2018年07月25日
「センス」という名の”呪縛”を”武器”に変えるには?
~クリエイティブ・ディレクター水野 学氏に聞く、ビジネスにおけるセンスとデザイン
クリエイティブ・ディレクターの水野 学氏は、ブランドづくりの根本からロゴ、商品企画、パッケージ、インテリアデザイン、コンサルティングまで、トータルにディレクションを行い、デザインという視点から企業の活動を支援する。その水野氏が不可欠なビジネスキルだと指摘するのが、「センス」だという。ビジネスにおける「センス」とはどのようなものであり、どのような関係性を持つのだろうか。
「センスがない」は言いわけにすぎない
──著書で「センスとは生まれついたものではない」と指摘されていますが、センスの定義をどのように考えられていますか。
センスは運動能力など身体的なものと、ファッションや生き方のように知識として自分で蓄積してきたものの二つにわけられると思います。後者に関しては、これまでの経験から培われるもので先天的な才能ではないと考えています。
私は小さい時から絵が上手だったわけではなく、予備校や大学でデッサンを重ねるなかで上達しました。同級生にも最初から上手い人はいませんでした。ただ、上達の早い人はいます。どんなことにも興味を持ち、記憶力の良い人です。漫然とデッサンの練習を重ねるのではなく、どう描くとどう見えるのか、上手いデッサンとそうでないものはどこが違うのか、調べ、分析し、「良いデッサン」に関する知識を蓄えていこうとする人ほど、ぐんぐん上達していきました。「良いものを知っている」ということは、センスの良さに大きく繋がっていきます。
──だからセンスは磨けるものだと仰っているのですね。
同時に、客観情報の集積こそがその人のセンスを決定します。例えば「なんていうことはないセーターを着ているけど、すごくセンスの良い」Aさんがいたとします。彼は何も考えずに洋服を選んでもセンスが良いと思われがちですが、それは違います。Aさんは実はファッションがとても好きで、洋服やその時の流行を見聞きする機会が多く、自然と、たくさんの知識をストックしている。さらに、自分の体型、個性、雰囲気など客観的な情報もきちんと集積してその二つの知識を組み合わせているのです。
一方「いつも流行りの服を着ているけど、センスが良く見えない」Bさんがいたとします。Bさんもファッションの勉強はしています。ただ、その知識は「何が流行っているか」に絞られてしまっているから良く見えないのです。数値化ができないセンスを最適化するためには、客観情報ほど大切なものはありません。そして、客観情報を集積し、知識を蓄えていけば「センス」を磨けることを理解していただきたいのです。「センスがない」というのは言いわけにすぎません。
──では、実際にセンスはどのように磨いたら良いのでしょうか。
知識を増やしていくこと、これに尽きると思います。といっても、漠然と知識を増やせと言われても、むずかしいですよね。私がよく言うのは、まずは各ジャンルの王道のものに関する知識から得ていくと良いですよ、ということ。王道は、定番と言い換えてもいいかもしれません。センスの良いもの=流行のもの、と勘違いしがちなのですが、流行っているものは、変化球だから面白がられていることも多いのです。定番をわかった上で、流行のものに触れると、系統立てて理解でき、効率よく知識を増やしていくことができます。
デザインやアート、ファッションなどに関する知識が増えていくと、「センスへの恐怖心」は一気に減っていくと思います。まずは、自分の好きなところから入っていくといいのではないでしょうか。例えば映画が好きだったら、映画をデザインという観点から見たらどうなるか。ストーリーや俳優ではなく、映画のつくり方を考える。同じ監督の作品を順番に……という映画の観方はよくあると思いますが、同じ美術監督の作品を観ていく、同じスタイリストの作品を観ていく……なども面白いと思います。
世界的な企業は「センス」が良い?
──センスを磨くことで、ビジネスに活かされることは何でしょうか。
営業先に提案資料をまとめる時、商品案を考える時、企画書をつくる時、複数上がってきたアイデアのなかから決定案を選ぶ時……。実際にあらゆる場面で、センスは求められているのではないでしょうか?PowerPoint資料の文字の大きさ、行間の広さによって、提案の説得力が変わってしまうかもしれません。
元々、人類が何かしようとした時には常に、デザインという行為がセットになっています。例えば石器時代につくられた石器も、道具として使うための機能をデザインしているわけです。「デザイン」はどうしても、おしゃれに飾り立てるものだと誤解されがちですが、それはあくまで装飾デザインの部分。その手前には、機能デザインが存在します。資料としての読みやすさ、という機能デザインをクリアするためにも、センスは重要です。
AmazonやFacebook、Twitter、Uberなどはいずれも、そのサービスだけでなく、デザインの面でも特筆すべきものがあります。スティーブ・ジョブズが機能的なデザインを非常に重視したことも、Appleを成功に導いた背景にあると思います。iPhoneがすばらしかったのは、そのアイデアや機能だけではありません。初代iPhone 3Gの背面はプラスチックでしたが、通常では考えられない製造プロセスで生み出されていたといいます。ジョブズはプラスチックの歪みを嫌い、通常は型をつくる段階で凹凸をつけるところを、プラスチックの板版をつくってから、コンピューターコントロールで凹凸を削ったそうです。これには、信じられないような手間とコストがかかります。メーカーの常識では考えられない方法をとってまで、Appleはあのガラスのように平滑な美しい背面のデザインにこだわったのです。
──例に挙げられた企業と日本企業の意識の差は何でしょうか。
家具や自動車など、日本のメーカーは売上の面でも技術力でも世界のトップクラス。ただしそこに「群を抜いているのは技術力や商品の完成度」のみという但し書きがつきます。前出のスマートフォンの例はわかりやすいのではないでしょうか。Appleにある「ユーザーに、徹底的に気持ち良さを提供しよう」というセンスが日本企業には欠けています。日本企業は高度成長時代の栄光が邪魔をして、技術優先思考からデザイン重視にシフトすることができませんでした。
文明が踊り場に差しかかり、緩やかな成長曲線になった時、文化が追いついてきます。彼らはそれを意識して、ビジネスを進めています。歴史を振り返ると、大航海時代の最中にルネサンスが、産業革命の後にアーツ・アンド・クラフツ運動が起こったように、文明が進むと文化が後追いしているのです。ビッグインパクトと呼べるような革命が起こると、必ずデザインが求められます。
20世紀末から21世紀にかけてのIT革命もビッグインパクトと捉えることができます。今の時代は、文明に後追いする形で一層デザインが求められていくはずです。
企業を変えるブランディング・デザイン
──日本でもデザインの重要性を理解し、成果を上げている企業はありますか。
私が関わっている企業の話になってしまい恐縮ですが、一つは、奈良で享保元年(1716年)に創業した麻織物など生活雑貨の企画・製造・販売を行う「中川政七商店」です。組織変革から、既存のブランドのリニューアルと新ブランドの立案、事業展開、商品構成、店舗運営のガイドラインやマナーの作成までトータルにディレクションを行い、ブランディングに関わりました。8年間で、売上は9億円から50億円以上に伸びています。製品に書いてある書体一つに至るまで吟味しましたが、お客さまは、そういった細部からもブランドが発するセンス、メッセージを敏感に感じ取るので、手は抜けません。
このように、デザインを見直せば売上を増やすことができるにも関わらず、大抵の企業はデザインができていません。注意しなければいけないのは、求められているのは装飾デザインではなく、機能デザインだということです。装飾デザインだけを手がけるデザイナーも多いですし、広告関連のデザイナーは広告をつくるのが専門です。そこで、私はそれらと区別するために、ブランディング・デザインという言葉を推奨しています。企業のすべてをデザインという視点から考え、経営をサポートしていくのです。これによって、会社を大きく変え、成長させることができます。
ビジネスにおけるデザインの重要性を認識し、実践されている経営者がいる企業は強いですね。例えばオイシックスの高島 宏平社長は、ビジネス畑の方ですがデザインを重要視されています。現在、私のディレクションでグループ全体のリブランディングに取り組んでいる相模鉄道のCEOもその一人です。
──相模鉄道ではどのようなブランディング・デザインをされているのでしょうか。
「デザインブランドアッププロジェクト」と名付け、車両や駅舎から、制服、ホテル事業、株主総会の資料、ガイドライン、コンセプト、スローガン、ありとあらゆることのリブランディングを進めています。相模鉄道は横浜と海老名・湘南台を結ぶ路線を中心にした鉄道会社ですが、神奈川県で育った私から見ても正直今ひとつの存在でした。しかし、2022年度に向けて「都心直通プロジェクト」が進んでいると聞き、大変なチャンスだと思いました。持っている価値を見つめ直し、その長所を生かしたリブランディングをすれば、相模鉄道は変われると考えたのです。
相鉄の車両デザインの機能デザインは当然のこと、装飾デザインにも力を入れています。装飾が機能を担保する場合もあります。今回の車両デザインはその一例と言えるでしょう。2018年2月から運行を開始した新型車両はネイビーブルーの塗装で、先頭部分は滑らかな曲線と車のフロントグリルのような装飾を施しました。通勤電車とは思えない、高級車のようなスタイルです。これらは確かに装飾なのですが、格好良い電車が走っている沿線に住みたいと人々が思うようになれば、電車を走らせた効果から見ると機能デザインになるのです。
一方で、駅は安全性が重視されるので、リブランディングした二俣川駅は人がどこにいるか見えやすいように黒か白に近い色にして、カラーを減らして塗り替えました。これも装飾デザインですが、安全という機能を担保しています。このように、機能と装飾を行き来しながら、デザインに取り組んでいくことが必要です。
センスは磨き続けられるもの
──さまざまな観点からデザインを考えていかなければいけないのですね。
今後は、機能と装飾が同時に求められる時代が来るかもしれませんから、ビジネスシーンは注意しなければいけません。文明の波の後から追ってくる文化を大切にしないと、世界では戦えません。BtoCでそれは顕著なはずです。ただ、BtoBも本質的には変わりません。それは、どちらも結局はHuman to Humanだからです。デザインをしなかった場合の未来は見えないので、デザインをした後との比較ができず、難しい部分も多いかもしれませんが、BtoBにおいてもしっかりとデザインを組み立てておく必要があるのではないでしょうか。
──そのためにも、日々センスを磨き続けていないといけませんね。
とにかくさまざまなものに触れて、感覚を身につけることが重要です。15年前、ある本に「センスは25歳で止まる」と書きましたが、それをここで補足させてください。成長曲線は多感な時期に比べて緩やかになると思いますが、努力をすれば、センスは何歳になっても磨けるもの。今こそ、ビジネスパーソンの方々も知識や客観情報の集積から「センス」を磨いてください。