次世代中国 一歩先の大市場を読む
世界へ「逆流」し始めた中国の物流技術
過酷な現場とAIが鍛えた「止めない物流」の凄み
Text:田中 信彦
「世界で最も過酷な市場」といわれる中国で生まれた物流技術が、海外に「逆流」を始めている。
もともと近代的な物流の概念を中国に持ち込んだのは外資系企業だ。しかしEC(電子商取引)やデジタル決済の高度な普及、30分以内の即時配送など、激烈なまでの競争環境の中で、中国の物流は独自の形で成長してきた。
そこで蓄積されたのは、膨大な現場経験から積み上げてきた、需要の急変や突発的なトラブルに即応する能力だ。多くの物流関連企業が、自国開発の低コストのAIやアルゴリズムを活用し、「膨大な商品を、需要に即して迅速かつ効率的に動かす仕組み」を構築してきた。いま、その技術自体が、競争力のある商品として世界各地に次々と輸出されている。
いわば中国市場が、世界で最も過酷な「ECや物流の実験場」となり、そこで鍛えられたオペレーション技術を海外の企業が自社の戦略に取り込む動きが広がっている。
物流という一見、目立ちにくい領域の話ではあるが、その動きの背景には、中国企業の問題解決に対する考え方がある。現場で日々発生するトラブルや問題を、いわば日常的な現象の一つと考え、それをシステム設計の前提にする。その上で、より速く、より低いコストで全体の効率を高めていく行動様式だ。
今回は中国の物流企業の動きを切り口に、中国企業の問題解決能力や市場競争力の源泉がどこにあるのかを考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
中国物流企業とファストリが戦略的提携
今年8月、中国EC大手の「京東集団(JDドットコム)」傘下の「京東物流」は、ユニクロなどを運営するファーストリテイリング(以下ファストリ)とグローバルな物流網のデジタル化や自動化などの領域で「戦略的提携」すると発表した。
中国メディアの報道によれば、協業はECに加え、国際物流ネットワークの強化、AIの導入、倉庫の自動化、グリーン物流など広範囲に及ぶ。また京東物流はユニクロだけでなく、ファストリ傘下のジーユー、セオリーなどのブランドのアジア、北米、欧州、中東地域における海外配送システム構築を支援するなどとしている。
※画像出典:京東物流公式アカウント「京東物流黒板報」
ファストリは、衣料品(アパレル)の製造小売業(SPA)で世界2位のグローバル企業だ。中国のECから生まれた物流会社が、自社の技術を活用し、世界企業の物流高度化を支援する。このことは中国物流企業の技術力の高まりを印象付けた。
欧州に「中国流」のスマート宅配ロッカー網
この事例にとどまらず、近年、中国の物流関連企業の海外での動きが目立つ。
中国のEC大手、アリババ(阿里巴巴)グループの「菜鳥網絡(Cainiao Network)」は、欧州各国を中心に現地物流インフラの構築を支援している。例えば、ポーランドでは、独物流大手DHLのEC物流部門が、宅配ロッカーを使った「受け取り拠点型」配送のパートナーとして同社を選んだ。
「菜鳥網絡」は中国全土ですでに数十万台のスマホと連動した「スマートロッカー」や宅配便の受取拠点「菜鳥駅站(Cainiao Station)」を運用している。ポーランドでは、2023年、DHLが菜鳥の現地子会社に資本参加し、両社は第1段階で計6000万ユーロ(執筆時の1ユーロ180円換算で約108億円)を投じて全国に無人受取ロッカー網を整備する計画を打ち出した。中国国内で培った「無人ロッカーアルゴリズム」とスマホ連動の配送ネットワークが、ラストワンマイルの標準インフラに組み込まれている。
また、ベルギー政府との協定に基づいて「菜鳥網絡」がリエージュ市に開設した空港直結のスマート物流センター「リエージュ eHub」は、2021年に稼働を開始。アジア発のEC貨物の欧州到着・通関・仕分け・域内配送のほか、欧州域内企業による海外市場向け輸出も視野に、双方向型の航空物流・ECハブとして機能している。これらは、中国のプラットフォームが越境ECを支える自社の物流網を海外に延ばす側面も持つ。
※画像出典:菜鳥地網
大がかりな工事不要で、物流倉庫を自動化
物流企業に加え、ロボットや自動搬送関連企業の動きも活発だ。欧米や日本、韓国などの有力企業が、中国製のロボティクスや動的制御システムを採用する例が目立っている。
米フットウェア大手「Skechers(スケッチャーズ)」は2024年2月、東京都内に新設した物流センターで、深圳発の倉庫自動化ロボット企業「海柔創新(Hai Robotics)」のロボット69台からなる自動倉庫システムを導入したと発表した。
フットウェア業界は、色やサイズ違いによるSKU(在庫管理の最小単位)数が膨大なうえ、ECや店舗向け即日出荷のニーズが強い。「海柔創新」が開発した自律走行型の「ケースハンドリングロボット」は、ケース単位で棚から直接ピッキングでき、高所の保管スペースも活用が可能。同社の発表によれば、消防法の厳しい制約を受ける日本の倉庫設計のもとで、床面と高所の空間を最大限に活用でき、生産性も向上したという。
固定ラインから自律走行ロボットへ
こうした変化の中核にあるのは、従来の固定型のラインから、柔軟な運用変更が可能な自律走行型のロボットへと向かう流れだ。
英EC支援大手THGのフルフィルメント(ECのバックヤード業務)部門「THG Fulfil」は、2025年6月、マンチェスターの倉庫に、浙江省のロボット企業「浙江立鏢ロボット(Libiao Robotics)」の自律走行型小型仕分けロボット430台を導入すると発表した。
モジュール式で迅速に導入可能で、季節のセールなどで物流量が急増する期間だけ処理能力を追加することもできる柔軟性が決め手になった。発表によれば、これにより倉庫の処理能力は約75%向上する見込みという。
また北京発のロボット企業「Geek+(ギークプラス、北京極智嘉科技)」は2023年6月、独BMWと中国・華晨汽車の合弁会社、華晨宝馬(BMWブリリアンス・オートモーティブ)の瀋陽工場で、AMR(自律走行搬送ロボット)による「Goods-to-Person(商品を作業者のもとへ搬送する方式)」型のピッキングシステムを稼働させたと発表している。同工場はEVの「iX3」なども生産しており、需要の拡大に対応して物流業務を近代化するのが狙いだ。発表によれば、ロボットは予定より早く、着手から2カ月で稼働したという。
※画像出典:Geek+
中国の物流が直面してきた「無理難題」
これらの動きから見て取れるのは、グローバル企業が物流に求める能力の変化だ。一言でいえば、効率アップは前提として、物流システムや機器の調達基準が、「変化への即応性・可変性」へとシフトしてきている。そして、それらグローバル企業が求める能力を、まさに自国内で蓄積してきたのが中国の物流企業や自動化、搬送ロボット関連企業だった。
これまで中国の国内市場では、物流企業は以下のような課題に直面してきた。
- 極限までのコスト削減
- 膨大なSKU
- 注文の小口化、多頻度化
- セールなどのイベント時に何倍にも急増する注文量
- 極端に短い配送リードタイム
- 消費者向けEC、B2B(企業間取引)、即時配送など異なる注文の同一倉庫での処理
これらさまざまな「無理難題」をいかに解決するか。中国の物流企業は過去十数年にわたって、この課題に取り組み、激烈な競争を繰り広げてきた。
大商戦の「修羅場」が物流企業を鍛え上げた
中国の物流企業を鍛え上げた最大の「修羅場」が、「双11(ダブルイレブン)」「618」など毎年恒例の大商戦だ。国内の主要ECプラットフォームやブランド、物流会社、ライブ配信者などが一斉に参加する年2回の超大型セール商戦である。ここ数年、景気低迷で一時期ほどの盛り上がりは薄くなってきたが、コロナ禍前の最盛期には、国を挙げての熱狂ぶりは凄まじいまでのものだった。
これら大商戦の前後は、全国の宅配便取扱量が平時の数倍、拠点によってはそれ以上に跳ね上がる。各地の物流倉庫では小包が天井まで積み上がり、仕分け機械がストップして荷物が長期間滞留する「爆倉(バオツァン)」と呼ばれる状況がたびたび発生した。
宅配会社や倉庫会社にとって、「爆倉」はECプラットフォームからの違約金や、場合によっては契約解除にもつながりかねない事態だ。なんとしてもこの問題を解決しなければならない状況に追い込まれていた。
「ロボットが1台壊れても全体は止まらない」という逆転の発想
これは中国のロボットベンチャーにとっては巨大な商機でもあった。前述した「浙江立鏢ロボット」は2016年、中国最大の日用雑貨品の集積地、浙江省義烏市の大手宅配会社の物流センターに、300台ほどの仕分けロボットの試作機を持ち込んだ。
しかし当時、このシステムは実験段階で、研究室では動いていたが実戦経験はなかった。現場では、案の定、エラーが連発。しかし倉庫には荷物が押し寄せており、撤退はできない。同社の創業者やエンジニアらは、倉庫内にベッドを持ち込み、日中に発生したバグに対し、翌朝までにコードを書き直すという作業を数カ月にわたって続けたという。こうした短いサイクルで修正を重ねる、まさに「アジャイル」な開発で、現場の問題解決ニーズを取り込んでいった。
同社の仕分けロボットは、作業員がロボットの背中に荷物を載せるだけで、バーコードを自動スキャンし、床面の二次元コードに沿って秒速3メートルで走行し、指定地域の仕分け口へ荷物を滑り込ませる。このシステムの肝は、「固定式の大型機械ではなく、小型の独立したロボットが群れで動けば、仮に1台壊れても全体は止まらない」という逆転の発想をしたことにある。
この小型ロボットを群れで動かす発想自体は、米国ですでに先例があった。しかし中国勢の強みは、過酷な物流現場にそれを繰り返し投入し、より安く、速く、大量に処理できるシステムへと改良を繰り返した点にある。
ハードは安価に作り、アルゴリズムで動かす
「修羅場」の経験から導かれた結論は、「絶対に止まらない完璧な1台を求める」ことの放棄だった。仮に完璧な機械を求めれば、製造コストは高く、開発に時間がかかる。しかし「壊れたらその部分を換えればいい」前提なら、既存のパーツやモジュールなどを活用して安く、迅速にロボットを組み上げられる。
物流現場で何百万件もの荷物を処理すれば、一定のトラブルは必ず起きる。そのことを前提に、1台がストップしても、その1台を人間が脇に除ければ、残りの299台が自律的に迂回して動き続ける。そういうシステムを作った方が、冗長性が増して耐障害性が高まり、トータルでは処理速度の向上とコスト低減につながる。
この発想の転換で、1台あたりの製造原価は劇的に下がり、開発期間は圧倒的に短くなった。このように「機械は適度なレベルで安価に素早く作り、アルゴリズムによって全体を止めない」ようにするのが中国のロボットメーカーの基本的な考え方だ。
これら中国企業が現場で体得したのは、「ロボットを作る技術」というより、「異常が発生しても、倉庫全体を止めない技術」だった。この種の現場の試行錯誤で培った経験値こそ、中国物流企業の強みであり、ビジネス的に最も価値がある競争力になった。
ライブコマースが生んだ「AI棚替え」
加えて、近年のECの大きな変化は、抖音(ドウイン、海外版はTikTok)の「抖音電商」や「快手電商(Kuaishou)」などに代表されるライブコマースの急拡大だ。
ライブコマースの商流の特徴は、「ライブ配信で一晩に10万着売れ、翌週には別の商品に切り替わる」といった変化の激しさにある。「シーズンごとに発注し、倉庫に用意しておく」従来の手法とは大きく異なる。そのため既存の固定コンベアや固定棚では、売れ筋が変わるたびに手作業で棚の配置換えが必要で、作業が追いつかない。
変化に対応するため、中国のロボット企業は、独自の倉庫管理システム(WMS)およびロボット管理システム(RMS)を開発した。その発想は「ハードウェアを固定せず、AIが自律的に、どの商品が売れるかを予測し、夜の間に棚を勝手に並び替える」ことにある。
例えば「今夜20時からのインフルエンサーの配信で、このジャケットが売れる可能性が高い」とAIが判断すると、夜のうちに無人搬送ロボットが動き回り、該当商品の棚をピッキングステーションの前まで移動させておく(動的スロッティング)。倉庫のレイアウト変更も簡単にできる。管理画面のデジタルマップ上に線を引くだけで、数百台のロボットが即座に新しいルートに追従する。
「人間が頭で考えて固定したレイアウト」を捨て、データに基づいてAIが毎晩レイアウトを組み替える。前述の「Geek+」や「浙江立鏢ロボット」「海柔創新」などが開発したロボットは、中国のライブコマースの現場ですでに数多く導入されている。
「世界有数の予測不能な激変市場」で育ったシステム
ライブコマース特有の「一晩で数万〜十万件という突発的な注文バースト」「40〜60%に達することもある極端に高い返品率」「激しい売れ筋の入れ替わり」といった課題の克服に、これらのシステムはすでに欠かせない存在だ。
中国のライブコマースは、いわば「世界でも有数の予測不能な激変市場」である。AIに支えられた中国発の「動的システム」は、その過酷な現場を生き抜くために開発された。現在、欧米や日本などの小売企業が直面する「ブラックフライデーの物量急増」や「オムニチャネル化に伴う返品コストの高騰」など、さまざまな問題に対処する実務ツールとして、中国発のシステムが世界各地に導入され始めている。
その高い競争力の源泉はコストだけにあるのではない。中国の現場で磨かれた柔軟性と需要予測の精度がその根底にある。
問題発生を「量」の視点で管理する
こうした中国企業の発想の基本は、問題発生を「量」として管理する点にある。「トラブルは起きてはならない」ものとして「あるべき論」で考えるのではなく、「100万件に何件問題が発生し、それを何分で発見し、いくらのお金で修復できるか」を考える。ECなら「いかに返品をなくすか」よりも、現実の返品率と返品処理コストを管理する。
現実に起きた問題を「いかに速く安く直すか」に力点を置き、とにかく眼前の仕事を大量に処理していく。そこでは膨大なトラブルや問題のデータが蓄積される。AIは、膨大なデータの共通点や例外を見つけ、分析することが得意だ。だから、中国の膨大なモノの流れの中で、
大量にやる → 失敗が大量に出る → それをデータ化する → パターンを学習する → 異常検知と復旧能力が上がる → さらに大量・高速に処理できる
というサイクルが回る。それをひたすら繰り返してきたのが、中国の物流企業だ。
「事故」を統計に変え、統計をアルゴリズムに変え、
アルゴリズムをオペレーションに組み込む
中国の巨大市場で、何億件も荷物を配達すれば、そこでは誤配や遅配、破損、住所間違いなどありとあらゆるトラブルが起きる。何千万ものSKUを扱えば、欠品や過剰在庫、需要急増、返品など、さまざまなイレギュラーが起きる。
それを一件一件「事故」と認識し、防止策を考えていたら事業が始まらない。それよりも「事故」を統計に変え、統計をアルゴリズムに変え、アルゴリズムをオペレーションに組み込む。そのほうが総合的な効果は大きくなる。中国企業の発想の根底にはそういう考え方が流れている。その蓄積が、いま中国の物流企業が海外へ輸出しつつある競争力の源泉である。
中国企業が輸出しているのは倉庫ロボットや無人搬送車といったモノだけではない。巨大な取引量と、日々発生する大量の問題を、迅速に低コストで処理するオペレーション技術そのものである。
中国企業に対しては、物流データの扱いや地政学リスクなど、そのシステムに依存することの懸念は存在する。しかし、現実のビジネス現場で、それでも導入が着実に広がっていること自体、その実務上の競争力の強さを物語っている。
ここにはこれからのAI時代に何が企業の競争力を生み出すのか、我々が考えるべきヒントがあるように思う。
次世代中国