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意味のその先へ進め。
──ホモ・サピエンスの生存戦略に見るAI時代のウェルビーイング論

 AIが日常へ急速に浸透する中、私たちの幸せ(ウェルビーイング)はどのように変わるのか——。NECでは生活者を対象とした調査・分析を行い、その結果を踏まえて5人の有識者へのインタビューを実施。これからの人とAIの関わり方を探ります。

 今回の調査では、AIの利用が広がる一方で、必ずしも幸福につながるわけではない、ということが明らかになりました。AIは、人を幸福へ導くパートナーになり得るのか。そして、その時代においても人が手放してはならないものとは何か。

 予防医学・ウェルビーイング研究を専門とする石川善樹氏に、AI時代を幸せに生きるためのヒントを伺いました。

■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年6月
対象・調査方法:15歳~74歳の男女(一般生活者) 2,057名に対し、インターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社

■調査結果:AIとウェルビーイングに関する生活者調査 AI & Well-being Consumer Survey 2026

SPEAKER 話し手

石川 善樹 氏

医学博士
予防医学研究者
公益財団法人 Well-being for Planet Earth 代表理事

1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。

1.AIと人の関係性を左右する「人間らしさ」という基軸

 AIの発展は、人間のウェルビーイングにどのような影響を与えているのでしょうか。今回の調査ではAI利用による幸福感が「向上した」が18.2%、「変わらない」が75.7%と、影響は限定的になっています。これはAIに限った話ではなく、新しいものを自分のウェルビーイングのために取り入れるのが上手い人もいれば、取り入れなくても幸せを実現している人もいます。大事なのは、自分にとっての「人間らしさ」です。それが分かっている人は、AIのような新しいものが登場しても不安にならず、自分自身の幸福を貫くことができます。「自分にとって何が大切かを理解すること」が、AI時代のウェルビーイングを考える出発点ではないでしょうか。

図1:AIを日常的に利用する中で、幸福感(生活全体の幸せ・心の豊かさ)の変化について調べたところ、「幸福感が向上した」は18.2%、「幸福感が低下した」は6.0%となった。一方で、「変わらない」が75.7%と多数を占めており、現時点ではAI利用が幸福感に与える影響は限定的。
公益財団法人 Well-being for Planet Earth 代表理事
予防医学研究者
医学博士
石川 善樹氏

2.ホモ・サピエンスと都市に学ぶ「意味を超えた探求」と「助け合い」の重要性

 「人間らしさ」とは何か。人間と動物を比べていた時は、人間らしさは「知性」とされていました。祖先であるホモ・サピエンス(=知恵がある人間)の名がそれを物語っています。しかし今、人間よりも知識量も処理能力も勝るAIの出現により、「知性ではない部分」に人間らしさを見出す必要に迫られているのです。

 その人間らしさを考えるうえで興味深いのが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの比較です。体格や脳容量といった能力だけで考えれば、ネアンデルタール人の方が優れていたとも言われています。では、なぜホモ・サピエンスが生き残ったのでしょうか。

 その答えは、意外にも遺跡のゴミ捨て場にありました。ネアンデルタール人が主に食べ物などを捨てていたのに対し、ホモ・サピエンスは遠方でしか採れない石や装飾品を捨てていたのです。つまり、ホモ・サピエンスには、目の前のものだけでなく、「意味があるか分からない未知なるもの」を求めて長距離を移動する習性があり、それが結果的に生き残ることに繋がったのではないかと考えられるのです。

 また、動物学者の中には、「ホモ・サピエンスは他の哺乳類と違って、赤の他人を助ける傾向があり、それが人間らしさだ」と指摘する人もいます。この「助け合い」の特性が基盤にあったからこそ、人類は未知を求めて遠くへと旅立つことができたと言えるかもしれません。「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」というアフリカの有名なことわざも、本質は同じです。非合理性と共生思考の掛け合わせの先に、人類進化の可能性を見出すことができるのではないでしょうか。

 一方で、合理性にとらわれていると、時代や環境が変わった時に適応できなくなる可能性があります。それは、意味があることだけに取り組んでいると、進化の選択肢が減ってしまうからです。事実、企業が長続きしない理由の一つは「意味にとらわれすぎること」と言われています。企業活動のように物事を効率化し、収益を生み出そうとするほど、そこに合理性や意味がなければ動けなくなります。それに対して、人が集まる「都市」は長く存続する傾向があります。都市の存在意義は「意味や目的ありき」ではないからです。都市は効率化・体系化が起こりにくく、常に遠くからいろんな人が集まり出て行く人口流動を繰り返し、その過程でイノベーションが起きることで生き延び続けているのです。

 この事象に関する有名な研究があります。企業の場合、従業員が2倍になっても特許数は1.75倍ぐらいに収束しますが、都市では人口が2倍になると発明品などが2.15倍ほどになり得るといいます。

 合理性もなさそうなことをやって生き延びてきたホモ・サピエンス。目的にとらわれないことでイノベーションを続ける都市の在り方。これらのモデルケースから、AI時代の「人間らしさ」や「組織の在り方」が見出せるのではないでしょうか。

3.ウェルビーイングの土台となる「人生観」と「問いの立て方」

 では、どういった要因が満たされれば、人は幸せと言えるのでしょうか。ウェルビーイングの研究分野で重要とされている要素は、「選択肢」と「自己決定」です。調査では、AIと対話しながら活用している人は、AIを使いながらも幸福感を感じている傾向が見られました。AIに答えを委ねるのではなく、一緒に考えながら活用することで、自由度や達成感を保持しているようです。

図2: AIによる達成感の増減について、プロセス重視派では「達成感が高まった」が36.3%、「達成感が減った」が63.7%となった。一方でプロセス重視派においても、AIと対話・協働しながら活用している層では「幸せになった」が22.1%となっており、対話型以外の使いかたと比べて、幸福スコアは7倍も高くなった。

 同様に、学び方、働き方、遊び方を自分で選び、決められる自由度があること。それがウェルビーイングにつながると考えられています。例えば「学び方」について言えば、AIが何でもすぐに教えてくれるため、学びのスピードは格段に速くなりました。一方で、必要な時に聞けばいいので、忘れるスピードも速くなっているように思います。

 自己決定が意味を増すAI時代には、学習ではなく「学問」が重要になります。高校までは知識を暗記してテストで正解をもらうことが目標でしたが、大学以降は自ら問いを立てる「学問」へ移行します。その場限りの学習を繰り返していても、人生が前に進んでいる実感を得られません。それは、「自分の中からわき上がる問い」から学んでいないからです。「これが好き」「これを知りたい」という主観の領域は、AIには提案できません。これは社会人の学びについても同じです。自分なりの問いを持てるかが、人生観の確立、ひいてはウェルビーイングの実現につながるのです。

4.「どうAIを使うか」から「どう生きれば幸せか」へのシフト

 生き方を自ら選び、自分らしく生きるうえでまず認識しておきたいのが、「人間は時間の過ごし方が下手である」ということです。一日を大まかに分けると、楽しい「ポジティブな時間」、負担を感じながらも必要に迫られて何かをする「ネガティブな時間」、どちらでもない「ニュートラルな時間」の三種類があります。昔の洗濯は河原で1時間かかりましたが、今はスイッチ一つで乾燥まで行える時代。最新家電やAIの登場でネガティブな時間は激減しました。代わりに増えたのが、スマホやAIを眺めるだけの、喜びも悲しみもないニュートラルな時間です。せっかくネガティブな時間が減ったのに、人はそれをなかなかポジティブなことに使えません。なぜなら、ニュートラルな時間の方が圧倒的に楽だからです。ジムに行って体を動かせば充実感は得られますが、着替えて外出する手間を考えると、ついスマホに手が伸びてしまう。 一日の時間の過ごし方をポジティブなものにすることを心理学で「ポジティブスケジューリング」と言いますが、言語化しなければならないほど人は時間の使い方が下手なのです。だから私は、AIに対する期待よりもむしろ、人間側の変化に期待しています。まず自分の意思で人生をどうしたいかを決める。そのためのポジティブな時間にAIを使う。そうしなければ、結局AIに振り回されて時間を浪費するだけになってしまうのです。

 AIに振り回されないために重要なのが、「振れ幅のある体験」です。人は、自分の過去の経験を基準に現在を評価します。部活や仕事で苦しい経験をした人は、それが一つの参照点になります。「あの頃より今は良い状態だ」と、経験に振れ幅がある人は比較的どんな状況にも対応し、満足を感じることができます。大病をした人が「生きているだけで丸もうけ」と感じるのと同じです。一方、経験の振れ幅が小さい人は参照点が他人になってしまいます。その結果、SNSで見かけた自分より良い暮らしをしていそうな他人と比べてしまい、なかなか自分を肯定できないのです。

 人生に振れ幅を作るには、ホモ・サピエンスの本質である「意味にとらわれない未知なる経験」を重ねることが一つの道になるでしょう。それを重ねていけば、どういう人生にしたいかを考える時に、他人を羨ましがるのではなく、自分の中にどっしりとした軸ができてくるはずです。「どうAIを使えば幸せになれるか」ではなく、「自分の人生がどうなったら幸せなのか」。そこを見失わず問い続けることが、AI時代のウェルビーイングな生き方において最も大切なことだと思います。

企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)