JALがめざす次の一手
顔認証がつなぐニューノーマル時代のエコシステム
COVID-19によって大きな打撃を受けた航空業界。昨年10月の記事「With/Afterコロナを、どうチャンスに変えるか JALが進めるDX戦略」では、このピンチを次なる一手への準備機会だととらえ、積極的なDX施策を推進するJALの姿をお伝えした。しかし、オミクロン株によって感染者の拡大が進展し、状況はまた大きく変わっている。JALは現在、どのような対応をとっているのか。また、今後はどのような施策を考えているのか。顔認証技術を通じてJALと連携をつづけているNECが話を聞いた。
安心できる旅行のために顔認証を活用
2021年末は、COVID-19の収束すらも予感させるような時期だった。12月上旬の日本国内の新規感染者は2桁から100人台に留まり、楽観的な見方も生まれ始めていた。JALのイノベーション推進部部長の斎藤氏も、航空需要の回復に向けた準備を進めていたという。
「特に年末年始の国内線は、2019年度の85%ぐらいまで回復していました。このまま平常時に戻っていくのではないかと読み、私たちもニューノーマルに向けたさまざまな計画を立てていたところでした。」
そこにきてのオミクロン株である。新規感染者数は大きく拡大し、旅客数は再び平常時の3-4割に迫るほど落ち込んだ。しかし、パンデミック初期とは様子が変わってきている部分もあると斎藤氏は述べる。
「何度も『波』を体験してきたことから、お客さまもその感覚をわかってきているのだと思います。年末年始のときもそうだったのですが、緊急事態宣言やまん延防止措置が発令されれば一気にご利用が減ってしまうものの、解除されれば利用率が回復するスピードも速くなってきています。いまは皆さん非常に我慢されている状況だと思いますので、感染者数が減り次第、私たちはまた安心してご利用いただけるように準備したいと思っています。」
お客さまの安心を確保するために、JALではニューノーマルを見据えた積極的な策も打ってきた。その一つが、NECと協力して実施した顔認証を活用したPCR 検査陰性結果の確認だ。沖縄県石垣市と連携し、11月から1月末にかけて実証実験を行ってきた。旅行前に専用サイトからPCR検査結果通知書と顔写真等を登録すると、新石垣空港に設置されたタブレットで顔認証を行うだけで、市が発行するクーポン「あんしん島旅プレミアムパスポート」を受け取ることができる。さらに、フェリー乗り場など6カ所の店舗・施設に顔認証端末を設置し、クーポンを提示せずとも顔認証を行うだけで特典が受けられるようにした。顔認証で接触機会を減らすとともに、スムーズな認証で行列や密を回避する。石垣市内の観光関連事業者の感染拡大防止はもちろん、旅行者にも安全・安心に観光を楽しんでいただくための取り組みだった。斎藤氏は、地域と連携することの重要性を強調する。
「私たち航空業界と同じように、日本各地の観光地が非常に厳しい状況に陥っています。国内需要を喚起するにしても、さらにこの先インバウンドの需要を取り込むにしても、地方が元気でありつづけなければ、日本は元気になりません。私どもの事業も立ち行かなくなります。地域と私たちは一蓮托生なのです。各観光地の皆さまとは、今後も一緒に取り組んでいく必要があると考えています。」
顔認証普及のカギは、個人情報への不安より「手間」と「メリット」
石垣島での顔認証を使った実証実験によって、どのような検証ができたのか。斎藤氏は「アンケートから興味深い事実がわかった」と語る。
「今回の顔認証について、利用した方と利用しなかった方の割合はおよそ半々でした。そのうち、利用しなかった方の理由を複数回答で調査したところ、大半を占める約76%の方が『登録が面倒/紙でもいい』と回答された一方で、『個人情報登録に懸念がある』と回答された方は約23%でした。私たちはもっと個人情報登録に抵抗感があるお客さまが多いと考えていたのですが、想像よりずっと少ないことがわかったのです。アンケート回答者全体でみれば、利用しなかった人は全体の半分でしたから、約23%の半分、10%強の方しか個人情報への不安がなかったことになります。
登録の面倒さが問題なのであれば、解決を図ることができます。登録の作業そのものをより簡潔にすることはもちろんですし、メリットを大きくすることも表裏一体の解決策です。多少登録が面倒でも、メリットが大きいからやろうという風になれば、ご利用意向を高めることができますから。」
顔認証の普及拡大にとって重要な点は、メリットと手間のバランスであると確認することができた実証だった。ただ、もちろんこれは個人情報の扱いを蔑ろにするという意味ではない。NECでJALと連携したDXを進める太田は、次のように語る。
「不安払拭のためのセキュリティ技術強化はもちろん、個人情報をお預かりするという重大な責任への対応が真摯にレスポンスよくできるかということも、今後さらに重要になってくると考えています。当然、ご要望に応じて自身の情報を削除できるということも不可欠です。NECとしては、こうした対応も含めて今後ますます力を入れていくつもりです。」
斎藤氏もこれに応じ、「こういう言い方をしていいのかわからないのですが」と切り出す。
「NECとJALがこれまで築いてきた信頼があればこそ、登録に抵抗があるお客さまが10%強に留まったということもあると思います。せっかく信頼いただいているのですから、これを堅持していくということも、もう一つ重要なことだと考えています。」
3月からは、新たに奄美大島での実証実験を予定している。今回の実証では「より多くの人にご利用いただけるように対応した」と太田は語る。
「今回の取り組みではPCR検査結果通知書だけではなく、ワクチン接種済証にも対応しました。ワクチン接種済証であれば、多くの方が手元に残しています。この書面をスマートフォンなどで撮影し、専用サイトから顔写真等と合わせてご登録いただくだけです。より多くの人に簡単にご利用いただけるようにしました。」
斎藤氏はこれ加えて、メリットについてもさらなる魅力を打ち出せるように準備をしてきたと語る。
「石垣市での実証は、既存の割引クーポンに顔認証を活用しました。しかし、今回はこの実証のためだけに割引サービスをご提供いただいています。まさしく顔を登録されたお客さま向けのサービスですので、登録に対するリターンは前回よりも大きいものになったと思います。感染リスクを減らし、より安全・安心で楽しい旅行を促進するための仕組みとして、これから検証を行っていきたいと思っています。」
奄美大島での実証は、3月23日から5月31日まで実施予定だ。
「点」の取り組みをつなげ、エコシステムへ
JALとNECでは、顔認証を通じてこれまでも南紀白浜での実証実験や羽田空港売店での顔認証決済など、多岐にわたる連携を推進してきた。しかし、この理由は何なのか。顔認証は、それほどまでに便利な仕組みなのか。
NECの太田は「これまでの取り組みは全て『点』だった」と語る。
「現在私たちが取り組んでいることは、まだ『点』に見えるかもしれません。しかし、やがてこれが線になり、面になっていく。そんな未来を考えています。例えば顔認証登録の手間という問題を考えてみても、2泊3日の旅行のためにわざわざ登録するとなれば面倒だと感じてしまうかもしれません。ですが、一度登録すれば、他の空港や旅行先でも今後ずっと使えるということになればどうでしょうか。大きなメリットを感じていただけるのではないかと思います。
つまり、私たちがいま思い描いているのはエコシステムの形成です。タッチレスかつ利便性の高い顔認証をIDとして、さまざまな空港や都市、店舗、施設とつながっていく。これによって、お客様がどこへ行き、どういった旅の楽しみ方をして、満足して帰っていくのかが見えてきます。一人ひとりのお客様にパーソナライズされた楽しみ方の提案や、より高次なサービスの展開につながっていくはずです。」
会員カードなどのメンバーシップに代わる新しい顧客とのコミュニケーション基盤を見据えた構想だ。斎藤氏もこれに応じて「最適化」というキーワードを挙げる。
「これまでの顔認証の実証によって、利便性は検証できました。これから考えていかなくてはならないのは『最適化』のステップです。例えば、いま多くの観光地は季節による訪問者数の変化が非常に大きいという課題を抱えています。繁閑の差が大きいのです。しかし、顔認証によってデータを活用することができれば需給の年格差を可視化し、公共交通機関の交通量や宿泊施設のリソースを調整するなどの対策を講じることができるようになります。このようなことを実現するためには、交通機関や観光地の店舗などとも手を携えていかなければなりません。まさにエコシステムです。」
顔認証に紐づくさまざまなデータを駆動させて、新しい知見を生み出していく。AI技術を組み合わせれば、さらに大きく可能性は広がるだろう。
「細かく試していくステップは踏めてきたので、次はいかに大きな一歩を踏み出せるかだと考えています」と斎藤氏は語る。いかに点を線にし、面に広げ、ニューノーマル以降に展開していけるか。JALは既に次の未来を見据えている。
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