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のび太とドラえもんに学ぶ、AI時代の「望みを言葉にする力」

 AIが日常に急速に浸透する中、人々の幸せやウェルビーイングはどう変わるのか——。NECでは生活者を対象に調査・分析を実施しました。

 日本全国に住む15歳から74歳の男女2,057名を対象に、日常におけるAIの利用実態や、AIによる幸福感の変化、AIエージェントへの期待と不安、これからの人とAIの関わり方などについてアンケートを行い、「AIとウェルビーイングに関する生活者調査」として2026年9月15日に公開しました。

 本連載では調査結果を踏まえて、AIと共に生きるこれからの社会で、人がより自分らしく豊かに過ごしていくためのヒントを、5人の有識者へのインタビューを通じて探ります。

 今回の調査では、人々のAIの使い方には、「道具」として使う姿と、「話しかける相手」として使う姿があることが見えてきました。人とAIは、これからどのような関係を結べるのでしょうか。2歳の頃から「ドラえもんをつくる」ことを夢に掲げ、汎用人工知能(AGI)※をテーマに博士号を取得した大澤正彦氏に、人とAIが互いを理解し合うための研究と、AIを「道具」や「仲間」として捉える意味、その先にある幸福の条件について伺いました。

  • ※ 汎用人工知能(AGI):特定用途に限らず、幅広い課題に知識を応用できる知能の実現を目指すAIの概念。Artificial General Intelligenceの略。

■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年6月
対象・調査方法:15歳~74歳の男女(一般生活者) 2,057名に対し、インターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社

■調査結果:AIとウェルビーイングに関する生活者調査 AI & Well-being Consumer Survey 2026

SPEAKER 話し手

大澤 正彦 氏

日本大学 文理学部 情報科学科准教授
次世代社会研究センター(RINGS)センター長/博士(工学)

1993年生まれ。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,600人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE CIS-JP Young Researcher Award (最年少記録)をはじめ受賞歴多数。新聞、webを中心にメディア掲載多数。孫正義氏により選ばれた異能をもつ若手として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて認知科学若手の会を設立、2020年3月まで代表。著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』

1.AIはなぜ「仲間」のように受け入れられ始めたのか

─「ドラえもんをつくる」という原点

──「ドラえもんをつくる」という夢は、どのように現在の研究へつながっていったのでしょうか。

 ドラえもんをつくるのが、僕の夢です。いつからそう思っていたのか、自分でも記憶がないほど昔から言い続けてきました。母が残していたメモによると、2歳の頃にはすでに「ドラえもん」と口にしていたそうです。今33歳なので、30年以上、ドラえもんを追い続けていることになります。

 実際の研究や活動として具体化し始めたのは、2014年頃です。研究をしながら、単に汎用人工知能を作るのではなく「ドラえもんをつくる」と考えたとき、どのようなAIを目指すべきなのかを考えてきました。世界中の多くの人に知られ、愛されているドラえもんだからこそ、多くの人と一緒につくりたい。そう考えるようになり、「ともにドラえもんをつくる」という言葉を、現在の自分のビジョンにしています。

 博士論文の初稿には「ドラえもんのつくり方」というタイトルを付けていました。指導教員からは「このままでは博士論文として通らない」と止められましたが、ドラえもんをつくるために考えてきたことは、汎用人工知能の研究にも通用すると考えていました。そこで、「ドラえもんとは何か」という問いを、「汎用人工知能とは何か」という問いに置き換えて、博士論文としてまとめました。国会図書館の博士論文検索をしてみると、汎用人工知能をテーマに博士号を取得したのは、日本では今のところ僕だけです。

日本大学 文理学部 情報科学科准教授
次世代社会研究センター(RINGS)センター長
博士(工学)
大澤 正彦氏

─研究の軸は「意図を読み合う関係」

──研究の軸となっているのは、どのような考え方なのでしょうか。

 僕の研究の軸にあるのは、人とAIが互いの意図を読み取れる関係をつくることです。「相手に心を感じるとは何か」を考え、既存研究を進める中で、コミュニケーションには、言葉だけでなく、その背後にある意図を読み取ることが重要だと分かってきました。この関係を人とAIに当てはめると、人がAIの意図を読み取るケースと、AIが人の意図を読み取るケースの二つに分けられます。僕が学生時代に取り組んでいたのは、主に前者の研究です。

 当時、ドラえもんに登場する小型ロボット「ミニドラ」を目指して、「ドラドラ」としか話せないロボットをつくりました。このロボットに「りんご」と言うと、「ドララ」と返してきます。ただ、それを聞いた人が「今、ゴリラって言ったよね」とロボットの意図をくみ取れば、しりとりを続けることができます。言葉そのものが明確でなくても、人が相手の意図を読み取ることで、コミュニケーションは成り立つのです。

 最近は、言葉の裏や言外の意味を読めるAIについても研究しています。ChatGPTなどのLLMは、説明された内容を処理することは得意ですが、その言葉の裏にある意図を扱うことは苦手です。そこで、人間がどのように相手の意図を読んでいるのかを認知モデルとしてまとめ、AIに組み込むことで、少し意図を読めるようにする研究をしています。典型的な例が、皮肉です。例えば、「あんた、いい時計つけてはりますね」と言われたとき、言葉どおりに受け取って喜ぶのではなく、その裏にある「そろそろ帰ってほしい」という意図を読み取る必要があります。言葉として表れていることと、心の中にあることは、必ずしも同じではないのです。

─生成AIを身近にした「意図スタンス」

──ここ4、5年、特に生成AIが出てから、AIの存在が急速に生活者に身近になりました。この変化をどう捉えていますか。

 生成AIが急速に身近になった大きな要因の一つは、人に話すように言葉で話しかけると、自然な応答が返ってくるようになったことだと思います。この変化は、哲学者ダニエル・デネットが提唱した「スタンス」という考え方から説明できます。

 例えば、スマートフォンを操作するとき、私たちは内部の仕組みをすべて理解しているわけではありません。どのように使えば、何が起きるのかを捉えて操作しています。このように、対象の機能や設計をもとに振る舞いを予測する捉え方を「設計スタンス※」と呼びます。

 一方、同じスマートフォンでも、電話で誰かと話すときに意識するのは、端末の仕組みではなく、その向こうにいる相手の心や意図です。対象を心や意図のある相手として捉えるのが「意図スタンス※」です。生成AIは、人に話すように言葉でやり取りできるため、意図スタンスで捉えやすい存在だと思います。ただし、すべての人が生成AIを同じように捉えているわけではありません。業務を効率化するための便利な道具として使う人もいれば、相談や雑談の相手として接する人もいます。前者は設計スタンス、後者は意図スタンスとなります。

 自然言語でやり取りする仕組み自体は以前からありましたが、意味の分からない応答が返ってくると、相手に心や意図があるようには感じられず、意図スタンスは破綻します。生成AIの性能が向上し、自然な対話が続くようになったことで、単なる道具ではなく、「話しかける相手」としても受け入れられ始めたのだと思います。

  • ※ 設計スタンスと意図スタンスは、哲学者ダニエル・デネットが示した三つの予測方法のうちの二つ。
    設計スタンス:対象の機能や設計をもとに、正常に作動したときの振る舞いを予測する捉え方。
    意図スタンス:対象を合理的な主体として扱い、信念や欲求を推定して振る舞いを予測する捉え方。

2.AIの便利さは、人を幸せにするのか

─楽になった人と、疲れるようになった人

──AIが社会に溶け込む中で、人の働き方や、仕事に向き合う感覚はどのように変化していると感じますか。

 AIによる変化は、調査結果を平均値だけで見ても実態を十分に捉えきれないと考えています。同じ調査結果の中にも、AIの使い方やリテラシーが異なる、さまざまな立場や体験を持つ人が含まれているからです。実際、AIの普及によって仕事が楽になった人もいれば、むしろ疲れるようになった人もいます。

図1:AI利用後の実感では、「思考の自由度が広がった」が70.1%、「自分のペースで主体的に進められる」が67.9%だった一方、「自分でやり遂げたという達成感が減った」は58.4%となった。

 例えば、プログラムを書く時間には、手を動かす作業の時間と、仕組みをどうするかを考える時間があります。これまで100の時間のうち、95%は手を動かす作業で、考えていたのは5%程度だったとします。AIが作業の部分を担うようになると、今度はほとんどの時間を、考えることに使うようになります。作業は減っても、頭を休める時間がなくなり、以前より疲れると感じる人もいるのです。メディアで注目されやすいのは、「作業時間の95%がなくなり、効率化できた」という側面だと思います。しかし、AIが作った資料を十分に精査しないまま顧客に提出し、失敗しているケースもあり、自分では仕事が楽になったと思っていても、AIが出したものを正しく評価できず、周囲からの信頼を失っていることもあるのではないでしょうか。反対に、自分では考え続けることに疲れていても、周囲から見れば生産性が大きく向上し、高く評価されているケースもあります。AIによって誰もが一様に楽になったというより、使う人のリテラシーや、出てきたものを評価する力の差が、これまで以上にはっきり表れるようになったと感じています。

─AI依存の背景にある「人との接点不足」

──年代や世代によって、AI活用の差が大きく表れるという指摘があります。特に10代は、AI利用率が非常に高い結果になっています。

 以前、学内で生成AIと教育についてのワークショップを行ったことがあります。そこで、「学生たちのAIの使い方はよくない」という教員の意見が出ました。それを聞いたある学生の反応が印象的で「この使い方では駄目だということは、言われなくても分かっている。だからこそ、先生が必要です」と言うのです。「先生に聞けないからAIに聞いている。一人の先生が何十人も教えている教室で、自分の疑問に徹底的に答えてくれる先生はいない」とも話していました。この言葉を聞いて、10代は人よりAIを信頼しているから、AIを多く使っているとは限らないと思いました。むしろ、人に聞きたいと思っていても十分に聞ける環境がなく、その不足をAIで補っているのかもしれません。

図2:10代は、AIの日常利用率が80.6%、生成AIの日常利用率が70.6%と、他の年代を上回った。一方、キャリアや進路については、AIより人を強く信頼する割合も年代別で最も高かった。

 そうした観点をふまえると、AIに依存することがよいか悪いかだけを議論しても、本質には届きません。人との接点が足りず、十分に寄り添ってもらえないという問題は、AIが登場する以前からありました。AIは、その不足を補う手段として使われている可能性があります。問うべきなのは、AIに頼ることの是非だけではなく、その背景にある状況をどう解決するかなのだと思います。

──10代がAIに心を許している、という解釈でよいのでしょうか。

 そこは慎重に見たほうがよいと思います。10代はAIに限らず、新しいサービスをいち早く取り入れ、周囲に広げることに長けています。AI利用率の高さだけから、若者がAIを特別な存在として受け入れ、心を許していると結論づけることはできません。新しいサービス全般への受容性も含めて捉える必要があると思います。 

3.AIに何を任せ、何を自分で行うのか

─幸せな人が選ぶ使い方か、人を幸せにする使い方か

──調査では、自分の代わりにすべてを任せる自律型エージェントを求める人は少なく、先回りして支える伴走型を求める人ほど、幸福度が高いという傾向が見られました。この結果を、どのように捉えていますか。

 まず、この結果にどのような因果関係を想定しているのかが気になりました。幸福感の高い人ほど、「AIにすべてを任せるのではなく、自分でやりたい」と考えるのかもしれません。反対に、AIに任せることが増えるほど、幸福感が下がっていく可能性もあります。あるいは、その両方が関係していることも考えられます。ただ、現時点のアンケート結果から、どちらの因果関係があるのかを断定することはできません。「伴走型のAIを選べば幸せになれる」とまでは、まだ言えないということです。

図3:今後のAIに求める役割では、先回りして支える「伴走・協働型」が27.6%と最も多く、自分の代わりに判断・行動する「自律・先導型エージェント」は7.4%にとどまった。幸福スコアも、伴走・協働型の+23.0に対し、自律・先導型は+14.5だった。

 一方で、この結果を「幸福感の高い人は、もともとこのような回答をする」と捉えるだけでは、議論の広がりがなくなってしまいます。僕らが本当に知りたいのは、幸福感の高い人がAIをどう使っているかだけではなく、AIをどう使えば、より幸せになれるのかということではないでしょうか。この調査だけで答えを出すことはできませんが、主体性を保ちながらAIと関わることで、人は幸せになれるのか。あるいは、AIに任せる範囲が広がることで、幸福感はどう変わるのか。そうした議論を深めていくための、よい題材になると思います。

─「これは自分でやる」と決める

──では、実際にAIを使うとき、大澤さんが意識していることはありますか。

 僕は、文章の下書きをAIに任せたくないと考えています。AIが作った似たり寄ったりの文章から始めるのではなく、まずは自分で書き始めたいのです。仲間内でも、「何にAIを使わないと決めているか」という話をよくします。僕の場合、講演資料はAIで作りません。スライドに書かれている内容以上に、自分の中で考えてきたことがあってこそ、講演する意味があると思っているからです。

 あるPRプランナーも、プレスリリースだけは必ず自分で書くと話していました。自分で書いたほうが品質が高くなるからではなく、「アウトプットを作る過程で、自分の考えを整える時間が必要だから」だそうです。AIに何を任せるかだけでなく、「これは自分でやる」と決めることが、すごく大事なのだと思います。

─アウトプットだけでは、理解度を測れない

──教育現場では、AIによって学生の理解度を判断することが難しくなっているそうですね。

 これまで文章やレポートは、学生がどの程度理解しているかを判断するよい材料でした。ところが生成AIを使えば、本人が十分に理解していなくても、見た目の整ったアウトプットを作れてしまいます。詳しく聞いてみると、内容を理解していなかったり、十分に理解しないままサービスを公開してしまったりすることもあります。アウトプットを見ただけでは、本人がどこまで理解しているのか分からなくなったのです。そのため、学生とのコミュニケーションには、以前よりもずっと時間がかかるようになりました。単に確認の工程が一つ増えたという程度ではありません。本人がどこまで理解しているのかを確かめ、仕事を任せられるかを判断すること自体が難しくなっています。

 そうした中で、僕たちの大学ではカリキュラムを全面的に変えました。従来のレポートやテストに加え、作品制作を通じて、使った技術をどこまで理解しているかを確認する道や、情報科学とほかの分野を組み合わせ、その人にしかできないものを見つけ、形にする道を設けています。生成AIによって、整った成果物だけでは本人の理解度や能力を測りにくくなる中で、技術への理解と、その人ならではの独自性を、それぞれ異なる観点から見る必要があると考えています。

─「のび太の才能」と、二つのリテラシー

──AIと人間をセットで評価する時代には、どのような力が問われるのでしょうか。

 ドラえもんとのび太の関係は、人とAIの関係を考えるヒントになります。のび太のAI活用には、二つの観点があると思っています。一つは、AIリテラシーが低いことです。せっかくひみつ道具をもらっても、よい結末を得られないことが多い。情報活用能力が十分ではないまま、道具を使っているからです。一方で、のび太には重要な才能があります。「何かやりたい」「こうしたい」「ドラえもん、●●して」と、自分のやりたいことや困っていることを声に出せることです。僕は、この力に注目する必要があると思っています。

 「AIを活用していますか」と尋ねて、「活用していません」と答えた人に理由を聞くと、「何に使えばよいのか分からない」という答えがよく返ってきます。つまり、AIを使う技術以前に、自分が何をしたいのか、何に困っているのかを捉えられていないのです。AIで何をしたいのかを思いつき、自分のテーマやプロジェクト、痛みや悩みを言語化して入力する。問いを持っていなければ、AIに何かを問うこともできません。これが、AIを使うための「入り口のリテラシー」です。

 もう一つ必要なのが、AIから返ってきた出力を精査する「出口のリテラシー」です。AIが出したものが正しいのか、目的に合っているのか、そのまま外に出してよいのかを判断しなければなりません。

 僕自身、新しい分野の研究プロジェクトについて、研究費の申請書を試しにAIで作ってみたことがあります。もっともらしい文章は出てきましたが、新しい分野であるため、書かれている内容の良し悪しを自分で十分に精査できないことに気づきました。そこで、出てきた内容を一つずつ調べ、妥当性を確認しながら、その分野を学んでいきました。AIによって効率は上がりましたが、勉強しなくてよくなったわけではありません。AIの出力を適切に扱うには、自分自身がその内容を判断できる状態になる必要があります。

 入り口と出口、両方のリテラシーを育てていく必要があります。AIが作ったものを使ったとしても、何を入力し、返ってきたものをどう精査し、最終的に何をアウトプットとして出すかは、その人の能力として見ていくことになると思います。

 そう考えれば、AIを使うことを前提に人を評価するのは、特別なことではありません。現在も、パソコンを使う能力は、その人のスキルの一つとして評価されています。それと同じように、AIを使う能力も一つのスキルです。AIを使えば、誰もが同じ成果を出せるようになるわけではありません。何をAIに入力し、出てきたものをどう精査するかによって、結果には差が生まれます。AIの利用を前提としても、人による能力の差はきちんと表れると思います。

4.AIは人を幸せにできるのか――未来を方向づける、作り手の志

─なぜ人は、「肯定してくれるAI」にハマるのか

──AIが自分の望むような反応を返してくれることも、依存につながるのでしょうか。

 AIとの関係について、アンケートに必ずしも素直に答えていない人もいるのではないかと思っています。AIに依存していることを、自分から明かしにくい人もいるからです。実際、毎日話していたAIと、たまたま三日間会話をしなかった人から相談を受けたことがあります。その人が三日間空いてしまって申し訳ないという気持ちで話しかけても、AIは空白の期間を踏まえずに返答したため、どうしても許せなくなってしまったそうです。AIとの関係に深く入り込んでいる人は、調査結果に表れている以上にいる可能性があります。

 なぜそうなるのか。これは僕の仮説ですが、AIが相手の発言に対して、肯定的な反応を返し続けることが関係しているのではないかと考えています。人間同士のコミュニケーションでは、お互いに相手の意図を読むため、必ずしも自分にとって気持ちのよい答えだけが返ってくるわけではありません。一方、AIは、相手の複雑な意図を十分に理解できなくても、発言を肯定的に受け止めるような応答を返すことがあります。そのため人は、「本当に意図を理解してもらえた」というよりも、「自分の話を受け止め、肯定してもらえた」と感じます。そうしたコミュニケーションが続くことが、AIとの関係に深く入り込む一因になっているのではないか、というのが僕の仮説です。

─目指すのは、肯定するAIではなく「心の理解」を支えるAI

 ただ、僕たちが目指しているのは、相手の言葉を何でも肯定するAIではありません。言葉の裏にある心や意図を理解することを支援する技術です。僕たちは、その技術を「メガネ」のようなものにしたいと考えています。視力を補うメガネは、強い不便を抱えている人だけが使う特別な道具ではありません。少し見えづらい人も含め、必要な人が日常的に使うことができます。また、メガネを使っていることによって、その人が特別視されることも少なくなっています。

 メガネと同じように、相手の心や意図を理解することが難しいとき、その理解をAIが自然に補助できればよいと思っています。特定の人だけのための技術ではなく、誰もが必要に応じて気軽に使える。そんな技術によって、社会に貢献できればよいと思っています。

─信頼は「成功率」だけでは測れない

──調査では、AIの軽微な誤りを許容する人ほど幸福度が高い傾向が見られました。不完全さを受け入れることが、人とAIの信頼関係につながるのでしょうか。

 「不完全さを受け入れることが大切だ」という表現は分かりやすいのですが、不完全さそのものが、人とAIの関係の本質だとは考えていません。これまでAIへの信頼は、主にタスクの成功率によって捉えられてきました。あるAIの成功率が90%だと理解したうえで、実際にも90%程度成功するのであれば、その認識は合っています。しかし、本当は90%なのに100%成功すると考えてしまうと、AIを過信する「オーバートラスト」の状態になり、失敗したときに致命的な問題が起こる可能性があります。道具としてのAIを信頼するには、成功率を適切に理解したうえで、任せるかどうかを判断することが重要です。

図4:AIの軽微な誤りを許容する「柔軟・補完志向」の幸福スコアは+24.0で、誤りを基本的に許容しない「完璧・完全志向」の+4.6を上回った。

 一方、心を感じるような相手への信頼は、タスクの成功率だけでは測れません。例えば、自分の子どもが「お手伝いをしたい」と一生懸命にお皿を運び、少しこぼしてしまったとします。そのとき、タスクに失敗したからといって、すぐに信頼を失うわけではないでしょう。「一生懸命に取り組んだけれど、失敗してしまった」と、その意図を含めて受け止めるからです。つまり、相手の不完全さや失敗を信頼しているわけではありません。相手がどのような意図で取り組んでいるのかを信頼できるからこそ、結果として不完全さや失敗を受け入れられるのだと思います。

 逆に、不完全さ自体を価値にすれば、わざと失敗するAIが生まれかねません。しかし、意図的に失敗したと分かれば、むしろ信頼を損ないます。本質にあるのは、不完全さを受け入れることではなく、相手の意図を信頼できるかどうかです。意図への信頼を中心に考えれば、常に完全であることだけが信頼の条件ではなくなるのだと思います。

─「一緒にいたい」と思えるAIの条件

──「このAIと一緒にいたい」「社会に受け入れられるAIだ」と思えるのは、どのようなAIなのでしょうか。

 最もシンプルに言えば、そのAIに善意があり、悪意はないと思えることです。もう少し付け加えるなら、予測不能であっても、後から解釈できることが重要だと考えています。道具として使うAIには、予測したとおりに動くことが求められます。同じ操作をすれば、毎回同じ結果が返ってくる。設計スタンスで捉える道具のAIには、そうした予測誤差のない振る舞いが理想です。

 一方、仲間のような存在を意図スタンスで捉えるとき、相手の振る舞いを完全に予測することはできません。大切なのは、予想と異なる振る舞いをしたとしても、後から「なぜそうしたのか」を理解できることです。例えば、突然大声を出す行動は不可解でも、危険を察知して避難を促したのだと後から分かれば、その行動の理由を理解できます。行動を事前に予測できるかどうかだけではなく、なぜその意思決定をしたのかを後から解釈でき、その意図に善意があると納得できることが大切なのです。

 「AIは道具なのか、仲間なのか」と聞かれることがあります。ただ、これは二者択一ではありません。道具としてのAIと、仲間としてのAIが、それぞれ存在すると整理する必要があります。道具のAIには、求めた成果を正確かつ安定して返すことが期待されます。一方、仲間のAIには、予想外の行動であっても、その理由を後から理解でき、自分に善意を向けていると納得できることが重要です。両者を混同せず、それぞれ異なる思想で、最善のあり方を設計することが大切だと思います。

─答えは「分からない」。だからこそ、志が問われる

──最後に、企業と生活者がAIとともに成長していく未来に向けて、大切だと考えていることをお聞かせください。

 「AIは人と共存できるのか」「AIは人を滅ぼすのか、それとも幸せにするのか」と、よく聞かれます。その問いに対する現在の答えは、「分からない」だと思っています。まず、そのことをきちんと認めなければなりません。今の段階では、どちらの未来にも進む可能性があります。AIが人をとても幸せにする未来もあれば、反対に、人をとても不幸にする未来もあり得ます。その中で、ポジティブな未来をつかみ取れるかどうかは、作る側の意思にかかっていると思います。人を幸せにしようと本気で考えて取り組むのか。それとも、利益が得られるのであれば、人を不幸にする可能性があっても構わないと考えるのか。作り手がどのような意思や志を持つかによって、これからのAIが進む方向は変わります。

 僕たちもAIを研究する立場として、「この人たちが作るAIなら信頼できる」と思ってもらえるようにしなければなりません。何のためにAIを作るのか、どのような未来を実現したいのかという部分でも、一切手を抜かないことが重要だと思っています。

 自分たちだけで決めるのではなく、人と丁寧にコミュニケーションを取りながら、その覚悟を固めていく。それが、ポジティブなAIの未来につながると思いますし、これからAIを作り、提供する側に求められるビジョンでもあるのではないでしょうか。

企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)

記事ポイント

01|生成AIが仲間のように受け入れられたのは、人と話すように会話できるようになったから

生成AIは、人に話しかけるように言葉を入力すれば自然な応答が返るため、難しい操作を覚えなくても使い始められます。こうした会話形式のやり取りを通じて、生成AIを単なる道具ではなく、心や意図を持つ相手のように捉える人もいます。大澤氏は、人がAIの意図を読み、AIも言葉の裏にある人の意図を読み取ることで、互いに意図を読み合える関係を目指しています。

02|AIが人を幸せにするかは、効率化だけでなく評価力や人とのつながりに左右される

AIによって作業が減っても、考え続ける負担が増えて疲れる人や、AIの出力を十分に精査できず、周囲からの信頼を失う人もいます。大澤氏は、若者がAIを多く使う背景にも、人よりAIを信頼しているからではなく、疑問を十分に聞ける人との接点が不足している可能性があり、AIへの依存だけでなく人とのつながりにも目を向ける必要があると指摘します。

03|AIとの共生で重要なのは、何を任せ、何を自分で行うかを決めること

伴走・協働型のAIを望む人ほど幸福スコアが高い傾向は見られましたが、大澤氏は、伴走型AIを選ぶことで幸福になれるという因果関係までは断定できないとしています。AIを活用するには、自分が何をしたいのかを言語化し、返ってきた出力を精査する力とともに、考えを深めるために「これは自分でやる」と決めることが重要です。

04|人とAIの共生を方向づけるのは、AIの意図への信頼と作り手の志

道具としてのAIには正確で安定した成果が求められる一方、仲間としてのAIには、予想外の行動であっても理由を理解でき、その意図に善意があると納得できることが求められます。AIが人を幸せにするかはまだ「分からない」からこそ、大澤氏は、何のためにAIをつくり、どのような未来を実現したいのかというつくり手の意思と志が、人とAIの共生の方向を決めると指摘します。