

ビジネスとテクノロジーの両立と実践力を重視
社員の行動を変えた明治のデジタル人財育成
DXに取り組む多くの企業にとって、人財育成、組織強化は避けられない課題である。明治ホールディングスの食品事業会社である明治も、それらの解決に取り組む1社である。同社が育成を目指すのは、ビジネスとテクノロジーを掛け合わせ、自らDXを推進する人財。そのために新しい育成プログラムを開発している。プロジェクトの中核を担っているキーパーソンたちに、プログラムの概要や狙い、成果について聞いた。
デジタル活用において差を生むのは技術ではなく人と組織
「生成AIや広くオフィスで利用されているデジタルツールなど、もはや各企業が利用しているデジタル技術に大きな差はありません。したがって、差を生み出すのは、技術を使う側。人財育成、組織強化はDXの成否を左右する重要な土台づくりと考えています」。明治ホールディングスの水口 貴英氏は、現在、同社が力を注いでいるデジタル人財の育成について、このように強調する。
同社は、人々の生活に欠かせない乳製品・菓子・栄養食品・医薬品など幅広い分野の製品を提供している。「健康にアイデアを」をグループスローガンとして掲げ、グローバルで健康・栄養の社会課題解決に貢献できる企業への進化を目指している。
原材料価格の高騰、急激な円安の進行、燃料価格の上昇など、不確実性が高まっている経営環境に対応するためには、デジタル技術を活用した生産性向上、商品の付加価値追求、新事業創出が不可欠と同社は考えている。「明治ではAIでの需給予測や、赤ちゃんノートなどのデジタルマーケティングによる顧客接点の多様化・高度化など、さまざまなデジタル施策に取り組んでいます」と水口氏は言う。

グループDX戦略部長
水口 貴英氏
それを支える人財育成および組織強化については、2022年4月に明治でデジタル推進本部を発足。その配下に従来からある情報システム部に加え、DXをリードする機能を持たせたデジタル戦略部を新設した。デジタル人財の育成も同部門の重要な役割の1つ。DXを実現するために全社員が身に付けるべきスキルや持つべき意識などを「Meiji Digital Mind (MDM)」と定義し、さまざまな活動を推進している。
ビジネスとテクノロジーを両立させた人財を重視
MDM活動の一環として、デジタル戦略部は新たに人財育成のためのプログラムを整備した。「新しいシステムを導入したら、独自にマニュアルを作成するなど、以前もデジタル技術の使いこなしをサポートする取り組みは行っていましたが、DXの実現を目的とするなら、これまでとは全く異なる取り組みが必要。体系、内容を一から検討し育成プログラムを開発しました」と同社の武富 啓佑氏は言う。

グループDX戦略部
人財開発グループ長
武富 啓佑氏
育成プログラムで重視したのが「ビジネススキル」と「テクノロジースキル」の両立である。
このテクノロジーは、どの業務をどのように変革できるか。あるいは、どのようなビジネスを生み出すことができるか──。この分析結果は、ビジネス上のどんな現象を示しているのか──。デジタル技術を適切に活用し、成果につなげるには、ビジネスとテクノロジー、両方に対する深い理解やスキルが必要となる。「明治のビジネスをよく知る人は、もちろんたくさんいます。デジタル推進本部を中心にデジタル技術の専門家もいます。しかし、それだけではDXは進まない。数年来、そのことを感じてきました。ビジネススキルとテクノロジースキルの両方を兼ね備え、両立できる人財こそが明治に必要な『MDM人財』。その思いをプログラムの根幹に据えました」と武富氏は話す。
具体的に同社はプログラムをブロンズ、シルバー、ゴールドの3段階に分け、以下のような内容としている。
- ブロンズ:全ての社員がデジタル技術の基礎を習得
- シルバー:すでに社内に導入しているテクノロジーを高度に活用するためのスキルを習得
- ゴールド:DXの中核となることを期待する「デジタルビジネスイノベーター」「データビジネスストラテジスト」という人財タイプを定義し、そのためのスキルを習得
「ゴールドの2つの人財は、経済産業省/IPAの『DX推進スキル標準(DSS-P)』を参考にして設定しました。デジタルビジネスイノベーターは、DXの目的を設定し、関係者と関係者の間をつなぎながら、一貫してプロジェクトをリードする人財。データビジネスストラテジストは、データ活用に向け、そのための仕組みの設計や実装、運用を担う人財と位置付けています。特にゴールドは、技術的な難易度も高く高度な内容となりますが、レベルは高くとも現状のスキルレベルで対象者を絞るようなことはせず、誰でも参加できるようにしました。社内のDX機運を高めるためにも挑戦心ややる気を大切にしたいと考えたからです」(武富氏)。
構想を練る初期段階から常に寄り添ってくれた
育成プログラムの開発をサポートしたのはNECである。「どのようなプログラムを開発すべきか、考えも全くまとまっていない段階から、NECは意見を聞かせてくれたり、時に壁打ちの相手になってくれたりしながら、私たちに寄り添ってくれました。複数の企業に声をかけましたが、その姿勢を信頼してNECに開発をサポートしてもらうことを決めました」と武富氏は言う。
初期の対応の中で特に印象に残っているのが、NECが開催している「BluStellarラウンドテーブル」への参加だという。
「BluStellarラウンドテーブルは、さまざまな企業のDX担当者様が集まり、議論や対話を行うイベントです。NECのコンサルタントがファシリテータを務めてはいますが、NECのソリューションやサービスを紹介することが目的ではなく、同じ課題の解決に取り組む担当者様に考えを整理したり、ヒントをつかんだりしていただくことが目的です。明治様の人財育成にもきっとお役に立つはずと考えてご提案しました」とNECの西田 大輔は振り返る。参加した武富氏も「さまざまな業種・企業の状況や担当者様の考え、悩みを直に聞く機会は、そう簡単に得られるものではありません。参加を提案してくれたNECには、本当に感謝しています。人事との連携がポイントなど、実際、他社の担当者様から聞いた話は大いに参考になりました」と続ける。

第二製造ソリューション統括部
アカウントマネージャー
西田 大輔
プログラム開発は、NEC自身がデジタル人財育成のために整え、試行錯誤しながら磨き上げてきたプログラムをベースに、DX人財戦略の策定、教育プログラムの提供、DX文化醸成までをワンストップで支援する「BluStellar Academy for DX」というサービスを通じて行われた。「経験やノウハウを活かしつつも、決まった型に押し込むのではなく、明治の現状に合わせてプログラムを調整する。NECは、私たちの話を聞きながら柔軟に対応してくれました」(武富氏)。
プログラムを通じて磨いた実践力を現場で発揮
新たに開発し、提供を開始した明治の人財育成プログラムは、プログラムによっては定員を大きく超える参加希望が寄せられるなど順調なスタートを切っている。「最初は受け入れられるか心配もありましたが、いい意味で裏切られました。機運を高めるために簡単な動画の配信や業務改善に取り組むなど、さまざまなMDM活動が実を結んでいることを確かめる機会ともなりました」と水口氏は述べる。
3段階のプログラムのうち、ブロンズはeトレーニングが基本となるが、シルバーとゴールドはeトレーニングだけでなくセミナー型研修、ワークショップ型研修やPBL(※)を組み合わせ、応用力、実践力を養う。
- ※ PBL(Project Based Learning):問題解決型学習。生徒が自ら問題を発見し、それを解決する能力を身に付ける学習方法
「NECは自身の経験を通じて、デジタル人財育成のカギは、いかに実践の壁を越えるか、つまりビジネスで使える力を身に付けるかだと感じています。それを座学だけで身に付けるのは難しい。そこでNECのコンサルタントが講師となり、数カ月にわたって伴走しながら、実際に考え、手を動かすワークショップ型研修やPBLを活用して実践力の体得を支援します。また最後には成果物となるプログラムやDX計画書などを作成していただきます」とNECの正時 文は説明する。
プログラムを終えた人財がデジタルツールを活用してレポート作成を自動化する業務改善案を提案し、それが現場に適用されるなど、その実践力は、既に現場で輝き始めている。菓子開発の現場では、目指す味や食感を出すために、さまざまな材料を実際に組み合わせながら開発を行っているが、それをデジタル上でシミュレーションできないかというアイデアも生まれた。ほかにもAIで工場の保守・メンテナンスを最適化するというアイデアもあるという。

BluStellarビジネス開発統括部
リードDXラーニングコンサルタント
正時 文
このように明治の人財育成は、新しいプログラムによって大きく前進している。何より大きな成果は、社員の「行動」が変わったことだという。「明治ホールディングスは、とてもまじめな会社です。食品・医薬品を扱う企業ですから、それはとても大切なことです。ただ一方では、失敗を恐れず、デジタルツールを使って、どんどん現場改善をしていく事も重要。DXの視点で見ると、その点が少し物足りない部分もありました。それがMDM活動や新しい人財育成プログラムによって変わってきています。先ほど述べたように人財育成プログラムには定員を上回る参加希望があり、身近な業務改善アイデアを競う『MDM王座決定戦』にも同様に予想を遙かに上回る応募がありました。また、現場発のさまざまな改善アイデアも生まれています。このような行動の変化からDXの成功事例が生まれれば、それが次のアイデアや挑戦につながり、みんながDXを意識するという好循環が生まれるはず。人財育成プログラムに対しては、より難易度の高い技術を習得したいという要望も出ています。NECとも相談し、状況に柔軟に対応しながら、今後もMDM人財の育成に取り組んでいきます」と水口氏は強調した。

参考:お客様を未来へ導く価値創造モデル「BluStellar」
参考:BluStellar Academy for DX
参考:BluStellar Academy for AI
参考:企業のDXを加速する DX人材