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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国発のIP(知的財産)で成長する「キャラクター経済」
ソフト面でも進む中国企業のグローバル化

 中国で独自のIP(Intellectual Property、知識財産)を強みに、「キャラクター経済」が成長している。

 中国発のキャラクターは、中国国内だけでなく東南アジアや欧米でも人気が高まり、世界各地で新規出店が相次ぐ。中国のアート・トイ業界トップ企業、「POP MART(ポップマート、泡泡瑪特)」の株価はこの1年で4倍以上に上昇、低迷する市場の期待の星となっている。

 グッズやフィギュアなどいわゆる「潮流玩具(潮玩)」を中心とした、中国のIPビジネス成長の背景には経済環境の変化がある。成長がスローダウンし、将来への期待がしぼむ中、消費者の嗜好は「高級品の所有欲」から「落ち着いた暮らし、精神的な癒やし」を求める方向に動いている。

 一方で、デザイナーとの長期的な協業による中国発キャラクターの魅力の向上、高品質の製品を低価格で大量に生産する供給力、TikTokなど中国発のSNSのグローバルな普及が、その勢いを後押している。

 不動産バブルの破裂など、中国経済は苦境にあるとはいえ、従来からの製造業だけでなく、こうしたソフト的な領域でも中国企業の存在感は高まっている。その背景には、1980年代以降生まれのグローバルな視野を持つ大量の若い人材がいる。今回はそのあたりの状況を考えてみたい。(文中敬称略)。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

タイ1号店の売上高は新記録

 今年7月、タイのバンコク郊外、巨大ショッピングモール「メガバンナー」に、POP MARTのキャラクター「LABUBU(ラブブ)」のテーマショップがオープンした。この日はPOP MARTの創業者、王寧のほか、タイの中国大使館参事官も駆けつけ、盛大な開業式が行われた。「中国産IP」にかける中国政府の熱意がうかがわれる。

 「LABUBU」は、香港生まれでオランダ在住のデザイナー、カシン・ロン(龍家昇)がデザインしたモンスターのキャラクター。絵本の主人公からPOP MARTとの協業でフィギュア化され、人気に火がついた。特にタイを中心とする東南アジアでファンが多い。

 タイ国政府観光庁はタイ・中国関係樹立50周年を記念し、POP MARTと共同でタイ文化のエッセンスを取り入れた「タイ版LABUBU」を企画、この日がその発売日となっていた。同店には開店前から多くの客が行列をつくり、当日の売上高は2億円を超えた。単店の1日の売上高としては同社海外店舗の新記録となった。

「BLACKPINK」のインスタで人気爆発

 それに先立つ7月1日には、バンコクのスワンナプーム国際空港にタイの伝統衣装を着た「LABUBU」が中国から飛行機で到着。出迎えたタイ国のスポーツ・文化大臣から「Amazing Thailand Experience Explorer」の名誉称号が授与されるというセレモニーもやってみせた。

 もともとこの「LABUBU」がタイで人気が出たのは、韓国のガールズグループ「BLACKPINK」のメンバーでタイ出身のリサが、「LABUBU」のフィギュアチャームをインスタグラムに投稿したのがきっかけだ(「LABUBU」インスタグラム公式アカウント
https://www.instagram.com/labubuofficial/reel/DBcxv6_S9wS/別ウィンドウで開きます

タイのLABUBU歓迎セレモニー(※中国新聞網より http://www.chinanews.com.cn/gj/2024/07-02/10244059.shtml別ウィンドウで開きます) 

 オランダ在住の華人デザイナーのキャラクターを中国企業が発掘、商品化し、韓国発の世界的スターがインスタで発信して、タイで人気爆発という、まさに今の時代を象徴するようなIPビジネスになっている。この中核にいるのがPOP MARTという企業である。

パリのルーブル美術館にも進出

 POP MARTは2010年、北京で創業。世界各地のポップアーティストやデザイナーを発掘し、支援してポップトイを開発、販売して成長している。近年は自社IPだけでなく、米ハリウッドのメジャースタジオのIPやグローバルなファッションブランドとのコラボなども展開する。

(※文中の写真は別途注記したもの以外、筆者撮影、以下同)

 12月初旬の週末、上海の中心部にある旗艦店に行ってみると、店は大勢の客でごった返している。ほとんどが若い世代か親子連れだ。男女比は女性が7割ぐらいの感じか。人気キャラクターの前でみんな写真や動画を撮ろうとするので、人をかきわけないと前に進めないほどだ。

 中国国内はもとより海外進出に積極的で、前述のタイのほか、日本や韓国、米国、カナダ、英国、シンガポールなど30以上の国や地域で500を超える直営店、2300台以上の「ROBO SHOP(自動販売機)」および自社のECサイトを運営する。2023年の売上高は63億元(1元は約21円)に達した。

 欧州では、2022年1月、英国ロンドンに欧州で最初の店舗をオープン。2023年2月にはフランス・パリに同国1号店、今年7月にはルーブル美術館の「カルーセル・ド・ルーヴル」にも進出、中国メディアは「中国のIPが世界に認められた快挙」と盛り上がった。2024年半期、欧州での売上高は対前年比2.5倍に伸びている。

株価は年初から4倍以上に

 アジアでも、2022年5月にシンガポールで東南アジア初の店舗を出店したのを皮切りに、マレーシア、ベトナム、インドネシアに出店している。今年上半期の東南アジアでの売上高は5億6000万元と対前年比で4倍を超える。同社の海外売上高(香港、マカオ、台湾を含む)の40%を超える大きな市場になっている。

 東アジアでは韓国や日本に出店しており、日本では2020年7月に合弁企業を設立、2022年7月、東京・原宿本店をオープンした。現在、日本国内に11カ所の直営店を展開する。

 こうした状況を受けて、香港株式市場のPOP MARTの株価は今年初めの19HKドル前後から、11月末時点で90 HKドル近くまで1年弱の間に4倍以上に上昇している。香港や上海などの株式相場が低迷を続ける中にあって、IPビジネスは数少ない有望分野と目されている。

「名創優品(MINISO)」傘下のIP企業も世界進出

 POP MARTと並んで、中国版「キャラクター経済」を強力に進めているのが「TOPTOY(トップトイ)」だ。同社は中国の雑貨チェーン最大手「名創優品(MINISO、メイソウ)」傘下で、2020年に設立。コレクション玩具を扱うアート・トイ専門ブランドである。「マーベル」や「ディズニー」、「サンリオ」など海外の人気ブランドと契約してコラボアイテムを販売するほか、「BUZZ(巴兹)」や「Umasou!(恐竜妹)」などの自社IPを有する。

 2020年、広東省広州市に1号店をオープン、2年で2倍のハイペースで出店を続けており、2024年6月末現在、全国に195店舗を出店。2023年の売上高は4億2900万元で、対前年比37.9%増の成長を達成している。

 同社も海外展開に積極的だ。今年10月、タイのバンコク市内に初の海外店舗をオープン。近くマレーシアにも出店の予定だ。親会社の「名創優品(MINISO)」は2015年からフランチャイズ形式で世界各地に大量に出店しており、2024年6月末現在、海外店舗は2700店舗に達する。この基盤を活用し、今後5年間程度で「TOPTOY」を世界各地に1000店舗出店する計画を発表している。

 また、2015年に北京で創業した「52TOYS」も自前のIPに加え、米国や日本などのIPと提携してビジネスを行っている。手のひらサイズのキューブから動物や恐竜に変わる変形フィギュア「BEASTBOX(ビーストボックス、猛獣匣)シリーズは日本でもファンが多い。2017年から海外出店を進めており、すでにタイのバンコク市内の店舗は10か所に増えた。数年内に世界で100店舗を出店する計画を今年初めに公表している。

自前のIPを事業の中核に

 中でもPOP MARTの動きは注目に値する。早くから「自前主義」を前面に掲げ、「独自IP」の重視を鮮明にしている。他企業のIPを活用したビジネスから、自分たちで開発、育成したオリジナルのIPを事業の中核に据える方向に進化しつつある。

 例えばPOP MARTは、「ハローキティ」や「ハリーポッター」「ミッキーマウス」など著名なIPとの契約による開発商品もある。しかし既に売上高全体の9割以上が自社IP、もしくは協業アーティストと契約し、独占使用可能なIPの売上高になっている。

 POP MARTの場合、そこには創業者、王寧の思い入れを事業として形にしてきた同社の創業ストーリーが背景にある。経営に対する王寧の考え方などのインタビューをもとにまとめた近刊「因為独特」(李翔著、中信出版社、2024年、現時点で邦訳はなし)には、POP MARTの創業以来の軌跡が描かれている。この本などをもとに同社の原点をたどってみよう。

「アーティストのための店」をつくる

 王寧は1987年、河南省新郷市生まれ。家は商家で、小さい頃から商売には興味があった。大学時代、香港に「格子街」という商売の仕組みがあることを知る。「格子街」とは、ひとつの店舗を板などで格子状に仕切り、小分けにして小さなスペースを賃貸しするビジネスだ。

 大学卒業後、王寧は北京に出て店舗を借り、自らこの「格子街」を運営し始めた。すると利用者に個人のアーティストが多いことに気が付いた。若いデザイナーなどが自作のアート作品を「格子街」の小店舗で売る。生活のためのささやかな商売である。

 しかし、その中に王寧から見ても魅力的な作品を売る若者もいて、一定のファンもついている。王寧は「個人のアーティストの作品を集めて広く販売すれば、芸術家のためにもなるし、面白い商売になるのではないか」と考え、事業化を決めた。

「ソニーエンジェル」で起死回生

 2010年、北京のIT集積地、中関村のショッピングモールに「泡泡瑪特(POP MART)」の店を開いた。投資資金は20万元。出資者は王寧のほか、当時、彼が通っていた北京大学MBAコースの級友たちだ。そのため現在でも経営幹部の多くは彼の同級生である。

 王寧の店には、アニメや模型、フィギュアなどが好きなアーティストたちが集まってきた。ファンもそれなりについたが、ビジネス的には鳴かず飛ばず。何度も資金ショートの危機に瀕しながらも投資家の援助で切り抜けつつ、事業を続けていると、2015年、日本から「ソニーエンジェル(Sonny Angel)」のブームがやってきた。

 「ソニーエンジェル」は「頭にかぶり物をした小さな天使の男の子」のミニフィギュアで、2004年に日本で誕生した。2015年、中国で「ソニーエンジェル」が大流行、今でもよく覚えているが、筆者のところにも中国の友人・知人たちから購入の依頼がたくさん来た。王寧はその販売代理権を獲得、これが飛躍のきっかけになった。

「自分たちのIP」への思い入れ

 「ソニーエンジェル」は飛ぶように売れたが、その経験から彼が得たのは金銭よりも貴重な、新たな「発想」だった。

 ひとつは「アート作品」に対する人の愛着の強さ、そして自分が好きなキャラクターに対する感情的な思い入れの深さだ。IP商品は実用品とは違う。人の気持ちをなごやかにし、生活に潤いを与える効果がある。この商品を創り出し、売る意味はそこにある――。後に王寧はこのように語っている。

 そして、もうひとつ得たのが顧客心理を深く考えた販売手法だ。フィギュアなどの商品は購入時に中身が明らかでない「ブラインド商品」として販売されることが多い。購入者は詳細な中身を知らないまま箱に入った商品を選ぶ。日本でおなじみの「福袋」や現在も人気の「ガシャポン(カプセルトイ)」なども同じ要素を持つ仕組みである。

 それによって購入者は開封までの間、ワクワク感を持ち、中身判明の瞬間には驚きや喜び、時には失望がもたらされる。普段の買い物とは違う刺激がそこにある。また購入商品を特定できないため、全種類収集のため反復的に購入を続ける可能性が高まる。そこにアイテム交換や取引のための二次的市場が生まれ、新たなファン層を形成するきっかけになる。一方で、この種の商法の過熱を批判する声も少なくない。

 こうしたキャラクタービジネスの奥深さ、面白さに気づいた王寧は、その後、「自分たち自らのIP」を創り出すことに力を傾けていく。現在のPOP MARTが生まれる出発点はここにある。

世界各地のデザイナーと長期的協力

 2016年、王寧は香港に赴き、当時香港の一部で人気があったIP「MOLLY(モリー)」のデザイナー、ケニー・ウォン(王信明)とコラボ契約を結ぶ。

 2017年に発売した「MOLLY」は、包装の方式を「ブラインドボックス」とし、大規模生産により海外のIP商品より低い買いやすい価格で販売。中国全土で爆発的な人気を呼んだ。大手ECサイトに開設した旗艦店では、わずか4秒で完売。この成功によって同社は累積損失を一掃、成長軌道に乗った。「MOLLY」は現在でもPOP MARTの主力商品である。

 その後も、同社の人気キャラクターとなった「SKULLPANDA(スカルパンダ)」のデザイナー、熊喵(Xiong Miao)や冒頭に紹介した「LABUBU」のカシン・ロン、癒し系キャラクター「BOBO&COCO」の卡卡(KAKA)など世界各地のデザイナーと長期的な協力関係を築き、「自前IP」の構築を進めている。

「中国生まれのディズニーにしたい」

 しかしその一方で、「フィギュアを中心とする“潮流玩具”の市場には限界があり、POP MARTら中国のIP企業の成長は一時的だ」との指摘は中国国内にもある。確かに、王寧自身もインタビューの中で「仮にブラインドボックスのフィギュアを100億個売ろうと思ったら、全ての中国国民が年に7つ買わなければならない。そんなことはあり得ない」と語っている。「自前IP」の開発にしても、新たな大ヒットがなかなか出ず、依然として主力の「MOLLY」に依存しているとの見方もある。

 しかし王寧は楽観的だ。「僕らは慌てない。大切なのは芸術性の高さ。性急な儲けは追わない。ゆっくりやればいい」。メディアのインタビューでも、自分たちは多くの中国企業とは違うことを強調する。確かにPOP MARTの店舗は基本的に直営で、フランチャイズ形式でのビジネスの急拡大を志向していない点は他企業と異なる。

 彼が求める将来像は、デザイナーの芸術性を重視し、新たなIPを継続的に生み出す。それをフィギュアだけでなく多方面の商品に展開して、世界中の人々に親しまれる企業になることだ。王寧はインタビューの中で、「POP MARTを中国生まれのディズニーにしたい」という夢を語っている。

 POP MARTは昨年9月、北京市朝陽区内に同市政府の協力でアート・トイのIPを活用した中国初のテーマパーク「ポップランド(POP MART城市楽園)」をオープンした。敷地面積は約4万㎡で、園内では「MOLLY」や「LABUBU」「SKULLPANDA」など人気IPとの記念撮影や限定版アート・トイの購入、キャラクター空間での食事などが楽しめる。

 ディズニーが目指すのは「世代を超え、国境を超え、あらゆる人々が共通の体験を通してともに笑い、驚き、発見し、そして楽しむことのできる世界(東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドのホームページ)」である。

 世界を代表するエンターテインメント企業のディズニーとPOP MARTは、もちろん業態も違えば、企業規模も比較にならない。ディズニーを引き合いに出すのは、現状、彼の夢でしかない。しかし、ディズニーを目標に自ら新たなキャラクターを創り出し、世界の市場で実績を出しつつある企業が、中国の若者の間から生まれてきていることは注目すべき事実だ。

中国企業のIPパワー活用を

 今、上海の街を歩くと、開業から年月が経ち、吸引力が落ち始めている市内中心部のショッピングモールが数多くある。そして、その中にIP関連のショップやキャラクター商品などを扱う店が次々と入居し、多くの若者で賑わいを取り戻している光景に出会う。中にはアパレル主体の百貨店の1フロアだけがいきなりコスプレ風の若者たちであふれているような例もある。経済が苦境に陥る中、中国版「キャラクター経済」が成長している状況を象徴している。

 そして、本稿では触れなかったが、そこでは日本のIPの存在感は非常に大きい。中国発のIPが成長しているとはいえ、まだまだ緒についたばかりだ。日本のIPの魅力は圧倒的で、中国のファンも依然として多い。そして、王寧らPOP MARTの創業者たちを含め、中国のIP世界で活躍する若者たちは、ほぼ例外なく日本が大好きで、その創造力に強いリスペクトの念を持っている。

 先に紹介した書籍「因為独特」には、2015年、王寧らPOP MART創業期の3人の若者が、日本のキャラクタービジネスの先駆者「サンリオ」の本社を訪ねて商店街を歩く姿の写真が収められている。

 中国には在学中の大学生、大学院生だけで5000万人近くもいる。IP関連人材の厚みは、日本とはケタ違いである。これらの若者の力を源泉に、中国企業のIPビジネスは、さまざまな形で今後も成長を続けるだろう。強いグローバル化志向を持つ中国IP企業の強み、膨大な若者の力をいかに取り込んでいくか。IPの領域に限った話ではないが、そこに日本企業の活路があると私は思う。