本文へ移動
次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国のDXが目指す「新たな質の生産力」
政府主導で国際競争力の強化を狙う

 中国の習近平国家主席が「新たな質の生産力」(新質生産力)という新しい概念を唱え、国内産業の変革を強調したのは昨年9月。今年3月の全国人民代表大会(国会に相当)でも李強首相が改めて経済政策の中心に掲げ、習政権のキーワードになっている。

 「新たな質」とは耳慣れない言葉だが、その定義は「旧来の経済成長モデルから解放された先進的な生産力」であり、「ハイテク・高効率・高品質」の新たな産業を生み出すことを目的とする。その中心にあるのが「数字化(デジタル化)」だ。

 要するに「新たな質の生産力」とは、国家を挙げてのDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進にほかならない。安く豊富な労働力に基づいた投入量拡大による従来型の成長から、テクノロジーを中核にした高い生産性、高効率、高付加価値による成長へと産業構造を転換することだ。

 「中国的DX」の取り組みをみると、
①政府主導の国家戦略の色彩が強い
②国有企業が主役
③製造業の強化がメインテーマ。世界最強の製造業を目指す
という特徴が読み取れる。

 今回は中国が押し進めるDXの今について話をしたい。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

「政治」が強い中国はDX推進に有利?

 「DX」という単語は、実は中国ではほとんど使われていない。もちろん「Digital Transformation」という概念自体は同じで、中国語では「数字化転型」と表現されることが多い。「数字(化)」とは「デジタル(化)」で、「転型」が「トランスフォーメーション」である。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 DXの狙いは、「デジタルによって産業構造やビジネスモデル自体を変革すること」にある。そこが単なる「デジタル化」との違いだ。「変革」となれば、どこの世界でも摩擦や抵抗は避けられない。大きなグランドデザインを描き、強い指導力と実行力で推進していくパワーがなければ、DXの実現は難しい。

 中国は、もともと経済の国家主導的色彩が強く、特に習政権誕生以降、「政府が企業を指導する」傾向は強まっている。このように考えると、政治の力が強い中国は、その是非はともかく、DXの推進には有利な構図が存在する。中国のDXに注目すべき理由はこのあたりにある。

 DXが企業や社会の変革を目的とすることは世界共通だ。そこで活用される技術そのものは、どの国でも本質的には大きな違いがない。AI(人工智能)やIoT(モノのインターネット)ビッグデータ分析、RPA(Robotic Process Automation 、ロボットによる自動化)、クラウドコンピューティング、XR(クロスリアリティ)、デジタルツインといった技術は、中国でも諸外国と同様に広く活用されている。

 そこで今回は、DXの技術的側面ではなく、「中国的DX」の特徴と考えられるいくつかの点について、「中国の事情」の面から考えてみることにする。

国家戦略の色彩が強い中国のDX

 中国でDX(数字化転型)の推進が強く叫ばれるようになったのは2021年ごろからだ。政府の「第14次五ヵ年計画(2021-2025年)」で「DXによって生産方式や生活スタイルおよび社会管理方法の変化をリードする」(訳は筆者、以下同)方針が国家戦略レベルに引き上げられたのが端緒だ(前述のように中国では「DX」の表現はあまり使われていないが、この稿では中国語の「数字化転型」の訳語として「DX」を使用する)。

 もともとDXの概念は米国発で、中国に進出した外資系企業などではそれ以前から存在した。しかし米国との経済対立が深まり、コロナ禍をきっかけにグローバル経済との分断の危機が高まってきたことを背景に、中国政府は、しだいに中国独自の産業力強化の方針を強調し始めた。冒頭に触れた習近平国家主席の提唱する「新たな質の生産力」はその文脈上にある。「DXの国家戦略化」の背景にはこのような状況がある。

中国経済の65%は国有企業

 こうした状況から、「中国的DX」の主役は国有企業である。日本では中国での外資系や民営企業の活動が注目される傾向が強いが、実は中国経済は国有企業などの「公有制経済」の比率が高い。国有企業の公式数値が発表されている2022年度のデータでみると、同年の中国のGDP約120兆元(約2400兆円)の65%を国有企業が占めている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 そのうち中央政府が直接管理する「中央管理企業(央企)」と呼ばれる有力企業が全国で131社ある。エネルギー関連や鉄道・航空などの交通事業、自動車・重工などの大型製造業、大手金融機関、郵便・通信事業などだ。これら「中央管理企業」だけで売上高の合計は約40兆元に達し、中国のGDPの3分の1を占める。

「公有が主、民営は従」

 「国有企業」は、「企業」という単語が使われているので誤解されやすいが、実際のところは「企業」というより、いわば「国有事業」に近い存在だ。つまり行政府の一部であり、政策の実行部隊としての事業部門である。つまり政府の現業部門がGDPの65%を占めていると考えれば、中国の政治が国策としてDXを進める際、最も重視するのがこのセクターであることは合点がいく。

 中国の憲法には「中国は社会主義公有制を基礎とし、公有制主体の体制を堅持し、多種の所有制と共同で発展する経済である」(大意を筆者が要約)と記されている。特に昨今、習政権下では「公有制主体」が強調される傾向が強まっており、「公有が主、民営は従」の色彩がますます濃くなっている。

従業員210万人の大組織

 こうした中央企業を中核とした国有企業群は、その歴史が古く、計画経済時代からの古い経営資産を引きずっているケースも少なくない。経営規模は巨大で、売上高が最も多い「中国国家電網」(電力会社)は同3兆5000億元(約70兆円)、従業員91万人、第2位の中国石油天然気集団は同3兆2000元(約64兆円)、62万人の大組織だ。従業員数が最も多い中国鉄路総公司(国有鉄道)は210万人もの従業員を擁する。

 おまけに、これらの国有企業は事実上、政府の一部門であるため、経営幹部の任用は政治的思惑が大きく左右する。こうした巨大な官僚組織の変革はもちろん容易なことではないが、それだけにDXが実現した際のインパクトも大きなものになる。

電力供給プロセスのすべてをデジタル化

 巨大国有企業のDXの典型事例としてしばしば語られるのが、「中国国家電網」の地域分公司のひとつで、華南一帯に電力を供給する「中国南方電網」である。同社は過去数年間、発電から送電、変電、配電、そして顧客の電力利用に至るまでのプロセスを全面的にデジタル化、インテリジェント化する事業を進めてきた。

 送発電のネットワークだけでなく、工場の運営や資材調達、顧客対応など、あらゆる管理業務をデジタル化し、すべての業務プロセスが透明化、可視化が可能になった。例えば、同社はAIによる送電線の統一巡回監視システムを開発し、インテリジェント監視ステーション2098カ所、リモート操作ステーション4078カ所を設置した。検査実績はすでに100万kmを超え、大小さまざまな問題点の発見は86万9000カ所に及ぶ。すでにマンパワーによる巡視の70%以上を代替しており、操作時間の短縮は80%以上に達している(同社ホームページによる)。

 顧客対応の面でも、自社アプリケーション「南網オンライン」の機能を高度化し、例えば顧客が工場や商店などで新規に電力供給を受ける際、「証明書類なし、申請なし、審査なし、追加投資なし、来所なし、電力供給中断なし」という「6つのなし」サービスを導入、国家統一の身分証に基づいた顔認証ですべての手続きができるワンストップサービスを実現した(同上)。

沿海都市部のデータを内陸で計算する「東数西算」

 同社はこうした電力供給インフラを基礎に、国家プロジェクト「東数西算」ネットワークの構築でも重要な役割を担っている。「東数西算」とは「東のデータを、西で計算する」という意味で、経済発展の著しい東部沿海地域のデジタルデータを、再生可能エネルギーが豊富で、電力の制約が比較的緩やかな内陸の西部地域で演算処理するプロジェクトだ。

 このプロセスでカギになるのが、計算のための膨大な電力供給である。政府と同社など国有電力会社が中心となって、データセンターおよびクラウドコンピューティング、ビッグデータの処理を一体化した全国規模の計算力ネットワークシステムを構築、都市部の計算力ニーズを西の内陸部へと誘導する。それによってデータセンターの建設配置を最適化し、沿海部と内陸部の協働、連携を強化する。

東数西算のイメージ図 ※筆者作成

 具体的には、全土に8カ所の「計算力ハブ」を建設し、超大型のデータセンターをこれらのハブに集積させ、ハブの周辺に「国家データセンタークラスター」を形成する。そのうえで、内陸部のクラスターでは、データの遅延が致命的な問題になりにくい一般的な計算処理などを行い、都市部に近いクラスターでは金融関連や自動運転、遠隔医療などデータの即時性に対する要求レベルの高い計算処理を行うようにする。まさに国家的規模のDXといえる。

 国有企業を中核に、こうした巨大なスケールのDXが実行できるのが中国の強みだ。

製造業は国家競争力の中核

 国有企業中心の中国のDXにおいて、その最大の力点は製造業だ。グローバルなバリューチェーンで、中国が最も大きな価値を持つのが強力な生産力、供給力である。あらゆる種類の、さまざまな価格帯の商品を、中国ほど大量かつ短期間で世界に供給できる国は他には存在しない。中国政府が国を挙げて製造業のDXに力を入れる背景には、最大の競争力の源泉である製造業をより強化することが最善の策だとの判断がある。

 2023年、世界貿易における中国発の輸出シェアは約14%で、2013年以降、世界のトップを続けている。昨年、中国の自動車輸出は日本を抜いて世界首位の座についた。その他の輸出の中身もEVやリチウムイオン電池などハイテク製品の比率が高まり、高付加価値化が進んでいる。加えて近年では中国発のグローバルな越境ECが急成長し、衣料品や雑貨類などの輸出も急増している。その根底にあるのは旺盛な生産力だ。

 中国の製造業に対しては、これまで「大きいけれども強くない、何でもあるが突出したものがない」(「大而不強、全而不精」)との指摘が中国国内でもなされてきた。豊富な労働力を活かした大量生産とコストパフォーマンスの良さが中国製品の強みだが、それは裏を返せば「量と値段で勝負」の世界からなかなか抜け出られない弱みでもあった。

 中国政府が進めるDXの最大の狙いは、デジタルをテコに、高効率と高付加価値で競争に勝つ世界トップレベルの水準へと中国の製造業を変革することにある。

中国は「DX先進国」

 取り組みの成果は出てきている。

 「ライトハウス(灯台)工場」に選出される中国の工場が増えているのはその表れだ。「ライトハウス工場」とは、第4次産業革命をリードするライトハウス(灯台=目標、指針)となる先進的な工場を選定するプロジェクトで、「ダボス会議」の開催で知られる民間の非営利組織「世界経済フォーラム(WEF)」が2018年から実施している。製造業のDX推進を支援しようとのグローバルな試みだ。

 2023 年末に発表された最新版の段階で、全世界から153工場が選出されている。そのうち62工場が中国にある。全体の40%強を占め、国別では圧倒的な世界一だ。第2位はインドの16工場、第3位は米国の11工場。ちなみに日本からは3工場が選出されている。

 ただし、これは所在地によるまとめで、中国にある62工場のうち外資系(外資100%もしくは合弁企業)が22工場ある。100%中国企業は40工場になるが、それでも世界全体の4分の1以上を中国企業が占め、圧倒的な世界一に変わりはない。製造業のDXにおいては、中国は堂々たる先進国と言っていい。

生産ラインの効率を60%アップ

 中国の「ライトハウス工場」第一号は大手電機メーカー、ハイアール(Haier、海爾=山東省青島市)である。

 同社が開発したスマートコントロール・インターネット工場プラットフォーム「COSMO Plat(コスモプラット)」は2017年に生産ラインに投入された。安徽省合肥市の同社工場では、「バーチャル・インダストリアルエンジニアリング(VIE)」によって完全にスマート化された製造ラインで、ロボットが粛々と生産を進める。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 顧客との間を情報ネットワークで直結することで、販売と生産現場の距離感をなくし、高効率の生産を実現。すべての生産プロセスを可視化することで、製品のリアルタイムでの品質検査と分析が可能になり、従来の生産手法に比べて効率は60%以上アップしたという(「中国質量報」2022年7月18日)。

 同社はこの「COSMO Plat」を他企業にも外販ならびに技術指導を行っており、これまでに家電やアパレル、自動車など10以上の業界に技術を移植、間接的にこの技術の恩恵を受けている企業は16万社に達する(同)。

 また大手自動車メーカー、奇瑞汽車(Chery Automobile、安徽省蕪湖市)はハイアールの協力で、この「COSMO Plat」を生産ラインに導入。顧客のオーダーを即座に生産に反映するフレキシブル生産ラインを持つ「青島スーパーファクトリー」を立ち上げた。ガソリン車、EV(電気自動車)、ハイブリッド車の3種類、10数車種の混合生産ラインで、納期を従来の23日から15日に短縮できたという(「中国電子報」2024年2月5日)。

 このほか、世界中で3工場が「ライトハウス工場」に選定されているリチウムイオンバッテリー工場は、すべてCATL(寧徳時代新能源科技、福建省寧徳市)のものである。また、工場単体では世界最大の光ファイバーケーブル生産拠点である亨通集団のインテリジェント工場(江蘇省蘇州市)は、圧倒的な低価格で大量の高性能な光ファイバーケーブルを生産している。諸外国との間でダンピング問題を惹起するなどの課題はあるものの、中国全土に高速の5G回線を張り巡らせるうえで同工場の存在は大きな意味を持つ。

現場の知恵が即、情報化される時代

 このように、中国のDXは政府の強い指導力を背景に、国有企業や大型の製造業を中心に着実に浸透している。大手企業でいったんシステムが確立されると、あっという間にその廉価版が登場し、非常に速い速度で中小企業に普及していくのが中国のお決まりのパターンである。中国では国有企業に限らず、民営企業でもトップの強いリーダーシップでトップダウン経営が行われているケースが多い。DXの進展は予想以上に速い可能性がある。

 ある中国人経営者は「かつて生産ラインの自動化、効率化の段階では、日本企業は世界のトップを走っていて、我々中国企業は多くを学んだ。しかしDXとなると、そうしたことはあまりなくなった」と話す。

 「ものづくり」は日本のお家芸で、日本企業はそこに回帰すべきとの論調は根強い。しかし、現場の知恵や経験の蓄積が即座に情報化され、AIの指示で正確かつ高速、大規模に実行される時代となった今、「匠の技」をデジタルでいかに活用するかが問われている。DXの成否は企業、ひいては国の命運を左右する。この点で、大胆に変革に向き合う中国の姿勢には学ぶべきものがある。

    関連サービス