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2019年10月30日

ヒト・モノ・カネから「共感」・「共鳴」へ。持続可能な幸福とは
~NEC未来創造会議・分科会レポート~

 従来の資本主義が限界を迎えていると叫ばれているいま、「共感資本主義」に注目が集まっている。株式会社eumo代表取締役・新井 和宏氏が提唱していることで知られるこの概念は、「共感」をベースに動く社会や経済を描いている。今回、NECの未来創造プロジェクトは新井氏との分科会を実施。なぜ、これからの時代に「共感」が必要なのか。新井氏の真意を問うとともに、”金融工学の限界”を知る新井氏と、”テクノロジーの限界”を知るNECフェローの江村が対談し、多様な人が共感・共鳴しあう社会の創造にむけて議論した。

共感と感性の時代へ

 「現代の資本主義社会のなかで、人間はお金の”奴隷”になっています。しかし、お金とは本来人間が幸せになるための”ツール”だったはず。資本主義やお金の概念が多様性を欠いていることが、すべての問題の原因だとわたしは考えています」

 「共感資本社会」の実現を目指す株式会社eumo(以下、eumo)の代表取締役・新井 和宏氏はそう語る。1990年代から20年以上にわたって投資や金融市場に携わってきた新井氏は、自身が信じていた金融工学に少しずつ疑問を感じるようになっていった。従来の資本主義が限界を迎えると考えた同氏は、持続可能な資本主義を実現すべく2008年に鎌倉投信株式会社を創業。ファンドマネージャーとして独自の理念から数多くの企業へ投資を行なったのち、2018年にeumoを立ち上げた。

eumo代表取締役 新井 和宏氏

 多様性を欠いている資本主義の代替システムとして新井氏が提唱したのが、「共感資本社会」なるモデルだ。「人・モノ・金・情報の時代から、共感が資本になる時代が来るはずだと考えたのです」と新井氏は語る。「モノやサービスが飽和すれば、企業はファンを増やさなければ生き残れません。ファンづくりのベースは共感ですから、共感やそれをもとにしたお金が循環する社会が訪れるはずです」と続けた。クラウドファンディングの流行やコミュニティ経済の再評価といったように、「共感」はいま社会を動かす大きな力となっている。

 「AI(人工知能)が普及した社会で一番貴重になるのは、人間がもつ他者へ共感する能力だといわれています。人間が人間らしく生きられる条件のひとつが共感です。共感をつくるために、いま人間は”感性”を取り戻さなければいけないのだと思います。これからは感性の時代が来るでしょう」

「共感」のもつ力はeumoのみならず、近年世界中で注目されているものでもある

多様な「共感」と「共鳴」

 「eudaimonia(持続的幸福)」という言葉からとられた社名が表しているように、新井氏は人々が多様な社会のなかで持続的な幸福を実現できるように共感資本社会のモデルをつくりあげたのだという。そのビジョンが、NEC未来創造会議の提唱する社会コンセプト「意志共鳴型社会」にも通じている。新井氏は「共感」と「共鳴」について次のように語る。

 「ぼくらが提唱している共感は”入り口”で、より次元が上がるとお互いに刺激しあう共鳴に変わっていくのではと思います。また、信頼という言葉もキーワードのひとつではあったのですが、信頼はどこか上下関係を想起させる。共感のほうがよりフラットですよね」

 フラットに他者とつながっていける共感は、”曖昧”であるがゆえに多様なのだと新井氏は続ける。そんな共感を軸として展開されるeumoの取り組みは、じつにさまざまな領域へ広がっている。共感資本社会をつくる人材を育てるための教育プログラムを行なうほか、都会と地域を共感でつなぐ新たな電子通貨「eumo」の実証実験の開発にも取り組んでいる。

新井氏が2017年に上梓した書籍『持続可能な資本主義』。「八方よし」を実現するためにも「壁」を取り除くことが重要だと新井氏は語る

 さらには、多様な社会に向かうためにわたしたちの「幸福」もまた多様でなければならない。だからこそ、eumoは従来とは異なる尺度で人間の幸福度や成人発達段階を測定するアルゴリズムの開発にも取り組んでいるのだという。

 「資本主義を持続可能なものにするためには、”壁”を取り除いていかなければいけないはずです」と新井氏が語るとおり、eumoの活動は社会のなかに存在する”壁”を次々と壊そうとしている。教育、貨幣、企業、そして幸福。新井氏はこれまで当たり前のものと考えられてきた価値観を疑うことで、わたしたちの社会をより豊かなものに変えようとしているのだ。

株式会社の組合化やコミュニティ通貨の実証実験など、新井氏はさまざまなアイデアを着実に実践していく

わかりやすさという「罠」

 もちろん、eumoの取り組みは決して容易なものではない。新井氏が「人間は目に見えるものしか信じられない」と語るように、わたしたちは目に見えるという「わかりやすさ」に大きく影響されてしまっているからだ。

 「わかりやすさが、優先順位を変えてしまうんです。幸せは曖昧で比較できないけれど、売上やROE、GDP、目に見えるものは客観性があって比較可能。だから本来企業はそれぞれの理念をもっているはずなのに、利益が存在意義のようになってしまう」

 NEC未来創造会議もまた、これまで数々の有識者と「数値化」の功罪について議論を重ねてきた。とりわけテクノロジーの発展がさまざまなものを測定可能にしたことで、人々は思考停止に陥ってもいる。eumoはそんな状況だからこそ「成人発達段階」を数値化しようと試みた。

 「もちろん、幸せは完璧には測れません。でも完璧な数字なんて存在しないので、数値化することで少しでも幸せを信じられる状況をつくれたらと考えたんです。そこで幸せそのものではなく、マズローの欲求5段階説のように心の成長の数値化を試みました」

 こうしたeumoの考えは、現在大手企業のHR Techに採用されるなど、すでに活用の領域は広がっているのだという。もちろんそれをお金に代わる絶対的な価値として使用するわけではないし、共感資本社会の実現も資本主義の根絶を目指しているわけではない。「ひとつの基準ですべてを測ると息苦しいですよね。異なる生き方を選びやすくするために、多様なインフラをつくることが重要だと思うんです」と新井氏は語る。

 「人は自分が関心をもっているものにしか関心をもちませんから」と新井氏が続けるように、たとえば数字を強く信じている人に突然芸術的な価値を認めさせることは難しい。だからこそ、eumoはひとつの「見せ方」として幸福や心の成長を数値化することで、その意義をより多くの人に届けようとしている。2019年度第1回有識者会議「RELATIONSHIP」で情報学者のドミニク・チェン氏も指摘していたように、数値化そのものが「悪」ではないのだ。

成長すると「比較」が消える

 目に見えるもの/見えないものの価値とは何か。新井氏は鎌倉投信で働いていたときに「いい会社」をどう見極めていたのか、次のように語った。

 「究極的には、会社の”雰囲気”を見ればわかります。それは数値化できないけれど、実際に訪れてみたらその会社がいいか悪いかわかるんです。ただ、ぼくはバランスも重要だと思っています。数字も数字にならないものも両方あって、それぞれ欠点もあることを知っていることが豊かな状態ですから」

NECフェローの江村は、これまでのNEC未来創造会議で開かれた有識者会議の事例を織り交ぜながら話す

 新井氏の発言を受け、江村は単に見える/見えないだけではなく何を見るのかも重要だと語る。

 「以前の有識者会議で、大阿闍梨の塩沼亮潤氏が『うまくいかないことがあるとき、ほんの少しでもこちらに何か原因があるうちは問題が解けない』と言っていました。わたしたちはどうしても”相手”を見てしまいがちですが、結局は自分の問題。だからNECも自らの尺度を変えていかなければいけないのだと感じました」

 江村の発言を聞いて新井氏はうなずき、「自分の価値基準ができれば幸せになれると思うのです」と語る。しばしば人は従来と異なる尺度を受け入れるとき、その尺度のなかでまた競争を始めてしまいがちだが、一定の成人発達段階を超えると比較の意識が消えるのだという。

 「相対で生きていると比較から逃れられませんが、自分を生きている人は絶対的な基準をもっている。だから持続的な幸福にも近づけるのです。この社会は比較して競争するための尺度にあふれていますが、比較から解放されたら怖いものはなくなりますから」

新井氏は視覚障害者のスキー指導など多くの取り組みのなかで「見えないこと」がもつ意味を再認識したという

「成功」を手放す重要性

 お金や偏差値のような従来の価値基準から離れ、「自分」を生きること。これまでの基準が「成功」していればしているほど、それを手放すことは難しくなるだろう。新井氏も「ときには成功体験を手放さなければいけないはずです。捨てることを身に着けなければいけない。そうしなければ自分の”村”から出ていけないし、異なる考え方をもつ人にアプローチできないんです」と語る。江村も、それはまさにNECが直面している問題だと言う。

 「NECはいま、”ものづくり”の会社から”社会価値創造”の会社に変わろうとしています。そのためにはプロダクトをつくっているときの価値観を手放さないといけないし、働き方や会社の文化も変えないといけません。でも人は従来のものにしがみつきがちですよね」

 限界を迎えつつある従来の資本主義社会から離れ、より持続可能な社会をつくっていくためには、新たなことを学ぶこと”LEARNING”よりもむしろ学んできたことにとらわれないこと”UNLERANING”が求められている。それは、今年度の有識者会議がテーマのひとつとして「LEARNING/UNLERANING」を挙げていることとも不可分だろう。

分科会終了後も話したいことは尽きず、未来創造プロジェクトメンバーと新井氏のトークははずんだ

 ただし、従来の価値観を”完全”に捨て去って新たな価値観をインストールすることがLERANINGやUNLERANINGではない。いくつもある選択肢のなかからどれかひとつだけを選ぶのでは、いずれこれまでと同じような限界を迎えてしまうからだ。だからこそ新井氏が先に述べた「バランス」は重要でもある。

 「わたしは長い間金融工学に従事してきたので、その限界がわかるのです。最先端まで行かなければ見えない世界があるし、むしろ端を見なければその限界も、”中庸”もわからないでしょう」

 そう新井氏は語る。CTOを務め長年NECのテクノロジー開発を牽引してきた江村がいまNEC未来創造会議で思想や哲学のもつ重要性を説いているのも、テクノロジーの限界を見てきたからだ。

 多様な人が共感・共鳴しあう社会をつくるうえでも、”端”を知っていることは重要だ。ただこれまでと異なっている、お互いに異なっているだけでは意味がないのだから。新井氏も「多様だからこそ、確認しあわなければいけません。異なっているものを放っておくだけでは、ほんの少しの違いしかなくてもいずれはなればなれになってしまうでしょうから」と語る。

 共感や共鳴に満ちた社会をつくるためには、自分だけの価値観を確立しながら、異なった他者に自分を開いていくことが重要なのだ。多様なものの間を行き来すること、そして異なる人々とコミュニケーションをとり「橋」を架けていくことでしか、新たな社会は創造しえないのだろう。

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