化という観点で、地域の文化や文脈をもつ場所の起点として「酒蔵」にフォーカス。酒蔵めぐりが手軽に楽しめる仕組みを構築して、誘客とファン層の拡大を図り、それが酒蔵や地域の経済・観光にどのような影響をもたらすのかを検証する実証実験を行うこととなった。

 同WGを担当するNECの関根 宏はこう説明する。「東広島市では酒蔵のあるエリアが3か所あります。ただし交通の便が良いとはいえず、気軽に行きにくいエリアもあります。でも実は、そうしたエリアの中に東広島市の日本酒の起源があるのです。このような特徴をもつ地域は全国各地にあるのではないでしょうか。そこで今回の実証実験では、酒蔵をめぐるための移動手段をできる限り安価に提供し、かつ観光客が行きたくなるような仕掛けも加えることで、行きにくかった酒蔵も含めて酒蔵めぐりができるような仕組みの構築を目指しました」

NEC
デジタルプラットフォームビジネスユニット
プラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門
バイオメトリクス・ビジョンAI統括部
web3ビジネス開発グループ マネージャー
関根 宏

モビリティサービスで観光客の誘致と分散を図りたい

 同WGでは、さまざまな施策によって“地域のファン”を増やし、地域活性化につなげる仕組みの検討を行っている。その第一弾として行われたのが今回の実証実験だが、「酒蔵」というテーマに焦点を当てた理由について、WGメンバーはこう振り返る。

 「もともとはファンマーケティングの手法を用いて、『一部の観光地に集中しがちな観光客を、どうしたら分散させられるのか』『地域にもお金が落ちる仕組みをつくるには、どうしたらいいのか』を検討していたのですが、自動車関連の仕事をしている関係で、『モビリティを使ってあちこち回る、“○○めぐり”の要素も掛け算できないか』と提案したのです。

 そう考えていくと、酒蔵は地域に遍在していて、観光エリアにもあれば、市の中心部から離れた山の中や川辺、海辺にもある。そこに行くためには移動手段が必要だし、地域活性化にもつながるというので、酒蔵にフォーカスしたのが発端です」(WGメンバー)

 ファンマーケティングWGの本来のテーマは「観光客の誘致と分散」。市を代表する文化資産の1つとして、酒蔵は地域の観光コンテンツをつなげるハブとなりうるのではないか、というのがWGメンバーの仮説だった。

 「日本酒は地域の文化において重要な位置を占めています。例えば、神事ではお神酒が奉納され、日本酒は神社と切っても切れない関係にあります。酒蔵は地域社会の要ともいえる存在だったわけで、お酒を中心として地域の食文化や観光資源がつながっていくのではないか、という思いもありました」(WGメンバー)

語り部による「ライブコンテンツ化」で人の心を動かしたい

 WGは実証実験に先立ち、ターゲットの選定を行った。まず、メンバーが運営にかかわるWebメディアの会員やNEC社員の中から日本酒ファンを選び、ヒアリングを開始。その結果にもとづき、日本酒ファンを①酒蔵を推したい「応援者」、②日本酒や酒蔵の歴史に関心があり、学びを深めることに意欲的な「探求者」、③日本酒そのものが好きな人、の3タイプに分類。その中で、年代を問わず熱量高く酒蔵めぐりを楽しむ傾向がある②「探求者」をターゲットとすることにした。

 「実証実験を行うにあたっては、日本酒が好きであることに加えて、その地で日本酒が生まれた背景や製法の歴史にも関心があり、学ぶことに高い熱量をもつ層にフォーカスしました。立ち上げ初期段階では熱量が高い人をターゲットとし、その方たちが楽しむ姿をしっかりと世に示し、なんか楽しそうだな、という気持ちをある程度醸成した段階で、ほかの層に広げていったほうがうまくいくと考えたからです」(関根)

 今回、パートナー探しや実証先の選定もコミュニティ活動で得られたつながりを活用することで進展していった。「実はほかのコミュニティ活動で、東広島市役所の方がメンバーとして参加されていたのです。東広島市は、酒蔵を中核としてさまざまな観光事業を積極的にやられているのを知っていたので、意見交換をさせていただきました。そして市役所の方のご紹介で、DMOの方、DMOの方のご紹介で、交通事業者様や酒蔵様、というように数珠つなぎに輪が広がりました。それぞれの視点からのアドバイスをいただき企画の洗練化をしていくことを通して、実証実験の実施の協力をいただくことができました」(関根)

 ようやく実証実験を実施する目途が立ち、プロジェクトは具体的なサービス設計に向けて動き出した。しかし、 単に移動手段を提供する酒蔵巡りでは、あえて行く理由をターゲット層に抱いてもらうことは難しい。前述の日本酒ファンや東広島市の協力団体/企業様のヒアリング結果を読み返したり、ファンマーケティングや推し活の文献を紐解いたりの末に、WGで導き出したアイディアが、ガイドによる物語の「ライブコンテンツ化」である。そのヒントとなったのが、関根が現地で経験したある出来事だった。

 立札を読んだだけでは、なかなか頭に入ってこない酒蔵の歴史という物語が、同行したDMOの方に口頭で一言二言解説してもらうと、スーッと頭に入ってきたのだ。「文章を読むだけではわからなかった内容が、自分の前提知識や状況に合わせて語られると、一瞬にして理解できる。それは理屈としては当たり前のことかもしれませんが、目の当たりにすると感動する体験でした」(関根)

 コアなファンに酒蔵の奥深い歴史を伝えるためには、広く一様に届ける団体客向けのガイドツアーではなく、特定の誰かに合わせて届ける語り部のような存在が必要なのではないか。その気づきが、ガイドによる物語の「ライブコンテンツ化」というアイディアを生むきっかけとなったという。

 「お金と時間をかけてでも、酒蔵めぐりの旅に参加したい――そう思っていただくためには、モビリティを準備して“人を動かす”だけでなく、“心を動かす”ための施策の積み上げも必要と考えました。

 ファンがなぜ多額のお金を払ってライブに行くかといえば、そこには1回性の価値があるからです。同様に、ガイドによる物語のライブコンテンツ化こそ、あえて行く理由を提供し、これを移動中も提供することで、移動そのものの価値を高めるカギとなるのではないか。その気づきが、今回のサービス実証の検証の1つとなっています」(関根)

ガイド付きの日曜日コースの様子。同乗しているガイドより、酒蔵の歴史や地酒の特徴などをわかりやすく解説する

新たな地域を再定義し、観光スポットを創り出す

 今回の実証を踏まえて、今後はWGとしてどのような活動をしていくのだろうか。これについて関根は次のように話す。

 「今回立ち上げたサービスを、今後はさまざまな地域に展開していきたい。サービスを整備しながら、全国各地で展開するためのノウハウをいち早く確立したいと考えています。

 また、今回の酒蔵めぐりを先行事例として、ほかの観光地でも酒蔵以外の多様な観光コンテンツを起点に皆が自由に楽しめるような状況を作っていきたいですね。

 その実現に向けてもガイド志望者の方にはどんどん手を挙げていただき、ゆくゆくはガイドさんが作ったツアーを販売することも検討したい。そうすることで横展開もしやすくなるし、事業としても我々の手を離れて地域で自走したスキームが確立できると考えています」

 今回のサービスを、さまざまな地域に展開し、スケールさせていく――こうした想いはほかのWGメンバーにも共通している。「今回の実証では、日本酒のコアなファン層をターゲットにしたので、今後はもっとライトな日本酒ファンにも対象を広げていければと考えています。ゆくゆくは日本酒のビギナーも参入しやすいファンコミュニティが形成できるといいな、と考えています」(WGメンバー)

 今回の実証実験は、ファンマーケティングによる地域活性化の有効性を確かめる第一歩であり、これはweb3コミュニティ活動としても新たな裾野を広げることになると関根はいう。

 「web3の特徴を表す1つのキーワードは『分散』です。これを地域活性化や地域観光の文脈でとらえれば、『物理的に分散している地域を新たに1つの地域として再定義できること』だと考えています。現在、観光施策は自治体単位で行われており、その自治体にある観光コンテンツを軸に施策が検討されていると思います。その観光コンテンツは頻繁にアップデートすることは難しいのではないでしょうか。でも、もし自治体の枠を超えて、今回の酒蔵だけでなく、神社仏閣、食、自然、工芸品、文化/風習、などなど、様々な観光コンテンツやその組み合わせを軸に“新たな地域”と”新たな住人”を定義できるなら。そして、一つの自治体では作ることができなかったストーリーを、ガイドさんを通して伝えること自体が“新たな観光コンテンツ”にすることができるなら。同じ地域でもガイドさんが変わったり、同じガイドさんでもストーリーが変わったりすることで、何度も同じ地域に足を運んでもらえるようにならないでしょうか。こうした関係性の再定義と新たな関係性下におけるデータ流通経路の構築を容易にする、すなわち、関係性とデータ流通の変革をもたらすのがweb3ではないか。そんなことを、web3コミュニティとして考えていければと思っています。」

 同じ観光資源を持った分散した自治体が1つの地域となり、全国の新たな観光スポットを創り出す。そういう新たな枠組みの地域活性化が動き出そうとしている。