次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国「縦型ドラマ」産業に見る「失敗のコスト」
AIが加速する「需要予測」から「需要発見」への変化
Text:田中 信彦
スマホで見る「縦型ショートドラマ」が世界的に人気を呼んでいる。震源地は中国だ。日々、膨大な量の作品が作られ、世界各地で視聴されている。
AIによって、安く、速く、大量に、しかも一定の品質でコンテンツが作れるようになった。そのため制作会社は「何が売れるのか」を事前に当てることに、以前ほどコストをかける必要がなくなりつつある。とにかく数を出し、売れない作品は捨て、売れるものに差し替えていくことが可能になったからだ。
ポイントは「失敗のコスト」の構造が変わり始めたことにある。「売れるものを予測してから作る」ビジネスから、「大量に作って、市場の反応から売れるものを発見する」ビジネスへと変わる。
しかし「失敗のコスト」がそのまま低くなるわけではない。作品を作るコストが下がる一方で、膨大な作品の中から視聴者に見つけてもらうコストは、むしろ上昇する。
この変化は中国の動画コンテンツ産業に固有のものではなく、程度の差はあれ、どの領域でも共通する。AIによって安くなるものが増える一方で、別の資源が希少になり、価値のありかが変わる。さまざまな産業で同じ変化が起きる可能性がある。
今回は中国のショートドラマ産業の視点から、ビジネスでAIが持つ意味、人の果たす役割などについて考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
映画の興行収入を超えた「縦ドラ」
中国のショートドラマ(中国語で「微短劇」)は、2020年ごろから広がり始め、2023年、市場が急拡大した。中心はスマホで視聴する「縦型ドラマ(以下「縦ドラ」)」だ。恋愛ストーリーや家族の愛憎、復讐劇、富豪ものなど、感情移入しやすく、次を見たくなる展開を重ねる作品が多い。
業界団体「中国網絡視聴節目服務協会」が発表した「中国微短劇行業発展白書(2024)」によれば、中国の「微短劇」(アニメ・マンガを含む)の国内市場は2024年に504億元(1元=23円)と、同年の国内映画興行収入(約425億元)を上回った。
モバイル広告データ分析会社「DataEye(広東省深圳市)」の推計では、2025年には1000億元を突破し、前出の白書と推計主体は異なるものの、前年の2倍近くの規模に成長するとしている。人気は海外にも広がり、中国を除いた世界市場の規模は、2025年の40億ドルから2026年の50億ドルに達すると同社は予測している。
主要なプレーヤーは中国発の「ReelShort(リールショート)」「DramaBox(ドラマボックス)」などのアプリだ。最大市場は米国だが、日本でも急成長しており、中国系プラットフォーム経由に加え、両国の企業間で共同制作も始まっている。
コンテンツ制作を支える産業基盤
これら中国発の「縦ドラ」を支えているのが、巨大な産業バリューチェーンである。中国には10万社以上の関連企業が存在するとされる。国家機関「中国インターネット情報センター(CNNIC)」の第57次報告(2026年2月)によると、中国のスマホ利用者は11億人を超え、その約59%に当たる6億6400万人がショートドラマやアニメなどを視聴している。この大市場を基盤に、ネット小説や広告配信、課金システム、利用者の嗜好に合わせた作品をレコメンドする機能などの分厚い産業基盤が形成されている。
その背景にあるのがAIの急速な進化だ。映像制作→国ごとに味付けを変える→翻訳→配信→視聴者の反応を分析→次作を作る――という一連の工程のうち、特に制作や翻訳、ローカライズなどのコストが急速に下がっている。
中国発の動画生成AIは、技術力や画質の高さにおいて世界トップ層にある。第三者評価機関のランキングでも、中国勢が上位に並ぶ状況になっている。
例えば、中国の動画投稿プラットフォーム「Kuaishou(快手)」が開発した動画生成AI「Kling 3.0」は、テキストや画像、音声、動画を一つのシステムで扱う。動画生成だけでなく、編集やストーリーボード、ショット単位の制御まで統合し、映画やテレビにとどまらず、広告制作やEコマース、短編ドラマ、アニメ、ゲームなど幅広い用途に対応する。
ほかにもTikTokの親会社「ByteDance(バイトダンス)」の「Seedance」やアリババ(阿里巴巴)の「Wan」など、高い性能と使いやすさを持つ動画生成AIが揃っている。
制作費は「90%の削減」
中国コンテンツ産業の躍進を象徴する企業の1社が、江西省南昌市の「醤油文化(Jiangyou Culture)」である。
「醤油」は、ネット小説家で同社の創業者・黄浩南氏のペンネームに由来する。2022年ごろから自社の強みのストーリー構築力を活かし、ショートドラマの脚本・制作に参入。ドロドロの復讐劇や一発逆転の成り上がりストーリーなど、視聴者のカタルシス(中国語で「爽感」、ストレス解消)効果を狙った作品を量産し、大成功を収めた。その後、AI漫劇(アニメ版ショートドラマ)に比重を移し、成長している。
地元紙「江西日報」2026年7月の報道によれば、創業者の黄浩南氏は「AI導入前、月に1本程度だった制作頻度が、現在は1日10本、月間300作品以上になり、1分間あたりの制作費も、従来の1万~10万元から数千元へと低下し、約90%の削減になった」と語っている。
同紙の記者は「スタッフは映像の制作というよりは、AIにプロンプトを与え、即座に生成された画像を確認する『検品者』に近い働き方をしていた」とレポートしている。制作現場での働き方が大きく変わっていることが見て取れる。
「1人で1週間」で作品が完成
湖北省武漢市に拠点を置く新興AI企業「霊境万維(Lingjing Wanwei)」も急成長企業の一つだ。「醤油文化」と並んで業界の最前線を走る。その制作コストと制作スピードは驚異的だ。
代表作として知られるAI漫劇(AI生成によるショートアニメ・コミック動画)「我在末世開超市(英文タイトル:I Opened a Supermarket in the Apocalypse)」の制作コストは15万元。それが公開わずか5日間で1200万元の売上収益を達成。「抖音」での再生数は2億2000万回に達する大ヒットとなった。
制作には自社開発した「霊境AI」を活用、地元メディア「長江日報」によれば、従来は数人のスタッフで1ヶ月かかっていた作業を、AIエージェントの支援によって、1人が1週間で完成できるまでに短縮した。「今後は月間1000本のペースで作品を制作できる」と同社は語っている。
このAI漫劇「我在末世開超市」には後日談がある。公開から3日後、同業他社が、「当社が権利を持つ作品とストーリーや人物設定などが酷似している」として、配信停止や賠償を要求。「霊境万維」側は全面的に否定した。この作品はその後、審査上の問題を理由に主要プラットフォームでは配信が停止されているが、著作権を巡る争いは決着していない。ショートドラマのスピーディーな大量生産の背後で、さまざまな問題も表面化してきている。
作品のフォーマットは維持、ストーリーは現地化
中国発の作品を世界各国の市場に向けてローカライズしたり、翻訳したりする工程でも大きな変革が起きている。「AI漫劇」であれば、キャラクターデザインの調整や音声合成による吹き替え、字幕生成までの全工程をソフトウェア上で完結させることが可能だ。そのためローカライズのコストは格段に安くできる。
一方、実写のショートドラマの場合、文化的差異があるため、現地の俳優を起用して撮り直す手法を取っていた。しかし海外で撮影し直す場合、俳優のギャラが高く、現地の法律や労働組合との調整などもあり、大きなコストになっていた。
そのため最近では、「世界最大規模の撮影スタジオ」とされる浙江省の「横店影視城」や河南省鄭州市などに撮影拠点を設置。欧米風のオフィスや洋館のセットなどを建設し、そこに外国人俳優を呼んで撮影するやり方が増えている。カメラや照明、美術、ヘアメイク、撮影後の編集作業などは、ショートドラマ特有のスピード進行に慣れた中国スタッフが担い、速さと安さを追求する。
ストーリーの「現地化」も進化している。中国ショートドラマの持ち味である「カタルシス」効果と「クリフハンガー(続きが気になるところで突然終了させる作劇手法)」をしつこいまでに繰り返す基本線は決して崩さない。そのうえで海外の脚本家が参画し、ストーリー展開は現地社会の価値観や人間関係の距離感、自然なセリフ回しへとローカライズする。
中国発「縦ドラ」の海外展開モデルは、欧米など海外の題材もソフトウェア的に取り込みつつ、中国特有の物理的な量産ラインに乗せ、世界市場をターゲットにした動きである。これは過去に中国企業が製造業で行ってきた動きと同じだ。商品が、デジタルで世界中に即時流通できるドラマに変わっただけ、と見ることもできる。
コンテンツ産業の「製造業化」
こうしてみると、中国のコンテンツ産業で「製造業化」が進んでいることがわかる。
ネット小説という原材料を、動画生成AIという最先端の工作機械で加工し、スピーディーかつ大量に製品化する。それをアプリ経由で世界中に販売し、売れ行きのデータを解析し、次回作の企画に反映する。
このやり方は、以前このwisdomでも紹介した中国発のファッションEC「SHEIN(シーイン)」とよく似ている。「小単快反(小ロットで出し、売れたものだけ即座に増産する)」と呼ばれる同社のビジネスモデルは画期的で、当時のアパレル業界に衝撃を与えた。
SHEINについては「中国発EC「Shein(シーイン)」は「究極のビジネス」か? 「売れる商品」を特定し、速く、安くつくる仕組み」(2022年8月)で紹介したが、そこで同社の競争力の源泉として以下の2点を指摘した。
- ① AIを活用し、世界で「売れる商品」を特定する
- ② それらの商品を多品種、小ロットで素早く生産し、「試し売り」を繰り返し、精度を上げていく
「縦ドラ」産業は、この発想をデジタルコンテンツの世界でさらに高速化したものと見ることができる。
ただし、SHEINでは小ロット生産によって売れ残りという物理的な損失そのものを小さくできる。それに対して「縦ドラ」は作品を完成させた後、それを視聴者に見てもらうために別のコストが必要になる。この違いは大きい。
企業経営は「予測」から「発見」へ
このビジネスモデルのカギは「失敗のコスト」にある。
仮に月1本しか作品が作れなければ、その失敗コストは極めて大きい。だから制作前に「これは売れるのか」を慎重に考えなければならない。しかし月に300本作れるなら話は変わる。300本、全部を当てる必要はない。つまり、「需要を予測してから作る」から、「作ってみて需要を発見する」にビジネスの基本が変わる。コンテンツ産業は、制作がデジタルで完結するので、このプロセスがやりやすい。
アパレル業界の「SHEIN」の場合、服というリアルの商品を生産しなければならないので、難易度は一段高い。そこでAIを活用したグローバルな市場動向の調査・分析に加え、多数の工場に小ロットの初回発注を分散して短納期で生産する仕組みを構築したことが同社の競争力になった。
中国のショートドラマは「制作→販売→需要把握→再制作」のサイクルが短いうえに、その「作る」コストが極めて低い。つまり制作段階で大きな金額を賭ける必要がなくなるので、「何が売れるのか」を市場で発見しやすい。それが競争力の源泉になっている。
これまで企業にとっては「失敗のコスト」が高かったので、
「調査→予測→計画→承認→投資→実行」
というプロセスに時間とお金をかけ、多くの優秀な人材を投入した。
しかしAIによって試作品や商品を作るコストが下がると、ビジネスのプロセスは、
「仮説構築→小さく実行→結果の測定と分析→取捨選択→再びトライ」
というプロセスのほうが合理的になる領域が増える。
ただし、ここで重要なのは、「作るコスト」が下がることと、「失敗のコスト」全体が下がることは同じではない、という点だ。
作品の供給増加で膨らむ広告費
AIで仮に制作費が10分の1になったとしても、それで「失敗のコスト」も10分の1になるわけではない。制作費が安くなったぶん作品の供給数が増え、視聴者獲得のためのコストが増加するからだ。
作品の供給能力が拡大しても、人間が一日に動画を見る時間は無限に増えるわけではない。作品供給数が増えるほど視聴者の注意を引くことは難しくなり、プラットフォームで視聴者を誘導するための費用(中国語で「投流」)が膨らむという現象が発生する。
実際、中国の動画アプリ「快手」が2026年5月に公表したデータによれば、同社のプラットフォームでは過去1年間でショートドラマの供給量が8倍に増え、作品の宣伝や視聴者獲得のために広告費を投じる事業者も2.6倍になった。さらに、AIを使った「漫劇」への広告出稿額は、半年間で約20倍に膨らんでいる。
これは、AIの投入によって単純にコストが下がるのではなく、コストのかかる場所が移動していることを示している。
AIで安くなるもの、ならないもの
ショートドラマを市場に出し、成功か失敗かを確認するまでに必要なコストは、大きく「制作コスト」と「市場検証コスト」に分けられる。
AIによって前者の制作コストは劇的に下がった。しかし、作品を市場に出して「当たり」かどうかを確かめるためには、どうしても視聴者に作品を届けなければならない。そのための広告費やユーザー獲得費が必要になる。
むしろ前者の制作コストが安くなればなるほど、逆に作品の供給量はますます増え、後者の希少性が上がるため、視聴者獲得コストはより高くなる。「人間の注目度」の総量はデジタルでは複製が不可能であり、AIを導入しても、その供給を増やすことはできない。
AIで変わる「希少性の場所」
そこで人間が決めなければならないのは、
「この100本のうち、どの10本に広告費(投流)を使うか」
「その10本のうち、反応のよい2本にどこまで追加投資するか」
という資源配分になる。
今後、AIの導入が広がるにつれて、さまざまな業界で、「希少性」の場所が変わる。
例えば、コンテンツやソフトウェア、広告などの業界なら「企画能力」や「コードを書く能力」の希少性は低くなり、「顧客の注意を引く力」や、何に資源を集中するかを判断する能力の重要性が高まる。製造業なら、「設計案を生成する能力」の希少性は相対的に低下する一方、現実に製品をつくる製造能力や、どの製品に設備や資金を振り向けるかという判断の価値が高まる。
「価値基準をもとに判断を下す」重要性
AI時代になると、良い製品を大量に作る技術は格段に高まる。その一方で、商品が大量に作れる環境の中で、「何を作らせ、何を捨て、どこにヒト・カネ・時間を投入するか」を決められる能力がより重要になる。自らの価値基準をもとに判断を下す、編集者やプロデューサー、経営者的な能力が、より多くの仕事に要求されるようになる。
中国の「縦ドラ」産業で起きているのは、単なる映像制作の効率化ではない。AIによって安くなるものが変われば、企業が競争する場所も、人が価値を生み出す場所も変わる。
これからの時代、より価値が高まるのは「作る能力」そのものより、何を残し、何を捨て、限られた資源をどこに集中するかを決める力だ。AIが変えるのは仕事の速さだけではない。ビジネスにおける「希少性」のありかそのものである。
中国の「縦型ドラマ」産業で起きている変化は、そのことを物語っている。
次世代中国