

次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国のEV企業が「人型ロボット」をつくる理由
「身体性を持つAI」の応用に進む中国社会
Text:田中 信彦
中国のEV(電気自動車)企業が次々と人型ロボットへ参入している。AIの能力向上で人型ロボットの戦力化が現実味を帯びてきたこと、そしてEVはいわば初歩的なロボットの一種であり、参入に有利なことが背景にある。
今年2月、旧正月の年越しを祝う恒例の中国中央テレビ局「春節連歓晩会(春晩)」で、多数の人型ロボットが踊る映像が放映され、その進化ぶりが庶民の大きな話題となった。今年初め、「ディープシーク(DeepSeek、深度求索)」の国産LLM(大規模言語モデル)「R1」が世界に衝撃を与えていたことも、世論の高揚感を強めている。

産業の裾野が広く、巨大な消費市場を抱える中国は、中核技術を迅速に応用し、新たな製品やサービスを生み出していくことが得意だ。何か有望な活用先が見つかると、そこに巨額の投資が集まり、大量の新規参入が発生して一気に成長する。
人型ロボット自体の本格的な戦力化はしばらく先の話だとしても、「身体性を持つAI(具身智能、Embodied AI)」が全てをコントロールする「ロボット的製品」は続々と実用化され始めている。この領域では中国企業が世界をリードしていくことになるだろう。
今回は、中国社会での「身体性を持つAI」の意味を考えてみた。

田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
「クルマのAI化」ではなく「AIのクルマ化」
昨年末、中国新興EVメーカー「御三家」の一つ「理想汽車(Li Auto Inc.、北京市)」の創業者、李想(敬称略、以下同)が自社について語ったインタビューが注目を集めた。李はそこで「私たちがやりたいのは『クルマのAI化』ではなく『AIのクルマ化』だ。すべての家庭にAIの恩恵を届けたい」(訳は筆者、以下同)などと語った。
「AIのクルマ化」とは何を意味しているのか。
「クルマのAI化」というなら理解しやすい。自動運転や運転支援、車内エンターテインメントなど、AIを活用したクルマの変化は大きなトレンドである。
では「AIのクルマ化」とは何か。
それは「何が中核なのか」の問題だ。要は「移動」という目的において、より上位にあるのはAIであって、クルマは「手足」である。「手足」がAIを活用するのではなく、AIの認知と判断のもとに移動という行為が実行される。「認知→判断→行動」という順序を考えた時、「認知、判断」するのはAIだ。つまり「身体性を持つAI」の「手足」がクルマだと李は考えている。
李は、次のようにも言っている。
「クルマは最も簡単な(構造の)ロボットだ」
「自動車は工業時代の移動の道具から、人工知能時代の空間ロボットへと進化しなければならない」
「我々はAIを通じて物理世界とデジタル世界の融合を進め、有限の空間を無限に拡大する」
そこにあるのは、AIがすべての大もとであり、AIという「頭脳」がクルマという「身体」を使って、物理的な移動の手段を支配するという構造だ。まさに「身体性を持つAI」像がそこにある。
年間研究開発費の半分超をAIに投入
こうした発想のもと、理想汽車は「all in AI」を宣言、2023年春、自社独自AIの開発を公表。EV企業といいつつも、同社の年間研究開発費100億元(約2100億円)の半分以上をLLM開発に投入していることを明らかにした。
同社独自開発のLLM「Mind GPT」は2023年12月から現在までの間に30回以上の大型更新を実行し、同社が生産・販売するクルマのインテリジェント化を促進。それだけでなく2024年12月には最新のマルチモーダルAI「Mind GPT-3o」によるスマートフォンアプリ「理想同学」をスタートした。自動車そのものや運転に関する事柄はもとより、翻訳や文章・画像作成、旅行や金融・投資、健康管理の知識などChatGPTなどと同様に総合的なAIの機能を備えている。

李は同じインタビューで「クルマは物理的世界とデジタル世界の橋渡し。いずれは人型ロボットもやるが、今すぐではない。クルマの自動運転すら満足にできないで、人型ロボットができるわけがない」と語る。李が考えるのは、まずEVという移動の道具を舞台に独自AIと「身体性」を組み合わせる。そして将来的には家庭内や産業界で人の労働の代わりを務めるさまざまな「身体性を持ったロボット(具身智能機器人)を開発していくというストーリーだ。
「理想汽車」というブランド名が示す通り、まさに創業者の「理想」を追求し、その実現に邁進する。実現性の可否はともかく、このような企業家が新しい産業を引っ張っているのはうらやましい限りだ。
生産現場に参画する人型ロボット
人型ロボットへの進出を表明しているEV企業は理想汽車だけではない。その他の企業のやり方はさらに直接的だ。
これも中国新興EV「御三家」の一角「小鵬汽車(シャオペン、Xpeng、広東省広州市)は2024年11月、最新の人型ロボット「Iron(アイアン)」を発表した。その席で董事長(会長に相当)兼CEO、何小鵬は「当社はおそらく中国で最もAIを重視し、最も早く独自のLLM開発に取り組んだ自動車メーカーではないか」と語り、すでにEVだけでなく、人型ロボットをはじめ「空飛ぶクルマ(eVTOL=電動垂直離着陸機)」やAI半導体なども自社で開発していることをアピールした。
小鵬汽車の人型ロボット「Iron」は、完全2足歩行の人型ロボットで、身長は178cm、体重70kg、見た目はやや筋肉質の男性のような体型をしている。発表によれば、「Iron」は全身で62の自由度(ロボットの身体で自由に動く方向のこと。3次元空間では最低6自由度を用いれば物の位置と姿勢を自由に動かせる)を有しており、複雑な動作に対応できる。これらは同社独自のAIおよびAI半導体を用いて開発されている。
同社は「Iron」がすでに「自社工場で仕事に参加し、組み立て工程などで生産に携わっている」と発表している。しかし、公表されている動画を見る限り、確かに2足歩行自体はスムーズだが、「仕事」はゆっくりした動作で部品などを棚から上げ下ろししているといった感じで、現実の戦力にはまだ時間が必要に見える。とはいえ人型ロボットが現場で一定の作業ができるレベルに達していることは間違いない。
テスラの人型ロボットが火付け役
また、国有自動車会社、広州汽車集団(広東省広州市)は2024年12月、同社3代目となる人型ロボット「GoMate」を発表。ここでは移動は車輪方式としてコストの低減、最大荷重の増加、移動の高速化を図っている。車輪は用途によって4輪と2輪のモード切り替えが可能。4輪モードは階段を上がることもできる。主に自社工場内および各種の産業面の用途を想定している。現時点ではデモンストレーション用のモデルだが、2026年には一定規模の量産を開始する計画だ。
このほかにも中国大手自動車メーカーのBYD(比亜迪、広東省深圳市)、奇瑞汽車(チェリー・オートモービル、安徽省蕪湖市)、スマホメーカーからEVに参入したXiaomi(シャオミ、小米、北京市)、中国新興EV「御三家」の残り1社「NIO(ニオ、上海蔚来汽車、上海市)」などが次々と人型ロボットの開発を表明している。
これらのすべての動きの背後にあるのは、米国テスラの動向だ。テスラCEO、イーロン・マスクは2022年、人型ロボット「Optimus(オプティマス)」の開発に着手。人類全体が遠くない将来、人口減少に見舞われる状況の中、人に代わる労働力として世界中に人型ロボットが普及するとみて、EVにも増して開発に力を入れている。2025年内にも大量生産に移行し、数千台を生産現場などで稼働させるとしている。
その計画においてイーロン・マスクはEVと人型ロボットの技術的な共通性の高さを強調している。例えば、テスラ独自の自動運転AIは人型ロボット「Optimus」にも受け継がれている(wisdom「自動運転のChatGPTモーメント」に活気づく中国AI企業 相次ぐ資金調達、一方で収益化には課題山積」2024年11月を参照)。米国の「ボストン・ダイナミクス」など人型ロボット開発の先駆者をも凌ごうかとの勢いでテスラが技術力を高めているのは、EVの開発生産プロセスでの技術力、生産能力の蓄積が大きく貢献しているのは間違いない。
EVと人型ロボットの技術的共通性
中国のEVメーカーが積極的に人型ロボットに参入する背景には同様の状況がある。
EVと人型ロボットは、技術的な難易度は違うが、自分の周囲の状況を感知して、どのように行動すべきかを判断し、自らの車体(身体)を制御して、目的に合った行動を取る。この点においては基本的な要素は同じだ。高度なAI、高性能なモーターや精緻な制御ソフト、小型で長時間稼働が可能なバッテリーが必要な点も共通する。

そのためEVと人型ロボット生産は、サプライチェーンの類似性が高い。中国のEV企業の多くは自社の競争力を高めるため、独自の半導体やセンサー、カメラ、レーザ・レーダ(LIDAR)などの自社開発に力を入れている。現状は日本企業などからの輸入に依存する部分もあるものの、自社で一定の技術を持つ点は大きな優位性であり、参入には有利だ。
人型ロボットの可能性の高まりを受けて、中国には現在、数百社にのぼる新興ロボット企業が存在する。それらの多くは、入手が比較的しやすい自動車向けの半導体を活用している。またテスラの人型ロボット「Optimus」にも中国のEV関連の部品メーカーが数多く部品を供給している。これらの点からみても、EVや自動運転技術などで蓄積のある自動車企業が人型ロボットの開発に向かうメリットがうかがえる。
EVで蓄積してきたさまざまな要素技術が、人型ロボットという次の製品の開発につながる。その中核にあるのがAIである。世の中のあらゆる製品がAIの「身体」になる。そういう流れが始まっている。
黙々と働く「ロボット犬」
高い技術力と豊富な資金を持つ自動車メーカーは人型ロボットの開発を目指す。その一方で、より身近なレベルでも「身体性を持つAI」の実用化は進んでいる。
代表的な例が4足歩行の「ロボット犬(機器狗)」だ。4足歩行は2足歩行に比べて安定性が高く、移動速度が速いうえに、稼働可能時間も長く、重い荷物も運びやすいなどの実用的なメリットが大きい。
中国の名山の一つ、山東省の泰山で2024年秋、「ロボット犬」を使った荷物運搬の実証実験が始まった。折からの観光ブームで、泰山には年間800万人を超える旅行客が訪れる。その観光客が出すゴミの処理が大きな課題になっていた。

泰山は地形が険しく複雑で、長い階段が続いて大規模な機械化になじまない。そのためこれまではすべて人手に頼ってゴミの運搬を行っていた。しかし前述した中央電視台「春晩」で人型ロボットのパフォーマンスを披露したベンチャー企業「ユニツリー(Unitree、宇樹科技、浙江省杭州市)」が2023年11月、工業4足歩行ロボット「Unitree B2」を発表。最大60kgの荷物を運べて、最高秒速6m(時速14.4km)の速さで、最大5時間の稼働が可能という高性能で、一気に実用化の道が広がった。
すでに泰山だけでなく、中国各地の山岳地帯などで食料や水など必要物資の運搬、ゴミ処理などに活用されている。
またこの「ロボット犬」は各地の消防隊で「消防救助犬」としても活躍している。耐寒性、耐熱性が高く、氷点下20℃から摂氏50℃以上まで耐えられる。頭上に高精度のカメラや通信機器を取り付け、被災地や火災現場などでの捜索活動や被災者との連絡業務などに大きな力を発揮しているという。

身体の動きをサポートする外骨格ロボット
また「身体性」という観点で言えば、人間の身体運動をアシストする「AI付き運動補助ロボット」も普及が始まっている。
同じく山東省の泰山や湖北省の景勝地、恩施大峡谷などでは登山客の脚力をアシストする「エクソスケルトン(外骨格)ロボット」が導入され、観光客から喜ばれている。身体の動きを外側からアシストする補助型エクソスケルトンロボットは以前から存在するが、重くて大きいなど取り扱いが不便なケースが多かった。

(出典:https://www.kenqingkeji.com/product_details/14.html
しかし広東省深圳市のベンチャー企業「肯綮科技」が開発した補助ロボット「Ant-H1 Pro」は、バッテリーも含めた重さわずか1.8kgの軽さで、最大5時間の継続歩行が可能。AIが使用者の大腿部の動きを判断して最適なアシストを行うことで、登山時の疲労を軽減する。泰山では山麓から頂上付近までに7000段を超える階段がある。ロープウェイはあるが、風景を楽しみながら歩いて登りたいと考える旅行客も多く、このエクソスケルトンロボットの貸し出しサービスが歓迎されている。
「ロボット犬」やエクソスケルトンロボットの例は、まさに文字通り「身体性を持つAI」そのもので、人間の生活を楽にする道具にほかならない。これに限らず、今後、人口の高齢化が世界中で進行する中で、「身体性を持つAI」が人間をサポートする場面はますます増えてくるだろう。
EV普及は中国社会「ロボット化」の序幕か
中国で人型ロボットが社会の強い期待を集める背景には、将来に対する漠然とした不安感がある。長く続いた右肩上がりの成長は終わり、少子高齢化で人口減少が始まり、成長を支えてきた豊富な労働力は過去のものになりつつある。そうした状況の中、「人による作業」に代わる新しい働き方のスタイルを世界に先駆けて開発、実用化する。それによって労働力不足、賃金上昇を克服して、新たな競争力を生み出せるのではないかとの期待が中国の企業家たちにはある。
こうした状況は中国に限った話ではないが、中国には低いコストで高品質な製品を大量に生産する力がある。そしてリスクを取って大量に供給される投資資金、新たな製品を積極的に購入する大きな消費市場があり、政府の政策的な支持、補助金も含めたさまざまな支援措置もある。そして何よりも、前段で触れた李想のように、斬新な発想と強い意志を持つ数多くの企業家がいる。このことはEV産業の成長プロセスをみればよくわかる。
人型ロボットそのものはまだ初期段階で、日常化には時間が必要だろう。しかし「身体性を持つAI」がさまざまな道具として日々の暮らしや仕事をサポートする時代はすでに来ている。中国はその最先端の開発現場、かつ最大の実験場、そして生産拠点だ。
後の時代になって振り返れば、EVの普及は中国社会が「ロボット化」する序幕だったということになるのかもしれない。

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