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RPAを使った働き方改革の世界最前線
~業務の生産性を上げ、社員のスキルアップや顧客の満足度向上へ~

 人口構成の変化、さらにはコロナ禍の影響を受けて働き方が大きく変わりつつある。それに合わせてRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が企業のさまざまな業務の自動化に使われ、存在感を増している。RPAの最先端で何が起こっているのか、そしてどのように働き方に影響を与えるのか。それを知るために、RPAの大手企業UiPathが主催する年次イベント、FORWARD 5に参加してきた。9月に米ラスベガスで開かれた同社の一大カンファレンスは、今年で5回目の開催となる。ここで見聞きしたことを共有したい。

織田 浩一 氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

マンパワーの幹部が示す、人材を巡る不都合な見通し

 まず、人材派遣・人材紹介業務で世界最大の企業の1つであるマンパワーグループのプレゼンから紹介しよう。北米市場担当マーケティング・営業担当シニアVPが人材市場の現状について解説した。同社は毎日世界で60万人に仕事を提供する企業で、世界中の人材市場のトレンドを熟知する。同社によると、今後10年間の人材市場における最大の課題は、さまざまな要因が重なって起こる人材不足だという。

マンパワーグループの北米市場担当マーケティング・営業担当シニアVP、Ron Needham氏。出典:同社のプレゼンより

 第1の要因は労働者の高齢化。日本の就労人口は6800万人だが、その3分の1、2500万人がこれから10年でリタイアメント年齢に差し掛かる。ドイツでは2023年に人口がピークを迎え、毎年40万人の移民を受け入れ続けなければ、今の労働者数を保持し続けることが難しいという。

 さらに、アメリカの状況は、他の要因も含めてもう少し突っ込んで解説された。過去20年とこれから10年の就労人口への影響を示すのが下図である。今後さらに増えていく雇用数予測に対して、65歳以上のリタイアメント世代人口の伸び率は上がっていくため、人材不足がさらに加速する見込みだ。一方で、全体の人口成長率は徐々に下がっていくので、新たな労働人材を供給することができない。また過去2年のコロナ禍のために、仕事を探す人の割合を示す労働市場参加率が大きく下がっているため、人材不足の圧力はさらに高まっていくと考えられている。

アメリカでも人口、労働に関する3つの大きな要因が組み合わさり、雇用数に大きな影響を与えている。出典:マンパワーグループ北米担当者のプレゼンより

社員が喜びを実感することの重要さ

 このトレンドはマンパワーグループにとっても頭の痛い問題である。そこで同社はRPAを導入し、業務の一部を自動化しながら、コミュニティカレッジやMOOC(大規模オンライン教育講座プラットフォーム)などと協力して既存の社員や契約社員のスキルアップを行う戦略を取った。

 RPAの利用は財務部門での導入から始まった。次に、同社のマーケティング部署が見込み客をオンラインで見つけることや、営業担当者がどの見込み客に今日電話をすると売り込みが成功するかを予測することにも利用されるようになった。R P Aの導入によって営業担当者はより活発に電話をすることになったという。アジア・パシフィック地域では、人材担当者が派遣社員と求人企業間のマッチング業務を自動化し、2分ほどで派遣社員に合った仕事を探すことができるようになった。この結果、人材担当者1人当たり132時間のマッチング業務時間の削減に成功した。

 しかも、ただの履歴書上のキーワードマッチングではなく、派遣社員のスキルセットに合った、その仕事で成功できるマッチングを行なっている。人材担当者は派遣社員に「仕事が決まった」とすぐに連絡ができ、派遣社員のスキルを十分に生かせる仕事なので自分の貢献が感じられる喜びがあるという。結果的に、RPAの導入で一年後に生産性は420%、業務スピードは1680%向上している。だが、何よりも人材担当者が派遣社員に貢献できたと感じられることが、同社での人材保持につながっている。これこそが人材不足の環境の中、最も重要な人材確保の施策であると、Needham氏は語った。

 同社がクライアントに紹介する人材も過去20年は顧客サービス、データ入力、市場調査分析、文章作成・添削、配達サービス、製造などの分野が主だった。だが、今はこれらの業務を自動化するための戦略や、これらの仕事についている人たちのスキルアップについて話し合うことが多くなっている。新しい仕事はIT開発やプロジェクト管理、ソリューションアーキテクト、ビジネスアナリスト、プロセスドキュメンテーション担当コンサルタントなどである。人材のスキルアップによって、採用の難しい新しい仕事の人材を社内に保持することが可能になっていると話した。

コールセンターのトレーニングを短縮化したWells Fargo銀行

 パネルディスカッションのセッションでは、全米3位の規模の銀行Wells Fargoのプロセス変革・インテリジェントオートメンション担当VPであるGautam Oza氏が、同社のコールセンターのトレーニングにRPAを使っている様子を紹介した。

パネルの右端がWells Fargoプロセス変革・インテリジェントオートメンション担当VP、Gautam Oza氏。筆者撮影

 コールセンターやサポート業務は非常に離職率の高い分野である。同社でもそれは同様だった。新しく入ってくる人材はトレーニングで200ページのマニュアルを学ばなければならず、一人前になるのに数ヶ月かかることも従来はあった。しかし、AI・RPAを利用することで、たった5ページのマニュアルを学ぶだけで済むようになり、トレーニング期間を数週間で完了させることが可能になったという。

 さらにAI・RPAを利用することで、顧客への対応や課題解決が迅速になり、顧客満足度も向上した。それによってスタッフの満足度も上がり、エンゲージメントが向上していると、Oza氏は語った。

129人の「シチズン・デベロッパー」を抱える電通

 160ヵ国に6万6千人のスタッフを抱え、広告・マーケティングサービスを提供する電通。オートメーション担当エグゼクティブVPが同社のRPAの取り組みについて解説した。RPAやソフトウェアの業界では、ITの専門職ではないが、自分の部署の業務を自らIT化するためシステム開発に取り組む社員をシチズン・デベロッパー(市民開発者)と呼んでいる。電通でも、このような社員を育成する施策を進めている。すでに誰もが利用できるRPAプラットフォームがあり、RPAの開発や利用方法のトレーニングを提供している。また、開発した自動化機能を国をまたいで共有するコミュニティプラットフォームも用意。これは同社のオートメーションチームが構築し、RPAの活用を啓蒙している。ハッカソンイベントも実施して意欲のある社員に参加を促している。

電通のオートメーション担当エグゼクティブVP、Brian Klochkoff氏

 同社のコミュニティプラットフォームには1,100人以上が参加し、事業部門側から750以上の課題やアイデアが提出されている。これを71人のRPA担当のITデベロッパーと、129人のシチズン・デベロッパーが受けて自動化機能の開発を進め、すでに356の機能が構築されたという。それらの自動化機能は業務に大きなインパクトもたらしている。下図に見られるように、全社向け、部署・チーム向けの機能ももちろん価値が高い一方で、個人向けの機能を全社で共有する方が幅広く生産性にインパクトが与えることができる。そのためIT部門を介したトップダウンの開発と、シチズン・デベロッパーによるボトムアップの開発の両方を実施しているという。

 シチズン・デベロッパーは、コミュニティプラットフォームを介してAI・RPA開発スキルを手にし、他者が開発した自動化の実績を利用することもできる。この便利な仕組みが人材の保持にもつながっており、また人事部を絡めることで、シチズン・デベロッパー社員のキャリアパスの設計・実践も進めていることが語られた。

電通のRPAチームが考えるRPAのハイブリッドモデル。「全社向け」「部署・チーム向け」の自動化ソリューションは、1つの案件によって大きな価値を上げるが数は少ない。「個人向け」の自動化は、全社で共有されると非常に大きなインパクトを全社にもたらすことを示す。出典:電通プレゼンテーションより

全社向けの自動化基盤を発表したUiPath

 今回のFORWARD 5でUiPathが発表したのは以下のような機能を持つ、新たな自動化基盤(UiPath Business Automation Platform)である。このプラットフォームは企業全体、多数の部署や部署間のプロセスを自動化することを目的に構築された。

  • 自動化のマイニング機能
    企業内の自動化が必要なプロセスをマイニング(発掘)し、課題を見つけ、自動化するためのアイデアを集める
  • 自動化機能
    ローコード開発や他のプラットフォームとのAPI連携で課題解決を自動化し、ドキュメントを自動的に作成する
  • 運営管理機能
    全体の生産性分析やソリューションの導入、統合管理、ガバナンスを行う
自動化するプロセス・タスクの発見、ローコードでのプロセス自動化ソリューション開発、管理・ガバナンスなど運営機能を盛り込んだ同社の自動化基盤の概要。
出典:UiPath: 2022.10 Release Enables a New Way of Operating and Innovating

 さらに、このチャートの中にあるコミュニケーションマイニングの部分で、UiPathが今年8月に買収したRe:inferが紹介されている。メールやチャットによるコミュニケーション量が膨大になり、それに対応するだけで1日の業務が終わってしまうことも多いのが今の働き方である。コミュニケーションマイニングは、ここに自動化の機会をもたらそうというもの。具体的には、自然言語解析AIを導入して、コミュニケーションの文章の中から案件の名前や期日などの要素や書き手の意図、文章のトーンなどを解析して、業務を自動化させるソリューションである。

 例えば、保険会社では見込み客を含む顧客からのメールには、販売につながらないようなものが多い。そこで、CRM(顧客関係管理)システム内のデータや過去の返答の文章から返信メールを自動生成し、95%相当の返信を自動化する。こうして、販売につながる可能性の高い顧客への返信に保険会社のスタッフが集中できる状況を作るという。

メールの文章から、返信の自動化が可能な要素を取り出し、CRMや過去の文例などと照らし合わせて自動返信する。出典:Re:inferプレゼンテーションより

 また、インテリジェント・ドキュメント・プロセシング機能の一部であるセマンティックオートメーション機能は、Excelやオンラインフォーム、PDF、ワードなど多様なドキュメントから自己学習によってビジネス上の文脈を理解し、必要な要素を取り出してさまざまなフォーマットに自動入力してくれる。例えば、Excelや画像に記載されたパスポート情報を旅行申し込みのオンラインフォームにワンクリックで入力するというような作業にも対応できる。

セマンティックオートメーション機能の解説。元のフォーマットとそれのコピー先のフォーマットが示されている。出典:UiPath: A Sneak Peek at Semantic Automation: Enhance Your Office Productivity with Clipboard AI

 世界中で就労人口に属する少なからぬ人がリタイアメント年齢に差し掛かり、同時にコロナ禍による大量退職などもあり、多くの企業にとって人材確保が最重要課題になりつつある。その解答としてオートメーションのITツールを使い、社員のトレーニング時間の短縮や、業務の生産性を上げて顧客の課題を素早く解決すること、それにより顧客や社員の満足度を向上させることが有効であることが示された。オートメーションは非人間的な対応を生み出すとも言われることがあるが、うまく使うことで人間同士のつながりを保つこともできるはずだ。それを競争力につなげていくために、企業にも変革が求められているのではないだろうか。同時に、オートメーションの導入に背を向ければ、顧客の不満が解決されないという状況が増える可能性もある。

 UiPathというPRAを推し進める1企業のカンファレンスだったが、働き方の未来について、企業のあり方について、深く考えさせられたイベントだった。