次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国で「爆売れ」するiPhone 17
国産スマホの「愛国商売」はなぜ失速したのか
Text:田中 信彦
中国でこの秋、世界同時発売になったiPhone 17が「爆売れ」している。その背景には、製品の性能や価格の競争力に加え、iPhoneの中心的な支持者である中間層以上の人々の考え方が、大きく変化したことがある。
中国の高級スマホ市場でiPhoneは苦戦が伝えられていた。中国ブランド製品の機能向上に加え、過去10年ほどの「国産品愛用」の政治的ムーブメントの影響で、一部にはiPhoneユーザーを「非愛国的」と非難する風潮すらあった。
しかし、この種の「愛国商売」は退潮しつつある。それに代わって、「どこの国の製品であろうと、良いものは良い」という気分が強まっている。根底にあるのは経済の変調だ。国家間の政治的対立に起因する経済の先行き不安で消費は冷え込み、不動産価格は急落、持ち家比率が高い中国では市民の資産縮小が進んでいる。昨年、中国への海外企業の直接投資はピーク時の2021年比で99%減という惨憺たる状況だ。
こうした現実を前に、人々の危機感は強い。いたずらに自国の先進性を誇示し、「愛国」をテコに製品を売る商法は力を失っている。それよりグローバル社会の価値観を広く体現した、信頼感の高い商品を自分たちも使いたい。そういう成熟した感覚を持つ市民が増えている。
今回はiPhone 17「爆売れ」の底流にある、中国社会の「気分」の変化について考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
発売1ヵ月で600万台
iPhone 17は2025年9月19日、世界同時発売と同時に中国市場でも絶好調のスタートを切った。発売当日、都市部のアップルストアの店頭には長い列ができ、一部機種では高額のプレミアムがついた。
同ストアのオンライン販売や中国の大手ECサイトでは予約分が早々に完売となり、入荷1~2ヵ月待ちの状態が続いた。発売わずか1週間で中国国内販売台数は123万3000台と、新機種発売前の240%増という爆発的な伸びを見せている。
発売1ヵ月の段階で、iPhone 17シリーズ(iPhone 17、同Pro、Pro Max)の累計販売台数は600万台を超えた(メディアなどの推定値)。中国は毎月平均2500万台ものスマホが売れる巨大市場だが、高級機種のみで構成されるiPhoneが1ヵ月でこれだけ売れるのは驚異的で、中国のメディアでも大きく注目されている。
「事実上の値下げ」に好感
今回、中国でiPhone 17が人気を呼んだ最大の理由はその価格設定にある。スタンダードなモデルの販売価格は5999元(1元は約21円)と前モデルのiPhone 16から据え置かれた。その一方で、多くのスペック強化が行われており、いわば事実上の値下げといえる。それによって強いお買い得感が生まれた。
5999元という値段は、中国市場では「中級機種の上位」といった価格感になる。ネット上では「アップルはやっと庶民の気持ちがわかったようだ」との好意的な書き込みが見られた。加えて中国では消費喚起を目的に、2025年1月20日から、スマホなどデジタル機器の新規購入に政府の補助が導入されており、6000元未満の製品を購入した場合、販売価格の15%の補助が受けられる。iPhone 17の価格設定は、当然これを意識したものだ。
この点もユーザーの買い替え意欲を強める効果があった。
「世界の普遍的な価値」への信頼感
しかし、「爆売れ」の背景はコストパフォーマンスだけではない。そこにはグローバルなスマホ市場で圧倒的な評価を得るiPhone、そしてアップルという企業のブランドに対する根強い信頼感がある。
iCloudやApp Store、そしてMacやiPad、Apple Watchなどとのシームレスな連携といったアップルのエコシステムの魅力は、中国でも多くのファンを惹きつけている。この生態系は、個々の機能の単なる集合体ではない。豊富なソフトウェア資産に加え、デバイス間の滑らかな連携、ブランドの持つ独自の世界観は、他のスマホとは異なるユーザーの満足度の源泉となっている。
さらに言えば、その価値は製品としての信頼性にとどまらない。利用者のプライバシー保護や未成年者の保護、生産工場での労働者の権利保護といった、製品やサービスの品質全体における「世界の普遍的な価値」への信頼感が、そこには存在する。インターネットによる情報流通の爆発的な増加にともなって、中国社会でもこうした価値観への共感は強まっている。
このようなグローバルなエコシステムへの信頼感、期待感が今回のiPhone 17の売れ行きを背後から支えている。
「安全」は重要な差別化要因
中国のネット上では詐欺やウイルスなどの不正行為が深刻な社会問題になっている。そこではiPhoneという選択は単に高性能なスマホの入手にとどまらず、不正行為から守られた、クリーンで安全性の高いデジタル環境の確保という意味がある。この安心感は、他社にとって模倣が難しい、強力な差別化要因となっている。
iPhoneなどで使われているプラットフォームの「iOS (アイオーエス)」は、製造者としてのアップルがハードとソフトの両方を、いわば壁の中で厳格に管理するアプローチを取る。この「閉じたエコシステム」は、Android(アンドロイド)が持つオープンな性格とは異なり、外部からマルウェアなどの侵入するリスクが小さい。
中国では、政府の情報統制政策の影響で、グローバルなアンドロイドエコシステムで一般的な「Google Play ストア」へのアクセスが制限されている。そのため中国ではアンドロイドスマホのユーザーの多くは、信頼性の低いサードパーティのアプリストアを利用せざるを得ない。これらの一部はマルウェアや詐欺アプリ、クローンアプリの温床ともなっており、ユーザーは常にリスクを抱えている。
アップルによれば、同社の「App Store」では、全てのアプリとアップデートに厳格な審査を実施、マルウェアやウイルス、詐欺行為、ユーザーデータの窃盗などの事案の排除を徹底している。さらには性的、暴力的なもの、差別・中傷といった人権を侵害するコンテンツを禁じ、子供を含めたユーザーが有害なコンテンツに触れるリスクを最小化している。
企業理念に基づいてアップルが進める「まっとうなビジネス」に対する信頼感が、中国社会でも重要な価値を持つ時代になった。iPhone 17の人気の背景にはそうした流れがある。
国産品に対する消費者の見方に変化も
このような事情に加え、iPhoneの競争相手である中国のスマホメーカーに対するユーザーの見方も、一時期の愛国主義的な傾向が薄れ、冷静な態度に変わりつつある。
2024年3月、中国のスマホ高級機種の有力メーカー、ファーウェイ(華為科技)が、「企業の名誉権を侵害された」などとして中国の人気女性インフルエンサーを訴えていた裁判の判決が広東省の裁判所であった。報道によれば、判決は「被告はデジタル製品レビューの動画やライブ配信において、ファーウェイ社および同社の製品を悪意をもって誹謗中傷し、同社の名誉権を侵害した」(「捜狐新聞」2024年12月25日付、訳は筆者)などと認め、このインフルエンサーの女性に侵害行為の停止および謝罪、20万元(約420万円)の賠償などを命じた。
また、これはスマホでなくファーウェイが主導するEV(電気自動車)ブランド連合企業「鴻蒙智行(HIMA)」の例だが、2025年3月、やはり別のインフルエンサーを「虚偽および侮辱的な発言を恣意的に発信し、ブランドおよび製品を誹謗中傷、ネット秩序を乱し、社会公衆を誤導し、ブランドおよび製品の社会的評価を著しく低下させた」などとして裁判所に訴えた。同社は「今後も法に基づき権利保護を継続し、ブランドと製品の評判を断固として守る」などと表明している(「新浪科技」2025年3月11日付)。
これらのケースは、訴えられたのが多くのファンを持つインフルエンサーであったため、世論の注目を集めた。事実関係で言えば、判決に示されているように、インフルエンサーたちの発言には世間の注目を集めたいがための誇張や不正確な表現があったのだろう。しかし、一国を代表する大手企業が、自社を批判する一個人を相手に次々と法的手段に訴え、謝罪させ、賠償金を取るというその姿勢に、ネット上では「高圧的だ。消費者に向き合う姿勢としてどうなのか」と疑問の声が上がった。
また中国のスマホ市場では、「三つ折りスマホ」が40万円以上の価格で発売されたことなどに象徴されるように、上位機種の高機能化、高価格化が進んでいた。これに対して、ユーザーからは「先端技術を誇るのはいいが、値段が高すぎる」との声も出ていた。
「iPhone押し」の人気インフルエンサーが発言封鎖に
そして、今年9月のiPhone 17発売直前、その販売量を大きく押し上げたと評される事件が起きた。iPhoneなどの海外ブランドに肯定的な発言をしてきた人気インフルエンサー、戸晨風(フー・チェンフォン、敬称略、以下同)のアカウントが「社会の対立を煽る」などの理由で当局によって全て凍結され、事実上、ネット社会から姿を消した事件だ。
戸晨風は1998年生まれ。多くの人が表立っては言いにくいことを大胆に発言することで共感を集めてきたインフルエンサーである。注目されたきっかけは、2023年3月、四川省成都市で78歳の女性に密着取材し、月107元というわずかな年金で、どのように食いつないでいるかを伝えた動画だった。大きな反響を呼んだが、この動画は「社会の下層の悲惨な生活をことさら強調してはならない」との当局の指示で削除された。
また韓国・ソウル市内の大型スーパーを訪れ、「韓国の最低賃金で、どれだけ物が買えるか」という動画を撮影、公開したこともある。ソウルの1日の法定最低賃金、7万8880ウォンで大量の生鮮食品などを購入、「韓国の人々は生活苦にあえいでいるという中国国内に流布する見方は間違っている。我々は韓国に謙虚に学ぶべきだ」などと語った。
「アップル的なものは高級、安心」という論理
戸晨風の発言が人気を呼んだのは、その切り口のわかりやすさにある。熱狂的なアップル製品ユーザーである彼は「アップル的なもの」と「アンドロイド的なもの」という、いささか極端な二元論で現代の中国社会の階層格差を表現し、その「過激さ」が人気を集めた。
いわく「『アップル的なもの』は科学的、先進的で高級」「お金のある人がアップル製品を使う」「iPhoneこそが安全、安心」などとし、「アンドロイド的なもの」にはそれがないとする。欧米社会への親近感が強く、「西洋医学は科学的、漢方は非科学的」「英語が何より大切。苦労して国内の有名大学に入るより、英語を勉強したほうが将来、楽に高い収入が得られる」といった発言もしている。
彼の「論理」は客観的な裏付けがあるわけではなく、一人の若者の奔放な発言に過ぎない。「ただの西洋崇拝」との批判も強い。しかし、そこには「誰もが本音では感じているが、社会的に言いにくいこと」が反映されており、多くの人が彼の発言を面白がって引用した。「お前の生き方はアンドロイド的だ」などの言い回しは流行語にもなった。彼の飾らない率直な人柄は、多くの人に親しまれていた。
アカウント封鎖直後にiPhone 17が発売
しかし、彼のアカウントが封鎖されたことで、その発言に触れることは一種のタブーになった。確かに内容はやや極端ではあったが、政治的な発言をするわけでもない彼が事実上、封鎖されたことで、すでに予約受付が始まっていたiPhone 17に、より大きな注目が集まる結果を生んだ。
偶然の巡り合わせだが、戸晨風のアカウント凍結が9月16日、その直後の同19日、iPhone 17が世界同時発売に合わせ、中国国内でも一斉に売り出された。
発売後、「爆売れ」の状況を伝えるインフルエンサーたちの動画が面白かった。多くの人が「今回のiPhone 17はコストパフォーマンスが高く、とても良い」と伝える一方で、「私は中国の国産品を愛しています。国産のスマホも使っていますよ」と強調した上で、「でも私はiPhone 17を買います」と続ける。
語っているほうも、見ているほうも、背後の事情はみなわかっている。政治的、社会的な建前は承知のうえで、でも現実の生活では、自らの利益に正直に行動する。こういう中国の消費者の成熟した選択が、今回のiPhone 17の「爆売れ」の背後にはある。
「まっとうな商売」に支持が集まる中国市場
1年前、この「wisdom」の連載で「逆風にめげず、中国で事業拡大する外資小売 グローバル調達力を活かし、長期目線で積極投資」(2024年10月)という記事を書いた。そこでは、グローバルな規模で事業を展開し、強力な商品力を武器に、不況下の中国市場で成長するグローバル小売企業のことを紹介した。

米ウォルマート傘下の会員制ホールセールクラブ「サムズ・クラブ」(Sam's Club、山姆会員商店)や日本でもおなじみの米コストコ(Costco、開市客)、スウェーデン発の世界最大級の家具量販店「イケア(IKEA)」、ドイツで誕生し、世界中で1万店近くを擁するスーパーの大手「アルディ(ALDI、奥楽斉)」といった企業である。中国で900店舗以上を展開するユニクロも、そうしたグローバルな小売巨頭の一つといえる。
こうした世界企業の中国での成長要因は、その強力な商品調達力、生産力に裏打ちされた圧倒的なコストパフォーマンス、そして明確な企業理念に裏打ちされた顧客志向、商品の信頼性や安心感を最優先する姿勢といったものだ。こうしたグローバル規模の「まっとうな商売」が、中国でも人々の強い支持を得ている。
iPhoneに対する中国のユーザーの強い信頼感は、こうした流れと同じ文脈にある。国家間の政治的な問題は多々あれども、世界経済の一体化は進み、中国の消費者の意識も着実に成熟している。もはや「愛国商売」が通じる時代ではなくなった。この流れが逆戻りすることはない。
次世代中国