AIと協奏し、変革を推進する力を育む
横浜ゴムが描くDXリーダー像と育成の要諦とは
定型業務を中心にAIエージェントに委ねられる時代となり、人に期待される役割は「作業の実行」から「意思決定」へと移りつつある。横浜ゴムは「人とAIとの協奏」を2020年に掲げ、このような変化にいち早く向き合ってきた。同社がNECと共に運営しているDXリーダー育成プログラムにも、その考えが強く反映されている。両社はプログラムをどのように磨き、参加者には何が芽生えたのか。両社のキーパーソンに聞いた。
SPEAKER 話し手
横浜ゴム株式会社

中村 征希氏
IT企画本部 本部長
ハマゴムエイコム株式会社 代表取締役社長

石光 真吾氏
常務執行役員
経営管理本部長 兼 平塚製造所長代理
兼 ヨコハマピアサポート株式会社 代表取締役社長

小石 正隆氏
研究先行開発本部
アドバイザリーフェロー AI・DX担当
NEC

中田 太平
コンサルティングサービス事業部門 AXデザイン室
ディレクター

苅部 真
データ&アナリティクスオファリング統括部
ソリューションコンサルティンググループ
シニアプロフェッショナル
これからの成長を担うのはDXをリードできる人材
──中期経営計画「Yokohama Transformation 2026(YX2026)」を掲げ、DXを推進していますね。
中村氏(横浜ゴム):横浜ゴムは、タイヤやゴルフ関連商品、ホース配管やコンベヤベルトなどの工業資材からなるMB(マルチプル・ビジネス)事業を手掛けています。YX2026では、既存事業の「深化」と新しい価値の「探索」を推進しています。競争環境が大きく変化する中、事業変革を推進するにはデジタル技術が欠かせません。
IT企画本部 本部長
ハマゴムエイコム株式会社 代表取締役社長
中村 征希氏
──DXを推進する上では、何を重視していますか。
石光氏(横浜ゴム):人材は非常に重視しています。DXをリードすることは、これからを担う人材に求められる必須の要素と考えています。中期計画で、人的資本のKPIに、DXリーダーの数を加味したのは、これを踏まえています。単にデータやシステム知見を持つのでなく、仕事を理解し、変革を進められる人づくりが大事だと考えます。
常務執行役員
経営管理本部長 兼 平塚製造所長代理
兼 ヨコハマピアサポート株式会社 代表取締役社長
石光 真吾氏
小石氏(横浜ゴム):人を重視する姿勢は、AI活用にも表れています。横浜ゴムは2020年から、「人とAIとの協奏」をテーマに、製品やサービス、プロセスの革新を目指す独自のAI利活用フレームワーク「HAICoLab (ハイコラボ)」を推進してきました。近年は自律的に業務を行うAIエージェントへの注目が集まっていますが、私たちはAI活用の主役はあくまで人であると考えています。
研究先行開発本部
アドバイザリーフェロー AI・DX担当
小石 正隆氏
共に悩み、共に考えながらプログラムをつくる
──人材育成には、どのように取り組んでいますか。
小石氏:研究・IT・人事の各部門が組織の壁を越えて連携し、取り組んでいます。プログラムでは、ITスキルやツールの使い方ではなく、変革をリードする力の育成を重視しています。具体的には、自ら問題を認識し、課題を設定できる力です。
課題には、その人が目指すゴールや目的が映し出されます。ビジネス変革という目的に立ったとき、ゴールが現実離れしていないか、あるいは目先の改善や技術視点に偏っていないか。そう問い続けながら正しい課題を設定することが、変革の第一歩です。
──育成プログラムの開発と運用にNECと共に取り組んでいますね。
中村氏:検討段階では、ツールの使い方やデータリテラシー教育に重点を置いたご提案が多く見られました。しかし、私たちが真に求めていたのはDXの「D(デジタル)」ではなく「X(トランスフォーメーション)」、つまり本質的な変革です。単なるツールのレクチャーにとどまらないパートナーを模索していました。当初はNECに対しても「システムの会社」という先入観を持っていたのですが、お話を伺う中で、自らを「クライアントゼロ」と位置付け、自社の泥臭い変革経験をベースに伴走支援してくださる姿勢に深く共感しました。同じ日本の製造業として、文化や直面する課題感が近かったことも大きな決め手となりました。
石光氏:人材育成は、何のためにやるのかを見失うと、とたんに迷走しがちです。今回、私たちは、業務変革をテーマとし、かつ、現実の課題をとりあげました。人の育成と変革の実践、両方をプログラムに盛り込む難しい設定でしたが、NECの提案は変革のための人材育成という点にブレがなかった。そう感じられたことも共に取り組むことを後押ししました。
──NECは、どのような姿勢で支援に臨んだのでしょうか。
中田(NEC):NECは、自身の経験で得た知見やノウハウを体系化し「BluStellar Academy for DX」として、DX人材戦略の策定から実践的なDX人材育成、継続的なDX文化浸透までをワンストップで支援しています。クライアントゼロとしての経験に期待いただきましたが、NECがすべてを経験し、すべての回答を持っているわけではありません。まだ、解決に向けて取り組んでいる課題もあります。ですから「教える」のではなく、「共に取り組む」という姿勢で臨みました。NECの試行錯誤の経験を活かし、横浜ゴム様の変革および人材育成に、共に悩み、共に考えながら取り組もうと考えたのです。
コンサルティングサービス事業部門 AXデザイン室
ディレクター
中田 太平
──プログラムの内容をご紹介ください。
小石氏:「DXリーダー育成プログラム」は、大きく3つにこだわっています。1つ目は、教育で終わらせないこと。教育はあくまで手段であり、それ自体が目的になってはいけません。2つ目は、必ずアウトプットを出すこと。参加者は最終的に「DXキャンバス」というDX企画書を完成させます。3つ目は最も重視した点で、横浜ゴムが大切にしてきた考え方をプログラムに織り込むことです。
──大切にしてきた考え方とは、どのようなものでしょうか。
小石氏:先ほど、自ら問題を認識し、課題を設定できる力を鍛えたいと述べましたが、横浜ゴムでは、現状と目指す姿とのギャップが「問題」で、その問題を解決するために取り組むべきことが「課題」と位置付けています。その考え方のもと、目標、問題、課題の順に整理し、問題と課題を構造的にとらえるためのトレーニングをプログラムに組み込みました。
中田:この考え方をベースにすることで、ひらめきや思いつきにだけ頼らない、地に足のついた変革につながると感じています。私たちは参加者様と伴走しながら、問題と課題が適切につながっているか、視野が狭すぎたり広すぎたりしないかを共に考え、課題設定力の習得を支援しています。
──プログラムは、どのような形で運用しているのでしょうか。
石光氏:1期あたり約半年をかけ、座学ではなく手を動かすワークを中心にしています。参加者は各本部長の推薦により選抜された30~40代が中心です。NECからマンツーマンの伴走支援を受けながら、自らのビジネス課題の変革シナリオを描き、計画を磨き上げてDXキャンバスとしてまとめ、最終報告会で発表します。この最終報告会には、社長や本部長も出席します。
3期を経てさらに横浜ゴムらしさを取り込む
──既に3期までプログラムを終えています。どのような成果につながっていますか。
小石氏:プログラムを重ねる中で、DXリーダー育成プログラムはより横浜ゴムらしいものへと進化してきました。その象徴が、私たちが重視する「メタ認知」です。人は経験や知識から形成された思考の枠組みにとらわれがちです。それを客観的に見つめ直し、問い直すのがメタ認知です。また、好奇心を持ち、多様な視点を受け入れ、異なる意見も尊重するオープンマインドがメタ認知とともに大切です。しかし、通常の研修では扱いにくいテーマであるため、当初はプログラムとは別に補講として受講者へ伝えていました。
中田:それを聞き、参考になればという気持ちで補講に参加したのですが、それが横浜ゴム様の考え方、重視する力、育成したい人材像に対する理解を深める大きなきっかけとなりました。
苅部(NEC):中田の経験をもとにNEC内で検討を深め、さらに横浜ゴム様とも認識をすり合わせる中で、メタ認知が受講者の変化に非常に重要な要素だと考えるようになりました。そこで、メタ認知やオープンマインドなどのキーワードをワークショップの随所に組み込んだり、他者の意見を聞き、客観的な視点を養うオープンな場であることを強調したりするなど、段階的にプログラムの改善に取り組みました。
データ&アナリティクスオファリング統括部
ソリューションコンサルティンググループ
シニアプロフェッショナル
苅部 真
中村氏:プログラムの改善は、参加者の意識や行動の変化にはっきりとつながっています。IT部門のメンバーを見ても、導入するITツールにばかり目を向けるのではなく、広い視点で社内の業務やビジネスを見渡し、問題を認識して課題を設定し、解決に取り組むという姿勢がより強くなりました。
苅部:多様な部門から参加していることもあって、受講生同士に部門を超えた協力関係が生まれていることも印象的です。
小石氏:HAICoLabのテーマである「人とAIとの協奏」も、先入観や固定観念をできるだけ除いた上で仮説を立てることを前提にしています。AI時代において人に求められる役割は単にAIを活用するだけではありません。AIが示した結果や気付きを多角的にとらえ、自らの考えを問い直しながら新たな価値につなげていくことも人の重要な役割です。その意味で、メタ認知は欠かせない力であり、自身の思考の枠組みを客観的に見つめ直す力こそ、DXの核心とも言えます。メタ認知を取り込めたことで、人材育成とHAICoLab、そしてDXがさらに密接につながりました。
そうした考えは、HAICoLabで活用しているNEC発のAI「dotData」にも通じます。dotDataは、分析テーマを設定してデータを投入すると特徴量を自動設計します。人が無意識のうちに持つ先入観や思い込みに左右されにくい形でデータをとらえられるため、これまで気付かなかった視点や仮説を得るきっかけになります。AIが新たな視点を提示し、人がその意味を考え、議論し、価値につなげる。そのプロセス自体が、思考の幅を広げ、メタ認知を促すことにつながっていると感じています。
苅部:横浜ゴム様との取り組みを通じて、私自身もdotDataの可能性に改めて気付きました。一見すると実用性が見えにくい結果もありますが、その意味を考え議論すること自体に価値があります。大きな気付きをいただきました。
小石氏:実際、タイヤの材料であるゴムを練る工程では、dotDataが示した特徴量について、現場の専門家とNECのデータサイエンティストが議論を重ねたことで、新しい発見につながったこともありました。AIが答えを出すのではなく、AIが示した視点を起点に人が考え、学び、より良い判断につなげていく。そうした「人とAIとの協奏」が、私たちの目指す姿です。
──今後、どのように取り組みを進めていきますか。
中田:人材育成に終わりはありません。横浜ゴム様の取り組みがどのように機能しているかを継続的に問い直し、改善の支援をし続けます。AIの役割が広がる今こそ、人が果たす役割を考える必要があります。NECは横浜ゴム様の伴走者として、それを共に考え続けます。
小石氏:人材育成を実際の変革へと発展させること。それが次の大きなテーマです。プログラムの受講者が本格的に変革をリードし、大きな成果を上げるために、受講者たちを継続的にフォローする仕組みをつくろうと考えています。引き続きNECの経験と伴走支援に期待しています。