

急伸する生成AIの企業利用、新たな関連サービスが次々と登場
~俯瞰図から読み解く生成AIの現在地とその先とは~
Text:織田浩一
調査やコーディング、コンテンツ制作など幅広い用途で企業に浸透しつつある生成AI。利用が広がるにつれて企業向けに最適化された各種の生成AIモデルを求める声が高まり、様々な生成AI関連ソリューションが続々と登場してきた。一方で、AIエージェントという新たな波が押し寄せており、AIを巡る技術進化のスピードには目を見張るばかりである。今回は、生成AIソリューション群の俯瞰図やインフラマップを読み解きながら、業界の全体像と多様化する新たなサービスの実態を解説する。そして今後急増するであろうAIエージェントの俯瞰図も紹介する。技術革新の著しいAI業界において、新たに立ち上がるサービス群を理解する一助となれば幸いだ。

織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
多様な生成AIモデルから広がるサービス
これまでの生成AI関連の話題を振り返ると、OpenAIのChatGPT、AnthropicのClaude、GoogleのGemini、そしてMetaのLlamaなどオープンソースで提供される大型言語モデル(LLM)が中心だった。画像、ビデオ、3Dやメタバースなど、LLMの活用領域の広がりが話題に上がった。
ベンチャーキャピタルのSequoia Capitalが2023年に作った生成AI業界の俯瞰図(下図)を見ると、その時点における企業向けの生成AIモデルの充実ぶりが分かる。消費者向けのほか大手企業向け(特定の部署向け)、大企業向け(業種別)、プロシューマー向け(インフルエンサーなどクリエイティブな消費者)など複数の領域向けに生成AIモデルが提供されている。図にはそれらを提供する企業名が並ぶ。
消費者向けにはソーシャルコンテンツやアバター、音楽などを生成するAIモデルが、大手企業向け(特定の部署向け)には営業、顧客サポート、ソフトウエアのコード生成、データサイエンスなど多様な部署向けの生成AIモデルが用意されている。大企業向け(業種別)には医療や法務、金融などの特定の業種向けのモデルが、そしてプロシューマー向けだと音声生成、画像・ビデオ生成・編集などのモデルが含まれている。

生成AI導入に加速度、マーケティングと営業がけん引
McKinsey & Companyは2025年3月に、101ヵ国の約1500人を対象にAIと生成AIの利用に関する調査結果を発表している。下図は、各企業内の少なくとも1つの部署でAIと生成AIを利用する割合を示したものである。2018年以降、およそ半数の企業でAIが使われてきたが、それが2023年以降急増していることが分かる。そして生成AIの利用も同時期から急伸していることが分かる。

同じ調査の中で、2024年半ばの時点で生成AIを常に使っている企業の割合も業種別、部署別に分析している。それによれば、業界として利用が進んでいるのはテクノロジー業界、コンサルティングなどを含めたプロフェッショナルサービス業界、自動車・航空・軍事・半導体などを含めた先進産業、メディア・通信業界などである。テクノロジー業界では少なくとも1つの部署で生成AIを利用していると答えた企業が88%と、他業界と比べて抜きんでている。
部署別では、マーケティング・営業がトップで、製品・サービス開発、IT、顧客サービス運営などが続く。テクノロジー業界やメディア・通信業界では、ソフトウエアエンジニアリングでの生成AI利用が高い。
マーケティング・営業分野では、生成AIの登場以前からAIツールが用いられてきた。マーケティング分野では、メールやソーシャルメディア、広告など各メディアにおける見込み客や既存顧客の属性を分析し、最も効果的にリーチする方法を特定するためにAIが多用されてきた。生成AIの登場により、AIと会話をしながらデータを分析でき、メッセージや画像、ビデオなどの生成でも活用が進んでいる。
営業分野でも、これまでは見込み客のランキング付けやメールメッセージの自動生成が主な利用方法であった。生成AIによって、営業担当者のビデオ会議を分析したコーチングや、見込み客の業種に特化した事例生成やプレゼンテーション資料の作成など、コンテンツ制作に広く活用されるようになっている。

細分化し、充実する生成AIのサポートサービス
上記のように生成AIが複数業種、部署に広がりを見せる中で、当然のように各社独自の生成AIモデルや、すでにあるモデルのチューニングが求められている。そこで、それらのニーズに対応しようと新たな生成AIのサービスが次々と登場している。
下図は、ベンチャーキャピタルSapphire Venturesが2024年5月に公開した俯瞰図で、生成AI関連の各種サービスをまとめたものである。カスタム生成AIモデルを構築、管理するのに必要な要素が整理されており、提供するサービス内容によってその企業の立ち位置も一目瞭然である。生成AI業界の今を押さえるのに有効な図といえる。
俯瞰図は大きく以下の3つの要素部分からなる。
- 1) 基盤となる部分(図下段)
- 2) 運用ツール(図上段)
- 3) 監視・評価とセキュリティ(図中段と右側)

では、それぞれを紹介していこう。まず図の下段に生成AIの中心的要素である「基盤モデル(Foundation Models)」があり、その中にMistral AIやHugging Face、Metaなどの「オープンソースモデルとホスティング」と、Anthropic、Google、OpenAIなどを含めた「クローズド(独自モデル)とホスティング」サービスが含まれている。その下には「インフラストラクチャー(Infrastructure)」があり、様々なAIモデルをホスティングするためにAWS、Microsoft Azure、Google Cloud、Lambdaを含めた「GPUクラウドホスティング」と、時間課金など従量課金を行う「PaaS(Platform as a Service)・サーバーレスGPU」などが並ぶ。
モデル構築からチューニング、複雑なワークフロー対応も
対して、それらの上位に位置するのは、生成AI利用企業が独自の生成AIモデル構築や基盤モデルのチューニングなどをするための一連のツール群である。
まず上部の左側では、学習のためのデータを管理する「データ管理・処理(Data Management & Processing)」のソリューションが4つの項目にまとめられている。
Databricksなどに代表される「データパイプライン」では、AI学習・運用のためのデータを収集、加工、並べ替え、配信する仕組みを提供。Scale AIなどの「データラベル付与・分類・キュレーション」は、例えば画像やビデオ認識であれば、写っているオブジェクトが何であるかをラベル付けしてAI学習に活用する。自動運転のAIの場合、標識なのか人や動物なのか判別できるようになる。そして、「データストレージ・検索」によって、素早い検索結果の提供が可能になる。類似度検索などに強いベクターデータベースChromaはこの項目に含まれる。
このセクションで最後の項目は「合成データ生成」である。AIの学習用に参照できるデータが十分に無い場合のために、多くの状況を想定した合成データを構築し、学習に活用するためのソリューションである。例えば、NVIDIA傘下のGretelはVR、ロボティックス、自動運転、小売、スマートシティなどの利用ケース向けに3D合成データを生成する。
3D合成データの生成について説明した動画。出典:Gretel YouTubeチャンネル
次の列に並ぶのは「AIモデルトレーニング・展開(Model Training & Deployment)」サービスである。主にオープンソースAIモデルから、自社で使う学習済みモデルを発見する「モデル発見」にはHugging Faceなどの企業が含まれている。「モデルテスト・評価」は生成モデルの学習をガイドし、修正、検証などを行うものである。同様の業務として「モデル実験」があり、この分野ではWeights & Biasesなどが大手企業に使われているようだ。最後に「モデル配信・推論ソリューション」は、推論フェーズでの生成モデルの速度や効率を向上させ、本番環境に展開できるAIモデルを構築するもので、Lightning AIなどが多数の開発者に使われている。
その右のセクションはより複雑なワークフローに対応するためのソリューションを構築するための「アプリ開発・オーケストレーション(App Development & Orchestration)」。モデルによってプロンプト(命令・質問)の違いで出力の質に影響を与えるため、それを改良するための「プロンプトエンジニアリング」、プロンプトとその応答を保存して再利用することで精度を上げる「プロンプトキャッシング」、再利用可能な多段階のプロセスを実行するための「オーケストレーション・ルーティング」などからなる。そして、最近では様々なAIエージェント機能を構築するための「アプリ・エージェントプラットフォーム」、最後にアプリユーザーの評価、利用状況を可視化し機能向上を支援する「プロダクトアナリティクス」が含まれ、Pendoなどが多くのSaaS企業で使われている。
ガバナンス、セキュリティの課題にも対応
これらのソリューションにより、カスタム生成AIモデルを構築していくのだが、その下の層にある「監視・可観測性(Monitoring & Observability)」は、そのモデルへのプロンプト入力、中間予測、トークン利用、遅延などを監視し、検証するためのものである。データウエアハウスのSnowflakeも観測可能性検証プラットフォームTruEraを買収してこの分野に参入している。そして、この下に、上記のプロセス全体を管理する「エンドツーエンド学習・ファインチューニングプラットフォーム(End-to-End Training & Fine-Tuning Platform)」がある。すでに大手企業となっているDataRobotや、自然言語処理分野で評価が高いdeepsetなどが含まれる。
最後に、構築するカスタム生成AIモデルでは脆弱性や不正アクセス、サイバーセキュリティなどの課題に対応する必要があり、この図においても右側に「検証・セキュリティ(Validation & Security)」ソリューションが並んでいる。不正アクセス、改ざん、攻撃などに対する耐性を保証する「モデルセキュリティ」、規制・法的・倫理的対応を支援する「ガバナンス・コンプライアンス」、ファイアウォールのような機能を提供しアプリを保護する「LLMアプリセキュリティ・モデレーション」、ユーザーの利用セッションを監視したり個人データを保護する「エンドユーザーセキュリティ」などの機能が提供されている。
特定用途に絞るAIスタートアップも続々誕生
上記のようなソリューションが充実する中で、非常に特化した対象分野向けにAI機能を提供するスタートアップが次々と生まれている。
例えば、APやZiff Davis、Timeなどのメディア企業が利用するデータマーケットプレースがTollBitである。データ分野における基盤言語モデルの提供企業は、より特化した分野の言語データを優良なメディア企業から入手したいと考えている。メディア企業にとってはコンテンツやユーザーエンゲージメントデータのライセンスが新たな収益源となる。TollBitは2023年設立のNYの会社だが、すでに2400万ドルの投資を受け、社員25人まで成長している。
また、ベンチャーキャピタルAndreessen Horowitzなどから1億ドルの投資を受けたのが、2025年に生まれたばかりのLMArenaである。カリフォルニア州大学バークレー校のSkyLabの研究者によって作られたプラットフォームで、クラウドソースにより複数のLLMを匿名で投票し比較、評価するというものである。すでに350万以上の投票を集めており、大規模言語モデルを評価する際の新しいベンチマークとして注目されている。
AIエージェントの台頭がもたらすもの
ここまでに紹介してきた生成AIの俯瞰図は、今後新しく塗り替えられてしまう可能性がある。2025年初頭のCESで、NVIDIAのJensen Huang(ジェンスン・フアン)CEOが「AIエージェントの時代に入った」と発表したように、台風の目はAIエージェント(Agentic AI)である。業界は一気にAIエージェントとその周辺機能の提供に舵を切っており、多数のスタートアップ企業も生まれている。
AIエージェントとは、ユーザーに対応する中心的なエージェントが、他の複数の専門的なエージェントやツールと協力をして、ユーザーが指定する業務を自律的に遂行するというものである。協力対象には生成AIも含まれることになるだろう。生成AIの作業をAIエージェントが自らの判断によって行うことで、より広範な業務の自動化が期待できる。下の俯瞰図に見られるように、すでにAIエージェントの機能を構築するためのプラットフォーム、オーケストレーション、データ、ツールなどの各領域で新たなソリューションが次々と誕生している。新規に生まれたものもあれば、既存のソリューションにAIエージェント構築機能が付加されたものもある。

アメリカの大手企業では、自社の複数部署で使うための生成AIカスタムモデルを構築していた段階から、複数部署の業務プロセスを対象にしたAIエージェント群の構築へ歩を進めつつある。日本企業のほとんどは周回遅れの印象を受けるが、グローバルの企業競争はこれからも熾烈であることは疑いない。また、日本のアメリカに対してのデジタル貿易赤字の話題が出ているが、AI時代もそのソリューション格差は広がる可能性がある。そうした中でも、日本企業はAIエージェント、自動化などを新たな競争軸としてソリューション導入を進めていく必要がある。
そして、AIの精度が100%になるのを待っていると、データの準備と学習において、またモデル構築やAIアプリ構築において、それらのあらゆる段階で乗り遅れることを、生成AIとAIエージェントのダイナミックな俯瞰図が物語っている。

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