

3つの新たな大波に揺さぶられるアメリカ企業の働き方
~反DEIのトランプ政権、AIによる雇用凍結、望まれぬ出社回帰の行方は?~
Text:織田浩一
2025年は、数年後に振り返ったとき、北米企業における働き方の大きな転換期だったと言える年になるかも知れない。トランプ政権による経済の先行きが不透明な時代の始まりを迎え、これまで大企業が重視してきたDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)などの取り組みも一斉転換する政策が取られようとしている。コロナ後に定着したリモートワークも、ここに来て大手企業はRTO(出社回帰:Return To Office)に舵を切る。さらに大きな地殻変動として、急速に進歩する生成AIの仕事への影響が現実的なものになりつつある。これらの変化に直面するアメリカ企業の動向を探ってみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
トランプ政策、DEIへのインパクト
アメリカの政権交代が労働環境に何より大きな混乱をもたらしたのが、DEIを巡る政策の方針転換だろう。トランプ大統領は就任直後から、大統領令で政府機関や軍隊でのDEI政策を停止し、担当していた職員のレイオフを実施。米司法省も、地域の警察署や消防署などにおけるDEI訴訟を却下した。政権交代前にも有名大学の入試選考にDEIを含めることに関しての裁判や、採用に関して逆差別があったという裁判も起きており、DEI政策への散発的な向かい風は見られた。大統領令や政策変更がこれらを一気に加速した形である。
DEIに対する疑心の素地はアメリカ国民の間に確かにあった。Pew Research Centerが2023年2月と2024年10月のアメリカ人労働者のDEIに対する意識を調査している。DEI政策を「良いものと考える」「悪いものと考える」「どちらとも言えない」を選ぶ調査である。全体的にどちらの年も半数以上が「良いもの」と答えているが、24年にはその回答が4ポイント減り、「悪いもの」と答えた回答が5ポイント増えている。政権交代後の現在は、さらにその傾向が顕著に出ていてもおかしくない。

企業側も、この政府の方針変更に即座に歩み寄った。Google、Meta、小売企業のWalmart、Target、金融企業CitigroupやPepsiCo、McDonald's、Ford、KPMGなどが次々と採用の多様性目標設定や、役員や幹部数の目標設定などDEI政策を取りやめることを発表。多数の企業でDEI担当者たちのレイオフや退社が進んでいる。背景には、大統領令や逆差別などの裁判に対する法的なリスク、そしてトランプ政権がDEI政策を理由に政府契約を打ち切ったり減らしたりする可能性などを考慮したこともあるようだ。
一方で、AppleやMicrosoft、小売企業Costco、金融企業のGoldman Sachs、JPMorgan Chaseなどは各社のDEI政策をそのまま続けると公表している。AppleやCostcoでは株主総会でDEI政策を取り止める議案が提出され、それに役員が反対し、株主も反対票を投じた。法的なリスクに晒されることになるが、この原稿を書いている2月時点ではDEIを堅持する姿勢を見せている。
社員や顧客への影響も出てくることが予想される。すでにMetaの社員向け内部サイトではDEI政策変更への不満が共有され、多くの「いいね」が集まっていることが伝えられている。
以前の調査であるが、76%の求職者がDEI政策を会社選択上の重要な条件に掲げている。特にZ世代ではこの意識が高く、DEI政策にブレーキをかける企業はこれからの人材採用で不利になることや離職につながる可能性が高まる。また、DEI政策が無くなることで差別やバイアスなどを早期に発見することができず、結果的に法的リスクが高まる可能性も指摘される
。
雇用の大凍結はAIが理由か
DEIの影響を別にしても、企業の人材採用では大きな異変、すなわち採用難が起きている。ビジネス界で「Big Freeze(雇用の大凍結)」と呼ばれているほどの規模で、特にホワイトカラーの仕事が憂き目を見ている。テクノロジー企業のエンジニアがレイオフになってから100以上の仕事に応募しても全く返答が無いことが話題になったり、筆者の大学生の息子の周りでも、多くの技術系学生の仕事が決まらないという話を聞いたりする。
失業率は4%と、2007-2009年のリーマンショック時の約半分という歴史的にも非常に低い水準なのだが、人材採用ではリーマンショック時並みに鈍化しているとThe Atlanticの記事も伝えている。
同時に、業種によってはレイオフも進んでいる。以前、コロナ後のデジタルからの揺り戻しにより、テクノロジー、メディア業界でレイオフが行われていることを記事にした。人材派遣企業Challenger, Gray & Christmasは、テクノロジー業界で2022年に9万7千、2023年には16万8千のレイオフが行われており、それに小売、医療、金融などが続いていることを伝えている(下図)。

ウォールストリートジャーナル紙は、トランプ政権によるカナダ、メキシコ、中国への関税引き上げの発表などがビジネス環境の不安定さを生んでいること、また米連邦政府職員のかつてない規模のレイオフが進んでおり、それが景気にどのように影響するかを企業が様子見していることが、企業の採用控えの背景にある可能性を指摘する。
関税問題は主に製造業を直撃するが、採用難は他業種にも及んでいるため、さらに別の理由があると考えられる。
理由として外せないものがあるとすれば、AI(人工知能)、特に生成AIの影響だろう。Resume Builderという履歴書作成ツール企業が750の企業幹部にAI利用についての調査を行った結果がある。それによると、2023年からAIを利用する企業のうち、AI利用により従業員が不要になったためにレイオフしたと答えた企業が37%もあったという。そして、2024年までにAI利用の計画がある企業でも44%が同様の回答をしており、AI利用がレイオフに直接関係していることが示されている。レイオフにかかわる回答とは言え、採用に影響が無いとは考えづらい。
ただし、生成AIについては功罪両面から見る必要がある。実際、関連の求人は非常に伸びている。求人サイトIndeed傘下の経済調査組織Hiring Labがまとめた、2023年9月と2024年9月の生成AI関連を含む求人募集の数の比較が下図である。シンガポール、アイルランド、スペイン、カナダ、イギリス、アメリカ、ドイツ、オーストラリア、フランスの9カ国で比較しているが、2023年9月と比較して、2024年9月にはアメリカで3.5倍の求人募集があり、フランスではもともとの数が少ないものの6.8倍に増加している。どの国でも募集が3倍以上の伸びになっており、生成AI関連の求人が急拡大していることが分かる。

AIは仕事を生み出すのか、奪うのかが現実問題に
AI時代の仕事についてもう少し深掘りしてみよう。世界経済フォーラムがこの1月に公開した「Future of Jobs Report 2025」の中に、ILO(国際労働機関)による予測が含まれている。2025年から2030年までの期間に企業が従業員の仕事やスキルに関してどのような変革戦略を取るかをまとめ、そこから今後の仕事の姿を予測したものである。調査対象は世界55ヵ国、22業種で1400万人の社員を抱えるグローバル企業1000社である。
それによると、まず2025年から2030年までにグローバルで1億7千万の仕事が生み出され、9200万の仕事が失われると予測する。合計12億の仕事のうち、22%が入れ替わることとなる。

最も速く増える仕事と減る仕事のトップ15をそれぞれランキングしたのが下図である。最も速く増える仕事は、「ビッグデータスペシャリスト」で2030年までに110%を超える伸び率で成長し、それに続き、「フィンテックエンジニア」「AI・機械学習スペシャリスト」「ソフトウエア・アプリ開発者」「セキュリティ管理スペシャリスト」などがリストされている。
「ビッグデータスペシャリスト」「AI・機械学習スペシャリスト」「ソフトウエア・アプリ開発者」「データアナリスト・スペシャリスト」などはAIに関連することも多い仕事で、ほとんどの最も速く増える仕事は新しいテクノロジーに関連したものである。
逆に最も速く減る仕事では、「郵便サービス職員」「銀行窓口係および関連事務職員」「データ入力職員」「レジ係およびチケット販売員」「事務アシスタントおよびエグゼクティブ秘書」などが挙がっている。これらの仕事にはAI、生成AIで代替できるものが多いと考えられる。

このリストにある、これから増える仕事や減る仕事は、男性や女性が就くことの多い仕事によって差があるだろうか。ノースキャロライナ大学のビジネススクールの調査機関Kenan Instituteが、生成AIによる仕事の自動化について分析を行った。この分析では対象全体で3分の2の仕事が何らかの影響を受けるとしている。さらに影響の男女比を分析したところ、男性が就くことの多い仕事ではそれらの58%に影響があるのに対して、女性が就くことの多い仕事では79%と高い割合で影響を受けることが分かっている。

出社回帰をさらに推し進める大手企業
最後に、2024年の人事関連で話題のキーワードの1つ、RTO(出社回帰:Return To Office)も労働環境に大きな異変をもたらしている。Atlassian、Spotify、Dropboxなど一部のテクノロジー企業は「完全リモート」あるいは「バーチャル第一」施策などを取っているものの、多くの企業では週3日オフィスに出社するハイブリッドが定着しつつある。こうした中で、大手企業ではさらに「主に出社」を推し進めている企業が増えているようだ。
それを示すのが、下図のMcKinsey & Companyの2023年、2024年を比較した米社員向け調査である。調査結果によると、「主に出社」が1年で34ポイントも伸びて68%にまで倍増し、その結果「主にリモート」が44%から17%へと半分以下に減少、「ハイブリッド」も3分の2程度に減っている。
業種別に見てみると、出社が増えている業界は、小売、薬品、医療、公共などである。小売業界では54ポイントの増加だったが、もともと店舗スタッフは出社しているので、本社や地域オフィスなどがほぼ出社になった状況がうかがえる。

だが、出社回帰のトレンドは2024年で終わったわけではなく、週5日オフィスに戻るという動きが2025年1月から始まっている。Amazonの発表にAT&TやWalmartの本社も続き、JPMorgan ChaseやDellも3月から行うと発表した。
企業全体で見れば、大きなうねりに成長するのはこれからと言える。オフィスのキーカードなどの利用状況をトラッキングし、出社状況を分析するKastle Systemsが、下図のように2025年1月の状況を2024年、2020年のほぼ同時期と比較している。全米10都市平均で曜日別の比較である。ハイブリッドで週3日出社が比較的多かった2024年の状況から、残りの2日である月曜、金曜の出社率を見ると、多少伸びている段階であることが分かる。

コロナ禍のリモートワークからコロナ後の出社回帰、DEI旋風が一気に吹いた後の真逆の方針――。大きな振り子に北米の労働環境は足元が定まらない。加えてAI、生成AIが状況を根本から揺さぶる。ChatGPT、Claude、DeepSeekなどの新しいバージョンが次々と登場し、その進化のスピードは対応が追いつかないほどだ。この北米のトレンドは対岸の出来事ではなく、日本を含めて世界を巻き込む動きと言える。日本の企業もどう進むべきか決断を迫られる日が来るだろう。

北米トレンド