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需要予測の「誤差」を学びに変えるオルビス
SCM最適化に加えチーム育成にもつながる「予測精度分析」

 SCMや需要予測をテーマにNECが開催しているウェビナー「山口雄大の需要予測サロン『デマサロ!』」。今回、取り上げるのは「予測精度分析」である。需要予測は外れるという現実を前提にしたSCMについて、ビューティーブランド オルビスのSCM部 部長 梶下 浩仁郎氏と話し合った。予測の正しさを測るだけでなく、市場変化を早期に察知し、担当者のスキルを育み、組織に知見を蓄積することにもつながる予測精度分析の本質に迫った。

SPEAKER 話し手

オルビス株式会社

梶下 浩仁郎氏

SCM部 部長

NEC

山口 雄大

アナリティクスコンサルティング統括部
需要予測エヴァンジェリスト

口コミをきっかけに需要が急伸。即座に在庫をひっ迫

山口:需要予測は、SCMの重要な業務の1つです。オルビスは、どのように需要予測に取り組んでいますか。

梶下氏:オルビスは、1987年創業のスキンケアを得意とするビューティーブランドで、販売の約85%を通販・直営店で行っています。スマートフォン向けの「ORBISアプリ」は1ブランドでありながらも、顧客登録約390万人、ダウンロード数は600万件を超えています。お客様と交流するイベントなどを定期的に開催しており、お客様と直接つながるダイレクトマーケティングを行えることが大きな強みです。

オルビス株式会社
SCM部 部長
梶下 浩仁郎氏

山口:直販比率が高く、粒度の細かいデータを取得できることは、需要予測においては有利ですね。

梶下氏:例えば「クレンジングオイルをプロモーション時にまとめ買いする層」「化粧水を月に一度、定期購入する層」など、お客様の購買パターンは明確に把握できます。山口さんの言うとおり、これらの情報は予測に有利に働きます。しかし、課題もあります。いくら予測を行っても、SNSや口コミで突発的に需要が急伸すると、即座に在庫がひっ迫してしまうのです。数年前に発売したスキンケア商品がSNSで「神コスメ」と紹介されたときは、急激に受注が伸び、品薄となりました。供給体制の対応スピードには、限界がありますから、このギャップは常に課題です。

山口:EC特有のスピード感と、予測の不確実性の両方がSCMの中に同居しているわけですね。パンデミックの際も需要予測の壁に直面したと聞きました。

梶下氏:パンデミックは、化粧品業界に大きな影響を及ぼしました。外出機会が減少してメイク品需要が激減。オルビスの在庫も徐々に積み上がり、過去最大級の水準にまで達しました。そこから生産調整などを行い、在庫を減らしていったのですが、行動制限の緩和などで需要が戻り始めたタイミングでは逆に供給が追いつかず、大きな機会損失を発生させてしまいました。

山口:「在庫過多」と「欠品」を短期間で両方経験したのですね。

梶下氏:欠品はブランド毀損にもつながります。「欲しいときに買えない」経験をしたお客様は、ブランドスイッチされてしまう。SCMの失敗が経営に大きく影響することを痛感しました。

予測精度分析をSCMだけでなくデマンドプランナー育成にも活かす

山口:「予測が完璧に当たることはない」ことは、揺るがない事実です。特に市場の変動が激しい現代において、不確実性を完全にとらえることは、現実的には不可能です。ですから、予測は「外れる」ことを前提に、どれくらい外れるかを理解したうえでサプライチェーンを舵取りしなければならない。それには、誤差を可視化し、背景要因を探る仕組みが必要。つまり、「予測精度分析」が重要になります。

NEC
アナリティクスコンサルティング統括部
需要予測エヴァンジェリスト
山口 雄大

梶下氏:私たちも、前述したようなできごとを経験し、在庫の適正化を図るために、予測精度分析を検討し、NECにも支援してもらいました。

山口:ありがとうございます。予測精度分析の指標検討や、実際に算出された複数の指標の解釈をディスカッションしたほか、管理プロセスも一緒に検討するなど、予測精度分析の立ち上げを伴走支援させていただきました。その後、予測精度分析の状況はいかがですか。

梶下氏:まずは評価ルールの設計に取り組み、予測の「正しさ」をどう測るかを決めました。検討時にアドバイスしてもらった指標から2つの指標を選びました。

  • MAPE(平均絶対誤差率):予測がどれくらい実績から外れたか
  • トラッキングシグナル(TS):偏った外れ方が続いていないか

 そして、評価の物差しを決めたうえで、次のような予測精度分析の管理プロセスを導入し、毎月、このサイクルを回しています。

  • (1) 月初:データ集計/実績と予測を突き合わせ、分析対象商品を洗い出す
  • (2) 月初~月中:一次レビュー/マネジメントが重点的に見るべき商品を選ぶ
  • (3) 月中:予測レビュー会/プランナーが誤差の理由を発表し、全員で議論する
  • (4) 月末:在庫見通し確認会/欠品や過剰リスクを見ながら、生産・調整などの対応方針を決める

 予測レビュー会では、議論を前向きに進めるために、「誤差は失敗ではなく改善の材料」と強調しています。この一連の仕組みによって、欠品や在庫リスクを未然に察知できるようになり、組織全体の予測力が一段上がったと感じています。具体的には、誤差を「発見」から「アクション」に転換できるようになりました。例えば、生産量の調整や販促計画の修正、在庫水準の見直しといった具体的な対応につなげられるようになりました。

山口:デマンドプランナーに求められるのは「データサイエンス知識」「分析デザイン力」「コミュニケーション力」の3つと考えています。このうち、分析デザイン力を予測精度分析の観点で説明すると、誤差がどの商品やチャネルで生じたのかを切り分け、それが一時的か構造的かを見極め、在庫調整や販促計画などの意思決定に結びつける力です。オルビスの予測レビュー会での議論は、まさにその力を磨く場。デマンドプランナーのスキルアップ、人材育成につながりますね。

梶下氏:そうですね。まず、これまで属人的だった予測活動が透明化されました。あるプランナーは常に控えめに見積もり、別のプランナーは強気に構える。誤差を数値で示すことで、そうした癖やバイアスが見える化され、改善のきっかけになります。

 さらに、新商品が計画ほど売れなかった場合にも、単に「予測が外れた」で終わらせません。「既存商品とのカニバリゼーションを見落としたのではないか」といった要因を議論し、学びとして蓄積する。そうすることで、次の予測に確実に活かせるようになりました。

山口:誤差を失敗ではなく、成長の教材に変える。しかも、全員で要因を議論することで、学びを属人的な技能ではなく、組織知へと転換できますね。

梶下氏:ご指摘の通り、オルビスはレビュー会をSECIモデルの「共同化」(※1)の場と位置付けています。

  • ※1 SECIモデルは、暗黙知を組織的に管理し、必要に応じて形式知化するための理論。「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」の4つのプロセスを繰り返し行い、新たな知識や技術を生み出すとされている。

山口:暗黙知を共有し、言語化してデータと結びつけ、最終的にはガイドラインやマニュアルに落とし込む。こうして知識を形式知化して残すことは、人材流動性の高い現在の環境で、SCMの持続可能性を高めることにもつながりますね。

AIと人が両輪となってSCMの高度化を図る

山口:SCMや予測分析の領域では、AIの役割が広がっています。需要予測モデルの構築や誤差要因の分析だけでなく、近年は生成AIやAgentic AIを使って複数シナリオを描き、意思決定を支援する動きも出ています。

梶下氏:オルビスでも、さまざまなAI活用を検討しています。例えば、新商品の需要予測では、新商品と近い条件の既存商品をAIにピックアップしてもらう「類似商品抽出」が実現できないかと考えています。実現すれば、経験の浅いプランナーの予測支援につながるはずです。また、広告画像と売上を組み合わせて分析し、広告の効果を試算できないかと考えたりしています。

山口:NECでも、AIを使った「what-if分析」の支援が可能です。例えば「梅雨が長引いたらどう売上に影響するか」「競合が大型キャンペーンを打ったらどうなるか」といった仮説を、AIが過去のデータを基に瞬時にシミュレーションします。意思決定のスピードを上げるうえで非常に有効になると考えています。

梶下氏:ただ、個人的には、AIはあくまで判断材料を提供する存在と位置付けるべきだと考えています。欠品と在庫過多の最適なバランスは、企業戦略や市場方針によって変わります。最終的な意思決定は人間が責任を持って行う必要があるからです。

山口:その通りですね。AIの進化がどれほど進んでも、人と組織の力は絶対に欠かせません。例えば、今日のメインテーマである予測分析精度においても、誤差をどう解釈するか、どんなアクションにつなげるかは、AIではなく人の判断です。

梶下氏:だからこそ、予測精度分析を仕組みとして定着させ、プランナー同士で知見を共有し、AIの示唆を活かせる組織を育てることが大切だと考えています。

山口:NECでは、AI-nativeなSCM高度化として、「Advanced-S&OP 予測精度分析ソリューション」を提供し、AIによる予測誤差の説明や、誤差要因分析を支援しています。その際、誤差要因分析結果やシナリオシミュレーションを活かす「現場の力」も重視しています。AIと人の知恵の両輪でサプライチェーンを進化させることは、持続可能なSCMを実現するうえで、これからの核心的なテーマになりますね。

【放送を終えて】AI自動化ツールが現場を生かす力になる

山口:放送を通じて改めて考えたのは、SCMにおけるAIの重要性、そしてAIに頼るだけではSCMの高度化は実現できないということです。人の知見があってこそAIが活きる。これは間違いありません。

梶下氏:本当にそうですね。オルビスもAIで新商品の需要予測モデルを構築しようとトライしましたが、人が因果関係を理解しないままでは精度が上がらない経験をしました。

山口:最近は、分析モデルを自動でつくるツールも登場しています。NECが提供している(※2)AIデータ分析プラットフォーム「dotData」もその1つで、膨大なデータの中から有効な着眼点を自動で見つけ出し、分析モデルの構築までを自動で行えたりします。こうしたツールはデータサイエンスの専門知識を補い、現場の知見を持つ人がAIを使いこなす後押しになります。

  • ※2 dotDataは米国dotData, Inc.が開発する製品です。NECは、dotData, Inc.よりdotData製品の販売権を得て日本国内で提供しています。

梶下氏:なるほど。私たちも予測精度分析のレビュー会を通じて要因を議論することで、因果関係の理解を深め、それをAIによる予測モデルに活かしていけるのではと期待しています。

山口:化粧品業界は販売チャネルが多様ですから、各社が異なる方法で予測精度を高めていくでしょう。AIを駆使して独自かつ精度の高い予測モデルを築くことは、まさに次の競争力や差別化につながります。これからも「デマサロ」では、需要予測の最新動向を皆さんと一緒に追いかけていきたいと思います。