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経営戦略と社員のウェルビーイングを考えた人事施策をうつポイントとは

 採用・研修・労務・健康管理など、「人」にかかわる業務をITで効率化・高度化するHR(Human Resource)テクノロジー。ここ数年でその注目度は急速に高まりつつある。ただし、HRテクノロジーを導入したからといって成功するわけではない。導入する際のポイントはどこにあるのか。HRテクノロジーによって、「人事」はどう変わるのか。NECグループの取り組みを通して、今後企業が考えるべきHRテクノロジーの活用法について紹介したい。

注目されるHRテクノロジー。その背景に存在する人事部門の根深い悩み

 近年、HRテクノロジーが日本で再び注目を集めるようになった。その背景には、企業の人事部門が抱える根深い悩みがある。

 最大の悩みは、増える業務量と人員不足だ。人事部門の担当者は、採用から研修、労働時間の管理、健康管理に至るまで、「人」に関するあらゆるミッションを課せられている。近年は通年採用が普及し、中途採用やインターンなど採用形態も多様化。人事担当者は1年中休む間もなく採用活動に奔走しており、限られた人数で業務をこなしているのが実態だ。

 人事部門がこうした悩みを抱えるのはなぜか。それは、「多くの日本企業では、人事戦略が重要な経営課題であると認識されておらず、人事に対する戦略的投資がなされていないためです」とAI・アナリティクスを中心に企業への提案・支援を行っている、NECの青木 勝は指摘する。

NEC
AI・アナリティクス事業部
マネージャー
青木 勝

 人事部門を悩ませているのは、これだけではない。事業環境の変化のスピードが速くなり、求める人材像の変動性が高くなってきた点も、登用人事をますます難しくしているポイントである、と語るのはNECグループで、数多くの人事関係のプロジェクトを手掛けるNECマネジメントパートナーの若林 健一だ。

 「人事が抱える課題の一つに、テクノロジーの進化によって、事業環境の変化のスピードが指数関数的に加速している時代において、人事制度のキャッチアップが追いついていないという点が挙げられます。事業ポートフォリオを組みながらリスクを分散させるのと並行して、それらを実現する人材についてもポートフォリオを組むことが企業経営のカギになります。変化が激しいがゆえに過去の経験則が利きづらくなっているため、ある程度仮説的に人材要件を決め、高速で検証サイクルを回すことが求められます」(若林)

NECマネジメントパートナー
業務改革推進本部
サービスインキュベーショングループ
若林 健一

経営に影響する離職率を低減するにはどういったアプローチが重要なのか

 さらに、新卒者の離職も、深刻な問題となっている。

 苦労して採用した新卒者が、わずか数年で会社に見切りを付けてしまう――。どうしたら、会社に愛着を持って、長く働いてもらえるのか。「最近では、働き方改革の取り組みや、多様性が尊重されるようになってきたことで、働く人の価値観・ウェルビーイング(Well-being)が変わってきています。例えば、“なりたい自分になれるか”、“活躍して仕事を楽しめるか”など、給与だけでは満たされない部分を個人ごとに把握し、現在とのギャップを解消できる施策をうてるかが、重要になってきています」(青木)。

 それを測る方法として、近年注目されているのが、「社員エンゲージメント」(社員が会社に対していだく愛着心)である。このエンゲージメントと離職率の間には、高い相関関係があるといわれており(Corporate Executive Board社 Driving Performance and Retention rough Employee Engagementより)、社員のエンゲージをいかに上げるかが、人事施策における大きな課題となっている。

 ところが、社員のエンゲージメントの変化をモニタリングできる仕組みには現状なっていない。

 「人事部門のシステムはサイロ化が進み、個々の社員についての採用・研修・パフォーマンス・健康状態などのデータが、すべて別のシステムで管理されていることが多い。その理由は、現行システムが、データオリエンテッド(データ中心)ではなく、業務オリエンテッド(業務中心)で作られているためです」(青木)

 既存のシステムでは、社員にかかわるデータが統合化されていないため、個々の社員の状況を横串で分析することが困難で、社員のエンゲージメントやパフォーマンスの変化を継続的にモニタリングすることができない。これが離職につながる要因を減らす施策がうてない理由になっているという。

HR テクノロジーの導入効果を最大化させるポイントとは

 こうした課題をいかに解決するか。その有力な手段の一つがHRテクノロジーだ。

 「データ基盤を整備し、HR テクノロジーを活用すれば、社員一人ひとりの“入社から退職まで”の全データを、一気通貫で分析することができます。人にかかわるデータを統合的に管理し、トレーサビリティを担保し、横断的な分析を可能にするもの――それこそがHR テクノロジーの本質だと、NECグループでは考えています」(青木)

 もちろん、HR テクノロジーを導入したからといって、すべての企業の人事戦略が好転するわけではない。HRテクノロジーの効果を最大化するポイントとして、最も重要なのは、実は「人事戦略を経営課題として据え直すこと」だという。

 「まずは経営トップが、『自社の事業がどんな価値を社会にもたらし、どんな世界を創りたいのか』を明確に定義し、それを達成するためには『どういう人材が必要なのか』を明らかにすることが非常に重要です。次に、目標と現実のギャップを可視化した上で、ギャップを埋めるために必要な人材を、社外から採用するのか、社員を育成するのかを検討する。その上で、フィジビリティー検証を行いながら、事業戦略や人材要件の見直しを都度図る。こうやって仮説を立てて検証しながら、柔軟かつ高速にPDCAサイクルを回していくことが肝要です」(若林)

社員の声や実感値をモニタリングして経営に活かす

 人事の悩みを抱えているという意味では、NECも例外ではない。NECでもさまざまな紆余曲折を経て、HRテクノロジーを活用するようになった。

 NECが人事戦略の見直しに着手したのは、2013年の中期経営計画がきっかけだ。この中で、NECは「社会価値創造企業」への転換を宣言。これがターニングポイントとなり、「社会価値創造に必要な人材像」の採用と育成が、焦眉の経営課題となった。

 さらに、2018年の中期経営計画で、社員の力を最大限に引き出す「カルチャーの変革」への挑戦を打ち出す。「119年目の大改革」と銘打って、大規模な社内変革プロジェクトがスタート。その一環として、社員の成長を促すため、評価・育成方法の見直しが行われ、社員の声や実感値をモニタリングして施策に活かす仕組みが導入されることとなった。

 これに伴いNECでは、既存の人事システムの刷新を決断。グループ社員にかかわるデータの統合化を整備しつつある。さらに統合化されたデータを活用するため、AIを積極的に導入し、NEC独自のツール開発も進めている。人材の能力を最大化するため、研究所やパートナー企業と連携しながら、グループ内でさまざまな取り組みを次々に行っている。以下ではその取り組みをいくつか紹介したい。

エンゲージメントサーベイ分析

 これは、約70のアンケート設問に答えてもらい、社員のエンゲージメントをスコア化・分析し、その傾向を明らかにするもの。「社員のエンゲージはどんな時に上がるのか」を把握することによって、モチベーションアップにつながる施策をうつことが可能となる。

 また、サーベイの結果を人事や業績などほかのデータと掛け合わせ、NECのAI技術の一つである異種混合学習技術を駆使し、組織運営の具体的な打ち手を考えることも行っている。

 「AI活用により、二つの価値を出せたと考えております。一点目はエンゲージメントを上げるファクターについて、今までナレッジのある人間が時間をかけ、分析して出していた知見を、高速かつ自動的に抽出できるようになった点です。二点目は今まで人間では見出せなかった知見をデータ間の関係性からAIが抽出できるようになった点です。この分析結果をトリガーにして、打ち手の立案とそれをモニタリングできるパラメーター設定を行い、定期的な効果測定やフィードバックサイクルを回しながらインサイトやフォーサイトを見出し、経営層に提言していくことで、高度な組織開発が可能になると考えています」(若林)

 現在、NECでは年1回、エンゲージメントサーベイを実施している。それを施策に反映したことで、エンゲージスコアにも若干の改善傾向がみられるという。

キックオフ感情分析

 これは、キックオフに出席する社員に感情分析エンジンを搭載したウェアラブル端末(リストバンド)を装着してもらい、心拍数と心周期を計測して感情の動きを数値化し、その反応を分析するというもの。「マネジメントが説明した事業方針を、出席者がどのように受け止めたか」を分析する。「どのメッセージが社員に響いていたか」を明らかにし、フィードバックすることで、経営方針の浸透度合いを可視化し、組織ごとに最適なアプローチ方法を検討してもらおうとの試みだ。

 「なぜこのような取り組みを行うに至ったのかというと、エンゲージメントサーベイの分析結果を通じて、経営方針の理解度とエンゲージメントには強い相関が現れていることがわかったからです。売上前年比10%アップといったような「目標」ではなく、その事業によってどんな社会価値を提供し、どんな世界を創りたいのかといった「目的」で人は動くようになり、それを自らの言葉で語れるリーダーの価値が高まると考えています。リーダーが自らの言葉で、自組織において提供したい社会価値を語り、それに対する反応を定量的に可視化・分析し、フィードバックすることで、リーダーのメッセージング力を強化させるといったことが本取り組みの目指す姿です。実際にこのサイクルを1年間回し続けた結果、エンゲージメントスコアが前年比14%アップした事業部もあり、定量的な効果も出始めています」(若林)

研修感情分析

 この原理を応用した類似の取り組みに、「研修感情分析」がある。これは、研修プログラムの評価を定量的に測定・分析して、研修内容のブラッシュアップに役立てる手法である。これまで、研修に対する評価は、アンケート形式で行われてきた。だが、この方法では評価基準が曖昧なため、実際の研修効果が見えにくいという課題があった。

 そこで、NECがサポートした顧客の事例では、受講者にリストバンドを付けてもらい、感情分析エンジンを搭載したウェアラブル端末を装着。心拍数と心周期を計測して、感情の動きを数値化し、「集中度(覚醒度)」と「感情(快/不快度)」という二つの観点から受講生の反応を可視化した。

 「例えば、シニア向けセカンドライフ研修のケースでは、『マネープラン』でストレス性の“緊迫感”が高まり、『先輩社員の事例発表』や『自己振り返りワーク』では“リラックス”の感情が出ました。将来の設計をする『10年LV(ライフビジョン)・CV(キャリアビジョン)・CP(キャリアプラン)設計』では、再び“緊迫感”が増し、当初の目的に合った分析結果となりました」(若林)

講義内容別感情分布図
研修の講義内容ごとに、受講者の感情分布を4象限で可視化。「眠気を感じている/覚醒している」と「快/不快」の二つの軸で、個々の講義に対する受講生の反応を把握する

採用VR

 ゲームなどで若い世代に馴染みの深いVR(Virtual Reality)技術を活かし、採用に役立てようとの取り組みもある。これは、会社説明会で学生にVRゴーグルを装着してもらい、NECのオフィスや、NECの技術が使われている現場を仮想体験してもらおうというもの。NECにはコンシューマ向け製品が少ないこともあって、学生が入社後のイメージを描きにくいという課題があった。そこで、VRを活用し、学生をバーチャル社内見学ツアーへと連れ出し、NECという会社の魅力をアピールするのが狙いだ。

 VRを体験した学生からは、「想像以上にオフィスがきれい」「写真よりも臨場感がある」「百聞は一見に如かず」など、好意的なコメントが寄せられたという。

10万人のデータ統合化に向けた壮大なチャレンジ

 以上、NECが取り組むHRテクノロジーについて、いくつか紹介した。

 「こうしたさまざまな技術を活用することで、適材適所のマッチングを進め、社員のパフォーマンス向上につなげたい。さらに、業務の自動化やナレッジの蓄積・活用を進めることで、社員がより創造的な仕事にチャレンジできる機会を増やしていきたいですね」と、若林は期待を込める。

 とはいえ、日本ではHRテクノロジーの活用は緒についたばかり。今後、NECは、この技術をどのように活用し、どのような世界を切り拓いていくのか。

 「今後のトレンドとしては、『人にかかわるデータの統合化』と、『入社から退職までを一気通貫で分析できる仕組みづくり』、それに『人事データと事業活動データの掛け合わせによる新しい価値の創造』といった社内のさまざまなデータの統合・掛け合わせが最初のステップとして考えられます。その次に、より「個」が強くなる世界において企業と個人がどの様なデータの持ち方をすれば、お互いにとって、よりハッピーな関係を創れるのかを考えなくてはなりません。個人がキャリアのポートフォリオを組み、一社にとどまらない働き方・キャリアを築く時代に、企業間のデータ連携はどの様にすれば良いか、データは誰がどの様な形で持つのが良いかなど、社会の枠組みとして全体最適な観点で考える必要があり、社会価値創造型企業としてNECの保有するテクノロジーや実践事例が必ずお役立ちできると考えています」(若林)

 もちろん、その前途はけっして平坦ではない。今後、HRテクノロジーをNECグループで本格展開することになれば、10万人分の人事データとの格闘が待ち受けている。だが、それほどの膨大なデータを処理できるモデルが完成すれば、それは未曾有の価値を持つことになるだろう。

 「我々のノウハウをベースに、お客さまが人事のPDCAサイクルを回すお手伝いができれば。そのことによって、お客さまの業務変革に寄与したいと考えています」と、青木は思いを語る。

 社員の力を最大限に引き出す「カルチャーの変革」を目指して、挑戦を続けるNEC。この取り組みを通して、日本の人事変革に向け、一石を投じようとしている。