SFからイノベーションを生み出す!?「SFプロトタイピング」の可能性
イノベーションには、柔軟な発想力が必要不可欠だ。デザイン思考やアート思考、スペキュラティブ・デザイン――近年提唱されているイノベーションの手法の多くも既成概念にとらわれない思考を実現しようとするものだが、なかでも今注目されているのは、SF的な想像力をもとに未来のビジョンをつくり出す「SFプロトタイピング」だろう。
さまざまなツールや手法を使いながら未来について考えていくべく、NECは10月21日に開かれた「J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2022」において「SFが描くワクワクする未来~SFプロトタイピングがイノベーションを生む~」と題したセッションを実施した。数多くの企業とSFプロトタイピングを行ってきた科学文化作家・宮本道人氏によるプレゼンテーションとJ-WAVEナビゲーターのサッシャ氏によるモデレーションのもと、実際にNECの社員がワークショップに参加。セッションを通じて、SFプロトタイピングがビジネスに変革を起こしていく可能性が提示された。
SFは社会とつながっているもの
「SFとはただのフィクションではなく、サイエンスとフィクションと社会をつなぐものです。SFプロトタイピングではSFの発想を用いて新規事業のアイデアを考えることもあれば未来のビジョンについて議論することもあるのですが、実は今社会に浸透しているプロダクトやサービス、概念の中には過去のSF作品から影響を受けてつくられたものも数多くあります」
そう宮本氏は語り、「SFプロトタイピング」という概念の登場以前からSFとビジネスや社会が強く結びついていたことを明かす。たとえば近年ビジネスの領域でも注目される「メタバース」や「アバター」の概念は、ニール・スティーヴンスンが1992年に発表した『スノウ・クラッシュ』の中で提示されたものだ。あるいは1957年に刊行されたアイザック・アシモフ『はだかの太陽』は感染症の蔓延により人々が隔離されリモートでコミュニケーションする世界を描き出しており、60年以上前からコロナ禍の社会を予見していたようにも思える。必ずしもSF作品が未来予知を行うわけではないが、わたしたちはSF作品を通じてありえるかもしれない未来を想像できるのだろう。
宮本氏の発言を受け、NEC グローバルトランスポートインテグレーション統括部 シニアディレクターの海老沢美佐子は、SFプロトタイピングがNECの事業ともつながる可能性があると指摘する。
「わたしたちエンタープライズビジネスユニットがインドで提供した交通系ソリューションは、公共交通機関のスマート化を進めるだけでなく、スマートシティにおける移動の未来を模索するものでもありました。将来的にはわたしたちもSF作品で描かれているような新たな移動の体験や価値を提示したいと思っています」
NEC スマートILM統括部の八巻千夏も「SFプロトタイピングは本当に可能性のあるメソッドだと思います」と語り、SFのような発想の重要性を説く。「NECは新たな技術開発にも注力しており、たとえばロジスティクス領域では人とロボットの協調を想定したソリューションの開発も進めています。これまでにないソリューションを生み出す上では、既成概念にとらわれない柔軟な発想が重要ですね」
「言葉」を分解し柔軟に発想を広げる
特にビジネスの領域では既存の制約や産業構造を前提としてしまうことも多いが、SFプロトタイピングはどうやって柔軟な発想を可能にするのだろうか。この日のセッションでは、宮本氏がショートワークショップを通じてSFプロトタイピングの手法を実際に披露してみせた。同氏はまず参加者の趣味や関心のあることを尋ねることからワークショップを始める。
「オシャピク」「鍼灸・マッサージ」「コンビニスイーツ試し買い」「動物園」――海老沢と八巻が実際に挙げた趣味の言葉はジャンルもスケールもバラバラであり、一見未来のビジョンとは関係がないように思える。しかし宮本氏によれば、趣味のようにその人が精通しているものを経由することで発想が広がりやすくなるのだという。
続けて宮本氏がふたりに尋ねたのは「未来の言葉」だ。本人が精通している言葉を挙げる前者とは異なり、未来の言葉は参加者が未来と言われて思い浮かべる概念や企業として未来を見据えて取り組んでいるテーマなどを挙げていく。「手ぶら決済」「宇宙旅行」「カーボンニュートラル」「リモート」「どこでもドア」など、こちらもサービスから概念に至るまでその種類はさまざまだ。未来に関する言葉の中には「どこでもドア」のように一見非現実的なものも含まれるが、「子ども向けのおとぎ話だから」「SFだから」と切り捨てるのではなく部分的に実現できる可能性がないか検討することも柔軟な発想につながるという。
事実、どこでもドアは海老沢が日ごろ移動に関するソリューションを提供していることから思いついたキーワードだったが、モデレーターのサッシャ氏は「子どもを祖父母に見せるためにFaceTimeでつないで部屋の様子を映しっぱなしにすることがあるのですが、もはや通話というよりテレビやタブレットのディスプレイという“窓”がつながっているようでもあり、どこでもドアと言えるのかもしれません」と指摘する。どこでもドアは「移動」だけでなく「窓」のような機能をもったものでもあるのだろう。未来的な言葉を分解していくことで、どんな要素が未来につながりうるのか精査できるというわけだ。
予測不能なつながりからイノベーションが生まれる
「こうして出てきた趣味の言葉と未来の言葉を無作為につなぐことで、新しい概念が生まれる可能性があります。たとえば『どこでもアニメ』『リモートオシャピク』などどんな意味なのか深く考えずに組み合わせてみることが重要です。既存の意味に引っ張られてしまうと、思考も硬直化してしまいますから」
続くステップとして、宮本氏は「趣味の言葉」と「未来の言葉」を無作為につないでみることを促す。海老沢は「試し買い旅行」、八巻は「ホログラム猫」、サッシャ氏は「ロボット動物園」と各々が組み合わせてつくった概念は突拍子もないものばかりで、本当に未来のアイデアやビジョンにつながるのか怪しいものさえある。しかし、宮本氏は「SFプロトタイピングには、成功するかわからないヒヤヒヤ感が必要です」と主張する。
「プロトタイピングに初めて参加する人は予め準備したりゴールを設定したりしようとしてしまうのですが、最初からゴールまで設計すると綺麗にまとまったものしか生まれません。失敗する可能性とともにあることで、創造性やイノベーションが生まれてくるはずです」
こうして新たな組み合わせを一通り試してみた上で、ワークショップでは実際にそのワードが何を意味しうるのか考えていく。たとえば「試し買い旅行」がなにか尋ねられたサッシャ氏は、VR/ARのような技術によって5分間だけ海外旅行をリアルに体験できるサービスが実現するのではないかと答え、八巻は動物そっくりの精巧なロボットや空想の生物を模したロボットを鑑賞できる動物園が「ロボット動物園」なのだと答えた。
こうしたプロセスを重ねてお互いが自身の視点からアイデアを出し合うことで、さまざまな角度から未来を考えられるのだと宮本氏は語る。「技術にフォーカスして40年後などにどこまで実現しうるか議論するのもいいですし、どんなユーザーがどう使うなど具体的に考えてみるのも面白いですね。SF的なアイデアを介在させることで現代の倫理観では難しいようなアイデアについても議論できるのがSFプロトタイピングのいいところでもあります」
多角的に未来を考えるためのメソッド
今回のワークショップでは、最後に参加者それぞれが与えられた役割を演じるコメントを出すことで多角的な未来への洞察が導き出された。まず海老沢がアイデアの価値や魅力を挙げ、次に八巻がクレームを入れるようにしてそのアイデアの欠点を指摘し、最後にサッシャ氏がその欠点を補う改善策を提示することでアイデアの可能性を広げていく。ある種の寸劇のように役割をつくることで、より柔軟な発想が生まれるのだと宮本氏は語る。
「企業のミーティングでは部下が上司のアイデアに意見を言いづらいこともありますが、役割を設定することで発言しやすくなりますし、キャラの気持ちになりきることが新たな視点へとつながることもあるはずです」
まず海老沢は「ロボット動物園」や「ホログラム猫」の価値として、ロボットやホログラムが動くことで子どもを遊ばせておけるようになり子育て世代の母親が自分の時間をつくれるようになる可能性を指摘する。それに対し八巻は、楽になるからといって子どもに好き放題遊ばせるのではなく、使用可能な時間を定めて母親との時間をつくることの重要性を強調した。両者の発言を受け、サッシャ氏はロボット動物園やホログラム猫に否があるのではなく、家事や育児によって母親の時間の多くが奪われてしまっていることこそが問題なのではないかと提言し、「移動や動物園を変えるのではなくお母さんやお父さんの置かれている環境を変えることが重要なのかもしれません」と語った。
ロボット動物園やホログラム猫といったワードからはエンターテインメントやコミュニケーションの未来像が想起されてしまうかもしれないが、3人がそれぞれの視点から意見を出し合うことで、むしろ現代の母親や父親が抱えている課題が浮き彫りになったと言えよう。SFプロトタイピングとはただ遠く離れた未来を考えるだけではなく、同時に現代社会の課題を明らかにしうるものでもあるのだろう。
「わたしたちは将来的にどんなソリューションを提供していくべきか考えているのですが、未来のアイデアのいい面と悪い面をどちらも考えるのが重要ですね。ときにはつい業種を絞ってソリューションを考えてしまうこともあるのですが、領域にとらわれず発想を広げることが大事なのだなと感じました」
ワークショップを振り返り海老沢がそう語ると、八巻も「単語だけ見ると想像しにくいアイデアも、角度を変えてみることで中身を具体化できるのが面白かったですね」と続ける。「役割を割り振ることで意見交換を促す手法は、ビジネスの現場で新しいソリューションを考える上でも役立ちそうな気がします」。ふたりのコメントを受け、宮本氏は次のように語ってセッションを締めくくった。
「SFプロトタイピングは、未来予測を行うメソッドではなく、誰もが未来像を議論したり共有したりするメソッドです。今回のワークショップで突飛な未来のアイデアが母親・父親という今苦しんでいる人々の視点へとつながったように、議論を重ねることで新たなアイデアにつながっていくものでもあります。今後もより多くの方にSFプロトタイピングを取り入れていただきたいです」
イノベーションとは、現在の課題だけを見たり未来を空想したりするだけでは生まれえないのだろう。SFプロトタイピングとは一見遠く離れた未来を夢想する行為のように思えるが、その実、未来と現実を往復し多様な角度から議論の場を立ち上げることにこそ、その価値はあるのかもしれない。複雑化する社会においては、モビリティや金融、行政など領域を超えて共創を広げることが新たなイノベーションへとつながっていくはずだ。産業の枠組みや既存の発想にとらわれず未来を志向してきたNECにとっても、SFプロトタイピングはイノベーションを起こすための有力なツールのひとつとなっていくだろう。