一筋縄ではいかない金融機関のITモダナイゼーション その「現実解」は?
金融機関を取り巻く市場環境の変化により、ITモダナイゼーションの重要性が高まっている。「業界を超えたビジネスモデルの進展」「生成AIをはじめとした破壊的なテクノロジーの登場」「少子高齢化の加速や生産労働人口の減少」などがその背景にある。しかし、一言でITモダナイゼーションといってもその道筋は一様ではない。レガシーシステムや人材不足、コストなど金融機関が抱える課題はそれぞれに異なり、戦略や目指す姿もさまざまだからだ。こうした問題に対応するためには、既存のIT資産を活用する実現性の高いモダナイゼーションが求められる。ここではその現実解となるアプローチについて、NECの金融ソリューション事業部門を率いる岩井 孝夫に話を聞いた。
SPEAKER 話し手
NEC
岩井 孝夫
Corporate SVP 兼
金融ソリューション事業部門長
既存IT環境のままでは金融のデジタル化に大きな後れを取る
──金融機関を取り巻く環境変化や、それに伴う経営課題をどのようにとらえていますか。
岩井:金融業界はその業種特性から、早くからIT化が進んだ業界です。銀行の勘定系オンラインシステムが日本で最初に稼働したのは1965年。1990年代後半にはインターネットバンキングが始まりました。つまり、既存のIT資産が多く存在しているのです。
その一方、低金利政策の見直しの可能性や破壊的なテクノロジーの登場などにより、金融機関を取り巻く環境は急速に変化しています。金融サービスのデジタル化も進み、ユーザの体験や満足度向上を考えたサービスを柔軟かつスピーディに提供することが求められています。それが競争力を左右する時代です。ニーズの変化に対応できないと利用者が離れ、市場での存在感も低下してしまうでしょう。
──こうした背景から、多くの企業が既存IT資産のモダナイゼーションに取り組んでいます。なぜ、今、モダナイゼーションが必要なのでしょうか。
岩井:環境変化のスピードは速く、新たなスタートアップも次々と台頭しています。こうした企業は最新テクノロジーや斬新なアイデアを駆使してゲームチェンジに挑んできています。金融機関はこうした企業ともオープンに連携し、自らも新しいサービスや価値を提供し続ける必要があります。
しかし、既存IT資産がその足かせになっているケースが後を絶ちません。この状況を打開するために、モダナイゼーションが必要なのです。もはやモダナイゼーションは金融機関にとって、重要な経営テーマの1つだと考えています。
地に足のついた「現実解」で既存ITをモダナイズする
──NECではどのようなコンセプトのもと、金融機関のモダナイゼーションを支援しようとしているのでしょうか。
岩井:NEC入社以来、私は金融領域のSEとして20年以上にわたり活動してきました。システム開発、クラウドやDX戦略のサポートなどを通じ、新事業創出にも貢献してきました。その中で強く実感したことがあります。抱える課題も、その解決策もお客様によってさまざまであり、答えは1つではないということです。
そのような状況で画一的な提案をしても、“帯に短し 襷に長し”になりかねない。そこで金融の未来も含めて社内で真摯に議論を重ねてきました。そして導き出したのが「To Be」ではなく「Can Be」を目指すこと。いきなり「あるべき姿」を目指すのではなく、お客様ごとに最適化された「現実解」を提供することです。
予算も時間もあり、経営戦略上必須であれば、全面刷新という選択肢もあると思います。しかし、既存IT資産を有効活用しながらベネフィットを最大化する部分刷新が最善策の場合もあります。
そこで、現実解の実現をサポートするために「金融機関向けモダナイゼーションプログラム」の提供を開始しました。これはITシステムのモダナイゼーションを支援する各種サービスやサポートなどを体系化したものです。
具体的には、これまで金融機関のお客様をサポートしてきた実績やノウハウを改めて体系化するとともに、昨今当社が力を入れているコンサルティングやマネージドサービスをメニューに加えました。これにより、戦略や計画の策定からインフラやアプリケーションの近代化、さらに運用定着に至るまで現実解の実現を一気通貫で伴走することが可能です。
DXを支える基盤を整え、異業種連携の価値創出も支援
──モダナイゼーションはやるべきことが多岐にわたります。具体的にどのようなサポートを提供するのですか。
岩井:プログラムが提供する価値を整理すると、「コンサルティング」「デリバリー」「マネージドサービス」「エコシステム」という大きく4つの支援項目に分類できます。
まず「コンサルティング」はお客様にとって最適なモダナイゼーションの現実解を描き、システムデザインに落とし込んでいきます。構想策定、計画にとどまらず、実装や運用につながるコンサルティングメソッドを、当社が力を入れている社内のコンサルティング部門を活用して実現します。また、社内コンサルタントの育成を進め、陣容の拡充にも取り組んでいます。
次に「デリバリー」はこれまで培ってきた実績・経験を基に体系化を実施しています。モダナイゼーションに必要なプラットフォームのリファレンスアーキテクチャを定義するなど、基盤からアプリケーション、開発手法、通信プロトコル、データ、稼働後の運用まで含めたモダナイゼーションを支援します。
例えばアプリケーションについては、既存アプリケーションのリファクタリングやマイクロサービス化はもちろん、OA環境を刷新し、働き方DXを支援するプログラムも提供しています。 働き方DXではセキュアな環境で在宅勤務やリモート営業など柔軟な働き方が可能となり、生産性と働きがいの向上が期待できます。
通信プロトコルに踏み込んでいるのも、このプログラムの重要なポイントです。モダナイズすると、昔のモノリシック(一枚岩)なシステムがマイクロサービスとして機能単位に分かれていきます。それらをつなぐのは通信です。通信プロトコルのモダナイゼーションは必須の取り組み。具体的にはAPIゲートウェイや各種APIの整備を支援します。
3つ目の「マネージドサービス」の核になるのが、先進の設備を整えた「NEC印西データセンター」です。自社の戦略や現行システムの状況に合わせ、低レイテンシーでセキュアなマルチクラウド/ハイブリッドクラウド環境を実現します。
最後に4つ目の「エコシステム」はお客様同士の事例やナレッジ共有を促し、オープンイノベーションの実現に寄与します。この活動はNECが運営する「API Economy Initiative」を中心に進めます。先に述べた通信プロトコルのモダナイゼーションとともに、新たなサービスやビジネスの創出に貢献します。今後、モダナイゼーションコミュニティの場を新たに立ち上げ、金融機関同士や金融機関と他業態をつなぐことでエコシステムの形成を目指します。
──なぜNECはこうしたプログラムを提供できるのでしょうか。ほかの企業によるサービスとの差異化ポイントについて教えてください。
岩井:NECは、金融ビジネスのIT化を40年以上前から支援してきました。金融機関のIT環境の変遷をつぶさに目の当たりにしてきたのです。当然、既存IT資産に関するナレッジやノウハウ、人的リソース、課題解決の方法論も豊富に蓄積しています。大きな環境変化の中で、いま金融機関の皆様がどんな課題を抱えているかも、ビジネス/システムの両面で理解しているのです。
NEC全体では金融機関だけでなく、他産業のIT化やデジタル化も幅広く支援しています。つまり、金融機関と“つながる側”のシステムやビジネスにも通じているわけです。これらを総動員することで、ITのモダナイゼーションだけでなく、異業種連携によるビジネスのモダナイゼーションまで踏み込んだ支援が可能です。
金融業界の“元気”が日本社会の“元気”につながる
──このプログラムを利用する金融機関はどのようなメリットを享受できるのでしょうか。
岩井:大手金融機関など過去のモダナイゼーション実績を活かすことで、お客様の戦略や現行システムの状況に合わせ、より最適な現実解の提供が可能になります。金融領域において必要なレジリエンス(回復力)や、FISC安全対策基準に準拠したベストプラクティスも豊富にあるので、リファレンスアーキテクチャの定義もスピーディに行えます。
これにより、柔軟でレジリエンスの高いIT環境をより短期間で実現できます。クラウドやAIなどのデジタル技術を取り入れ、DXや新たな施策も素早く展開できるようになるでしょう。運用や保守のコストも最適化できます。オープンAPIを実装することで、異業種との連携も可能になり、イノベーティブなチャレンジが加速します。
金融機関としての安定性・可用性を確保しつつ、将来の変化に対応できる柔軟性や迅速性を備えたシステムを実現できるわけです。
──既に現実解に基づくモダナイゼーションを実現した事例もあるそうですね。
岩井:ある金融機関様のモダナイゼーションでは、既存システムと連携するオープン系プラットフォームの構築を支援しました。このプラットフォームによって業界横断的な協業・連携が可能になり、決済の多様化やグローバル化への対応が加速しています。また別のケースでは、基幹系システムと連携するクラウドネイティブなアプリケーションプラットフォームの構築を支援しました。これによりシステム開発の柔軟性が向上。この強みを活かし、異業種との連携にも積極的に取り組んでいます。
どちらの事例も既存IT資産を活かした現実解だからこそ、早期に多くのベネフィットを享受できていると考えています。
──金融機関のモダナイゼーションは着実に進んでいるのですね。最後に今後の抱負や展望を聞かせてください。
岩井:金融業界のSEとして活動する中で、多くのお客様に恵まれました。金融業界に育ててもらったという感謝の気持ちでいっぱいです。金融を取り巻く環境は大きく変化し、競争はますます厳しさを増しています。今度は私が恩返しする番です。あらゆる産業を支える金融機関のビジネスモデル変革と持続的な成長をご支援していきたい。それが社会全体の発展につながると信じています。
そうすれば金融の仕事に携わるNECの社員やパートナーも、これまで以上に自信とやりがいを強く持つことができるでしょう。そんな相乗効果も期待しています。
NECは「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す」というパーパスを掲げています。金融機関向けモダナイゼーションプログラムは、このパーパスに則ったソリューションです。皆で力を合わせ、共に前を向いて、新しい扉を開いていきたいですね。