本文へ移動
次世代中国 田中 信彦 連載

「端末化」が進む中国のEV(電気自動車)
ネットワーク機器としてのクルマは広まるか

 「iPhoneそっくり」のスマホでスタートし、世界3位のブランドになったシャオミ(Xiaomi、小米)が、わずか3年で高性能のEV(電気自動車)を開発、発売した。一方、アップルが10年がかりで進めてきたEV開発の中止が明らかになった。この2つの出来事がほぼ同時期に起きたことは、EVの流れを象徴している。

 シャオミは生活に身近な家電や情報機器などを自前のOSを基盤にIoT化し、スマホを軸に独自の生態系を構築してきた企業である。そこにEVが加わったのは象徴的だ。EVの家電化が進みつつあることを示す動きだ。

 バッテリー技術の進化や基幹部品のモジュール化、原材料の値下がりなどによって、中国ではEVの激しい価格競争が始まっている。エンジン車も巻き込み、中国発で自動車の価格崩壊が起きるとの見方もある。

 今回は、中国で進行する「EVの端末化」が持つ意味について話をしたい。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

10万台規模の有力EV企業が倒産

 かつて中国EV「4大新興勢力」の一角とされた威馬汽車技術(WMモーター・テクノロジー、以下「威馬汽車」)が昨年秋に破産、3月末、第1回債権者会議が開かれた。債務処理やユーザーの救済策などが話し合われたが、そのプロセスで鮮明になったのは、EVにとってのネットワークの重要さだ。

威馬汽車EV W6(※威馬汽車ウェブサイトより)

 威馬汽車は2015年、上海で設立。創業者は中国の吉利汽車が欧州の老舗ブランド「ボルボ」を買収した際の立役者で、その後、独立して起業した。人脈を活かして大量の資金を調達、総額は1兆2000億円に達したとされる。2018年に発売した最初のEVが4000台、翌2019年には1万6000台とヒットし、一躍有力EV企業になった。2023年までに累計販売台数は10万台を超えた。

 しかし、業績のピークは2020年。それ以降、販売は振るわず、みるみる資金を使い果たし、2023年秋、破産を申請した。創業者は多数のユーザーを置き去りに、巨額の負債を残して国外に逃亡するオマケまでついた。自動車メーカーの倒産自体は珍しい話ではないが、威馬汽車のケースが社会の注目を集めたのは、それが販売台数10万台を超える大型EV企業の初めての破綻だったことだ。

ネットワークが停止、アプリが機能せず

 問題が大きくなったのは、同社のネットワークが機能しなくなったからだ。EVはソフトウェアで車全体をコントロールして走る点にその本質がある。ハードウェア自体の構成はエンジン車よりシンプルだが、そのハードを制御するソフトウェアは各社独自のもので、そこに車の個性が詰まっている。

 そして、EVそのものがネットワークで外部とつながっている。だからネットワークが停止すると、EVの強みであるスマホを活用した情報通信や道路情報と連携した運転支援、大画面のエンターテインメントといったサービスが使えなくなる。ネットワークがなければ「最先端のEV」は単なる「電気で走る車」になってしまう。当時、威馬汽車のユーザーの間では「まるで電波の入らないスマホみたいなものだ」と自嘲するジョークが流行した。

ドアが開かなくなったEV

 2023年秋には各地で同社のEVのドアが開かなくなるトラブルが続発。SNSでは多数のユーザーがSOSを発し、「いかにしてドアを開けるか」を教える動画が次々とアップロードされる事態が起きた。というのも通常、同社のユーザーの多くはスマホアプリを使って車のドアを開け、車をスタートさせている。ところがネットワークの停止によりアプリの機能が停止し、スマートロックが無効になってしまったわけだ。同社は急遽、少数の社員が常時出勤し、最小限の通信機能を維持して、とりあえずユーザーが車を使えるようにはなった。

 さらに、ユーザーを困らせたのがメンテナンスだ。ネットワークが機能しなくなるとソフトのアップデートができない。ソフトがなければ、どこが故障したのかもわからない。部品の調達も難しく、メンテナンスが続けられない。経営が悪化した2022年夏ごろから同社は従業員の賃金カットや給与の遅配が頻発。同社のEVを扱う全国のディーラーや修理工場との信頼関係も崩れ、離反が相次いだ。こうなるとユーザーは自力では手の出しようがなく、途方に暮れるしかなくなった。

ネットワークのないEVは「市場価値ゼロ」

 そしてユーザーにとって致命的だったのが、ネットワークなしのEVは、手放そうにも値段が付かず、売るに売れないという現実だ。買い取り業者に見積もりを依頼しても、値段がほとんどつかないか、引き取りを拒否されてしまう。

 威馬汽車のEVは新車価格が15~20万元、日本円で300~400万円の決して安くない車だ。それが購入後わずか数年で市場価値はほぼゼロになってしまった。10万人を超える全国のユーザーは、涙を呑んで二束三文で手放すか、ユーザー同士で情報交換し、協力してくれる修理工場を探しつつ、「電気で走る車」を乗り潰すしか選択肢がない状況に陥ってしまった。

EVは「走る端末」

 ここで威馬汽車の話をしたのは、「だからEVは使えない」と言いたいからではない。同社の破綻によって、EVはネットワークと切り離せないものであり、一種の「走る端末」であることが鮮明になった。つまりEVとは、同じ自動車とはいっても、従来のエンジン車とは全く異なる発想でとらえなければならない乗り物ということだ。

 自動車はその昔、馬車の動力をエンジンに変えて生まれたものである。自らの力でどこにでも行ける。しかし、今の時代のEVは「ネットワーク端末に車輪を付けたもの」と考えるべきで、完全に自立した乗り物とはいえない。ネットワークの一部として初めて機能できるデバイス(装置)の一種と考えたほうが合理的だ。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 中国が国をあげて整備している通信衛星や道路端の信号機と連動した自動運転(運転支援)の仕組み、スマホと連動した情報伝達やエンタメのシステム、街なかの充電装置、すべてが社会的なネットワークである。それらと一体となって初めて高度な機能を実現できるのがEVで、少なくとも中国ではそういう方向に動いている。

 これは動力源が「エンジンか、電気か」という次元の話ではない。「社会」に対する基本的な認識の違いである。まず全体の仕組みがあって、その一部として人や車が動くのか、まず人や車があって、それが全体の仕組みを構成するのか。そこの基本的な発想の違いが根底に存在している。

「シンプルなクルマを複雑なソフトウェアで動かす」

 以前、このwisdomで「中国で進む『クルマのスマホ化』 自動車業界に『メディアテック・モーメント』は来るか」(2022年10月)という記事を書いた。

 かつてスマホの世界では、「メディアテック」というサプライヤーが登場、そこに注文さえすれば、高性能のチップセットやOSなどを組み込んで誰でも自社ブランドのスマホを商品化し、世に出せる状況が出現した。これが「メディアテック・モーメント」である。それが自動車の生産でも起きるかもしれない。そういう趣旨のことを書いた。

 その中で、「複雑なクルマをシンプルなソフトウェアで動かす」のが従来のエンジン車だったのに対し、「シンプルなクルマを複雑なソフトウェアで動かす」のがEVだ――という米国のジャーナリストの言葉を引用した。その典型例がテスラである。

 EVはネットワークにつながり、複雑なソフトウェアでコントロールするからこそ車の構造も生産プロセスもシンプルにできる。そして、シンプルな車を低い価格で大量に生産し、より多くの人が車を買い、利用できるようにする。社会システムの一部としての移動装置。中国のEVの根底にはそういう考え方がある。

シンプルに車をつくる仕組み

 そして、それが可能なのは、EVの生産が、伝統的な自動車工業に根付いてきた丹念な「すり合わせ、造り込み」とは異なり、分業体制でつくられた高性能なモジュールを組み合わせる「組み立て型」の性質を持っているからだ。

 前述の記事を書いて1年半、その間、中国のEVは着実にその方向に向かっている。もちろん自動車はパソコンやスマホより大きく、部品点数も多い。なにより人を乗せて高速で動く乗り物だから高い耐久性や安全性が求められる。そのぶん技術的な「すり合わせ、造り込み」の重要度は高く、現時点でスマホのようにスッパリと「メディアテック・モーメント」が来たわけではない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 しかし、EVの生産がよりシンプルになり、「誰でも注文さえすれば自社ブランドのEVがつくれる」というスマホに類似した環境は生まれつつある。

EV生産を変えた「eAxle」(イーアクスル)

 その変化を象徴するのが、EVが走るための中核部品を一つにまとめ、パッケージ化した「eAxle(イーアクスル)」と呼ばれるモジュールだ。

 「eAxle」は簡単に言うとEVを走らせるためのモーター、電力を制御するインバーター、モーターの回転数を調節しドライブシャフトに伝えるギア――の3つを一体化した製品だ。EVのパワートレインの主要部品をひとまとめにすることで、軽量化、省スペース、低コスト化が一気に実現した。

 この「eAxle」を車体に積んでバッテリーとつなぎ、ハンドルと座席を付ければEVができてしまう――というのは冗談だが、高品質かつ低価格な汎用の「eAxle」がオープンな市場で調達できるようになってEV生産のハードルが格段に低くなったことは間違いない。

「E-Axle」はパソコンに例えればCPU

 EVの「E-Axle」はパソコンに例えればCPUのような存在だ。IntelやAMDといったCPUの設計や製造企業が汎用品のCPUを開発、生産し、市場に出す。パソコンメーカーはそれらを使って製品をつくる。パソコン業界はそういう構造になっている。EVの生産でも「E-Axle」はそのような意味を持つ存在といえる。

 「eAxle」が市場に出始めたのは10年ほど前。2020年頃から欧州や中国などのEVメーカー、部品サプライヤーが次々と生産を開始、自社のEVに搭載したり、外販したりするようになった。

 余談になるが、実はこの「eAxle」を世界で初めて量産開始したのは日本の電機メーカー、ニデック(旧社名・日本電産)である。同社は世界に先駆けて2019年から「E-Axle」の量産を始め、2023年4月時点で生産台数は累計70万台に達する(同社ホームページによる)。中国市場での存在感は大きく、「E-Axle」生産台数では、自社のEV向けに内製しているBYD、テスラに次ぐ第3位だ。中国の大手EV企業でもニデックの「E-Axle」を搭載している例は少なくない。

シャオミのEVが持つ意味

 冒頭に触れた中国のスマホメーカー、シャオミが発売したEV「SU7」は、こうした流れの中で理解すべきものだ。「SU7」のスペックの詳細は改めて触れない。しかし標準モデルで21万5900元(約450万円)の価格で最上級クラスのEVと同等、「ポルシェ並み」の動力性能や航続距離、ネットワーク機能などを実現しているところは、さすがにシャオミらしい。

シャオミが発売したEV「SU7」(※シャオミウェブサイトより)

 かつてシャオミは創業直後の2011年秋、最初のスマホ「Mi One」(第1代)を発表した。これは当時、大人気だったiPhone4にデザインもスペックもそっくりで、ほぼ同等の性能を実現しつつ、価格はiPhone4の半分以下だった。

 この初代スマホは中国の若者たちの熱狂的な支持を受け、中国スマホ史の伝説的存在となった。しかしながら「同等のスペックで半額」を実現した努力は称賛すべきものだが、スマホそのものとしてみれば、それ以降、シャオミがiPhoneを超える新しい何かを残したかといえば、そうではない。

 今回の初代EVも、先駆者のテスラを強烈に意識し、「ポルシェそっくり」のフォルム、「スーパーカー並みの性能で価格は半分以下」のコンセプトは、初代スマホと見事なまでに同じである。そして、今回の初代EVも同様に、「驚異的なコスパ」は間違いないが、それ以外、EVとして従来にない斬新なコンセプトがあるかといえば、そうでもない――というのが現時点での評価だ。

EVは「居住空間の一部」

 むしろシャオミのEVが持つ意味は以下の2点にある。

  1. 自動車をつくった経験がゼロでも、わずか3年でスペック的には世界最高水準の車をつくれる。EVとはそういう商品である。そのことを世の中に示した。
  2. シャオミのEVは自動車ではあるが、自社のOSを基盤に、スマホや家電などとシームレスに連携し、「居住空間の一部」として機能する商品になっている。

 これらの点において、シャオミの初代EVは、新たな時代の到来を示すものだ。そして、それが可能だったのは、ここまで述べてきてたようにEVという製品は高度にモジュール化が進んでおり、オープンな「組み立て、分業型」での生産が可能になっているからだ。

激烈な値下げ競争

 今年2月、中国EV最大手のBYDは業界の先陣を切って新車価格の大幅値下げを断行、それをきっかけに激烈な値下げ競争が始まった。

 BYDは人気車種「秦PLUS」などのEV およびPHV(プラグインハイブリッド)2024年版の価格を2万元引き下げ、7万9800元からとした。ざっくり言えば200万円の車をメーカー自ら160万円で売るというのだから、とんでもない値下げ率である。

 「EVはエンジン車より安い」。これがBYDの掲げたキャッチフレーズである。これまで中国のユーザーがEV購入をためらう最大の理由は車両本体の値段の高さにあった。大幅な値下げでその弱みを解消し、一気にエンジン車を圧倒するのがBYDらの目論見だ。

 競合企業は応戦せざるを得ない。中国の自動車は「新エネルギー車」、エンジン車とも生産能力過剰で、価格競争は簡単に止まらないだろう。現在、中国のEVの中心価格帯は5~20万元(100~400万円)だが、最も競争の激しい大衆車クラスは5万元(100万円)を切るものも出てきている。日本でいう軽自動車クラスには3万元台(60~70万円)の車も珍しくない。品質も向上しており、日常の足としての使用には十分耐えられるレベルだ。

 国外への輸出も増える。エンジン車も巻き込んだ中国発の「自動車の価格崩壊」が起きるとの見方もある。今後、EVのモジュール化は進展し、低価格化もさらに進むだろう。同時にネットワーク化、クルマの「端末化」が進行する。

 ここからは個人的な想像の域だが、中国では1~2万元(20~40万円)、今の小型オートバイぐらいの値段で買える数億台の「人民EV」がネットワークでつながり、半自動運転、再生可能エネルギーを利用して全国を走り回る。自動車といえば国民は原則的に全員がそれに乗る。あまり面白くはなさそうだが、そんな時代の到来は、あながち夢物語とも言えないかもしれない。