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次世代中国 田中 信彦 連載

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国エネルギー戦略の底力を見せつけた石油危機
「エレクトロ・ステート(電力国家)」の時代は来るか

 中国は今回の石油危機を、再生可能エネルギー(再エネ)の覇権確立への機会に変えつつある。戦争は、化石燃料の高騰と世界的な供給不安を呼び起こし、「石油を不要にする技術」を世界に売る中国にとって、最強のセールスプロモーションとして機能している。

 「ペトロダラー」という言葉がある。米国は中東産油国に軍事的な安全保障を提供し、その代わり産油国はドル建てで原油取引を行い、余剰資金を米国債へ還流させる。1970年代以降の米国の経済覇権は、石油と米ドルを基軸にしたこの構造が支えてきた。

 それが揺らいだのが今回の危機だ。世界がエネルギー不安に駆られる中、中国はすでに太陽光や風力発電など自前の再エネ電力で、近年の電力需要の増加分をほぼ賄える段階に到達している。それによって経済成長を下支えする一方、その高度な再エネ技術をソリューションとして世界に売るという「二段構え」のポジションを取りつつある。

 「電気の大食漢」であるAIが社会を動かす時代の到来で、世界のパワーバランスは、原油を基盤にした「石油国家」から、必要な電力を自立して供給できる「エレクトロ・ステート(電力国家)」に移るとの見方が勢いを得ている。「電力国家」の力の源泉は地下の資源ではなく、「石油を不要にする技術」にある。それを圧倒的に支配しているのが中国だ。

 今回はこのような視点から、中国政府が進める「自立した電力供給」を基盤にしたエネルギー戦略の現在と、その目指すところを考えてみた。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

「中国が勝者」論

 今回の戦争が始まって以降、世界の有力メディアが「勝者は実は中国」との論調を展開している。例えば「The Wall Street Journal」2026年4月13日付は、「イラン戦争の勝者は中国グリーン産業(訳は同紙日本語版)」と題する記事を掲載、「中東情勢の混乱を受け、中国が太陽光・風力発電を世界に売り込もうとする動きが勢いを増している」と書いた。

 またドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ」は「米国とイスラエルが中東で苦戦する中、中国の新エネルギー産業が優位に立つか?」(4月13日、訳は筆者、以下同)との記事をウェブサイトに掲載。海外メディアなどの見方を引用しつつ、「エネルギー価格の高騰に伴い、化石燃料からグリーン技術や再エネへの転換需要が高まっている。これらはまさに中国が主導的な地位を占める分野だ」などと述べている。ほかにも多くの国の有力シンクタンクやメディアが同様の見方を示している。

 原油価格が高騰すればするほど、世界中の国々が「石油に頼らない生活」の構築を急ぐ。その実現のために、技術力、性能、価格いずれにおいても、現状、圧倒的な優位にある中国への依存を強める。そこには時代的な背景として、膨大な電力を消費するAIの重要度の飛躍的な高まりが存在する――という構造だ。

「地球環境」から「国家安全保障」に焦点が変化

 これまで再エネ電力を中心とした新しいエネルギー体系は、国際的な議論の場面においては、化石燃料と比較した時の「環境に対する影響」に主軸があった。中国も習近平国家主席が、2020年9月の国連総会で、「2030年までにカーボンピークアウト、2060年までにカーボンニュートラルを目指す(「双炭」政策)」と表明。そのための再エネ戦略を核としたロードマップが、いわば国際公約になっている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 しかし現在では、地球環境の重要性は不変ながら、再エネ電力の持つ地政学的なリスク耐性やコスト、供給の安定性が、それを上回る比重で重視されるようになっている。各国が目指すのは「戦略的レジリエンス(打たれ強さ)」の確立だ。なかでも中国政府は、特に2012年の習近平体制の成立以降、「エネルギー戦略の自立」を強力に推進してきている。将来的に「石油が止まる事態」をも想定し、国家安全保障の中核として、国内の自然条件を活用した再エネ電力、国内に豊富な埋蔵量がある石炭の活用などのエネルギー安全保障戦略を進めてきた。

 当たり前の話だが、石油は使ったら消えてしまう。産地から消費地までタンカーやパイプラインなどの「線」を通って永久に運び続けなければならない。そこではホルムズ海峡のような「チョークポイント(他者に干渉されやすい要衝)」がしばしば発生する。

 しかし、太陽光や風力などの再エネはその名の通り、いくら使っても減ることがない。「技術と設備で作り出す」エネルギーだ。砂漠地帯などに一度パネルや風車を設置してしまえば、気象条件による変動はあるものの、半ば自動的に電力を生み出し続ける。そのための技術や機器を自給できる中国にとっては、外部勢力による干渉も受けにくい。「戦略的レジリエンス」の観点からは非常に頼りになる存在といえる。

「日本の全ガソリン需要の7割」相当を代替

 昨年夏、このwisdomで「火力発電を上回った中国の再エネ発電容量 太陽光パネル過剰生産の背後にあるもの」(2025年8月)という記事を書いた。2025年第1四半期、中国の太陽光と風力を合わせた再エネ発電容量は、史上初めて火力発電の設備容量を上回った。その後、両者の差は開く一方で、同年末時点で、前者の合計設備容量は18.4億kWに達し、火力の発電能力(15.4億kW)を大きく引き離している。

 「設備容量」はあくまで最大時の発電能力を表す指標で、実際の発電量ではない。しかし、中国における再エネ電力の存在感は急速に高まっており、2025年末現在で中国の全発電量に占める同比率は35.6%に達している。

 中国は石油消費量で米国に次ぐ世界第2位、天然ガスで同第3位(輸入量では世界最大)の「化石燃料大国」の位置にある。自国内での産出もあるが、2026年の段階で原油の約70%、天然ガス(LNG含む)の約40%を輸入に頼っている。

 しかし再エネ電力の比率上昇と同時に、エネルギー消費の面でも大きな変化が起きている。すでに国内の新車販売における新エネルギー車(NEV。主に電気自動車とプラグインハイブリッド車)の比率は5割を超え、6割近くに達する月もある。その結果、乗用車向けのガソリン需要は2024年にピークアウトした。

 エネルギー市場分析大手、ケプラー社の予測(2026年1月)では、1日当たり約54万バレルのガソリン需要が電力に代替された。日本一国のガソリン需要が、1日あたり約70~75万バレルなので、これは日本の全ガソリン需要の約70%がすでに電力によって代替されたことを意味する。同時に大型トラックの電動化やLNG化も進んでおり、ディーゼル燃料の軽油も日量50万バレルが代替されている(同社推定)。すでに電力は化石燃料の相当部分を代替する規模に育っている。

「電動化」で浮いた石油を国家備蓄

 ところが前述のように、中国の原油輸入量は減っていない。むしろ継続的に増加している。その理由は、石油化学部門など産業需要が旺盛なこともあるが、最大の要因は石油の国家備蓄を急速に増やしていることだ。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 中国の2026年の原油輸入量(予測)は日量約1190万バレル前後(米国エネルギー情報局=EIAのデータ)で、これは2025年の同1160万バレル、2024年の約1100万バレルと比べて、増加している。その最大の理由が戦略的な国家備蓄の増加だ。EIAの推計によると、2025年中、中国は日量平均110万バレルのペースで備蓄を積み増してきたとみられる。この備蓄積み増しのペースは、前述したEVなどによる燃料消費代替分の総量(同約104万バレル)にほぼ等しい。つまり、もともと自動車燃料として必要だった石油を、結果的に同規模の備蓄に回すことができた。そういう構図が浮かび上がる。

 その結果、中国の備蓄総量は2025年12月末時点で推定約14億バレルに達し、これは米国の戦略備蓄(4.1億バレル)と商業備蓄(4億バレル)の合計を大きく上回り、世界最大だ。日本の石油備蓄量は同年末時点で合計約4億8,000万バレルなので、その約3倍の規模に達している。

ハイテク産業の競争力としての電力

 再エネ電力を軸にした中国の一連のエネルギー変革が注目されるのは、世界の産業構造の変化が背景にあるからだ。AIの飛躍的な進化で、世界のあらゆるものがAIを軸に動く時代が来つつある。そのための最大の戦略的資源が電力である。

 テスラのイーロン・マスク氏は今年1月、公開されたポッドキャストの対談で「中国はAI計算能力で世界を大きく凌駕するだろう」と語った。最大の根拠は中国の圧倒的な電力供給能力にある。同氏は「AIのボトルネックは電力だ」と指摘、半導体をめぐる米中対立がクローズアップされる中、あえて国家の死命を制するのは半導体よりも電力だと強調した。

 AIは大量の電力を必要とする。先端のAIモデルの学習や推論を行う巨大なデータセンターの電力消費は桁違いだ。1つの大型データセンターで、日本の一般家庭200万世帯ぶんの消費電力に相当する、ギガワット級の電力を消費する規模になっている。石油という「20世紀型のエネルギー体系」から「21世紀型の新しいエネルギー体系(電力)」への転換が重視される最大の理由は、世界経済の頭脳を動かす「血液」に相当するのが電力だからだ。

「エネルギーの製造業化」

 「エレクトロ・ステート(電力国家)」とは、電子(Electrons)の生成や管理、その関連技術の供給網を支配することで地政学的な主導権を握る国家モデルを指す。そこで起きるのは、先に述べたようにエネルギー源を技術によって生み出す「エネルギーの製造業化」だ。

 従来のエネルギー安全保障は「地中の資源をいかに確保するか」が焦点だった。しかし「エレクトロ・ステート」の発想に立てば、エネルギーは「設備で製造される工業製品」へと変化する。「資源がどこに埋まっているか」ではなく、太陽光パネルや風力タービン、高性能・大容量の蓄電池、高圧送電網、EVなど、エネルギーを生み、運び、蓄え、使うための統合システムを誰が支配するかが重要になる。

 そこでは頭脳の中枢であるAI、電気を運ぶ国家グリッド(送電ネットワーク)を自国の産業と一体化することがカギを握る。AIの計算力とあらゆる産業、電力を戦略的に統合し、一つの体系として運用する。「エレクトロ・ステート」の真髄は、単に電気を作るだけでなく、それをAIやデータセンターという国家スケールの知能と直結させる点にある。

 中国が国家として目指しているのは、まさにこうした未来像だ。前掲のwisdomの記事でも触れたように、中国の「東数西算」(経済先進地の東部沿海部で発生したデータを、再エネ電力の豊富な西部地域に送って計算処理する)プロジェクトは、その典型例である。電力を単なる「資源」として消費するのではなく「計算力」という付加価値に変換し、AIとのネットワークで広域運用するモデルになっている。

アフリカ大陸の全土を再エネで結ぶ

 この「エレクトロ・ステート」モデルの特徴は、それを他国にも「外販」できることだ。国家が「エネルギー主権」を確立する手法そのものをパッケージ化し、他国にシステムとして販売する。中国の例で言えば、再エネの発電施設や機器、超高圧(UHV)送電網、蓄電システム、さらにはデジタル決済プラットフォームまでをセットにして、「設置工事込み」で輸出することができる。それによって輸出先の国のエネルギーインフラ全体を中国標準で構築し、社会システムとして組み込んでしまう。

 中国の視点に立てば、これは新興国への政治的影響力と市場獲得を目指す、電力版の新たな「一帯一路」戦略とも言うべきものだ。石油と米ドルによる支配から新興国を切り離し、発電、送電のネットワークを通じて、事実上、その地域のエネルギー需給を掌握するパワーを持つことができる。

 実際、そのような構想が世界各地で進みつつある。例えば、アフリカ連合(AU)は2021年、「アフリカ単一電力市場(AfSEM)」の構想を立ち上げた。2040年までにアフリカ大陸全体を一つの電力網で結ぶ壮大な計画だ。そのための「大陸電力系統マスタープラン(CMP)」がEUなどの支援で策定が進んでいる。それと並行して、中国主導で2016年に設立された「グローバル・エネルギー・インターコネクション開発協力機構(GEIDCO)」は、アフリカ連合開発庁(AUDA-NEPAD)の技術パートナーに位置付けられている。

アフリカの砂漠に立つ高圧送電塔 ※画像出典:getty

 アフリカ大陸には、北部の砂漠地帯での太陽光、コンゴ川下流域の巨大な水力、東アフリカの地熱など豊富な再エネ資源がある。GEIDCOが提示する「アフリカ・エネルギー・インターコネクション」計画では、中国国内で実用化されている±1100キロボルト(Kv)の超高圧送電線技術をベースにそれらを結び、生み出した電力を数千キロ規模で融通する壮大な設計図を提示している。

 また、東南アジア諸国が進める「ASEANパワーグリッド(APG)」は、ASEAN加盟国が送電網を連結し、電力の融通や効率的な運用を目指す広域電力網構想だ。世界銀行やADB(アジア開発銀行)、EUなどの支援で2045年までの完成を目指している。制度的枠組みでは中国は中核的な存在とされてはいないが、ラオスでの水力・風力プロジェクトやメコン川流域圏での送電事業買収など、二国間の投資・建設レベルでは大きな存在感を持っている。

 中国は世界的な再エネの技術や機器供給で圧倒的なシェアを握る存在だ。安価で安定した電力を「中国標準」で供給できれば、そこで動くAIエージェントや自動運転、スマートシティなどの「中国発のデジタル・ソリューション」を普及させる土壌になる。

 現段階ではこれらはいずれも構想段階で、各国の利害はまちまちで、資金の問題もある。実現にはさまざまな問題の解決が必要だ。しかし、アフリカ大陸や東南アジアに限らず、「エレクトロ・ステート」化を進めようとすれば、中国の力を抜きには語れないのが実情だ。

「石油を不要にする技術」の輸出が急増

 これまでの時代、「石油国家」の覇権は、強力な軍事力で維持されてきた。しかし、「エレクトロ・ステート」の発想に立てば、軍事力が不要になるわけではないが、カギを握るのは「相手に自国のシステムを導入させ、離脱不可能にする技術力、生産力」になる。

 すでに中国は「石油を必要としない社会システム」を猛烈な勢いで世界に輸出し始めている。今回の石油危機で、世界中の国々は「脱化石燃料」と「エネルギー自給」に向けて改めて一斉に走り出した。その結果、中国で「新三様」と呼ばれる3大クリーンテック製品(太陽光発電設備、リチウムイオン電池、EV)の輸出が急増している。2025年の輸出額は1兆3000億元(1元は約23円)で、5年前の4.5倍に達していたが、その勢いはさらに加速している。

 今年3月の太陽光パネルの輸出額は前月比2倍超の361億ドルに達し、過去最高を記録した。またEVの輸出も前年同月比で140%増の34万9,000台に達し、過去最高を記録。蓄電池も昼間の太陽光電力を夜間に有効活用するためのバックアップ装置として、欧州諸国やインド、オーストラリアなどからの引き合いが急増している。

 今年3月の輸出急増は、中国政府が4月1日から再エネ製品の輸出税還付を縮小・廃止する方針を示したことで、「駆け込み輸出」が増えたことも影響している。しかし、その要因を差し引いても、石油依存からの構造的脱却は不可逆的な流れであり、その中核技術を中国が握っている現実は否定のしようがない。

「技術力に依拠する体制」の新たな可能性

 再エネを核にした中国のエネルギー戦略は、単なる環境重視やコスト競争力という話にはとどまらない。広大な国土を有する中国固有の地理的条件、「一党専政」の政治体制、分厚い製造業の基盤などをフル活用し、他国には真似のできない自己完結したエコシステムを確立している。それによって、他国の干渉を受けにくいエネルギー安全保障の実現を目指すのが中国の国家戦略だ。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 「エレクトロ・ステート」は一足飛びに実現するものではない。中国政府はすでに長い期間、かなり強引な統制力によって国内の「再エネ化」を推し進めてきた。そこでは製品の供給過剰など様々な問題も起きている。しかし、昨今の原油供給の不確実性、コストの高まりをみるにつけ、その戦略性は驚嘆すべきものだ。

 今回の石油危機は「石油に依存する体制」の脆弱性を一段と鮮明にした一方で「技術力に依拠する体制」の新たな可能性を際立たせている。もちろん独走状態の中国に対しては、各国が反ダンピング措置や輸出規制などで対抗しており、より激しい価格競争やサプライチェーン分断のリスクは増大している。中国の思惑通りに事が進むとは限らない。

 とはいえ中国は「化石燃料の危機が高まるほど、自国のクリーンテックの価値が高まる」という、「エレクトロ・ステート」の強みを生かせるポジションに立ちつつある。このことが世界のパワーバランスに与える影響は大きい。