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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国の金融体制を揺るがすステーブルコイン
「企業」と「国家」、利害の対立が鮮明に

 国境を越える新たな支払い手段としてステーブルコインの存在感が世界的に高まっている。しかし、その流れに逆行するように、中国当局は11月末、ステーブルコインの違法性を改めて強調、取り締まりの徹底を表明した。これは裏を返せば、ステーブルコインが中国ですでに当局が座視できないほど浸透し始めていることを示している。

 ステーブルコインが「違法」なのは、あくまでその国の政府が定めたことであって、国の外では違法でもなんでもない。むしろ速くて、便利で、コストの低い支払い手段として世界的な貿易決済のスタンダードになる勢いだ。

 それを徹底的に取り締まるというのは、そこに「国家」の都合があるからである。米ドルに連動したステーブルコインが自国経済に浸透すれば、国有銀行の既得権益を根底から崩し、政府は経済の管理能力、言い換えれば金融主権そのものを失いかねない。当局が警戒するのはまさにこの点だ。

 しかし、情報通信のネットワークが世界を網羅し、経済の相互依存がここまで進んでいる現在、企業にとってみれば、安心、便利でコストの安い決済手段の普及は大きなメリットがある。これは世界の趨勢だ。それに逆行することは、経済の活力を削ぐことになりかねない。

 いま中国では、ステーブルコインをめぐって、「企業」と「国家」の利害の対立が鮮明化しつつある。今回はステーブルコインの現在を切り口に、このことについて考えてみた。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

民営商工業者の関心を集める仮想通貨

 今年10月、江蘇省・無錫で地元企業の経営者や商店主たちと食事する機会があった。その席で話題の中心になったのは、不動産の大幅な下落、そしてステーブルコイン(中国語で「穏定幣」)の話だった。

 不動産の下落が重大事なのはわかる。しかし、こんな地方都市の中小事業者たちがステーブルコインに高い関心を持っているのは意外だった。後述するが、仮想通貨の取引は中国では法律で禁じられており、彼らも自らステーブルコインを使っているわけではない。

 しかし、「米ドルの価値に連動し、世界中を一瞬で流通できる通貨のようなもの」というステーブルコインの特性には極めて敏感だ。もともと中国の人たちは自分の資産の保全や運用に非常に関心が高い。新しいデジタルなツールを、自分に有利な形でいかに活用するか、とても熱心に研究している。

すでに主要クレジットカードを上回る送金規模

 ステーブルコインは、民間企業が発行体となる暗号資産(仮想通貨)のひとつ。主要通貨に価格が連動するよう設計され、価値の変動が少ないため、インターネット上のデジタル決済手段として拡大している。ビットコインなど価格変動の大きい暗号資産と異なり、投資対象というよりは国際送金や越境決済、企業間取引、店舗での支払いなど実用的な決済を主目的にしている。クレジットカードや金融機関の手数料を削減しつつ、顧客の囲い込みを強める目的で、小売企業などが自社のステーブルコインの発行を検討する動きもある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 ステーブルコインは、米国のテザー社が発行する「Tether (USDT)」が圧倒的なシェア1位で、発行時価総額の70%を占める。次いで同じく米国のサークル社が発行する「USD Coin (USDC)」が約20%となっている。現在、世界のステーブルコインの99%が米ドルに連動する形で発行されている。

 現時点でのステーブルコインの発行残高は3000億米ドルにのぼり、ロンドンの暗号資産取引所「CEX.IO」によれば、2024年の年間送金量は27.6兆ドルと、すでにクレジットカード大手のVISAやマスターカードを上回る規模に達している。米国政府は、ステーブルコインの発行残高は2030年までに3兆ドルと、現在の約10倍以上に拡大する可能性があるとの見通しを示している。

「違法な金融活動」と規定

 しかし中国では2021年9月以降、暗号資産の取引と採掘(マイニング)を全面的に禁止している。今年11月下旬には、中国人民銀行(中央銀行)が、政府の公安部(警察)など13の政府機関を集め、「仮想通貨取引の投機リスクに関する調整会議」を開催。改めて仮想通貨を明確な違法行為と宣言し、取り締まりの徹底を強調した。

 規制当局が神経を尖らせる背景には、ステーブルコインが中国から海外への資本移動の便利な手段として使われている事情がある。

 効用が最も顕著に発揮されるのが、貿易代金の決済場面だ。海外との取引の決済では、これまで、SWIFT(「国際銀行間通信協会」が提供する国際送金などのネットワークシステム)を使った送金が普通だった。しかし、この仕組みには大きな不便さがつきまとっている。

 例えば、衣料品や雑貨、電子部品など中国企業の輸出先は、アフリカや中東、中南米、ロシアなど新興国・途上国のバイヤーの比率が高い。その際、国際送金には仲介役となる「コルレス銀行」を間に挟むため、通常、3~5%という高い手数料が必要で、着金に3~7営業日を要する。中継銀行によるコンプライアンス審査で資金が拘束されるリスクもある。

新興国での「米ドル不足」も背景に

 通貨の信頼性の問題も大きい。例えば、多くの中国企業の取引先でもあるナイジェリアの通貨「ナイラ」やアルゼンチンの「アルゼンチン・ペソ」など、現地通貨の急激な減価リスクがある国では、バイヤーは一刻も早く米ドルなどの信頼性ある通貨で支払いを確定させたいという思いがある。従来の送金システムでは時間がかかりすぎる。

 また、「米ドル不足」も難題だ。例えばエチオピアやエジプトなどの国々では、国内の「米ドル不足」が慢性化している。輸入業者が商品を買い付けたいと考えても、正規ルートで米ドルを調達することが難しい問題を常に抱えている。

 米ドルにペッグしたステーブルコインは、スマホ一つで、これらの問題を一気に解決できる、極めて利便性の高い支払い手段である。買い手の新興国のバイヤー、売り手の中国の事業者、両者にとって非常にメリットが多い。

「毎月10億米ドル」規模との情報も

 こうした背景から、ステーブルコインはグローバルな貿易決済における安くて便利な支払い手段としての地位を確立している。その代表例とされるのが、「世界の雑貨の調達中心地」として知られ、日本では「100円ショップのふるさと」の異名を取る中国浙江省義烏の状況だ。

 義烏市にある巨大な雑貨・日用品市場「義烏国際商貿城」では、2023年の時点でステーブルコインの流動性が100億ドルを超え、毎月3000店の店舗がステーブルコインを受け取り、取引額は月額10億米ドルを超える――といったニュースが中国のSNS上などで伝えられている。

義烏国際商貿城 ※画像出典:getty

 筆者が調べた限り、この情報はデータの出所が確認できず、数字の信憑性には疑問が残る。しかし、義烏の市場を舞台にしたステーブルコイン利用の実態を伝えた中国メディアの報道もあることから、正確な取引規模はともかく、中国の輸出業者の間でかなり広範にステーブルコインが使われていることは間違いない。

問題は人民元への交換

 取引の手順は簡単だ。海外の買い手は自国通貨をステーブルコインに交換し、中国の輸出業者の指定するウォレットに送金する。資金は通常、数分以内で指定の口座に入る。中国の輸出業者は受け取りを確認し次第、商品の出荷指示を出す。

 手続きはスマホ一つで完結する。従来の銀行経由の送金に比べて決済コストは大幅に安く、迅速な入金で資金効率は大きく向上する。一般に中国の輸出業者の利幅は非常に薄いので、3~5%という送金手数料の削減は、時に死活的な意味を持つ。

 しかし、中国側の業者にとって最大の問題はこの先にある。それはステーブルコインの人民元への交換だ。ステーブルコインの有用性に疑いはないが、中国では違法とされているため、国家の金融管理の壁を越えなければならない。

金融法制の「外側」に出ざるを得ない中国企業

 これまでは中国の輸出業者は、市中の金融ブローカーを通じて人民元に換金する方法を主に取ってきた。しかし、そこには法的リスクがつきまとう。当局は事業者の資金の移動をAIで常に監視しており、疑いのある動きがあると、口座凍結などの措置を取られる恐れがある。

 これまで中国の金融当局は、暗号資産の投機的な取引は厳しく取り締まる一方、支払い手段としてのステーブルコインは、一種のグレーゾーンとして扱ってきた面がある。しかし今回、ステーブルコインについても禁止措置が明確化されたことで、監視が一段と厳しくなることは間違いない。

 この措置で今後、中国でのステーブルコインの利用実態がどう変わるのか、現時点ではまだわからない。しかし、ステーブルコインの利用が消えるとの見方は少ない。もし仮に中国の生産者や輸出業者がステーブルコインの受け取りをやめれば、そのぶん製品の価格は事実上、他国の競合製品より高くなることを意味する。買い手側の手間やリスクも増大する。

 中国国内の人件費や各種コストの上昇で、低価格を武器にしてきた中国製品の競争力には翳りが出ている。生産工場の海外移転も増えるなど、ただでさえ輸出産業には逆風が吹いている。そうした厳しい状況の中、中国の地場生産者や輸出業者の価格競争は激しい。

 今後も中国の事業者は、オモテ、ウラ、さまざまな手段をこらしながら、世界の現実に対応してステーブルコインの利用を拡大していく可能性が高い。中国の民営企業は、世界市場での競争力を維持するために、一定のコストやリスクを負って、自国の金融法制の網をかいくぐり、その「外側」に出ざるを得ない。そういう構造的な矛盾を抱えている。

小売店やECサイトでの活用も視野

 ステーブルコインの効能は貿易決済だけではない。ある意味でさらに重要なのが日常的なビジネス場面での広がりである。大企業が発行するステーブルコインは、事実上、現金と同様の価値を持ち、異なる企業間での相互交換も可能だ。企業ごとのステーブルコインの交換市場が誕生し、新たな金融商品が生まれるとの見方もある。

 消費者は小売店や飲食店、ECサイトなどでステーブルコインを使って支払いもできる。企業サイドから見れば、消費者からの代金の受け取りに、銀行やクレジットカード、中国でいえば「Alipay (支付宝)」や「WeChat Pay (微信支付)」などの第三者決済機関を経由せずに決済が可能となる。資金の活用効率が上がり、手数料の負担も大きく削減できる。

 つまりステーブルコインは単なる効率的な決済手段にとどまらず、グローバルに通用する新たな「デジタル通貨」が誕生しつつあるともいえる。今後の動向しだいでは、エコシステム全体の金融基盤を左右する可能性もある。中国政府が最も懸念するのはここだ。

 しかし、ステーブルコインが中国国内から排除されれば、中国企業はこうしたグローバルなビジネスの潮流の埒外に置かれてしまうことになる。これは民営企業にとっては大きな損失だ。中国の経営者たちの懸念は強い。

 デジタル通貨の時代に対応するため、中国政府は独自に、銀行口座に依存しない新たなインフラとして「デジタル人民元(e-CNY)」の導入実験を2020年から進めている。しかし、すでに生活に完全に定着しているAlipayやWeChat Payなど既存の決済手段の高い利便性もあって、当局の思惑通りに普及は進んでいない。

「デジタル時代のドル覇権の維持装置」

 こうした中国における「企業VS政府」の利害衝突が一つの軸とするならば、ステーブルコインにはもう一つの対立軸がある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 それは「米ドルVS人民元」というデジタル通貨覇権の対立である。米国はステーブルコインを「デジタル時代のドル覇権の維持装置」として再定義しており、中国はそれに対抗するために国家主導のデジタル通貨ネットワークの構築を目指している。ステーブルコインは、民間の金融技術革新にとどまらず、米中間の通貨覇権をめぐる戦略的な対立領域と化している。

 2025年7月、米トランプ大統領はステーブルコイン普及を支援する「ジーニアス法(GENIUS Act、Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)」に署名。ステーブルコインなどの暗号資産を、全世界的なドルの支配力強化のツールとして改めて公認した。

「米ドル経済圏」の拡大で、「一帯一路」に対抗

 「ジーニアス法」は、ステーブルコインの発行体に対し、発行額と同額の準備資産(主に米ドル現金か短期米国債)の保有を義務付けた。この措置によって、世界中のユーザーがステーブルコインを利用すればするほど、そのぶん米国債が売れるという構造が現出した。ステーブルコイン市場の拡大が、自動的に米国債への需要を生む。これは米国政府にとって極めて都合のよいシステムだ。

 金融機関などの予測によれば、2030年までにステーブルコイン発行体による米国債保有額は1兆2000億米ドルに達し、中国や日本など現在の主要な米国債保有国に匹敵する規模になると見込まれている。米国の財政赤字ファイナンスにとって、突如として新しい安定的な買い手が登場したことを意味する。

 さらに本質的なのは、ステーブルコインが世界中のより多くの人々の生活に事実上、米ドルを浸透させる効果だ。銀行口座を持たない途上国の人々まで、日常の支払いに自国通貨ではなくステーブルコインを使うようになれば、その国の経済は実質的に米国の金融政策の影響下に組み込まれることになる。

 こうした「草の根レベルのドル化」が拡大すれば、中国が「一帯一路」政策などを通じて、アフリカや南米などの新興国、途上国に人民元の経済圏を広げようとする戦略に、強力な対抗手段となりうる。

中国は多国間の「中央銀行デジタル通貨プラットフォーム」に活路

 こうした状況に対して、中国政府は前述したデジタル人民元の普及促進や中国が主導する多国間の中央銀行デジタル通貨(CBDC)プラットフォームとしての「mBridge(エムブリッジ、Multiple CBDC Bridge)」の推進などの対抗策を進めている。

 制度の詳細はここでは省くが、前述したように「デジタル人民元」は、主に国内向けの決済機能を念頭に開発されてきた経緯があり、国際間の決済システムとの親和性が高くない。資金の動きを中国政府に完全に把握されてしまう懸念もある。加えて、そもそも人民元の他国通貨との自由な交換が認められていない中、人民元がデジタル化したからといって、米ドルに対抗できる利便性を持つことは当面、考えにくい。

 「mBridge」は、中央銀行どうしの国を越えた決済プラットフォームのプロジェクトである。中国人民銀行デジタル通貨研究所、香港金融管理局、タイ銀行、アラブ首長国連邦中央銀行、BISイノベーションハブ香港センター——の5つの機関が共同開発している。2024年6月にはサウジアラビア中央銀行が参加した。

 米国の影響力が強い現状の「SWIFT」をバイパスできることで、決済コストや所要時間を大幅に削減し、なおかつ米国の金融制裁の影響を受けないという意味で、一定の存在感を持ちつつある。ステーブルコイン対策として中国当局が当面、最も力を入れるとみられるのがこれだ。

 すでに実験プロセスを終え、商業銀行による実取引も開始されている。しかし、その取引量は、すでに数兆ドル規模に達するステーブルコインと比較すれば、ごく少ない。参加国・地域間での法律や規制の枠組みの調整の難しさ、「中国色」が濃すぎるという難点もあり、急速な規模の拡大は難しいとの見方が強い。ステーブルコインを通じた「デジタル米ドル」の影響力拡大に、現状、中国政府は決め手となる対抗策を見出せていないのが実情だ。

米国主導の「許可不要型」経済圏と中国主導の「許可型」経済圈

 このように世界は今、米国主導で、中央銀行などの許可なしに誰でも自由に発行・利用・取引できる「許可不要型」の「ステーブルコイン経済圏」と、中国主導で中央政府が管理する「許可型」の「中央銀行デジタル通貨経済圏」の2つに分化する方向に向かっている。

 米国主導の「許可不要型」経済圏は、市場原理の追求と企業や個人の利便性強化を最大のポイントに利用者を拡大している。一方、中国主導の「許可型」経済圏は、国家間の戦略的提携とコモディティ(エネルギーや鉱物資源など)の決済を武器に、米ドル支配に対抗しようとしている。

 まさにステーブルコインをめぐって、「金融主権」に対する2つの異なる発想の競争が鮮明化しつつある。

「経済合理的行動」と「国家の戦略的目標」の乖離

 ここから浮かび上がるのは、中国における「民営企業の経済合理的行動」と「国家戦略」の深刻な乖離である。 中国企業、特に民間の輸出業者にとって、最も合理的な選択は流動性が高く世界中で受け入れられるステーブルコインの利用だ。しかし、それは中国政府にとっては資本管理の抜け穴であり、金融主権に対する許容できない挑戦になってしまう。

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 一方、中国政府が推進する「デジタル人民元」や「mBridge」は、国家的大義としての「金融主権の維持」や「制裁回避」には役立つ。しかし、民営企業の競争力や人々の日常の暮らしを支える「柔軟で自由な資金移動」のニーズには応えられていない。

 このギャップこそが、中国におけるステーブルコイン問題の本質だ。

 おそらく、当局がどれほど取り締まりを強化しても、ステーブルコインの水面下での利用はなくならない。逆に力で抑えようとすればするほど、経済の実態は地下に潜り、問題の本質的な解決からは遠くなる。

 中国の民営企業の経営者たちは、自らの利益を守り、ビジネスを成長させるために、「国家の外側」に出ざるを得ない境遇に追い込まれつつある。これは中国という「国家」にとっても大きな損失だ。「人々の暮らしをより便利で、快適、安全なものにして、『民』を富ませる」という本来の目的に立ち返らない限り、国としての競争力が高まることはない。