次世代中国 一歩先の大市場を読む
「マイクロEV」を核に都市をつくる
中国地方都市にみる社会システムとしての電気自動車
Text:田中 信彦
中国南部、広西チワン族自治区の柳州市は、街中を日本の軽自動車より小さい「マイクロEV」が走り回る街である。もともと農業用のトラクター生産が盛んで、それを基盤に小型エンジン車からマイクロEVへと発展してきた。
地元政府は、そのための政策を推進、車両の無料貸し出し、積極的なナンバー交付、専用駐車場、充電スポットの建設などを進めてきた。その結果、地元企業が生産するマイクロEVが市場を席巻、特に中間所得層が多い住宅区域などでは、街を走る乗用車の大半がマイクロEVという極めて個性的な風景が現出している。
従来のエンジン車とEVの本質的な違いは、エンジン車が自立した「移動の道具」であるのに対し、EVは「社会システムの一部」だという点にある。都市機能と一体となった「シティカー」としてのマイクロEVは特にその要素が強い。「柳州モデル」は、その大胆な試みの一つだ。そこには都市部におけるEVの使い方の多くの示唆がある。
今回は広西・柳州の街で、EVが持つ意味について改めて考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
「軽」より1メートル短いクルマ
柳州市は中国南部、ベトナムと国境を接する広西チワン族自治区にある。地理的には水墨画的景観で有名な桂林に近い。都市部の人口は300万人、中堅クラスの地方都市である。
街に入ると、とにかく目につくのがマイクロEVの多さだ。色とりどり、さまざまなスタイルのマイクロEVが街中を走り回っている。日本のアニメなどの可愛らしいラッピングを施したクルマもたくさんある。
なにしろサイズが小さい。日本には世界に冠たる軽自動車の文化があるから、小さいクルマは見慣れているはずだが、それでも小さく感じる。最も目立つ代表的なマイクロEV「宝駿E100」は全長が2488㍉、「宏光MINI EV」は2917mmしかない。日本の軽四輪自動車の規格が「全長3400 ㍉以下」なので、それより50㌢~1㍍ほど短い。
日本でも一時期、話題となったメルセデス・ベンツのマイクロコンパクトカー「smart(スマート)」(2人乗りタイプ)の全長が2785㍉で、それとほぼ同じ大きさのクルマが街の主役になっていると思ってもらえばいい。
柳州名物「横列駐車」
面白いのは、柳州名物ともいうべき「横列駐車」だ。どの都市でも道路は貴重な駐車スペースだが、普通は道に平行に縦列駐車するのが当たり前だ。ところが柳州では、多くの道路がクルマを道と直角に停める「横列駐車」のスペースになっている。これは全長が短いクルマが多いからこそ可能な方法である。
道路に直角に停めることで、クルマの出し入れはぐっと楽になる。加えて停められる車両の数は多くなり、駐車場不足の解消に役立つ。こうしたメリットを活かすために、政府はあえて中心部の道路上を「横列駐車」専用のスペースとし、マイクロEVの利便性を高めているのである。
「10分間充電」が政府のスローガン
同じく目を引くのが街角の充電設備の多さだ。スペースに余裕のある歩道上や道路端のちょっとした空き地などを利用して、至るところに充電スポットが設置されている。
柳州市政府は「10分間充電」をスローガンに、市内主要区域のどこでも10分以内に充電できる環境の整備を目標に掲げる。現在、市内を走るEV、8台に1つの割合で充電設備が整備されているという。
マイクロEVはもとから日常の足に特化した乗り物で、長距離、高速走行を想定していない。そのためバッテリー容量は小さく、充電の所要時間は短い。そのため街のあちこちで、道端のスタンドで充電しつつ、近くの店で買い物や食事をする姿が見られる。逆にEVの充電需要をあてこんで、充電スポットの近くに飲食店が出店し、常連客で繁盛している例もある。
これらのマイクロEVは、カタログ上の最高時速は100~120km程度だが、ユーザーの投稿動画などを見ると、実用的な最高時速は60~70km程度とみたほうがよさそうだ。満充電時の航続距離は200km以上をうたうが、実用的には100~150km程度のようだ。
毎日、片道10km程度の通勤や子供の送り迎え、買い物などに使い、週に2回ぐらい充電する。そんな使い方である。逆に言えば、この範囲の性能で十分な用途に特化したクルマであり、その前提で街が作られている。マイクロEVの「電費」は街角の充電で走行1kmあたり0.2元(日本円5円弱)程度。自宅に充電装置があればその半分以下である。
140万台売れた「50万円EV」
この街のマイクロEVの代表格が、地元企業「上汽通用五菱汽車」が生産する「宏光(Hongguang)」および「宝駿(Baojun)」の2ブランドだ。同社は、大手国有企業の「上海汽車」、米国のGM(中国名「通用汽車」)、そして柳州の地元企業「柳州五菱汽車」の3社合弁で2002年に設立された会社である。
「宏光mini EV」は2020年7月に発売。ベースグレードの価格が2万8800元、当時の為替レートで日本円50万円を切る価格は中国でも破格で、爆発的なヒット車となった。中国国内で「国民神車」の異名をとる。一時、「50万円EV」として日本でも話題になったのでご記憶の方もあるかもしれない。
中国版軽自動車「宏光mini」のテスラをもしのぐ電気自動車とは?(2020年10月)
https://wisdom.nec.com/ja/series/tanaka/2020102801/index.html
2024年11月には1ヶ月間に3万8000台を販売。発売以来の累計販売台数は140万台を超える。同年12月には実用性を強化した4ドア、4人乗りタイプの新型車をリリースした。中国の乗用車で最も小さい「A00級(微型車、ホイールベース2000~2200㍉)」を象徴する車種である。
同社のもう一つのブランドが「宝駿」で、前述した「宝駿E100」の初代は2017年に発売。メルセデスの「smart(スマート)」を思わせる大胆なデザインで大人気となった。その後、2020年には後継車種の「宝駿E200」および「宝駿E300」が発売され、柳州のマイクロEVを代表する車種の一つとなっている。その後「宝駿E300」は新型の「宝骏KiWi EV」にリニューアルされ、現在に至る。
この2車種のヒットを見て、他メーカーも競合車種を次々と発売しているが、やはりここ柳州では地元「五菱」が圧倒的に強い。街でみかけるマイクロEVは大半が同社のクルマである。
マイクロEVを核に街をつくる「柳州モデル」
中国は政治的には中央の権力が強い国だが、具体的な経済政策では地方政府の権限が大きい。各地の政府は、地元の企業と「政企連動」で経済的利益を最大化する方向に政策を動かす傾向が強い。
柳州市政府は2016年12月「新エネルギー産業の発展推進に関する若干の意見」と題する政策を発表。地元企業の五菱グループと連携して独自のEV普及政策を開始した。中堅都市の柳州市としては、大企業がひしめく上級車市場で勝負しても勝ち目は薄い。すでに一定の基盤がある「微型(マイクロ)車」に焦点を絞り、独自性を出す方向で動き出した。
同市の政策は5つの柱からなる。
- マイクロEV(都市型コミューター、シティカー)の「市民権」の確立
- EV専用の駐車場所の整備
- カーシェアの促進
- 充電スポットの大量建設
- 電力関連施策(電力供給の安定確保、電力価格の優遇、EVの充放電=Vehicle to grid(V2G)の導入促進など)
一見して分かるように、これらは自動車産業の政策というより、新たなタイプの街づくりを目指すものだ。ここに同市の施策の特徴がある。
数千台のマイクロEVを無料で貸し出し
マイクロEVの「市民権の確立」とは何か。
中国では農村部を中心に、無免許で乗れてナンバー登録も不要な、法的位置づけの曖昧な三輪、四輪の電動車が数多く走っている。「老人代歩車」などと呼ばれる乗り物だ。中央政府はこうしたクルマを規制し、自動車としての一定の法的位置づけを明確にしようとしている。柳州市としては、地元生産のマイクロEVを全国に販売するうえで、小型電動車の法的地位の明確化は歓迎すべき流れである。
同市政府は安全面などで一定の規格をクリアしたマイクロEVに率先してナンバーを交付、道路上で自動車としての地位を明確化する一方、運転者の法的義務などを規定。マイクロEVの道路上での「市民権」を確立した。これが普及の基盤になった。
そのうえで、五菱グループの協力を得て、累計数千台のマイクロEVを無料で一定期間、市民に貸し出し、日常の足としての便利さを体験してもらう策に出た。市政府が市民に「EVを買え」と号令をかけるのではなく、無料で貸し出すというあたりに同市政府の柔軟な思考がうかがえる。
街中あちこちにあるEV専用駐車場
第2の柱が駐車場の整備だ。前述した「横列駐車」はその典型例である。市政府は公安(警察)部門と協力して道路の大胆な活用に踏み切る。この方式は柳州市民に広く歓迎され、マイクロEVの利便性を高めた。
また市内を歩くと、道路脇や空間に余裕のある歩道上、並木道の木々の間など、あらゆるスペースに「新能源汽車(新エネルギー車)専用」の標識を立てた駐車場が設置されている。歩道の一部を駐車場所に使うには、クルマが歩道上を走らなければならないが、この点でも法的な問題をクリアした。
また柳州市内には、各所にマイクロEVのカーシェア「柳州公共汽車」のステーションが設置されており、スマホアプリで予約して簡単に利用できるようになっている。
新設住宅の充電設備設置を義務付け
充電スタンドの設置も発想は同じだ。マイクロEVの強みを活かすには、日常的な「スキマ時間」にこまめに充電できる環境が欠かせない。そのために同市政府は華南一帯に電力を供給する国有企業「中国南方電網(以下「南方電網」)」と協力し、市内にきめ細かく充電スポットを配置する政策を進めた。
発表によれば、2024年6月末現在、市内には1981か所の公共充電スポットがあり、充電装置の総数は2万1171台に達する。2023年には「新エネルギー車のさらに高品質な充電施設体系を構築する実施方案(2023-2025)」を策定、3年間で新たに1万台の高性能充電設備の新設をうたっている。
2024年8月には、充電施設整備のための「新能源汽車充電基礎施設条例」を制定。前述した「10分間充電圏」の確立、今後新たに建設される市内の住宅には充電設備の設置を義務付けるなどの明文規定が盛り込まれた。
EVを「社会の蓄電池」として活用、売電も視野
電力網の充実にも注力している。EVはいわば電力供給システムとワンセットで初めて機能する仕組みである。安定した電力供給と低廉な電力価格の維持が不可欠だ。そのような観点から、市政府と南方電網は「国際競争力を持つEV都市の建設」をスローガンに、「車網互動(クルマと電力ネットワークの相互連動)」の実現を目指している。
その基本は「クルマの移動は情報の移動である」との考え方にある。EVが移動する場所に、適切なタイミングで、必要な量の電力を安定的に供給する。そのための情報ネットワークを構築する構想だ。
取り組みには、EVを「社会の蓄電池」として活用する「Vehicle to grid」(V2G)と呼ばれる充放電システムも含まれる。「V2G」とは、EVのバッテリーを街に散在する蓄電池とみなし、そこに蓄えた電気を逆に電力系統に供給する技術である。EV所有者は蓄電した電気をピーク時に電力会社に売電することで収益を得られる。
南方電網柳州供電局の試算によれば、同市のEV(PHEVも含む)に蓄えられている電力は800万kWhに達し、これは全市の4時間の電力消費量に相当するという。まだ実現に課題はあるが、この潜在力は大きい。
競争激化するマイクロEV
このように柳州市のマイクロEVを核にした都市づくりはユニークな取り組みで、一定の成果をあげている。しかし、昨今、最大の課題はマイクロEV市場の競争激化だ。
マイクロEVは構造がシンプルで、参入障壁が低く、競争が激しくなりやすい。実際、このクラスでは「五菱」以外にも、奇瑞汽車(Chery Auto)の「QQ冰淇淋」や「小螞蟻」、長安汽車(Changan Automobile)の「Lumin」、吉利汽車(Geely)の「熊猫mini」など有力企業が続々と新たな車種を市場に出しており、競争が激化している。
もともとマイクロEVのビジネスは利益が薄い。当然ながら、1台50万円のクルマを売るより、大型で単価の高い車種を売ったほうがメーカーは売上高も伸びるし、利益も多い。五菱側も対抗して、マイクロEVより大型の車種に進出するなどしているが、景気低迷で自動車販売市場そのものが伸び悩む中、状況は厳しさを増している。
海外市場で売れるマイクロEV
一方で期待が高まっているのが海外市場だ。インドネシアでは2022年から「宏光mini EV」のグローバル版「五菱Air EV」の現地生産を開始。同年、バリ島で開かれた「G20バリ・サミット」では300台が公式専用車として使われ、クリーンな移動をアピールした。2024年末現在の累計販売台数は2万8768台に達する。インドネシアのEV市場でのシェアは40%を占める。
2024年7月にはベトナムで「宏光mini EV」が発売された。高額の関税などの影響で販売価格は中国国内の3倍近いにもかかわらず、即座に1000台を超える注文が集まったという。ランニングコストの低さに加え、道路が狭く、駐車事情もよいとは言えないベトナムの事情が人気の背景にある。
好評を受けて五菱グループはベトナムの自動車メーカー「TMT Motors」と合弁でベトナム南部のフンイエン省で現地工場建設に着手した。完成後は年間3万台を生産する計画だ。
世界的に見れば低価格車のニーズは強い。特にEVは自国企業による生産がない国が多く、中国製マイクロEVの人気は高い。都市の交通基盤が確立していない国も多いだけに、充電施設や道路、駐車場など都市インフラとワンセットで整備する「柳州モデル」が有効に機能する余地はありそうだ。
EVという乗り物をどう使うか
EVについて考える時、決まって課題になるのは航続距離の短さや充電時間の長さ、車両価格の高さ、寒冷地での性能低下といった点だ。これらは事実だが、寒冷地の問題は別にして、その他の点はEVの使い方次第という面がある。
EVを「エンジン車の置き換え」と考えると、航続距離を伸ばすためにどうしてもバッテリーが大きく、重くなり、車両価格が高くなる。そのような大型のEVがあってもいいが、EVが本来、最も効果的に能力を発揮するのは、車両価格を低く抑え、自宅やオフィスなど本拠地の周辺で充電を繰り返し、日常生活や業務に使用するケースである。
「柳州モデル」はそれを街単位で実行した例だ。もちろんマイクロEVですべての需要に対応するのは不可能だし、進化する自動運転やクルマの「エンタメ化」に象徴される機能の高度化にどう対応するかなど、解決すべき課題は少なくない。しかし、EVという乗り物の社会的役割を明確にし、そのための具体策を実行してきた柳州の試みは、EVのあり方を考えるうえで貴重な視点を提供している。
次世代中国