

次世代中国 一歩先の大市場を読む
クルマの知能化で激変するモビリティの勢力図
自動車業界の「Wintel」を目指す中国企業
Text:田中 信彦
かつてパソコンが普及期に入った頃、「Wintel(ウィンテル)」という表現が使われた。「Wintel」とは、米マイクロソフト製のWindows OSと、米Intel製のCPUやチップセットの合成語で、これらを搭載すれば、それだけでパソコンの性能の大半を規定してしまうという意味だ。ものづくりのアーキテクチャが大きく変化したことを象徴する言葉である。
中国ではEV(電気自動車)の普及が進み、AIが全てを判断し、あらゆる機能をコントロールする知能化したクルマがモビリティ(人やモノを空間的に移動させる能力、手段)の明確な方向性になりつつある。そこでは「AIでクルマを走らせる技術」を握るいくつかの企業が、「自動車業界のWintel」になるのではないか。そんな見方が出てきている。
これら中国発の先端企業はどんな企業で、何を実現しようとしているのか。中国の自動車業界で何が起きているのか。今回はそのあたりを考えてみた。

田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
世界の自動車メーカーを引き寄せるAI企業
この4月、中国上海市で「上海モーターショー2025(第21回上海国際自動車工業展覧会)」が開かれた。世界各国のさまざまな自動車メーカーが最新のクルマや技術を披露した。そこでひときわ注目を集めたのが、AIによる高度な自動運転技術を持つ中国のユニコーン企業「Momenta(モメンタ、北京初速度科技)」である。
同社は従来の自動運転のように高精度の地図に依存せず、状況の認知から判断、クルマの制御までをすべてAIが担う「エンド・ツー・エンド(E2E)」の方式に強みを持つ。そしてその高い性能を持つ製品やサービスを自動車メーカーに大量に供給する能力を有する世界でも数少ない企業の1社だ。
上海モーターショーの期間中、Momentaは数多くの世界的な自動車メーカーとの戦略協力関係を一気に発表し、業界に衝撃を与えた。そこにはGMキャデラック(米GMと上海汽車集団 の合弁)や一汽トヨタ(トヨタ自動車と中国第一汽車集団との合弁)、ホンダ中国、上海汽車アウディ(上汽奥迪)、上海汽車フォルクスワーゲン(上汽大衆)、智己汽車(IM、上海汽車の上級ブランド)など中国内外の有力自動車メーカーが多数、含まれている。
中国市場では高度運転支援システム(ADAS)が必須
実際、Momentaの存在感は大きい。
例えば、トヨタと中国広州汽車との合弁企業、広汽トヨタは今年3月に発売した中国市場向け新型BEV(バッテリー式電気自動車)「bZ3X(鉑智3X)」にMomentaの技術を導入したADASを搭載。基本モデルが10万9,800元(約220万円)という中国でも驚きの低価格が大きな反響を呼んだ。
また日産自動車の中国合弁会社、東風日産は今年4月、MomentaのAI技術を全面的に採用して開発したEVセダン「N7」を発売している。ホンダは具体的なモデルの開発はまだだが、同じくMomentaの技術による最新のADASを今後、自社のクルマへ搭載することを今回の上海モーターショーで明らかにした。

こうした状況は、中国の自動車市場では、すでに世界最先端水準のADAS搭載が必須であり、しかもそれを大衆車レベルの価格帯でも実現しない限り、競争できない段階に至っていることを示している。
「風速の速いところに身を置く」
日本の自動車メーカーは本気だ。
ホンダは同モーターショーのプレスデーでの発表で「智能化・電動化領域における技術進化が速い中国で、お客様の期待に応える製品をスピーディーにお届けするため、中国の技術を活用したHondaの今後の開発方向性を上海モーターショーで発表しました」としたうえで、「Momenta(モメンタ)との先進運転支援技術の共同開発」「DeepSeek(ディープシーク)のAI技術活用」「寧德時代新能源科技股份有限公司(以下、CATL)との電動化技術の共同開発」の3つを技術開発の目玉として掲げている。(Hondaホームページ「ニュースルーム」)
また、トヨタ自動車の佐藤恒治社長は中国での取り組みについて以下のように語っている。「バッテリーEVは、グローバルに全体的な議論をしていた時代から、明らかに中国の風速は速く、単なる電気自動車ではなく、知能化とセットでモビリティの進化を促していくものになってきている。その風速の速いところに身を置き、先端技術をしっかり取り込みながら、モビリティの構造改革を牽引するプロジェクトとして進めていく。そういうことをもっと深くやっていきたい」(2025年3月期決算説明会。トヨタイムス、2025年5月8日)。
世界最大の自動車メーカーであるトヨタにとって、中国の新興先端企業が持つ技術が先進的かつ価値の高いものであり、「風速の速いところに身を置いて」学ぶことが不可欠だとの意識を率直に語っている。
予約開始1時間で1万台の大ヒット
現実の効果も出ている。
前述した広汽トヨタの「bZ3X」は、今年3月8日の予約開始後、わずか1時間で1万台を超える予約が殺到。一時、サーバーがダウンするほどの状況になった。すでに数万台単位の納車待ちが発生している状況だ。中国市場で劣勢が続いている日系EVにとって待望のヒット商品となった。
また東風日産が今年4月に発売した前述のBEVセダン「N7」も、発売以来、6月1日までの1カ月半ほどで計1万7215台を販売。中国の中上級EVセダン市場で最も注目を集めるクルマの一つとなった。

自動車のグローバルブランドが中国市場で競争するためには、最先端の技術をオープンに取り入れ、「AIが動かすクルマ」を追求することが欠かせない――。そのような現実が改めて浮き彫りになった。同時に、日本ブランドに対する中国ユーザーの信頼感や期待は根強く存在することを感じさせた場面でもあった。
「外資系自動車企業の救世主」
こうした状況に、中国国内の自動車関連メディアやモータージャーナリストなどの間では、「Momentaは外資系自動車企業の救世主」などと囃し立てる向きもある。確かにかつて外国企業からの技術導入が当たり前だった中国の自動車業界からみれば、錚々たる外資系ブランドがこぞって中国企業の技術を求める現状との対比は鮮明だ。
最近、この界隈では「含華量」という言葉も登場した。ある車種の構成要素の中に、どれだけ「中華成分」の含有量があるか――という意味だ。「含華量」の高いクルマでなければ、少なくとも中国市場では中国ブランドに対抗できない。そのような状況が、中国の自動車市場における外資系自動車メーカーを取り巻く力関係になっている。
産業構造の地殻変動は明らかだ。自動車業界はこれまで、完成車メーカーを頂点に、ティア1、ティア2、ティア3――と部品メーカーの階層が連なるタテ型の構造が基本だった。それが少なくとも中国市場においては、中核製品で高度な技術を持つサプライヤーと協力してより高い付加価値を実現する、ヨコ方向の連携協力の時代へと変わりつつある。
この変化は中国市場だけのガラパゴス的なものだろうか。おそらくそうではないだろう。トヨタの経営者が言うように、「知能化とセットになったモビリティの構造改革」を表す本質的な変化であるように思える。
Momentaとはどんな企業なのか
そのような状況下、注目の存在に躍り出たMomentaとは、どんな企業なのか。
Momentaは2016年、北京で創業の若い会社だ。当時30歳の創業者、曹旭東(敬称略、以下同)は清華大学物理学部を卒業、博士課程では流体力学を専攻。中国国内のIT企業を経て、米マイクロソフトのアジア研究院でAI研究に従事。その後、「データ駆動の自動運転の確立」を掲げ、ベンチャーキャピタルなどから500万米ドルの資金を得てMomentaを創業した。
2017~2018年には推定で10億米ドル超の資金を調達、自動運転領域では中国初のユニコーンとなった。この時期、業務用車両の運転者を遠隔で管理するDMS(Driver Monitoring System)を開発、商業化に成功して早期の黒字化を達成している。
飛躍のきっかけは2021年。この年、Momentaは、トヨタ自動車をはじめ、メルセデス・ベンツ、ドイツの世界的自動車部品メーカー「ボッシュ(Bosch)」、中国国有の上海汽車集団(SAIC)、シンガポール政府系投資会社テマセク・ホールディングス、アリババグループの創業者、ジャック・マーが創設した「雲鋒基金(YF Capital)」などから総額5億米ドルの出資を受けた。豊富な資金を確保すると同時に、広く海外の自動車メーカーにも製品を普及させる基礎をつくった。
あえて自国政府の支援に過度に依存せず、オープンに協力関係を求める姿勢に、創業者、曹旭東の発想が垣間見られて興味深い。
中国の自動運転市場で6割のシェア
Momentaの競争力の源泉は独自開発のLLM(大規模言語モデル)「R6」にある。中国国内の過酷な交通環境の下、長期間にわたって「感知」「予測」「規制」「制御」のトレーニングを繰り返し、リアルな対応能力を徹底的に高めた。曹はメディアのインタビューで「中国の交通状況は世界一厳しい。中国で運転できれば世界のどこでも走れる」と語っている。

同社の自動運転はこの「R6」を核にした「2本足戦略」と呼ばれる。まず「1本目の足」は「レベル2(L2)」クラスの運転支援だ。「R6」を基盤に、自動車メーカーが導入しやすい価格で高性能の運転支援システムを量販。メーカーのカスタマイズ要求に柔軟に応える姿勢で、国内外多くの有力ブランドの支持を得た。
前述したトヨタや日産の合弁企業など大手自動車メーカーに提供しているのはこの技術だ。2022年に最初の量販モデルを世に出して以来、翌2023年には8モデル、2024年には26モデルと着実に拡大。現時点までに導入モデルはメーカー横断的に130車種を超えている。2024年の段階で、中国で主流の自動運転システムであるNOA(Navigate on Autopilot=自動補助ナビゲーション運転)において、Momentaの市場占有率は60.1%と圧倒的な1位となっている。
これによって収入基盤を確保すると同時にさらなるデータを蓄積する。中国メディアの報道によれば、すでにMomentaは1000億km走行分のデータを蓄積し、数百万件のロングテール問題(発生確率が極めて低い多くの課題)を解決したとしている。
「2本目の足」は無人運転タクシー(ロボタクシー)だ。「L2」クラスの自動運転システムの精度をさらに向上させ、それをもとに都市部の道路で「特定条件下における完全自動運転」が可能な「レベル4(L4)」の技術を構築する。それをもって大都市でのロボタクシーの実現を目指している。
Momentaに続く「Wintel候補」
中国では今、上述したMomentaのほか、同じくこの領域で高い技術力を持つ「ホライズン・ロボティクス(地平線機器人、以下「ホライズン」、広東省深圳市)」、そしておなじみのファーウェイ(華為技術、同)を加えた3社が、今後のモビリティの動向を大きく左右する存在、つまり「自動車業界のWintel候補」と目されている。
ホライズンは中国江西省出身、ミュンヘン大学でコンピューターサイエンスの博士号を取得した余凱が2015年に創業。2024年10月、香港市場に上場した。同社の特徴は、自動運転向けのソフトウェアとハードウェアを同時に提供する点にある。同社が提供するADAS(高度運転支援システム)「ホライズン・スーパー・ドライブ」は、2024年時点で中国国内のADAS市場で40%近いシェアを獲得している。
同時にホライズンは自動運転向けAI半導体「征程6(Journy 6)」シリーズを自社で生産する。同シリーズは世界最大のEVメーカーとなったBYD(比亜迪、広東省深圳市)が進める「インテリジェントドライビング戦略」の中核を担うADASの最上級バージョン「天神之眼(God's Eye)C」にも採用されている。
ホライズンの提供するシステムはその価格優位性でも定評がある。2024年に同社のシステムを採用した車種は平均で11.3%の価格低減効果があったと発表されている。こうした点にホライズンがMomentaと並び称される大きな理由がある。
もとから「Wintel化」を志向したファーウェイ
そして3社めの「Wintel候補」がご存知ファーウェイである。
同社の自動車関連事業の方式には3つのパターンがある。
- (1) 一般の「ティア1」サプライヤーと同様、自動車メーカーに部品やシステムなどを販売する。
- (2) 「ファーウェイ・インサイド(HI)」方式。EVの中核部分となる電動パワートレインや独自OS「Harmony(鴻蒙)」、自社のADASなどを搭載したクルマを自動車メーカーと共同開発し、「HI」のロゴを付けて販売する。
- (3) 「事実上のファーウェイ車」をつくる。「鴻蒙智行(Harmony Intelligent Mobility Alliance、HIMA)」という事実上のファーウェイブランドのクルマを自動車メーカーと共同開発する。
ファーウェイのクルマづくりに関しては、wisdomの過去の連載「中国で進む「クルマのスマホ化」 自動車業界に『メディアテック・モーメント』は来るか」(2022年10月21日)で書いたことがあるのでご参照いただければと思う。

要するにもともとファーウェイは、「自動車会社」になるつもりはなく、自動車業界の「Wintel的存在」として影響力を持つことを志向してきたと言っていい。その目論見はほぼ狙い通りに進んでいるように見える。
統計によると、現時点までの段階で、すでに海外ブランドを含む累計2000万台のクルマに何らかの形でファーウェイの技術が使われているという。これは1年間に全世界で生産されるクルマの3割弱に相当する数だ。年間の特許料収入だけで10億米ドルを超える。
「強力すぎる」ファーウェイ
その一方で、ファーウェイにとっての最大の難題は、その存在が「強力すぎる」ことだろう。ファーウェイは圧倒的な技術力、資金力、ブランド力を有し、「サプライヤー」とは称するものの、提供相手に対する発言力は極めて強い。ファーウェイとの「共同開発」となれば、自動車メーカー側はなかなか思い通りに進めにくいとの思いがある。
また、海外企業にとっては、「政治」との距離感も大きな課題だ。ファーウェイ自身の真意はともかく、海外のメーカーとしてはAIや半導体といった「敏感な」領域でファーウェイと密接な関係を築くのは当面、慎重に考えざるを得ない現実がある。
その点、Momentaやホライズンは、創業者自身がもともと海外との関係が深く、海外からの投資受け入れや協力関係構築に積極的だ。経営姿勢も柔軟で、モビリティのAIに特化したビジネスモデルも切れ味が鋭い。企業規模は小さいながらも、世界中の自動車メーカーからの協力依頼が集まり、「Wintel候補」に挙げられる背景がこのあたりにある。
開放、協力、提携の時代に
モビリティに限らず、世の中のあらゆる領域で、AIがすべてを感知し、判断し、指示して物事を動かす。そういう時代が来ようとしている。社会そのものが急速に「ロボット化」していく。そういう時代に、AIの機能を効率よく、安価で、安定的に提供できる企業の価値は大きくなる。
AIの計算力の構築には、莫大かつ継続的な投資と世界最高水準の大量の人材が必要だ。各自動車メーカーが自前ですべて構築、維持するのは難しく、非効率でもある。その意味で自動車業界でも「Wintel化」現象が進むのは必然のように思える。
しかし、クルマはパソコンとは違って、安全性や耐久性、乗り心地、見栄え、アフターサービスなど、「自動車としてのノウハウ」が左右する領域が大きくある。これらの部分の品質は中核部品やソフトの性能だけで決まるわけではない。だからAIの時代が来ても、自動車メーカーの役割が簡単に失われることはないだろう。しかし従来のようにピラミッドの頂点に立つ存在でなくなるのは避けられない。
日本の基幹産業ともいうべきクルマづくりの世界は、中国発のAI企業を軸に、旧来のタテ型統合の構造から、開放、協力、提携の方向に変容しつつある。日本の自動車会社は、そのことを早い時期から察知して、その対応に真剣に動いているように見える。一日本国民としては、その果敢な行動に声援を送りたい。
時代は本当に大きく動いている。勇気を持って決断しないと生き残れない。改めてそう感じざるを得ない。

次世代中国