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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

逆風にめげず、中国で事業拡大する外資小売
グローバル調達力を活かし、長期目線で積極投資

  中国でグローバルな外資小売企業の積極姿勢が目立っている。米ウォルマート傘下の「サムズ・クラブ」や日本でもおなじみの「コストコ」、スウェーデンの家具ブランド「イケア」、ドイツ発の世界最大級のスーパー「Aldi(アルディ)」など、リテール企業の巨頭が中国各地で積極的な投資を行っている。

 不動産価格の大幅な下落に見られるように中国経済の苦境は明らかだ。にもかかわらず、こうしたグローバル企業が中国投資を拡大する背景には、仮に中国に大きな変化が起きようとも、長期的に見れば巨大な消費が消えるわけではないという「腹の括り」がある。全世界を市場とするグローバル小売としてみれば、「中国抜き」のビジネスはあり得ないということだ。

 中国市場では、所得の伸び悩みや資産価値の縮小で、中高所得層の「ラグジュアリー消費」は低迷する一方、「高品質、合理的な価格」の商品が歓迎されるようになってきているのも追い風だ。

 日本国内では中国経済の先行きに悲観的なニュースが多く伝えられる。それは事実ではあるが、バブル崩壊後の日本が決して崩壊したわけでも消滅したわけでもないのと同様、中国市場も確実に存在し続ける。「政治」からは比較的距離のある小売の領域でグローバル企業の中国進出が加速している事実は、世界の市場が確実に一体化しつつある現状を示している。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

イケアが初の外資100%のショッピングモール開発

 9月26日、国慶節(建国記念日)を前に、スウェーデン発のイケア(IKEA)がデベロッパーとして開発主体となった初の外資100%の超大型ショッピングモール「Livat(上海薈聚購物中心)」が、上海市長寧区にオープンした。商業施設面積は43万㎡と、日本最大規模の「イオンレイクタウン」(埼玉県越谷市、同24万5000㎡)の2倍近いという巨大な商業施設だ。

 このモールは同区政府が音頭を取り、中国で初めて外資100%でのショッピングモール開発が認められたことで話題になった。イケアは自社で進めるこのショッピングモールを、中国では「Livat(薈聚)」というブランド名で打ち出している。現在、上海のほか北京や武漢、西安、福州、長沙、昆明など中国10都市で運営しており、総投資額は275億元(1元は約21円)、日本円で5500億円を超える。

 モール内には300を超える店舗が出店、そのうち中国初出店が23店、上海初出店が29店という鳴り物入りのモールである。イケア自身も売り場面積2万㎡超の大型店を出店、中国で28店舗目の店となる。同社は記者会見で、2025年会計年度で新たに4億元を投じ、500品目以上のコスパの高い商品を中国市場に投入すると発表している。

 国慶節の連休期間中、同モールに行ってみたが、オープン直後とあってすごい人である。2800台ぶんの大型駐車場を備えているが、車の列でなかなか入れず、30分ほど待つ羽目になった。イケア自身の店舗のほか、日本のユニクロや世界初の「三つ折りスマホ」を発売したファーウェイ(HUAWEI、華為科技)、最新のEVスポーツカーを発売したシャオミ(Xiaomi、小米)の店舗などにも大勢の客が訪れていた。

中産階級の消費を引き寄せる「サムズ・クラブ」

 同じく上海西郊の巨大ショッピングモール内に今年5月、オープンしたのが米ウォルマート傘下の会員制ホールセールクラブ「サムズ・クラブ」(Sam's Club、山姆会員商店)上海真如店だ。ウォルマートは4400億米ドル(2024年)のグループ売上高を有する世界最大の小売業。サムズ・クラブは日本国内には店がなく、一般にはなじみが薄いが、世界に800店舗以上を展開、同年の売上高は860億米ドルに達し、伸び率はウォルマート全体を大きく上回る。

 その成長の原動力になっているのが中国だ。すでに48店舗を展開、ここ数年、深圳や上海、福州、南京などに立て続けに大型店を出店、拡大ペースを加速している。上海真如店を訪れてみると、ここも大勢の買い物客で賑わっていた。入店には年会費が必要で、金額は一般会員が260元。中国の身分証明書もしくは外国人ならパスポートを提示し、会費を払えばその場で会員登録ができる。会員証(アプリ)は米国など世界各地の店舗やECでも通用する。

 いま上海など中国の大都市では、中間層以上の家庭で最も人気の買い物先がサムズ・クラブだと言っていいだろう。週末になると一家で車に乗ってサムズ・クラブにやってきて、大きなカート一杯の買い物をする。不景気とはいえ、そういう家庭がたくさんある。

「米国産サーロインステーキ肉1キロ約5000円」

 サムズ・クラブのビジネスモデルは、日本でも既に35店舗を展開するコストコ(Costco、中国語名「開市客」)とほぼ同じだ。日常生活に安定的なニーズのあるベーシックな商品に取り扱いアイテムを絞り込み、一商品あたりの生産量を極大化する。そして、それらを世界中の最適な生産地で大量に生産、大量に販売することで売価を極限まで切り下げる。いわば「世界共通の都市住民の生活インフラ」として高品質な日用品を低価格で大量に供給するやり方だ。

 これらホールセールクラブの売り場面積は普通のコンビニの何十倍もある一方で、「取り扱いアイテム数はコンビニ並み」と称されるのはそのためだ。どこの家庭でも日常的に繰り返し消費する洗剤やトイレットペーパー、衛生用品などの日用品、調理器具やインテリア関連製品、チョコレートやポテトチップスといったお菓子類、パン類、缶入りの清涼飲料などは世界中でほぼ共通の商品が売れる。ホールセールクラブの得意な商品である。

 この日訪れたサムズ・クラブの上海真如店でも、239.8元/1kgの米国産サーロインステーキ用肉や10個入り33.8元の大きなクロワッサンのパックなどが人気商品になっていた。1kgで239.8元というと、100グラムあたり500円ほど。日本の感覚では驚くほど安い感じはしないが、中国の輸入牛肉は高いので、これはかなり魅力的な値段だ。

 上海にはコストコの店もある。行ってみたが、ここも来店客数は多い。しかし今、より勢いがあるのはサムズ・クラブの方だ。コストコはグローバルでみると、会員数1億人を誇る世界最大の会員制ホールセラーである。中国では2019年の初出店以来、5年間で7店舗とまだ数は少ないが、今年1月に中国大陸6番目の深圳店、5月に7番目の南京店をオープンするなど出店ペースを速めている。

上海に集中出店するドイツ発のスーパー「アルディ」

 最近、中国の小売業界で注目を集めているのが、ドイツで誕生し、世界中で1万店近くを展開するスーパーの大手「アルディ(ALDI、奥楽斉)」である。同社も日本には店舗がないが、米国だけでも2000店以上を展開するグローバル小売企業だ。1913年、ドイツのエッセン郊外に開いた食料品店が始まりで、当初、低所得層向けの低価格商品の販売で勢力を拡大。後にPB(プライベートブランド)商品を充実させ、品質が急速に向上、ミドルクラス以上の中高所得層に対する基盤を確立した。

 中国には2019年、上海市に1号店を出店。その安さと品質が評判を呼び、2024年9月現在、同市内に57店舗を展開、同年の売上高は15億元に達するとメディアは伝えている。

 同じく国慶節の連休中、上海市郊外の青浦区にある「アルディ蟠龍天地店」に行ってみた。日常生活に密着したスーパーだけあって、肉類や野菜、果物、乳製品などの品揃えが豊富だ。また惣菜類やベーカリーなどを店内で調理し、販売して人気商品となっている点も、サムズ・クラブやコストコと共通性がある。

商品の種類はコンビニの半分以下

 同社の特徴は、1500品目の取扱商品の9割がPB商品であることだ。サムズ・クラブやコストコと同様、日常生活の必需品を、アイテムを絞って大量に自社ブランドで生産し、低価格で販売する。そのためアルディのSKU(Stock Keeping Unit=在庫管理や受発注の際に商品を管理する最小単位)は約2000で、日本のコンビニが通常、3000SKU程度とされているのに比べても、商品の種類は非常に少ない。

 店の内装は簡潔で、庶民的な印象を打ち出している。立地も賃料の低い住宅地の周辺などを選び、コストを引き下げる。アルディの店舗は平均で500~600平米の売り場面積で、日本のコンビニ(平均で150~200㎡)の3~4倍の広さがあるが、店舗スタッフは通常4人程度しかおらず、箱ごとの商品陳列やスマホを活用したセルフ会計システムの導入などで、店舗運営の少人数化を徹底している。

中国での全土展開は急がず

 アルディの中国進出は2019年からの5年間で57店舗、しかも地域は上海限定と、小型スーパーの出店ペースとしては決して速くない。しかし、上海エリアで中国での経営モデルが固まってきたとして、隣接する江蘇省や浙江省に展開エリアを広げる計画と伝えられる。

 アルディの考え方は極めて堅実だ。中国は大市場だが、出店を急ぐ必要はない。重要なのは商品力であり、そこには自信があるので、着実にエリアを拡大していけば、後発であっても必ず市場は取れる――と考えている。中国の小売企業は、これまで多くが新たな経営モデルを掲げて一気に規模を拡大するが、商品開発力や店舗運営能力が追いつかず、ほどなく失速するという例が目立った。それだけに世界各国で1万店以上の店舗網を持つアルディの中国での着実な経営姿勢は際立っている。

「価格」ではなく「商品力」で勝負

 このように中国で積極的に投資を拡大しているグローバル小売企業のビジネスには多くの共通性がある。

 第1に、「価格」ではなく「商品力」で勝負している点だ。その象徴がPB商品の重視である。サムズ・クラブやコストコ、アルディ、いずれも「価格の安さ」を謳ってはいるが、「低価格」そのものがメインの競争力ではない。この3者が打ち出しているのは、あくまで「上質かつ安心な商品」である。それがPBのビジネスモデルの優秀さによって「低い価格で買える」ことが強みだ。家具や生活雑貨が中心のイケアは、上記3者とはやや形態は違うが、それでも「独自商品そのもののお値打ちさ」で国を問わずに顧客を惹き付けるビジネスモデルの根幹は同じである。

 コロナ禍以降の景気失速で、中国の勤労者の所得は伸びず、不動産価格、株価の下落で資産価値も縮小する。消費者は急速に「実質的な価値のある商品」に関心を向け始めている。昨今、中国では「平替」という言葉が流行語になっている。「平替」とは「平価替代品」の略で、「平価(低価格)の商品によって高価格品を代替する」という意味である。

 所得が急速に伸び、資産が急拡大した過去の時代、多くの消費者は高品質な商品を使う快適さを知った。しかし、景気低迷の今、同じようにお金を使う気にはなれない。でも生活の質はできる限り落としたくない。そこで、一定以上の品質を維持しながらも合理的な価格を実現しているグローバル小売の商品で高価格品を「平替」する――というわけだ。「ブランド」そのものに高いお金を払うのではなく、商品の実質的な価値を重視し、コストパフォーマンスの高い商品を選ぶ。そういう傾向が強まっている。

着実に厚みを増す中間層

 第2の共通点は、厚みを増す中間所得層をターゲットにしている点だ。

 中国には「下沈市場」と呼ばれる低所得層の巨大なマーケットがある。ここに向けたビジネスが大きく成長しているのは事実だ。しかし、そこにグローバル企業が入り込む余地は少ない。一方で中国市場は大きく、重層的である。安定した職に就き、持ち家に住んで、不動産価格の下落にも直接の経済的影響を受けにくい層は膨大な数にのぼる。こうしたマーケットの人口だけでも数億人の単位になるだろう。

 こうした中間層は、必ずしも「安さ」だけを求めているわけではない。快適な生活を支えるための一定以上の品質、そして商品の安全性に対する安心感を強く求めている。それを実現するのが、これらグローバル小売企業のPBである。

 今年7月、中国でPB商品の人気を一段と加速する事件があった。中国北部の天津市や河北省で、工業用燃料を輸送するタンクローリーのタンク内を洗浄せずに食用油を運搬する行為が日常的に行われていたことがメディアの報道で発覚。管理体制のあまりのずさんさに国民は驚き、国務院(内閣)が調査に乗り出すなど大きな騒ぎになった。この事件以降、スーパーなどでは「原材料のオリジン」が間違いのない、信頼できる企業のPB商品に対する消費者のニーズが一段と高まった。

内陸部へ積極的に展開する外資小売

 第3の共通点は、上海や北京、深圳といった特大都市だけでなく、地方都市をも視野に入れているところだ。

 この10年、スマートフォンの普及以降、中国経済の非常に大きな変化の一つは、長くグローバルな経済開放の窓口だった沿海部の大都市と、その他内陸部の都市との情報格差、人材格差が急速に縮小していることである。そのことは地方都市を訪ねてみると実感する。いまや各省の省都クラスの都市であれば、店舗の顔ぶれや商品構成、流行に対する感度などで、上海など沿海部の大都市との「時間差」はますます小さくなっている。

 もちろん住民の平均所得や不動産価格の水準には大きな差があるけれども、そのぶん地方都市のほうが競争は少なく、外資の小売業が優位な地位を築きやすい。今後の「伸びしろ」も大きいと考えられる。

 また中国はグローバルな小売企業にとって、市場としての意味だけではなく、世界市場に向けての商品の調達、生産基地としての役割もある。例えば、コストコは浙江省の港湾都市、寧波市に早くから進出している。それは消費市場の成長性と同時に、同市が強い価格競争力を持つ各種工業製品の生産拠点でもあることが背景にある。

日系小売企業も継続的に拡大

 考えてみれば、日本発の小売業であるユニクロやニトリなども、商品は基本的に自社企画、独自生産で、いわばPB企業といってもいい。逆風下の中国経済ではあるが、ユニクロはすでに中国大陸で900店舗以上、ニトリも100店舗を超え、日本最大の小売企業グループであるイオンが展開する「イオンモール(永旺夢楽城)」も中国全土に24カ所を展開。いずれも今後、継続的に出店を拡大していく方針を明らかにしている。

 グローバルな商品生産、調達網を強みにしている点、自社企画・生産の商品、PB商品を重視した経営、内陸部の地方都市への積極展開など、その姿勢はサムズ・クラブやコストコ、イケアなどと基本的に同じである。まさにグローバル小売企業の共通性を兼ね備えている。

 中国経済がこの先、楽観を許さない状況にあることは事実だが、日本企業が今後、長期的な成長を実現しようと考えれば、商品力そのものを着実に強化し、長い視野で中国の消費者を自社のファンにしていく努力が不可欠だ。グローバルな小売巨頭たちの行動は、そのことを教えている。

  • 文中の写真はすべて筆者撮影