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2019年11月06日

「快適な自閉」を避け、多様な価値軸のなかで“共鳴”せよ
~NEC未来創造会議 2019年度第3回有識者会議レポート~

 2017年度から、NECは「NEC未来創造会議」と題したプロジェクトを続けている。このプロジェクトではわたしたちが目指すべき未来を構想すべく、国内外からさまざまな領域の有識者を招いて議論を行なってきた。回を重ねるごとに議論は深まり、昨年度は単に現状を分析するにとどまらず「意志共鳴型社会」なる目指す未来像を提唱した。人々が夢に向かう意志を共鳴させながら多様な豊かさをともにつくりあげていける社会を目指すべく、プロジェクトは継続している。

 今年度は社会への実装を見据えてより議論を具体化すべく、「RELATIONSHIP」「EXPERIENCE」「VALUE&TRUST」「LEARNING/UNLEARNING」というテーマを設定。各テーマに沿った有識者を招きながら、会議を開催している。

 第3回有識者会議のテーマは「VALUE&TRUST~ミラーワールドにおける“価値”と“信頼”とは~」。アーティストであり東京藝術大学の准教授としても活躍するスプツニ子!氏、法学者で慶應義塾大学法学部教授の大屋雄裕氏、NECフェローである江村克己、そしてこれまでの会議に引き続き『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏がモデレーターを務めた。

共感は「快適な自閉」に陥る

 情報技術の発展によって「リアル」と「バーチャル」の垣根を消し去りつつあるいま、新たな世界が生みだされようとしている。来たるべき世界のなかでは、体験や感情さえも“シェア”可能なものになるだろう。こうした変化はわたしたちにとっての「価値」のあり方を変えるし、人々の間に生まれていた「信頼」のかたちも変わっていかざるをえない。

 これまで「RELATIONSHIP」と「EXPERIENCE」について議論してきた今年度のNEC未来創造会議は、だからこそ第3回のテーマとして「VALUE&TRUST」を選んだ。「2050年、共感から共鳴へと進むためには、どんな信頼のかたちがあり得るのか?」と「『信頼のネットワーク』を構築するためには、何が必要なのか?」というふたつの問いを巡って、議論は展開した。

スプツニ子!氏(アーティスト/東京藝術大学美術学部デザイン科准教授)
性や倫理をテーマとした作品を発表し世界中で高く評価されているほか、2013〜2017年にはMITメディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰していた

 まず4人は、「共感」と「共鳴」の違いを考えることから「信頼」のあり方を考えた。近年、多様性の価値がよく主張される一方で「エコーチェンバー現象」のような同質化も加速しているが、スプツニ子!氏は「インターネットのせいで多様性が求められなくなってもいる」と指摘する。

 「アメリカやイギリスでは多様性こそが経済発展を進めましたが、たとえば急成長している中国では必ずしもそうではありません。インターネットがあれば自分と似た人とやりとりするだけで経済を成立させられるし、万人に多様であることを求めていいのかわからなくなってきています」

 これは大屋氏が自著『自由か、さもなくば幸福か』で論じたような、「自由」と「幸福」の離別とも深くかかわっている。情報量が爆発的に増え選択コストのかかる現代社会においては、むしろ多様なもののなかで自由に生きるより自分の気にいるもののなかに閉じこもった方が遥かに幸福だからだ。大屋氏はこの状況を「快適な自閉」と呼び、警鐘を鳴らす。

 「快適に自閉するかぎり改善しようという努力は発生しえないでしょう。そうなると“エコシステムの死”に行きつくしかない。新しいものが何も出てこず、緩やかに絶滅していくしかないわけです」

 つまり、同質的であることで生じる「共感」は世界を変えないのだ。大屋氏は「共感から共鳴という、違うものが違うままで響きあう社会につなげなければいけないはずです」と続ける。ただし、異なる存在とともに生きることはリスクを生むことも事実。リスクを受け入れられるようにするために必要なものこそが、客観的な安全を主観的な安心へと変換する「信頼」なのだと大屋氏は主張する。

大屋 雄裕氏(法学者/慶應義塾大学法学部教授)
法哲学を専門とし、情報化によって生じる国家や法の変化を中心に研究している。著書に『自由とは何か:監視社会と「個人」の消滅』や『自由か、さもなくば幸福か』など

多様な軸を用意すること

 人々が安心できる社会をつくるうえでは、さまざまなアプローチがありうるだろう。たとえば「デジタルレーニン主義」と呼ばれるような現代中国のデータ活用から安心な社会を生みだすことは可能なのか松島氏が問うと、大屋氏は「正義にはかなっているが快適とは言いがたいはずです」と答える。

 「みんなが幸福のために等しく監視のもとにある社会は支配・被支配の関係性がないので正義にはかなっているのですが、中国がこれからどうなるかはまだわかりません。人民に監視されない権力者が人民を監視するという一方的な関係性が残ってしまう可能性もあるでしょう」

 現代中国のデータ活用を見ればわかるように、「自由」と「幸福」はますますかけ離れていくのかもしれない。そしてスプツニ子!氏は「今後マジョリティは不自由な幸福を選択していくように思います。マイノリティで自由でなければ生きていけないタイプの人々はプレッシャーを受けるかもしれませんね」と語り、多数者の幸福だけが実現されていく可能性を示唆する。データによって効率的に多数者の幸福が追求されることで、弱者が疎外されることもあるだろう。

江村 克己(NECフェロー) 1982年、光通信技術の研究者としてNECへ入社。以降、中央研究所長や執行役員、CTOを経て現職

 効率性や経済合理性によってすべてが判断されることが、自由と幸福を引き裂いている可能性もあるはずだ。スプツニ子!氏は「宗教は効率重視ではありませんよね。弱者を助けることは経済的に効率がいいわけではないけれど、モラルや宗教においてはメイクセンスする。この役割は重要かもしれません」と語る。

 大屋氏も「効率化の軸に多様性があると考えるといいかもしれません」とスプツニ子!氏に賛同する。経済のみならず宗教やアカデミズム、美などさまざまな観点を導入することで行動の選択肢は増えていく。それはつまり、価値観を分散させることを意味している。ひとつの軸にもとづいて計算されスコア化するような社会だと、多様で分散された価値観を網羅的に評価することはできない。

 ここで江村は、「今年の第1回有識者会議『RELATIONSHIP』で指摘されていたような、日本の偏差値社会も同じ問題をはらんでいますよね」と過去の会議に言及した。「この偏差値ならこの学校に行けると決められるように、評価軸がひとつしかないとその価値観に従わざるをえません。ひとつの軸のうえに多様なものを置いてもそれぞれがもっている意味がわからなくなるだけですよね」

 ひとつの価値観や評価軸に沿ってすべての行動が判断されるようになれば、同質的な「共感」こそ生まれても異なるものが響きあう「共鳴」など起こりえないだろう。単に多様なものを存在させるのではなく、価値観を分散させてさまざまなあり方を受け入れられるようにすることが次代の「信頼」へとつながっていくはずだ。

今回の会議は、人が行き交いする街の中で行われた

スコアリングは使い方こそが重要

 ふたつめの問い「『信頼のネットワーク』を構築するためには、何が必要なのか?」へ移ると、議論はより「信頼」へフォーカスしていく。まず大屋氏が語ったのは、信頼の“レベル”だ。

 「信頼にはかなりレベルの差がありますが、何を善と考えるかは多様な一方で、悪に対する意見はかなり共通しています。そして悪を排除することには社会的な合意が形成されやすく、政府が排除していくような社会システムとも親和性が高いですよね」

 図書館の本を返さないことから殺人や窃盗などにいたるまで、多くの人が「悪」と考えることは概ね共通している。しばしば注視される中国のスコアリングシステムも、もっぱら「悪」の排除に使われているとする見方もあるのだという。その使い方次第で、スコアリングシステムも信頼のインフラたりえるのかもしれない。

 他方で、スプツニ子!氏も「使い方」によって困難が生じた例を挙げる。同氏はアメリカで過ごしていたときにUberをよく使っていた。しかし、採点基準は国民性によって違うため、アメリカでは問題ないスコアが日本だと平均より低いスコアになり、車を捕まえづらくなってしまったのだという。

松島 倫明(『WIRED』日本版編集長)
NHK出版で数々の話題書を手掛けたのち、2018年よりテックやビジネス、カルチャーを横断するメディア『WIRED』日本版編集長を務めている

 「スコアを上げようとしても、車が来ないから上げられない。チャンスすら与えてもらえないことに気づきました」とスプツニ子!氏が語るように、スコアの使い方によってはひたすら疎外されていく人が生まれる可能性もあるだろう。松島氏が「排除を行なうのではなくセーフティネットをつくることが課題かもしれません」と語るように、「使い方」は注意深く議論すべき点だろう。

 「個人が多様性を担保するシステムもありえるかもしれません」と新たな「使い方」を提案するのは大屋氏だ。「たとえば大学入試のセンター試験は、問題が共通で評価の方法に多様性がある。スコアをどういうウェイトで使うかによって利用者が多様性を生むシステムもありえるでしょう。カスタムメイド的なスコアリングシステムと、スコアリングの基礎になる情報を提供するプラットフォーマーのような制度設計は可能かもしれませんね」

 単に価値観の軸を増やすだけでなく、その評価もさまざまな方法を採用することでスコアリングに新たな可能性も生まれうる。他方で、中国の信用スコアが抱える問題はいくつかの軸をまとめてしまっていることだといえよう。ユーザーや企業が多様な軸と適切なウェイトを設けることで、さまざまなレベルの信頼を生みだしていくようなネットワークが構築していけるかもしれない。

法哲学者やアーティスト、NEC有識者会議は毎回さまざまな領域からゲストを招いて議論を行なっている

多様な価値の「為替」をデザインする

 ここまで議論されてきたような価値軸の多様化は、じつはすでに実現しつつあるのかもしれない。スプツニ子!氏は最近オンラインサロンやファンコミュニティに関心をもっていることを明かす。

 「熱狂的な宝塚ファンのコミュニティのように、ひとつの世界のなかでしかわからない価値がありますよね。コミュニティ内で価値のやりとりも行われていて、ミニ社会のようでもある。通貨もオンラインサロンのなかで生まれうるかもしれないし、一人ひとりがいろいろなオンラインサロンに所属しながら生きていくような社会のかたちもあるのかなと思いました」

 スプツニ子!氏の発言を受け、大屋氏も次のように応える。「コミュニティがもつ価値のトークンには多様性がありますよね。いまの社会の効率化が抱える問題は、本来いろいろな価値軸に応じたトークンがあってそれらを人々は交換していたのに、金銭や偏差値のようにトークンを縮減させてしまったことにあるかもしれません」

 江村も「価値観と価値観を交換する為替レートみたいなものが出てきそうですね」と語る。NEC未来創造会議がマイルストーンとする2050年の社会では、人々がいくつかのコミュニティに入り、コミュニティ間の“為替レート”に応じて価値を移動させていくのかもしれない。

 皮肉にもその交換可能性を高めていくことで生まれたのが貨幣でもあるが、今後価値軸の多様化が進むにつれ新たな“貨幣”のデザインが求められていくのだといえよう。松島氏はそれを「ダイバージェンスするトークン」と呼ぶ。「現代の基軸通貨のようなものはコンバージェンスしていくけれど、ダイバージェンスを支援するようなトークンを考えるのは新しい社会設計において面白い挑戦といえそうです」

今回のテーマ「VALUE&TRUST」は一見抽象的なものだが、中国のサービスや宝塚ファンのコミュニティまで、さまざまな具体的事例にもとづいて議論は進んでいった

共鳴しないと「実装」もできない

 最後に議論は、これまで出てきたアイデアの「実装」へと移っていった。多様な価値軸や評価軸の重要性が広く理解されたとしても、それが社会に実装されなければ意味はない。松島氏は「実装を考えるうえで、ルールメイキングは非常にイノベイティブな領域だと感じています」と語る。

 法律という“ルール”を専門とする大屋氏は「共感だけでは実装できないし、強靭なシステムをつくれませんよね」と応答する。「オリバー・ウェンデル・ホームズというアメリカの有名な法律家は、法律家は悪人の視点をもつべきだと語っています。制度は必ず悪用する人が出てくるからです。つまり、同じ観点の人が集まって共感だけしても、きちんとした制度は生まれない。自分と違う価値観をシミュレートするために必要になってくるのが、共鳴なのだと思います」

 単に「快適な自閉」から抜けだすだけでなく、イノベイティブなルールを実装するうえでも「共鳴」は不可欠なのかもしれない。江村は「共鳴し合うためには、多様な価値観が互いに尊重し合って、支え合っていくような“価値包摂”が大切になってくると思いました。」と述べた。

 もちろん、そうはいっても多様な価値観や評価軸を実際の社会デザインに組み込むことが難しいのも事実。ただ、スプツニ子!氏は「とりあえず実装することがものすごく大事だと思ってます」と動くことの重要性を説く。

 「いろいろ議論や思考実験はできますが、実装しなければ社会ではどんどんほかのことが実装されてしまう。今日議論していた中国のシステムもいろいろな問題点があるように思えるものの、走っている時点で今後改善されていく可能性もあるはずですから」

 江村も「つくりながらやるしかない」とスプツニ子!氏に賛同するとともに、それは日本人が苦手なことでもあると指摘する。「いまはやってみないとわからないことが非常に増えているけれど、日本は苦手ですよね。新しいことを起こすために規制を使えない」

 欧米と比べると、日本社会は「変わりたくない」という力が強いのは事実だろう。しかし、大屋氏は「社会全体が変わっていけることを可視化できれば変わる気もしています」と語り、可能性の可視化が人々の意思決定を変えていく可能性を提起する。

 大屋氏が提起した「可視化」とは、江村がNECとして目指していることでもあるのだという。「多様性を踏まえながら、社会に“答え”を出せずとも、“選択肢”を出していきたい。その選択肢を可視化していきたいと思っています」。江村がこれからのNECの可能性を提示し、今回の有識者会議は幕を下ろした。

 「価値」と「信頼」を巡って行われた今回の会議では、単に多様性を受け入れることに価値があるのだと一様に説くのではなく、価値そのものを多様化させていく可能性と共に、それを包括していく重要性が提示された。ときに注視されることもある信用スコアのような評価システムも、それ自体が悪いわけではない。重要なのはその使い方であり、ルールのつくり方でもある。

 そして多様な価値軸・評価軸をつくるために必要となるのが、「共鳴」なのだ。今年度のNEC有識者会議は「RELATIONSHIP」「EXPERIENCE」「VALUE&TRUST」と回を重ねていくなかで、土台となるビジョン「意志共鳴型社会」へとたびたび立ちもどっていく。それこそが、いまの社会における「共鳴」の重要性を証明しているといえるのかもしれない。

NEC未来創造会議特設サイトでは、今年度開かれた有識者会議のダイジェスト映像と詳細な議論の過程が公開されている
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