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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

自動運転は「産業の現場」が主戦場に
現実路線に向かう中国企業のAI利用

 自動運転の未来像は「市街地の道路を無人タクシーが走り回る」ような光景として、しばしばイメージされてきた。しかし、現実には、事業としての採算確保は依然として見通せない。最大のネックはコストの高さだ。技術は進んでも、その「買い手」がいない。「技術の進化に経済が追いつかない」。そういう状況がある。

 一方で、中国では自動運転の技術を活用した新しい事業が次々と誕生し、収益化が進み始めている。なぜ一見、矛盾するかのような二つの動きが起きているのか。それは収益機会に貪欲な中国の企業家たちが「高度な自動運転の完成」から、「新技術の素早い収益化」へと発想を転換し、戦う土俵を切り替えたからだ。

 中国企業は、汎用技術を産業に変えるのがうまい。今回も「ロボタクシーは難しい」と分かった瞬間、もっと儲かる市場を開拓している。自動運転に対する市場の期待は、「夢の技術」から、商品の配送や鉱山での運搬、街路の清掃といった「領域特化型」へと急速に変化している。

 このことは「自動運転の失速」を意味しない。主戦場が変わったということだ。中国企業が競っているのは、技術の先進性ではない。「顧客の損益計算書をどれだけ改善できるか」だ。そこで起きているのは「儲け方の変革」である。

 今回は、自動運転の領域での変化を切り口に、「技術の進化に経済が追いつかない」状況を、中国企業が、どのようにチャンスに変えているのか。そのことを考えてみた。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

揺らぐ「車路雲一体化」の国家戦略

 2026年3月末、武漢市で中国の検索大手、百度(バイドゥ)傘下のロボタクシー100台近くが路上で同時に停止する大規模障害が起きた。直接の原因は百度側の説明ではネットワークのトラブルとされるが、この事件が突きつけた問題は、より根本的なところにあった。

 中国では、自動運転は長く「車路雲(車両・道路・クラウド)一体化」と呼ばれる独自の方式を国家戦略として掲げてきた。車両側の「頭脳」に加え、道路側にセンサーや通信網を張り巡らせ、クラウドが個々の車両を支援しながら走行する方式だ。いわばスマートシティの「天からの目」を活用し、車両の死角をなくす。世界に類を見ない規模、かつ技術的には非常に高度なものである。

クラウド(雲)上で交通情報を管理(※蘑菇車聯公式HPより)

 しかし、クラウドに依存する集中型システムは、今回のように一点の障害で交通が丸ごと止まる。その脆弱さを補うには、予備系統やインフラの厚みが欠かせない。しかし、そのためには巨額のコストが必要だ。それを誰が負担するのかという問題だ。

「買い手がいない」高度な自動運転インフラ

 自動運転システムの最大の顧客であるはずの自動車メーカーは、インフラコストの負担に消極的だ。車両価格が高くなるし、特定地域のインフラに依存する車を作れば、他の場所で売りにくくなる。中国の自動車メーカーは、車両単体でのAIとレーダー、センサーなど車両単体の知能で完結する、いわゆる米国型の「単車智能」の高度化に進みつつある。

 クルマのユーザーも、道路側の「高度な情報」にあまり興味はなさそうだ。前方交差点の「信号予報」や渋滞情報程度なら、すでに無料の地図アプリのナビ機能で提供されている。

 政府が「世界最高の自動運転」の旗を振っても、最終的にそれを買ってくれる顧客がいない。そういう構図だ。頼みは政府の補助金だが、経済不振と土地譲渡収入の減少で地方財政の状況は厳しい。業界ではこの状況を「雷声大 雨点小」(雷ばかりで雨は少ない=掛け声倒れ)と揶揄する声が出ている。

「技術」より「採算」

 こうした状況を受けて、自動運転をめぐる中国国内の空気は確実に変わっている。

 それを象徴するのが「車路雲一体化」路線の主導者の一人、清華大学教授で「国家智能網聯汽車創新センター」首席科学家、李克強氏(元首相とは同姓同名の別人)の発言だ。同氏は「技術のループが完結しても、商業ループが成立しなければ意味がない。顧客のニーズに焦点を当て、商業的に回る道筋を確立しなければならない」(2026年4月「智能電動汽車発展高層論壇2026」での発言など多数。内容は要旨、訳は筆者、以下同)と繰り返し語っている。「車路雲一体化」路線の中心人物ですら「採算性重視」を叫ばなければならない状況にあるということだ。

 政策もその方向に向かいつつある。表向き国家戦略の看板は変わらないものの、2024年10月、政府関係機関がまとめた「車路雲一体化システム建設・応用ガイドライン」あたりから「需要主導」や「商業ループ」が強調される動きが強まってきた。

 そこでは「需要主導」の主要領域として、「スマート路線バス(智慧公交)」や「高速道路の過積載監視などの行政コスト削減」といった事例が示されている。費用対効果の見えにくいロボタクシーから、明確なメリットが出やすい「地味だが確実な領域」に実行の比重を移す姿勢がうかがえる。

「最も経済合理性が高い場所」が主戦場に

 これは「中国の自動運転が失速した」という話ではない。その主戦場が「不特定の乗客を運ぶ一般道」から「用途を限定した産業の現場」に移ったということだ。

 固定ルートの配送や、工場・倉庫・鉱山・港湾での構内作業などに範囲を限定すれば、自動運転の導入コストは大きく下がる。加えて多くの現場は、人手不足と作業者の高齢化に直面しており、自動化、無人化への投資意欲は極めて強い。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 自動運転が最も有効に機能するのは、「最も注目される場所」ではなく、「最も経済合理性が高い場所」だ。実際、中国では、このような流れに沿って、さまざまな現場で、数多くの企業が「地味な自動運転」の技術を実用化し、収益化に成功しつつある。

納品や宅配を一手に担う無人運搬システム

 その代表例が、無人配送車(RoboVan)を製造し、販売・リースするメーカー「九識智能(ZELOS、江蘇省蘇州市)」だ。検索大手、百度の自動運転チームを経て京東物流の自動運転首席科学家を務めた孔旗氏らが2021年に創業した。

九識智能の無人貨物車両 ※画像出典:九識智能のウェブより

 その発想は明確だ。「人」ではなく、貨物に特化し、「物流のラストワンマイル」に機能を絞り込む。低速走行の無人貨物車両とその運行システムを徹底した低価格で提供する。コスト削減と同時に労働力不足対策、作業環境の改善を実現することが同社の狙いだ。

 ロボタクシーの業務と違って、企業の日常的な配送ルートはほぼ固定している。例えば、工場への原材料の搬入、スーパーへの納品、飲食店への食材配達、農家から集荷場までの作物の運搬――といったものだ。また宅配便会社の倉庫から、住宅地やオフィスビル近くの集配所まで荷物を運ぶ業務もそうだ。ロボタクシーの中央集権的な巨大システムとは真逆の、地に足のついた技術で、自動運転を「誰でも買える道具」に変えることを狙っている。

先端技術を駆使した低速無人車両

 同社の無人車両は時速20~30kmの低速で走行する。人が乗ることもない。そのため車両価格は乗用車より圧倒的に安くできる。加えて走行ルートがほぼ一定なので、自動運転のシステム構築も格段にやりやすい。

 一方で、使われている技術は最先端だ。同社の発表によれば、LiDARおよび高感度カメラ、ミリ波、超音波の4種類の知覚センサーを搭載、地図の読み込みだけで市街地の道路でも自律走行が可能。1回の充電で100~200km程度走れる。厳格な環境・信頼性試験を経て、零下30℃からプラス55℃の範囲で5年以上安定して稼働できる性能を持つという。

 このような無人車両の公道走行には、当局の許可が必要だ。これは事業展開のネックになりかねない。しかし、無人車両システムのコスト削減効果の大きさに、各地の事業者自身が自発的に地元の当局と交渉し、走行許可を取り付けるケースが増えているという。

累計配送件数は15億件に

 業績は急拡大している。発表によれば、同社の無人車両の稼働台数は2023年の200台から2024年に2000台へ、2026年初め、アリババグループ系の物流企業「菜鳥Cainiao」の自動運転部門と事業統合して一気に拡大、今年第1四半期時点で2万5000台に達した。2025年10月には中国の郵便事業会社が、7000台のリース集中調達で同社をメインの供給者に選定。郵便事業向けだけで2026年中に1万台近くに達する見込みだ。

 すでに事業都市は300を超え、累計走行距離は1億6000万km、配送件数は15億件に達した。2026年2月にはアリババグループなどから3億米ドルあまりを調達し、評価額は100億元(1元は約24円)を超えている。シンガポールでも中国企業として初めて自動運転車のナンバーを取得、同国の自動運転技術標準の改定作業にも参加するなど存在感を強めている。

 中国の大手自動車メーカーとの、より本格的な無人商用車の開発計画も進んでいる。同社は単に車両メーカーではなく、「モノを運ぶ事業」をスマート化する社会的なOSの提供を最終目標にしている。市場の成長余地は大きい。

汎用性を捨て、専門性を追求

 一方、鉱山という閉じた空間に焦点を絞り、高度な専門性を追求する戦略で成長しているのが、2018年創業の「易控智駕(EACON、北京市)」だ。同社は、超大型ダンプカーなど鉱山用車両を保有する顧客に電動化と自動運転技術を提供。自身はアセットライト(軽資産)のモデルを軸に鉱山内の無人運搬プラットフォームを構築し、業績を伸ばしている。

 ビジネスの中核は、鉱山内で鉱石を運搬する無人運搬システムおよびクラウド制御プラットフォーム、運用保守サービスの提供にある。同社のシステムは業界で使われる大型ダンプカーの9割以上に対応可能という。加えて同社は、現場の作業で実際に発生した輸送量や効率向上分に対してのみ料金を受け取る成果報酬型を採用している。これによって鉱山側のシステム導入のハードルは大幅に下がり、急速なシェア拡大につながった。

鉱山内の無人運搬システムおよびクラウド制御プラットフォーム ※画像出典:易控智駕ウェブより

 発表によれば、同社のシステム導入後、顧客の鉱山のエネルギー効率は30%程度向上し、運営コストを大幅に切り下げているという。業績は急拡大しており、売上高は2023年の2億7100万元から2025年には14億3500万元へと5倍以上に伸びた。

 現状はまだ赤字だが、粗利ベースではすでに黒字化し、収益構造は改善している。2026年7月には香港証券取引所に株式を上場。約23億HKドル(1HKドルは約20円)の資金を調達した。上場初日の終値は公開価格を1割近く上回り、時価総額は143億HKドルに達し、市場の期待を集めつつある。

清掃作業のコスト削減ツールを世界に輸出

 このほか上海市のスタートアップAI企業「仙途智能(Autowise.ai)」は、街路清掃の業務に特化し、中国国内だけでなく海外市場でも成長している。創業は2017年。主力の無人清掃車「Autowise V3」は、高精度な自律走行機能に加え、清掃に特化した高い専門能力が売り物だ。同社の説明では清掃効率は人力による作業の6~7倍に達し、トータルな運用コストを70%削減可能としている。

 海外展開も積極的だ。スイスの環境機械大手と合弁を組み、欧州を中心に販路を拡大。ドイツのデュースブルク港やノルウェー道路局、バチカン市国政庁、テスラのベルリン工場などで受注を重ね、中東のドバイやリヤドにも市場を広げている。高度なセンサー機能により夜間でも清掃作業が可能という高い効率性が、急速な商用化を後押ししている。

 同社の創業者、黄超氏は、中国の配車アプリ「滴滴(DiDi)」の自動運転プロジェクトの初代責任者で、2017年、初期のロボタクシーチームを率いて上海で路上試験を行った人物だ。ロボタクシーから出発し、後に街路清掃の領域に転身したという同氏の来歴は、自動運転をめぐる業界の変化を物語っている。

 また港湾での輸送業務の自動化を手がける「主線科技(Trunk Tech、北京市)」も専門特化で競争力を生み出している企業だ。2017年に創業、当初は無人トラックの開発から出発、現在は貨物取扱量世界一の寧波舟山港や、北方の主要港である天津港などで、港の基幹システムと連動する統合プラットフォームを運用している。

 同社もまだ黒字化していないが、2025年12月、香港証券取引所に上場を申請、2026年6月に申請書類を更新している。すでに実証実験の段階は終わり、本格的な収益化のフェーズに入った。目指すのは港湾での作業効率を高め、現場の企業を支援する「港湾DX企業」だ。

「現場をどれだけ理解しているか」

 ここで紹介した自動運転をコアに成長している各社には、以下のような共通の特徴がある。

  • 一般消費者向けの事業ではなく、BtoBの企業間取引である
  • 自動運転を活用する「現場」が限定されている
  • 夜間稼働や危険な作業環境を伴うなど、労働条件が厳しい
  • 慢性的な労働力不足に悩まされている
  • 無人化に対する投資利益率(ROI)が明確

 前段で触れたように、自動運転の主戦場になっているのは「最も経済合理性が高い場所」であることが、これらの事例からも見て取れる。

 こうしてみると、いま中国で成長しているのは「自動運転産業」ではない。「自動運転化された産業」である。その核心にはAIがある。上記の4社は、自動運転企業というよりは「産業ソフトウェア企業」に近い。競争力の核心は「その現場をどれだけ理解しているか」であり、それによって「どれだけ顧客の利益を増やすか」だ。

「技術開発競争」ではなく、「技術普及競争」

 自動運転に限らず、基盤技術の研究では米国勢が世界をリードする場面が目立つ。しかし、ある技術を徹底的にコストダウンし、安価なハードウェアと組み合わせて現場に実装し、投資効果を出すとなると、中国企業は強い。それは、中国の企業家たちは事業を構想する時に、「技術」からではなく「利益」から考えているからだ。

 上述の4社にしても、その背後には、世界最大のEC市場が生む膨大な宅配物量があり、世界最大級の露天掘り炭鉱群や希少金属の鉱山があり、貨物の取扱高で世界最大級の港湾群がある。そこに「一党専政」の強力な政治の指導力が加わり、投資にドライブをかける。それが企業家たちの旺盛な成長意欲を刺激して、事業が爆発的に成長する。

 中国企業が競っているのは「技術開発競争」ではなく、「技術普及競争」であると考えたほうが実態に近い。米中対立や先端技術の覇権争いの構図とは別に、ビジネスの現場で起きているのは、「顧客の損益改善から発想する」という地に足のついた変化である。

 「技術の進化に経済が追いつかない」状況を、中国企業の企業家たちは柔軟な発想と果敢な行動で自らの収益機会につなげている。