職場でWell-beingを実現する方法とは?
~未来の職場づくりを考えるワークショップ~
近年、人的資本経営が注目されている。社員の多様な視点やアイデアがイノベーションを促進し、企業の成長の源泉となるからだ。中でも社員のWell-beingは、仕事に対するモチベーションを高め、生産性の向上と持続可能な成長に不可欠な要素となる。とはいえ「社員のWell-beingを具体的にどう高めていけばよいのか」について悩む企業・組織も少なくない。そのヒントを探るべく開催されたのがwisdom特別イベント「人的資本経営とWell-being 〜未来の職場づくりを考えるワークショップ」だ。これは人的資本経営におけるWell-beingの役割や、職場でのWell-beingな働き方について、トークセッションとワークショップを通じて考えるもの。ここではその様子を紹介したい。
人・カルチャーへの投資はビジネスに好影響をもたらす
イベントの構成は二部構成になっており、第一部では「人的資本経営の現在と未来」をテーマにNECの2人のキーパーソンがトークセッションを行った。そのトップバッターとして登壇し、NECの取り組みを紹介したのがカルチャー変革統括部の澤谷 幸作だ。
NECは2018年度以降、大規模な変革を進めてきた。その背景には「変革せざるを得ない状況があった」と澤谷は振り返る。売上高は2000年前半の5兆4千億円をピークとして、2000年代後半は業績が低迷。生き残りをかけた構造改革と事業モデルの転換を余儀なくされ、ビジネスを担う「人・カルチャー」を変革する必要に迫られたのだ。
「まずは役員陣が議論を尽くすことでNECの存在価値を見つめ直し、『安全・安心・公平・効率』をNECのパーパスとして定義。全国の拠点を回って、社員1万人の声と徹底的に向き合いました。トップの方針と現場の声をもとに、2020年中期経営計画では『実行力の改革』を宣言し、『Project RISE』をスタート。制度変革や外部人材の採用、スマートワーク化などを推進し、人事制度変革・働き方改革・コミュニケーション改革の3つに取り組んできました」と澤谷は語る。
現在は、2025年中期経営目標を「戦略」「文化」の2本柱で構成し、後者のKGI(重要目標達成指標)としてエンゲージメントスコアを設定。「社員の力を最大限に引き出すためにも、意欲を持った社員にはできるだけ長く働いてもらいたい。このため、自ら選択して残ってくれる社員を増やすことに注力しています」(澤谷)。
NECでは、エンゲージメントを「仕事に対する情熱と組織に対する愛着」と定義し、「語る(会社について肯定的に語れるかどうか)」「とどまる(会社にとどまることを強く望むかどうか)」「努力する(求められる以上に努力しようと思えるかどうか)」という3つの要素で測定。定期的にサーベイを行い、エンゲージメントの実態把握を行っている。
さらに、エンゲージメントを高めていくための3本柱として、「全社方針・戦略の浸透」、「評価/報酬/登用/キャリア」、「働き方/心身のコンディション」にフォーカス。「会社の方向性や戦略が現場に伝わっているかどうか(全社方針・戦略の浸透)、意欲の高い社員に頑張ってもらえるような評価や報酬、キャリアパスが整備されているかどうか(評価/報酬/登用/キャリア)、心身ともに健康で働ける環境づくりができているかどうか(働き方/心身のコンディション)。この3つを、エンゲージメントを高めていくための注力領域としています」(澤谷)。
具体的な施策としては、2021年度から、森田社長が自ら社員と直接対話する「タウン・ホール・ミーティング」を毎月実施。役職者が横のつながりを強める「面のコミュニケーション」や、上司と直属の部下が全社方針・戦略について対話する「カスケードコミュニケーション」にも注力し、コミュニケーション基盤の整備を全方位で進めている。
また、ジョブ型人材マネジメントを導入して、社員が挑戦しやすい環境を整え、社員の行動変容を促す変革促進プログラムも展開。こうした施策が功を奏し、2018年度からの5年間で、エンゲージメントスコアは19%から39%へと大きく向上した。これに連動する形で、NECの株価も上昇。「人とカルチャーに投資し活動を続けてきたことが、財務的な結果につながりつつある。人とカルチャーに対する取り組みは、ビジネスにポジティブな影響を及ぼすと実感しています」と澤谷は語る。
成果をつかみつつある半面、課題も山積しているという。「役員のエンゲージメントは高いのですが、現場に近づけば近づくほど、エンゲージメントが下がっていくのが実情です。『エンゲージメントの伝播をいかに現場層まで広げるか』を今年の中心テーマとして、事業の変化も見据えながら、今後も取り組みを継続したいと考えています」(澤谷)。
自分と会社のパーパスが同じ線上にあることの重要性
続いて、NECソリューションイノベータでWell-beingを担当する山口 美峰子がトークセッションに登壇。グループ会社における人的資本経営とWell-being実践の事例を紹介した。
同社はSI事業を手掛けるNECグループの中核会社。2023年から人的資本レポートを開示し、人的資本経営に向けた取り組みを公開している。
「Well-beingとは『よい状態』のことで、『客観的なWell-being』と『主観的なWell-being 』の2種類があります。客観的なWell-beingが、健康状態や教育レベル、所得といった客観的な数値基準によって測られるのに対して、『その人がどう感じているか』、情緒や認知的に評価されるのが主観的なWell-beingです」と山口は語る。
同社は2023年、日本経済新聞社が公益財団法人Well-being for Planet Earthなどと連携して始動させた企業コンソーシアム、「Well-being Initiative」に参加。人的資本経営に関しては、「個人のバリュー向上」を目指して2024年1月にタスクフォースが発足し、「健康」「成長」「働きがい」にフォーカスした3つのワーキンググループ(以下、WG)を立ち上げた。当日のセッションでは、山口がリーダーを務める「働きがいWG」の施策が紹介された。
「そもそも『働きがい』とは何か。世界的な意識調査機関であるGPTW(Great Place To Work® Institute:働きがいのある会社研究所)は、『働きがい=働きやすさ+やりがい』と定義しています。働きやすさには就労条件や報酬条件、制度などの問題がかかわってくるので、できることには限りがある。むしろ、その人の内側から湧き上がってくる想い、熱意をもとに動機づけ、やりがいを高める工夫をしたほうが、働きがいを実感できるのではないか。そう考え、やりがいの部分にフォーカスしました」(山口)。
こうした方針のもと、WGは社員向けのアンケートを実施。働きがいに関連する要因をスコア化し分析した。
「その結果、見えてきたのは“自分のパーパス(志)と会社のパーパスが同じライン上にある”ことの重要性です。アンケートでは、『小さなことでいいから、自分がやりたい仕事にチャレンジする機会が欲しい』という回答が非常に多かった。これを会社が実践して取り組みや結果を評価すれば、それが達成感や成長実感を生み、働きがいにつながって、Well-beingが向上するのではないか。こうした仮説のもと、まずは“自分のパーパスを言語化する”取り組みを始めたところです。当社で働く意味を考えることが、働きがいにつながるし、自分のパーパスが明確になれば、人生においてよりよい選択と自己決定をするための拠り所になる。それが、結果としてWell-beingにつながっていく可能性がある。これは非常に重要な視点だと私は考えています」(山口)。
縁の下の力持ちをきちんと評価する
テーマトーク終了後、参加者との間で質疑応答が行われた。「会社では、大きなプロジェクトを担当している人が評価されやすい傾向にある。定常業務やシステム運用など、地道に事業の根幹を支えている人をどう評価し、エンゲージメントの向上を図っているか」という質問が投げかけられ、2人のスピーカーは次のように回答した。
「エンゲージメントを高める上で重要なのは、目標設定です。定常的な業務に取り組みつつ、日々感じている課題にも目を向け、業務改善や業務効率化を目標として設定する。そして、上司は目標達成をサポートし、社員が成果を実感できるよう導いていく。ただし、それが効果を発揮するかどうかは、上司の力量によるところも大きい。上司向けの教育も行いながら、定常的な業務であっても成長を実感してもらえる工夫をすることがポイントだと思います」(澤谷)。
「例えばシステム開発会社では、システムが大規模になればなるほど、一人ひとりが分担する領域は相対的に小さくなり、自分の役割の重要性を実感しにくいのが実情です。例えば私の事業ラインではキックオフのたびに、『あなたが抜けたら、このシステムは止まってしまいます。あなたが社会の営みを支えている。あなたの役割はとても重要なんですよ』と、幹部が繰り返し伝えています。上司が一人ひとりの業務の意義を理解して、本人に伝え、互いに認識を共有する。それがとても重要だと考えています」(山口)。
「他の人の幸せを喜ぶ」ことがWell-beingにつながる
第二部ではNECの青木 勝がファシリテーターとなり3つのワークが行われた。Well-beingは体験することが大事で、ただ勉強しても理解することは難しい。そこで、3つのワークでは、まずは各テーマに沿って個人ワークを行い、グループで共有して体験。その後、青木がポイント解説を行うという流れで進められた。
1つ目のワークは「ホントウソ」。まず、ワークシートに自己紹介を3つ書き、その中に1つだけウソを混ぜておく。そして、グループ共有の際は、ウソだとわからないよう堂々と説明し、ほかのメンバーに「どれがウソか」を当ててもらった上で、最後に正解を発表する。会場には時折、笑い声が響き、ワークは和気あいあいとした雰囲気で行われた。
グループ共有が終わると、青木がワークのポイントを解説した。このワークの狙いは、単なる自己紹介をWell-beingな場に切り替えること。3つのうち1つウソが混じっているのだから、皆、真剣に耳を傾ける。また、クイズのように当てっこをするので、「当たった!」「やっぱり!」「えー」という驚きと笑いに包まれる。「実は、これがウソで、本当はこうでした」と本人は正直に、ウソを告白するが、決してとがめられることは無い、安全な場を生み出すわけだ。
このように思ったことを発言できる心理的安全性の高い職場はWell-beingが高い。そのポイントとなるのは人と人の「対話」だ。対話のカギは4つの心得(※)だといわれるが、青木はそれを「傾聴」「十人十色」「自省」「自己開示」と説明。このワークは「自己開示」の体験であった。
- ※ 対話の研究者、アイザックス教授による「対話」の心得
「『今のはウソでした』と自分をさらけ出せば、相手も自分をさらけ出すことができる。お互いに自己開示をすることで、“心理的安全性”を生み出すことができます。普段の対話においても、まずは自分が自己開示をすることで、幸せな環境、幸せな場をつくることができるのです。誰かが心理的安全な場をつくってくれるのを待っているのではなく、自ら自己開示をしていただきたい」(青木)。
続いて、2つ目のワーク「Good & New」が行われた。これは、昨日体験した「よかったこと」や「新しいこと」を思い出して、グループで発表し、他の人はそれに対して「いいね」をするというもの。参加者は「昨日は目覚めが良かった」「新しい料理に挑戦してみた」「新しい人との出会いがあった」など、思いつく限りの「Good & New」をワークシートに書き出し、グループ共有が行われた。
「Well-beingに必要不可欠なのが、『自他の幸せを考える』ということです。仏教には『自利利他』という言葉がありますが、会社の上司や同僚、会社組織も『他』ですし、自分以外の人はすべて『他』です。他者に感謝すると自分も感謝され、自分自身の行いを肯定できるようになって、さらに他者に感謝するという幸せのループが回り始める。『他の人の幸せを喜ぶ』ことが、Well-beingにつながっていくのです」(青木)。
もちろん、会社組織も例外ではない。経営層は従業員という「他」のために、従業員は会社という「他」のために、自分にできることは何かと考える。経営層と従業員が、互いに「他」の立場に立って考え自分事化することで、会社全体にシナジーが生まれ、よい循環が回り出すと青木は言う。
「このワークで最も重要なのは、実は周りの人が『いいね』することなんです。話す人は、どんな小さな『Good』でも、たまたま遭遇した『New』でも、周りの人に『いいね』をしてもらえると幸せ(Well-being)を感じることができます。周りの人が、身振り手振りを交えて、相手の幸せを喜ぶことで、話した人も幸せになり、その笑顔を見て周りの人もまた幸せになる。『他者の幸せを喜ぶ』ことによって、Well-beingが循環していく。そのことを、このワークでは皆さんに体験していただきました」(青木)。
「幸せに気をつかう人」は幸せになれる
ワークショップも終盤に差し掛かり、最後のワークが行われた。テーマは「私の職場自慢」。職場で体験したWell-beingな出来事を書き出し、皆で分かち合う演習である。
ワークに先立ち、青木はまず、WHOが「身体的」「精神的」「社会的」という3つの側面からWell-beingを定義していることを紹介。次いで、幸福学において前野教授が提唱する「幸せの4つの因子」と、アメリカのポジティブ心理学におけるPERMA理論に言及しながら、「職場でのWell-being体験」について解説した。
幸せの4つの因子とは、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という4つの因子である。
「『ありのままに因子』とは、自分自身を理解して自己受容し、本当の自分らしさを磨くこと。自分の仕事が会社にとって重要だと感じられれば、職場は自分をありのままに表現できる“自分の居場所”になります。一方、『なんとかなる因子』は、常に『なんとかなる』と考え、前向きに楽観性を持ってチャレンジすること。とはいえ、人には得意分野もあれば不得意分野もあるので、すべてを1人で『なんとかできる』とは限らない。そこで、『なんとかなる』ことは自ら挑戦し、『なんともならない』ことは他の人に頼んで、チームで目標を達成する。これが『職場でのWell-being体験』です。こうした体験をすると、おのずと会社の中で感謝し合う関係性が生まれ、『ありがとう因子』が活性化する。そして、自分が新しいことに挑戦して成長すると、他人の挑戦も応援できるようになる。『やってみよう因子』が発動して、目標に向かって夢中で取り組むようになり、エンゲージメントが生まれるのです」(青木)。
この4因子を手掛かりとして、参加者は「職場でのWell-being体験」をワークシートに記入。グループワークとポイント解説を行った後、青木はこう説明した。
「今回のワークは、自分が過去にどんなWell-being体験をしたか、皆さんに気付いていただくためのものです。Well-beingは人から与えられるものではありません。幸せの4つの因子は、実は自分の中にある因(タネ)なのです。その因(タネ)を見つけて水と養分を与えれば、必ず幸せの芽を出すのです」
2022年6月、NECは前野教授と共に、「健康に気をつかうように、幸せに気をつかおう」という共同メッセージを発表。
「健康に気をつかう人は、糖分や脂肪分の摂取を控えたり、がん検診を受診したりといった行動をとるので、結果的に健康になる。つまり、『健康に気をつかうと健康になれる』のです。それと同じように、『幸せに気をつかうと幸せになれる』ということを、2年間の共同研究で証明することができました。Well-beingについての知識があり、普段から気を遣っている人は、Well-beingの実感が高まる傾向にある。皆さんの職場にも、Well-being体験は必ずあると思いますし、見つければ見つけるほど感度が高まって、Well-being体験はどんどん増えていきます。今日のワークショップは皆さんの会社でもできると思います。ぜひやってみて、皆さんの体験をお聞かせいただければと思います」と青木は最後にそう語り、この日のワークショップを締めくくった。
社員や職場のWell-beingをどう高めていけばよいのか――。その答えを導き出すことは容易ではないが、多くの参加者は未来の職場づくりに向けたアクションのヒントを得たようだ。