WalmartのTVメーカー買収に見る、米小売大手の「変身術」
~データを新たな成長のエンジンにビジネスモデル変革~
Text:織田浩一
2024年2月のこと、Walmartが米TVデバイスメーカーのVIZIOを買収するというニュースが流れてきた。この一手の意味を考えてみると、世界最大の小売チェーンがビジネスモデルを大きく変革しようとする戦略が浮かび上がる。今回は、この買収の背景や今後の小売業の行方について考察したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
TV向けOSに強みを持つVIZIO
WalmartがTVデバイスメーカーVIZIOの買収に約23億ドルを費やす。ところが、Walmartはすでに自社デバイスブランドであるOnnを持っており、TV、タブレット、ヘッドホン、スピーカーなどを販売している。しかも、それらはVIZIOを含む競合よりも安価である。VIZIOの魅力はどこにあるのか。
TVデバイスメーカーとして、VIZIOのブランドは日本国内ではあまり馴染みがないだろう。世界規模で見るとSamsungやLG、Sonyなどに後れを取り3.1%のシェアしかないためだ。実は、VIZIOはアメリカではSamsungに続き、LGを超える販売シェアを占める。さらに、アメリカにおけるTV向けOS市場では第2位の地位を誇り、コネクテッドTV(CTV)領域でサービスを充実させている。コネクテッドTVとは、ストリーミングサービスのアプリなどを使ってインターネットに接続し、ビデオ視聴やゲーム利用ができるTV型端末である。Walmartはここに目を付けた。
コンテンツと広告に視聴データを活用
VIZIOのTV向けOSであるSmartCastは3つの機能を用意する。
1つ目は誰にも馴染みのある、TVデバイスの所有者世帯、視聴者向けの機能である。リモコンやコントローラーを使ってNetflixやHBO Max、Amazon Prime Video、Crackle、Disney+やゲームタイトルなどのアプリを選び、各企業のコンテンツ視聴やゲームがプレーできるというものだ。加えて、300のTVチャネルと15,000以上のオンデマンドコンテンツタイトルが観られる、FAST(Free Ad-supported Streaming TeleVISIOn:無料広告付きストリーミングテレビ)サービスのWatchFree+をSmartCastは提供する。
2つ目は、これらの所有世帯、視聴者がどのようなコンテンツや広告に触れているかを分析するACR(Automatic Content Recognition:自動コンテンツ認識)機能のVIZIO Inscape ACRである。広告主やストリーミングサービス、コンテンツプロバイダー向けに、各所有世帯の同意を得た上で視聴データを収集する。
3つ目のVIZIO Adsは、上記のストリーミングサービス内でTVCMやバナー広告などを挿入する機能である。視聴データを使った広告ターゲティングができるため、例えば、ホラー映画の視聴を頻繁にする世帯だけに新しいホラーTV番組シリーズをプロモーションすることが可能となる。
広告視聴から購買まで、一気通貫の行動データ
そして、重要なのはWalmartの持つECサイトの閲覧や購買のデータをTV視聴者のデータと付き合わせることができることである。VIZIO Inscape ACRで視聴データを収集している世帯・ユーザーのうち、どれだけの人がWalmartのサイトを訪れたか、あるいはScan & Go(商品バーコードをスキャンしてそのまま退店できる)機能を持つWalmart+会員のモバイルアプリを使って実店舗で購入したのかをトラッキングできるのだ。これにより視聴者がCTVで接したTVCMの効果を分析でき、広告主にデータやインサイトとして提供できるのである。
これまでWalmartのリテールメディアは、サイト内での購買促進目的や実店舗内での消費者行動に基づく広告メニューがほとんどであったが、今後はブランディング広告にも広げることになる。つまり、子供向けのスナックなどをよく買う健康志向の世帯を購買履歴から分析し、新商品の健康食品やサラダドレッシングなどの広告を送るという使い方が可能になってくるのである。
すでにWalmartはアメリカ3大ネットワークの1つであるNBC(National Broadcasting Company)のほか、Peacockを傘下に持つNBCUniversalやストリーミングサービスParamount+、Instagram、Facebookを擁するMeta、画像・ビデオソーシャルネットワークPinterestなど、TVやストリーミング、ソーシャルネットワーク各社とサービス提携をしている。これまでは各社にブランディング広告を配信してきたが、今回の買収によってWalmart自身がCTVサービスを持つことになり、そこでの広告配信に加えて利用者の行動データ活用が一気通貫で可能になり、詳細な広告効果測定ができるようになるのだ。
調査企業eMarketer・Insider Intelligenceは2022年に、Walmartの広告売上が下図のように年率40%以上の上昇率で推移すると予測している。この数字はGoogleやMeta、Amazonの広告ビジネスの成長率を上回る。今回のVIZIOの買収や外部メディアとの提携などで、Walmartが広告ビジネスを加速的に成長させていることが分かる。
リテールメディアに留まらないWalmartの新規事業
Walmartは収益拡大に向けた新事業として、自社構築した機能・サービスをB2B領域で外販することにも力を入れている。傘下のWalmart Global Techは約13,000人の従業員を擁し、その職種はデジタル製品開発エンジニア、データサイエンティスト、イノベーション担当者、サイバーセキュリティ担当者など多岐にわたる。同社で開発され、外販を始めているサービスをいくつか紹介しよう。
- Walmart Marketplace
毎月1億2,000万のユニークビジターを持つWalmart.comで、第三者のブランド、メーカー、小売などが商品を出品でき、販売やフルフィルメントをWalmartが代行するサービスである。2009年に立ち上がって以来、Eコマースで競合するAmazonの商品数に対応するべく、多くの参加企業を取り込んできた。2019年には28,000社、2022年5月時点で15万社以上が参加しており、Walmart.comで400万種類の商品が販売されている。Walmart.comにおける流通総額の27.5%は、これら第三者の商品が占めるとDigital Commerce 360が伝えている。
- Walmart GoLocal
上記のWalmart Marketplaceに参加する第三者ブランド、メーカー、小売企業らに対して、全米でラストマイルのフルフィルメント、配達サービスを提供するのがWalmart GoLocalである。CRMプラットフォームなどで配達日や配送課程などをトラッキングしており、第三者ブランド、メーカー、小売企業はこのデータを参考として顧客体験価値(CX)を高めることできる。
- Walmart Commerce Technologies
この組織では現在2つのサービスが外販されている。
1つ目が店員用アプリのStore Assistである。Walmartに行くと、ショッピングカートに複数の紙袋を載せた店員を多数見かける。彼らは、Eコマースで注文された商品をアプリの指示に従って最短経路で回りながらピックアップし、別々の紙袋に入れているのである。外部に販売されているのはこのアプリ機能であり、下図のように、店員に複数のEコマース注文を担当させ、店内のどの経路をたどり、どの商品をピックアップするかを指示する。勤務シフトの時間内に終わらない場合は他の店員に業務を引き継いだり、マネージャーに対して業務が効率的に行われているかの分析結果を示したりといった機能も提供している。
もう1つのサービスがRoute Optimization。AI、機械学習を利用し、倉庫や配送トラックの荷台の空きスペースを減らし、利用経路を最適化するテクノロジーである。11万の非効率な経路を迂回し、走行距離を3,300万マイル削減。これによってCO2の排出を9,400万ポンド削減出来たとして、2023年のフランツ・エデルマン賞を受賞した。こちらも外部のロジスティックス企業へ外販を始めている。
- Walmart Data Ventures
Walmartは全世界で1万以上の実店舗とECサイトのWalmart.comを運営するほか、モバイルアプリ、AIスピーカーのアプリ、ソーシャルチャネル、TVコマースなど幾つもの販売チャネルと膨大な顧客を持つ。その販売と顧客のデータからメーカーらに多大なインサイトを提供することができる。
同社傘下のWalmart Data Venturesは、社内向けに提供してきたデータ分析機能を外部にも販売を始めている。具体的には、データ分析サービスWalmart Luminateとして、買い物客の行動を、購買頻度や傾向から分析するShopper Behavior、どの店舗、購買チャネルで商品を買っているかなどを分析するChannel Performance、そして、買い物客への調査などを行い、顧客意識などのインサイトを提供するCustomer Perceptionといった機能を提供している。これらに関わる販売関連データも提供するという。
「小売じゃない業務」が利益の5割へ
上記のような広告ビジネスの拡大やB2Bサービスの外販は、Walmartだけではなく、欧米の小売業大手のいずれもが推し進めつつある戦略である。これが小売業界にどういった影響を与えるだろうか。
コンサルティング企業のBain & Companyは、小売の主要業務である「販売・卸・店舗一部貸し業務」と、上記のWalmartの広告やB2Bサービスのような「その他の業務」に分け、小売業界の2030年までの成長率について予測している。
それによると、「その他の業務」は2021年時点で売上高、利益ともに全体の10%程度に過ぎないが、2030年には売上高の35%、利益の50%を占めるまでに成長する。小売業における商品販売の粗利は3-4%と言われる一方で、リテールメディアの広告販売などでは粗利は60-80%に上る。その結果、小売業全体の利益率は2021年の6.0%から2030年に7.8%に上昇する。
「その他の業務」を成長戦略に取り込まない小売企業は、業界平均の利益率を下回ってしまうと、Bain & Companyは警鐘を鳴らす。
もちろん、「その他の業務」を成功させるには運営手法、ブランド、顧客といった小売業としての強みが必要で、それに加えテクノロジー開発やデータ収集の優れた能力を身に付けなければならない。トップを走るWalmartやAmazonなどは多大な投資によりデータ変革を急速に推し進めている。一方、彼らの背中を追う小売企業も負けじと投資を加速する構えだ。小売業界のビジネスモデルは今まさに大きく変わろうとしている。
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