コロナ禍で顕在化した日本型営業の泣き所
~「実践・営業デジタルシフト」の著者に聞く、今、必要な変革とは~
コロナショックで在宅ワークが普及し、対面での商談機会も激減。従来の訪問主体の営業モデルは、大きな転換を迫られることとなった。だが、日本型営業は、実はそれ以前からさまざまな課題を内包していた。その実態を顕在化させたのが、今回のコロナ禍だったといえるだろう。本格的なデジタル時代を迎えた今、営業部門にはどのような変革が求められているのか。「実践・営業デジタルシフト」の著者、水嶋 玲以仁氏に話を聞いた。
コロナ禍で顕在化した営業部門の「問題点」とは
── コロナ禍の前から、日本の旧来の営業スタイルは潜在的な課題を抱えていたといわれます。具体的にどのような課題があったのでしょうか。
公益財団法人日本生産性本部が公表した資料では日本の一人当たりの労働生産性は、OECDの中でも37か国中26位です。情報通信業を例にとると、アメリカを100とした場合の日本企業の生産性は、2012年で40、2019年には30と年を追うごとに低下しています。
なかでも生産性が低いのが、事務一般職や営業職、マーケティングなどのホワイトカラー系職種です。近年、事務一般職では、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)やアウトソーシングの導入でコストダウンが進んでいますが、営業部門はいまだ手つかずの状況にある企業が少なくありません。
その要因の1つと考えられるのが、「営業プロセスの標準化の遅れ」です。標準的なシステムを導入する目的の1つに「プロセスの標準化」があります。ところが日本では、標準的なシステムを自社業務に合わせてカスタマイズする例が多く、プロセスの標準化や効率的な営業システムへの変革がほとんど進まなかった。結局、システム導入時には業務プロセスの改善が必要であるにもかかわらず、その思考を置き忘れたまま、単純なデジタル化に終始してきたわけです。
さらに、日本企業の営業が過度に「属人性」を重視することも、営業プロセスの標準化が進まなかった理由の1つではないかと思います。営業職には「この会社を支えているのは俺だ」という意識が非常に強く、「後任者がうまくやれるように、しっかり引き継ぎをしよう」と考える人は少ない。その点、アメリカでは営業担当が頻繁に交代するので、営業活動のデータは必ずシステムに入力することが義務付けられています。例えば、顧客の名刺情報は会社の共有資産と考え、組織全体で活用しますが、日本企業には従来、そういう発想が欠けていました。
ところが、新しいプレイヤーの増加とデジタル化の進展で、営業を取り巻く環境は大きく変わりました。B2Cの領域では、デジタル化で消費者の行動変容が進み、B2Bの世界でも、情報収集の方法は「営業主導」から「お客様主導」へと変わりつつあります。こうした環境の変化が、従来のやり方を続けることを許さなくなり、営業も変わらざるを得なくなってきたわけです。
── コロナ禍によって、企業の営業活動は大きく変わりました。その中で、どのような課題が新たに顕在化してきたのでしょうか。
新型コロナウイルスの流行で顧客訪問が出来なくなり、在宅勤務者が増えたこともあって、営業部門は今までのやり方を変える必要に迫られました。リモートで営業活動や組織マネジメントを行うためには、従来の「感覚」でこなしていた部分を定型化して、新たな仕組みをつくる必要があります。そうした認識のもと、新たな課題として取り組む企業が増えました。
ただ、リモート営業に切り替えたものの、新規の案件が取れなかったり、思うように売り上げが伸びなくて苦しんでいたりする企業も少なくありません。実をいうと、新規案件はリモート営業になじまないところがあるのです。リモートで商談をすると、上席の方も含めて、メインの担当者以外はビデオをオフにされるケースが多いですよね。そうなると、上席の方の表情が読めないので、営業もどこまで話していいかわからない。馴れ親しんだお客様を相手にするルートセールスと違って、新規案件の営業では、現場は相当苦労されていると思います。
「営業が偉い」という組織風土がもたらす弊害
── どうすれば、営業の課題を克服することができるのでしょうか。
営業の現場にデータ分析を導入し、「営業デジタルシフト」を進めることです。 例えば、新規事業の創出にあたっては、経営レベルで事業ポートフォリオを検討するマクロの視点と、営業が現場でつかんだ顧客ニーズなどのミクロな視点を組み合わせながら、検討を進める必要があります。
ところが、本社では調査会社に市場調査レポートの作成を依頼し、営業は現場で全く違う話を聞いてくる。どっちが本当なんだという話になって、結局、中途半端なことをやってしまう。それは、営業の声を商品・サービス開発に組み込む仕組みがないからです。
ここで重要になるのが、データ分析です。営業が現場でつかんだ情報を、全社的な経営データとして蓄積し、分析できるような仕組みをつくらないといけない。これが、マクロな意味でのデジタルシフトです。
一方、ミクロな意味でのデジタルシフトとは、営業スキルの共有です。優秀な営業は、現場で次の案件につながるヒントを見つけ、新規の提案を組み立てることができます。ところが、営業の8割はそれができないので、会社としての競争力がなかなか向上しない。そこで、デジタル化によって優秀な営業の型を標準化し、新人でも新規の提案ができるようにする。これがミクロな意味でのデジタルシフトです。さまざまな案件のデータを蓄積して、優秀な営業が行うヒアリングや具体的なアクションを学ぶことが、精度の高い提案につながっていくわけです。
── 水嶋さんは2021年7月に、著書「実践・営業デジタルシフト ~顧客エンゲージメントと生産性を高める営業組織の仕組み」をご出版されます。そもそも「営業デジタルシフト」とは何でしょうか。
経済産業省では、日本企業のDX推進を後押しするため、「経営のデジタル指標」を定めています。これは「ITシステムの構築」と「組織改革」の2つに大別され、「ITシステムだけでなく、マインドセットや人事制度まで変えなければならないのが、本来のデジタルトランスフォーメーション(DX)だ」と説かれています。
それでは、営業部門がDXを推進し、「営業デジタルシフト」を起こすためには何が必要なのでしょうか。それは、営業のプロセスの標準化やデータ・ドリブンの営業、顧客プロファイルに基づいた営業活動であり、それを行うためには組織改革とシステム刷新、計画プロセスの変革が必要です。
具体的にどのような改革をするべきなのか。もちろん、インサイドセールスやSFA・CRMの導入も重要ですが、それ以上に重要なのが、「営業とマーケティング、インサイドセールスとの分業体制の確立」です。要は、アナログ・属人的な営業の組織風土や経営層のマインドを変え、組織全体としてデータに基づいた営業プロセスを確立させていくことが、本来の営業デジタルシフトなのであって、単に「SFAを入れればいい」「インサイドセールス部隊をつくればいい」「デジタルマーケティングのウェビナーをやればいい」という話ではないのです。
営業デジタルシフトはアジャイル型の発想で
── 営業デジタルシフトをどのように実践すればよいのでしょうか。そのポイントについて教えてください。
いくつかポイントをお話ししたいと思います。
まず営業デジタルシフトの要となるのが「プロセスセリング」、すなわち営業活動の分業化と標準化です。このプロセスセリングを機能させるためには、部門間のアライメント(密接な連携)を軸とした事業戦略策定を行う必要があります。なぜなら、営業デジタルシフトの成否は、営業、マーケティング、インサイドセールスのアライメントをいかに実現するかにかかっているからです。
それでは、事業戦略策定と部門間のアライメントの構築を、どのように進めればいいのか。本書では「事業戦略策定の4ステップ」として、①事業戦略の前提整理、②顧客セグメンテーションと部門間でのアライメント、③実行計画の策定、④事業戦略の経営視点でのレビューと、各ステップでのポイントを詳しく解説しています。
しかし、アライメントを成功させるためには、さまざまなハードルを超える必要があります。なかでも大きなハードルとなるのが、「部門間の対立」です。どの部門の人も、他部門に対しては過度な期待を寄せる一方で、自部門への要求に対しては「そんなことは不可能だ」と拒絶しがちです。それが対立の起点となりやすいのです。
また、顧客のセグメンテーションにあたっては、営業とマーケティングでは優先順位のつけ方が違うため、往々にして対立が生じます。さらに、これから注力していく領域を決める際にも、マーケティングは市場トレンドに基づいてその領域を判断し、営業は現場で得た情報や担当する顧客のニーズに基づいて推測するため、意見の相違が生まれやすい。こうした部門間のギャップをきちんと理解した上で、率直に意見を交換しながらアライメントを構築し、実効性のある事業戦略を策定することが大切です。
とはいうものの、営業デジタルシフトを進めるにあたっては、組織間の連携や人材マネジメント、プロセス、評価指標、目標設定など、各局面でさまざまな課題に直面します。そこで私は、営業デジタルシフトを進めるにあたり、アジャイルの発想を採り入れることを提案しています。つまり、最初は小さな規模で取り組み、短期間で振り返りと改善、バージョンアップを繰り返しながら、徐々に完成に近づけていくわけです。
また本書では、課題ごとの具体的な対応策についても紹介しています。例えば、組織間連携の不満を解消するためにはどうすればいいか、人材マネジメントの変化にどう対応するか、部門間で安定的に質の高いリードを受け渡しするためにはどうすればいいか、適切な評価指標の設定の仕方など、具体的に踏み込んで記述しています。
データに基づいた戦略的な営業を組織横断的に展開できるかが生き残りのカギに
── 具体的な事例について教えてください。
本書ではNECとJTB、ソフトバンクの3社の事例を紹介していますが、ここではNECの事例についてご紹介します。
NECではコロナ禍を機に、イベントのオンライン化が一気に進みました。その際、営業とインサイドセールス、マーケティングを連携させる仕組みの導入を提案させていただいたのですが、当初は「リモート営業で新規のアポイントや商談をどう進めるか」という理解に立って始めた部門が多かった。
ところが、実際に取り組みを進める中で、営業活動にデータを活用したり、デジタルマーケティングと連携してリードをつくったりしながら、プロセスセリングを実践するのは容易ではない、ということがわかってきました。
そもそも、営業が顧客と電話で商談をしようとしても、話せる内容に乏しい。だから、デジタルマーケティングで獲得したリードを使って、もっと真剣に取り組まないといけない――そんな認識が生まれ、年間の計画づくりの見直しに着手する事業部も出てきました。また、データ化やチームマネジメントの難しさに直面して、案件の共有や営業プロセス標準化に対する理解も浸透。さらに、「リードをどう扱うか」「顧客に最初に話をしたときの反応に応じて、ヒアリングをどう進めるか」など、事細かにノウハウを伝授すれば、新入社員でも十分にプロセスセリングができるということもわかってきました。
こうした取り組みが評価され、NECは、先ごろ経済産業省が発表した、デジタル技術を前提としたビジネスモデル・経営変革に取り組む「DX銘柄2021」として選定され、さらにコロナ禍で優れた取り組みを実施した「デジタル×コロナ対策企業(レジリエンス部門)」 としても選ばれています。
つまり、こうした取り組みをきちんと実践すれば、営業は変わるということです。 今、日本の大手企業には、バブル崩壊後に入社した40代半ば~50代前半の社員が少ない。その世代が第一線を離れる時期を迎え、数年後には「ベテラン営業が現場からいなくなる」という危機的状況を迎えます。
そんな中、今年に入って、「ベテラン営業のノウハウを蓄積し、マーケティング部門とも連携しながら、営業のデジタルシフトを進めよう」という動きも出ています。とはいえ、スタートアップ系企業が取り組みを加速しているのに比べて、日本の大手企業で、現場まで巻き込んで実践しているケースは少ないのが実情です。
いずれもこれからは、データに紐付いた戦略的な営業を、組織横断的に展開できるかどうか。これが生き残りのカギとなっていくでしょう。
実践・営業デジタルシフト 単行本(ソフトカバー) – 2021/7/22
著者:水嶋 玲以仁
- コロナ禍で加速したデジタルシフト
- インサイドセールスを事業部に組み込む
- 事業部側から見たデジタルシフト
- なぜ、自ら手を挙げ、インサイドセールスを推進したのか
- NECの目指すデジタルシフトとは
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