AI産業革命の先にある未来、人間が担うべき役割は
──森さんは、長く「データ」に関するビジネスに携わっています。現在のAIの進化や活用をどのように見ていますか。
森:私は、今起きている変化を「AI産業革命」と捉えています。AIの活用は、これまでITが担ってきた範囲をはるかに超え、さらに広がっていくでしょう。
産業革命における蒸気機関も、炭鉱での限定的な利用から紡績・織機などの産業機械、そして交通や物流へと段階的な拡大が起こりました。その利用拡大を考える上で「ジェボンズのパラドックス」という興味深い経済現象があります。産業革命の時代、蒸気機関の性能が向上して石炭の利用効率が高まれば、石炭の消費量は減ると考えられていました。ところが実際には、蒸気機関を利用するコストが下がったことで利用範囲が拡大し、結果として社会全体の石炭消費量は増加しました。
IT分野でも似たようなことがありました。高まり続けるシステム開発ニーズに対応するには途方もない人数のSEが必要だと考えられていました。しかし、開発技術が進化した結果、より少ないSEで多くのシステムを開発できるようになり、それがITの利用拡大を後押しする一因となりました。
AIも電力やデータセンター、コストなど、さまざまな課題が指摘されていますが、生産性が10倍、20倍、場合によっては100倍以上に向上することを実感すれば、これまでITを適用してこなかった分野にも利用が広がるはずです。
ITサービス事業
データ&アナリティクス事業 担当役員
Corporate Executive Senior Vice President
森 英人
──AIに任せる仕事が増えたとき、人の役割はどうなるのでしょうか。
森:これから、私たちは2つの未来から、どちらかを選ばなければなりません。1つは、SF映画などにあるように、AIが生み出す価値を人間が受動的に消費する、あたかもAIが支配しているような社会。ここでは仮に「マトリックス型」と呼びます。もう1つは「古代ギリシャ型」の社会。古代ギリシャの哲学者たちが反復的な作業を他者に任せることで思索に集中できたように、任せられる仕事はAIに任せ、人間はそこで生まれた時間を思索や創造に使います。AIが便利だからというだけで、深く考えず使い続ければ、いずれSF映画のような未来が自然に訪れるでしょう。そうではなく、古代ギリシャ型の未来を選びたいなら、私たちは、その未来を能動的に創らなければなりません。具体的には、人間が「意図」して「判断」するということです。
AIは関連情報を収集・分析し、シミュレーションを行い、選択肢を示すことができます。しかし、「なぜやるのか」「誰が幸せになるのか」という問いには、本質的な答えを持ちません。AIを活用して、どのような価値を提供するのか──。会社や事業の歴史、組織の文化、過去の意思決定などの文脈を踏まえて意図し、問いを立て、判断し、責任を持って実行することは人が行うべきです。
例えば、NECのようなITサービスを提供する企業や企業のIT部門も意識して役割を変える必要があります。これまでのITプロジェクトは、システム開発に多くの人や時間が投入されてきました。しかし、これからシステム開発はAIによって急速に自動化されていくでしょう。では、ITプロジェクトにおいて人は何をするのか。潜在的なニーズを見つけてAI活用を前提にビジネスを構想する上流工程と、AIが導き出した答えを現実の価値に変える現場でのオペレーションです。例えば、飲食店において、AIは「このお客様は1年前にも来店した」「この料理を好んでいた」と教えることはできますが、その情報のもと、どのようなサービスを提供するかを判断するのは人です。現在、NECがシステム開発による価値提供だけでなく、コンサルティングとオペレーションを一体化した価値提供へとシフトしようとしているのも、このためです。
AIの力を引き出すのは企業固有のデータ
──人が意図と判断を担う中で、AIにもよい仕事をしてもらうには、どのようなことがポイントになりますか。
森:各AI企業のフロンティアモデル(最先端AIモデル)などを取り上げ、どのモデルが優秀だといった話題が先行しがちですが、AI技術だけを追いかけるべきではありません。たしかにAI技術はものすごいスピードで進化していますが、いずれコモディティ化すれば、誰でも使えるようになるし、必要なら用途に応じて使うサービスを切り替えればよい。重要なのは、AI技術そのものではなく「データ」です。お客様が何を買ったのか、どのように行動したのかなど、企業は固有のデータを持っています。ビジネス価値につながるのは、それらのデータです。AIは、データを価値に変えるアクセラレーターにすぎません。
例えば、ある企業は「減塩醤油の販売を伸ばしたい」と、チャット型の生成AIサービスに相談しました。すると「健康志向の人に訴求してはどうか」と、間違いではありませんが、ごく平凡な回答が返ってきたそうです。これでは、ビジネス課題の解決にはつながりません。
そこで、この企業は、減塩醤油を買ったお客様の顧客データ、購買データ、アンケートデータなどを分析し、「深掘りした事実」を再び生成AIに与えました。すると生成AIは、その事実から「どのような商品と併買されやすいか」「どのような顧客層が購入しているか」「購買タイミングにどのような特徴があるか」といった傾向を導き出しました。さらには、それを踏まえて販促施策や売場改善施策の案までをレポートにまとめて提示したのです。
もちろん、最終的にどの施策を採用し、実行するかを判断するのは人です。そして、勘違いしてはいけないのは、単に大量のデータをAIに与えればよいわけではないということです。「減塩醤油の販売を伸ばしたい」という目的を人が意図し、企業固有のデータを使って、それをAIに考えさせるのです。
──人がよい判断をするためには、AIからよい判断材料を引き出すための知見が必要なのですね。
森:私は、AIを新入社員のように扱うことが重要だと思っています。新入社員が入社したとき、ほとんどの企業は、何を目指しているのか、何のための事業か、配属された部門がどのような役割を担っているのかなどを伝え、理解してもらいます。AIにも同じように、企業理念や事業の目的、部門の役割などを理解させることが必要です。業務の進め方や判断基準など、社内の知見の中にはデータ化されていないものもありますが、それらをデータ化し、共通ナレッジとしてAIが利用できるようにすることも重要です。
新入社員だと思えば、AIの答えをそのまま受け入れるのではなく、対話を重ねながら理解を深めようと考えるかもしれません。新入社員が提案してきたことに対して、「その前提は何か」「お客様はどう感じるのか」と対話を重ねるように、AIとも対話を重ねる。そうすることで人も目的や意図を再確認できます。AIを新入社員のように捉えることは、AIに判断を委ねず、人間が主体的に使いこなすことにもつながると思います。
AIを単なる道具としてではなく、人間のように見る──。NECは、人とAIが共に働くAIネイティブな組織のあり方を検証するために、AIエージェントだけが所属し、人のように自律的に仕事をする「コーポレートAI・Workforce部門」という組織を新設(※)しました。自社の取り組みではありますが、私は非常に的を射ていると思っています。
AIと人間の最適分担モデルを構築し、お客様と共有
──NECは、多くの企業と共にAI活用に取り組んでいますね。
森:NECは、自身をゼロ番目のクライアントと位置付ける「クライアントゼロ」を掲げて、社内の実践で得た経験や知見をお客様や社会に提供していこうと考えています。AIについても、単なる「AIツール」ではなく、NEC自身が変革の中で得た知見や方法論を提供したいと考えています。具体的には、人がより創造性が求められる仕事で力を発揮できるよう、AIエージェントで業務を自動化したり、その中で人間が判断すべき領域はどこなのかを見極めたりしています。そうして、AIに任せてうまくいった業務、任せてはいけなかった業務、その理由などを整理し、AIと人間の最適分担モデルの構築を進め、その成果をお客様と共有していこうとしています。
──先ほどお聞きしたコンサルティングとオペレーションを一体化した価値提供へのシフトを象徴する取り組みですね。
森:AIは、百人、千人の強力な人材が一気に入社してきたようなものです。日本では、少子高齢化が進み、人材不足が大きな課題になっていますが、AIは、その不足を補い、企業の成長を支える強力な援軍になり得ます。ただし、先ほどお話ししたように新入社員でもありますから、勝手に戦力になるわけではありません。対話しながら育てていく必要があります。人間が目的を定め、判断し、AIの力を引き出す──。お客様とも共に挑戦しながら、AI時代のビジネスや仕事、組織のあり方をつくっていきたいと考えています。
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