意味のその先へ進め。
──ホモ・サピエンスの生存戦略に見るAI時代のウェルビーイング論
AIが日常に急速に浸透する中、人々の幸せやウェルビーイングはどう変わるのか——。NECでは生活者を対象に調査・分析を実施しました。
日本全国に住む15歳から74歳の男女2,057名を対象に、日常におけるAIの利用実態や、AIによる幸福感の変化、AIエージェントへの期待と不安、これからの人とAIの関わり方などについてアンケートを行い、「AIとウェルビーイングに関する生活者調査」として2026年9月15日に公開しました。
本連載では調査結果を踏まえて、AIと共に生きるこれからの社会で、人がより自分らしく豊かに過ごしていくためのヒントを、5人の有識者へのインタビューを通じて探ります。
今回の調査では、AIの利用が広がる一方で、必ずしも幸福につながるわけではない、ということが明らかになりました。AIはどうすれば、人を幸福へ導くパートナーになり得るのか。そのために、人が手放してはいけないものとは何なのか。予防医学・ウェルビーイング研究を専門とし、「健康な状態であることとは何か」を問い続けてきた石川 善樹氏に、AIと共生しながら幸せに生きていくための手がかりを伺いました。
■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年6月
対象・調査方法:15歳~74歳の男女(一般生活者) 2,057名に対し、インターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社
■調査結果:AIとウェルビーイングに関する生活者調査 AI & Well-being Consumer Survey 2026
SPEAKER 話し手

石川 善樹 氏
医学博士
予防医学研究者
公益財団法人 Well-being for Planet Earth 代表理事
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。
1.AIは人を幸福にするパートナーたりえるか
──左右するのは「人間らしさ」の基軸
─治療から予防へ、そして「健康な状態」とは何か
──まず、石川さんがウェルビーイングの研究に携わるようになった経緯をお聞かせください。
私は、広島県の小さな島で生まれ育ちました。父はその島で地域医療に携わっていた医師なのですが、医療の現場に出ると教科書に書いていないようなことがたくさん起こります。例えば、病気に罹っていても元気な人もいるし、病気ではないのに元気がないという人もいる。医学の範囲では解決できない、「元気な人と、そうではない人の違い」を探求するために、父はアメリカへ留学しました。そこで「ウェルビーイング」という概念を知り、日本に帰ってからウェルビーイングの研究と実践に注力します。そしてその道を、今は私が引き継いでいるという流れです。
父は治療医学からウェルビーイングの道に入ったのですが、私は予防医学が専門です。この2つの大きな違いは、治療医学は「病気」を扱い、予防医学は「健康」を扱うということです。ただ、予防医学の勉強を始めた当初は、健康を扱う学問でありながら、実際には病気の話がほとんどで、「健康な状態とは何か」について考えるという土壌はまだまだ育っていませんでした。徐々にウェルビーイングの認識や研究が世の中に広まり、2020年代に入ったあたりから大きく前進しています。それはコロナ禍という社会の大きな変化の影響もあると思いますし、政治や産業界、さまざまな大企業が同時にウェルビーイングという言葉を使い始めたタイミングであったことも要因かと思います。
─人間よりも優秀な、新たなパートナーとなるAI
──2020年代は、AIが急速に進化し、社会実装まで至った時期でもあります。AIの動きや、ウェルビーイングへの影響など、石川さんのお考えを伺えますか。
これからAIの社会実装が進むほど、人間と仕事をする煩わしさが、より強調されていくと感じています。例えば学生の中でも、同級生とグループワークなんてしたくないと言う生徒がいます。それは、人間があまりにも効率が悪いからです。喋らせても要領を得ないし、プロジェクトを早く進めたいのに全然返事をしてくれなかったりする。だったら、AIとやった方がコスパもタイパもいいというわけです。人と働くとなると、個人の能力の問題もあるし、モチベーションやエンゲージメントもケアしなければいけません。「なんて面倒くさいのだ、人間は!」という声をよく聞くようになりました。
そう考えると基本的には、人間とAIは良いパートナーになっていくのだと思います。それは昔、人と家畜が良い関係性を築いて農業をしたり、人と機械が産業を発展させたりしたことと同じように、新しいパートナーが増えたという感覚なのではないでしょうか。
予防医学研究者
医学博士
石川 善樹氏
─AI時代に重要な、「人間にとっての人間らしさ」
──今回の調査では、AI活用によって幸福感が「向上した」人は18.2%にとどまり、75.7%は「変わらない」と回答しました。AIの浸透が幸福感に与える影響は、まだ限定的であることが伺えます。AIの登場による幸福感の動向、そしてウェルビーイングへの影響についてお考えはありますか?
AIに限らず、これからも新しいものや技術がどんどん登場します。その新しいものを自分のウェルビーイングのために取り入れるのが上手い人もいれば、「新しいものはイヤです」と言って、未だにスマートフォンすら持たない人もいます。それはそれで理解できますし、例え不便だとしても本人なりのウェルビーイングを実現している、ということもあると思うのです。なので、幸福感の向上・低下だけで実情を推し量れるものではないのかもしれません。
大事なことは、自分にとって――もっと言うなら人間にとっての「人間らしさ」というもの。それが分かっている人は、新しいものが登場しても自分を大きく揺るがされたり、不安になって大騒ぎしたりしないのではないかと思います。変わるものと、不変のもの、ということなのかもしれないですね。単純にAIを取り入れるかどうかではなく、自分にとって何が大切かを理解していることこそが、AI時代のウェルビーイングを考える出発点なのではないでしょうか。
2.ホモ・サピエンスと都市に学ぶ「意味を超えた探求」と「助け合い」の重要性
─人間らしさの本質は、未知への探求心
──「人間らしさ」とは何かについては、さまざまな考え方があると思います。石川さんの考える「人間らしさ」とは、何にあたるのでしょうか。
「人間らしさ」というものは、何と比べるかで大きく変わるものだと思います。動物と比べていた時は、人間らしさは知性にあるのではないかと言われていました。その証拠に、私たちの祖先であるホモ・サピエンスは「知恵がある人間」という意味の言葉です。ところがAIと比べた時、知性では勝てそうにありません。すると今度は、「人間らしさとは身体性にあるのではないか」といった議論が生まれています。結局のところ、人間らしさを考える上で重要なのは、何を比較対象にしているかということなのだと思います。
人間らしさの本質を理解しやすいのが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスを比べることです。実は、ネアンデルタール人の方が体も脳も大きかったと言われています。ところがそうした身体的な特徴だけでは生存は決まらず、結果としてホモ・サピエンスが生き延びました。この事実に重要なヒントが隠されています。
2つの人類の違いはゴミ捨て場を見ると分かりやすいのですが、ネアンデルタール人が捨てていたのは、近場にある生活に必要な食べ物などでした。一方、私たちの祖先であるホモ・サピエンスが捨てていたのは、居住地域から遠い場所にあった、一見ムダにも思えるもの―である石やネックレスだったそうです。どういうことかというと、ホモ・サピエンスには、それが何につながるのか分からない未知なるものを求めて、長い距離を移動する特性があったと考えられています。目先の生活に必要なものだけにとらわれず、意味のないものを探求していたそうです。
また、動物学者の中には、「ホモ・サピエンスは他の哺乳類と違って、赤の他人を助ける傾向があり、それが人間らしさだ」と指摘する人もいます。この「助け合い」の特性が基盤にあったからこそ、人類は未知を求めて遠くへと旅立つことができたと言えるかもしれません。「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」というアフリカの有名なことわざも、本質は同じです。非合理性と共生思考の掛け合わせの先に、人類進化の可能性を見出すことができるのではないでしょうか。
─意味にとらわれると、動けなくなる
──その「意味にとらわれない」姿勢が、人間らしさやホモ・サピエンスの生存理由とどうつながるのでしょうか。
意味にとらわれていると、時代や環境が変わった時に適応できないのです。なぜなら、意味が分からないことには取り組まなくなってしまうため、あらゆる可能性を探索することができないからです。
例えば、企業が長く続かない理由は、意味にとらわれすぎるからだとよく言われます。企業活動のように物事を効率化し、収益を生み出そうとするほど、そこに意味がなければ動けなくなる。一方、人が集まってできている都市は、長く続く傾向があります。これは、都市には目的がないためです。効率化・体系化が起こりにくく、常に遠くから人が集まり続け、何らかのイノベーションが起きることで、結果として生き延び続けているのです。
この事象に関する有名な研究があります。企業の場合、従業員が2倍になっても特許数は2倍にはならず、1.75倍ぐらいに収束するそうです。一方、都市では人口が2倍になると、発明品などが2.15倍ほどになり得るといいます。同じように人数が倍になったとしても、都市と組織ではまったく違う動きをする。組織は意味や目的にとらわれ、つい短期的・中期的な効率化を目指してしまいますが、それは長期的な生存につながらない。一方で都市は短期で見ると効率的ではないように見えますが、多様な人が存在することでイノベーションが加速度的に起こり、結果として長期的な存続につながっていると言われているのです。
ここでホモ・サピエンスの話に戻りますが、彼らの特徴は「長期的に見て、結果的に効率的である行動を取り続けてきた」ということです。会社で例えるなら、あえて業界の壁を越えるとか、これまでとは全然違う場所に出張するとか、そういったことでしょうか。今日の取材も東京でやっていますが、別に北海道でやってもいいわけです。でも多分、会社はそういう決断はしない。合理性がないし、お金もかかります。ただ、ホモ・サピエンスはそれをやって、生き延びてきたのです。何かがあると分かっていて来たのではなく、何があるか分からないから来た。それが長期的に見ると、大きなイノベーションになっているというのが現状なのです。
仮にAIが突飛なアイデアを提案したとしても、今の私たちは非効率的で意味のないものを選ぶという意思決定はしづらい。しかし、長期的なウェルビーイングを考えるうえでは、未知への挑戦という視点を持ち続けることが大切なのではないでしょうか。おそらくそれが、ホモ・サピエンスの特徴であり、AI時代に大切にしたい人間性というものの一つなのではないかと思います。
─人間の未知への投資が、「AI」も「予防医学」も育んだ
──事業になるかどうかも分からないものが、いつか大きなイノベーションにつながるという意味で、基礎研究にも通じるものがあります。一方で、企業では経費削減などのために、一番に削られてしまいがちな分野でもあります。
おっしゃる通りで、最初に革新的な技術や発想が現れた時、スケールするまでの資金が最も大きなハードルです。まだ実るかどうかも分からない研究にお金や時間を投資する人がいたからこそ、新たな技術は育まれてきました。
実は「AI」と、私の専門の「予防医学」は生まれた経緯につながりがあります。最初期の資金提供元が、ロックフェラー財団(米国の石油王ジョン・D・ロックフェラーが1913年に設立した、世界最大規模の民間慈善事業団体)なのです。「予防医学」という学問を作ったのも、初めてAI研究に資金提供したのもロックフェラー財団です。その投資が無ければ今のAIの発展はもっと遅かったかもしれませんし、予防医学も生まれず、人々はコロナ禍でもっと苦しんでいたかもしれない。予防医学の教科書を開くと、1ページ目に「ロックフェラー財団の資金援助のもとに、予防医学ができた」と書いてあります。AIも予防医学も、始まりの1ページは人間の「未知のものを探求する特性」だったのです。
人間性の象徴は何かと考えた時、動物と比較して「人間らしさ=知性」だと思い込んでいたものが、AIの圧倒的な知能を前にして揺らぎ始めています。しかし人類の歴史を振り返ると、人間らしさを知性に求めていた時代はそれほど長くありません。むしろ人間らしさとは、「長い距離を移動すること」や「お互いに助け合うこと」だと考えられてきました。人間らしさを「知性」と捉えるようになったのはごく最近のことだと思います。それがAIの登場によって打ち砕かれて戸惑っているのだと思いますが、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の時代まで戻ると、「とにかく未知なることに挑戦し続ければいいのだ」と考えられるのではないでしょうか。
3.ウェルビーイングの土台となる「人生観」と「問いの立て方」
─ウェルビーイングは人それぞれであり、定義づけることはできない
──続いて、AIとの関わり方とウェルビーイングについてお聞かせください。今回の調査では、プロセスを重視する人ほどAIを使うと達成感が減る傾向が強く出ました。ウェルビーイングの観点から、この結果をどうご覧になりますか?
前提として、プロセス重視か結果重視かというのは、全然違う思考を持った人たちなので、単純に比べられないと思います。重要なのは、プロセス重視の人の中にも幸福感の高い人とそうでない人がいるということです。どのような状況においても、ウェルビーイングへの道は開かれているのです。
例えば日本では、女性の方が幸福感の高い人が多く、男性の方が少ない傾向が出ています。ですが、もちろん男性の中にも、幸せな人はたくさんいるでしょう。また、収入で言えば低い人の方が幸福感の低い人が多くなりますが、貧しくても楽しく生きている人もいる。病気であれば、「この数値を超えると病気です」と一定の基準で判断できます。しかし幸福やウェルビーイングには、そのような一律の基準がありません。そこが面白いところだと思います。
ウェルビーイングは人間の主観の領域です。だからこそ、「AIをどう使えば幸せになれるか」よりも、「自分はどんな人生を送りたいのか」を考えることの方が大切だと思います。
──ウェルビーイングは人それぞれであり、一概に定義づけられるものではないということですね。
おっしゃる通りです。ただ、ウェルビーイングのために必要な「要因」はあまり数多くはなく、一般的にはいくつかに収束します。例えば、重要な要因の一つに「お金」がありますが、そのお金で何を実現したいかは人によって違います。貯金をしたい人もいれば、旅行に使いたい人もいる。元となる要因は同じでも、どう使えばウェルビーイングな状態でいられるか、というのは人それぞれなのです。
ウェルビーイングそのものを定義することはできませんが、その大元となる要因は極めて限られています。そこで、ウェルビーイングの研究分野では要因側にアプローチしており、その中でも重要とされているのが、「選択肢」と「自己決定」です。学び方や働き方、遊び方を、自らが選択し、決められる自由があること。それがウェルビーイングを支えていると言われています。
ただ、自己決定するためには、その手前に「人生観」が必要です。自分はこれから、どうやって人生を過ごしていきたいのか、という意思がないと、そもそも人生観に沿った選択肢が入ってこなくなる。なんとなく店に入り、並んでいるものの中から選ぶだけになっている人も少なくありません。「そもそも自分は、誰と何をどこで食べたいのか」という、自分なりの意思がなければ選択もできないでしょう。
─人生観の土台を育てる
──土台となる「人生観」は、どうすれば持てるのでしょうか。
江戸時代までは、儒教という哲学が人々の基礎にありました。三十にして立つ、四十にして不惑、五十にして天命を知る――何となく人生とはそういうものだ、と考えていた人が多かったはずです。また戦後の日本なら、良い学校・良い会社に行くことが良い人生だという、すごく魅力的な人生モデルが社会に浸透していました。
でも今は、「あなたはどんな人生を送りたいですか?」と聞かれて、はっきり答えられる人は少ないのではないでしょうか。なぜかと言えば、その礎となる哲学や宗教観を、教育として受ける機会がないからです。代わりに毎日SNSでキラキラした人やお金を稼いでいそうな人を見て、魅力的な選択肢だと思い込んでいる。そのこと自体を否定するつもりはありませんが、もう少し根底にある人生観や哲学について考える機会があってもいいのではないでしょうか。
「人生観」といっても、そんなに大げさに捉えなくても良いと思います。例えば今日という一日に点数をつける。その評価の背景には、自分なりの価値観や生活観があるはずです。今の自分の時間の使い方を見直せば、何かが表れてきます。「こんな毎日でいいのか」「どんな生活なら良い点数をつけられるのか?」を考える中で、一日一つずつ変えてみるだけでも、相当違う自分になっていくはずです。そこから表出するのが、自分ならではの人生観というものになるのだと思います。
─AI時代に必要なのは「学習」より「学問」
──自分の人生の軸を持てるように、教育的な面からアプローチできることはあるのでしょうか。
AIは何でもすぐに教えてくれるので、学びのスピードは格段に速くなっています。ですが、必要な時に聞けばいいので、忘れるスピードも速くなっているように思います。
この先大事になるのは、学習ではなく学問ではないか、と考えています。高校までは学習が中心で、学習指導要領に沿って知識をインストールし、テストで正解をもらうことが一番の目標でした。でも大学以降は「学問」になります。自分だけの問いがあり、自分で学んで展開していかなければなりません。そんな局面に立った時、自分を捉えて離さない問いがなければ、「学習」に振り回されてしまいます。その場限りの学習を繰り返しても、人生そのものが前に進んでいる実感を得られません。それは、「自分の中からわき上がる問い」から学んでいないからです。
「雲はどうやってできるのだろう」というのはAIに聞いたら答えてくれると思いますが、「私はどんな雲が好きなんだろう」というのはAIには分からない。でもそこに、自分の人生における最も重要な問いが隠されているかもしれません。「これが好き」「これを知りたい」という主観の領域は、AIには提案できない。だからこそ、自分なりの問いを持てるかどうかが、人生観の確立、ひいてはウェルビーイングにつながっていくのだと思います。
4.「どうAIを使うか」から「どう生きれば幸せか」へのシフト
─AIは今後、人間にとってどのような存在になり得るか
──今回の調査で、AIに「すべてを任せたい」という人は少なく、自分をサポートして伴走してくれるパートナーとしてのAIを求める人が多い、という結果が出ています。石川さんは、これからAIがどんな存在になっていくことを期待されますか。
正直まだ分かりません。というのも、AIは現時点でも優秀すぎて、こちらの感情をものすごくケアしてくれる、有能なサポーターになっています。冒頭でもお話しした通り、これだけ仕事ができるAIと比べると、人間の非効率さや不完全さがかえって目立つようになります。その結果として、これまで以上にAIやデジタル機器と過ごす時間が増加すると思っています。
ここで認識しておきたいのは、人間は基本的に時間の過ごし方がとても下手だ、ということです。例えば、人の一日を大まかに分けると、楽しいことの多い「ポジティブな時間」と、嫌なことを仕方なくやっている「ネガティブな時間」、どちらでもない「ニュートラルな時間」の三種類があると思います。
家事や仕事のようなネガティブな時間は家電やAIの登場によって代替され、大きく減少しています。ですが、代わりにスマホやAIを眺めているだけの、強い喜びも悲しみもないニュートラルな時間が増えていませんか。せっかくネガティブな時間が減っているのに、人はそれをポジティブなことに使えない。なぜなら、そうした時間の方が圧倒的に手軽だからです。ジムに行って体を動かせば充実感は得られるかもしれませんが、着替えて外出する手間を考えると、ついスマホに手が伸びてしまう。そういう経験は誰にでもあると思います。
一日の過ごし方をポジティブなものにしていくことを心理学では「ポジティブスケジューリング」と言います。わざわざ専門用語が生まれていること自体、人間が自然には時間を上手く使えないことの表れなのかもしれません。そのため、私はAIに対して特別な期待があるわけではなく、むしろ人間側の変化に期待しています。自分の人生なのだから、まず自分の意思を持ってどうしたいのかを決める。その上でAIを使わなければ、結局AIに振り回されて時間を浪費してしまうことになります。
─「振れ幅のある体験」が、自分の参照点を増やしてくれる
──おっしゃる通り、AIは魅力的な「ニュートラルな時間」を圧倒的に増やしてしまうので、自分を見失ってしまいそうです。その中で自分の人生とは何か、という軸をしっかり持つことの重要性を感じました。
もう一つ重要なのは、AIを目先の効率化だけで終わらせないことです。AIを活用しながらも、長期的な成長や新しい挑戦につなげられるかどうか、つまり未知への探求心をどれだけ持つことができるかという視点です。
短期的な効率性にはAIは間違いなく有効ですが、AIが示した、一見すると非合理に見える選択肢を受け入れられるか。そのためには「自分は振れ幅のある人生を送りたい」という意思決定が必要です。目先のことにとらわれてしまえば、未知を求めて遠くまで歩いたホモ・サピエンスのような適応力は身につきません。時代が大きく変わった時に、ついていけなくなってしまうのだと思います。
──「振れ幅」という言葉がありましたが、どういった意味になりますか。
人は、自分の過去の経験を基準に現在を評価します。例えば部活や仕事で苦しい経験をした人は、それが一つの参照点になります。「あの頃に比べれば、今はすごく良い状態だ」という、自分の中に経験の振れ幅がある人は、比較的どんな状況にも対応でき、満足もできる。大病をした人が、「生きているだけで丸もうけ」となるのも同じことです。一方、そうした人生経験に振れ幅がない人は、参照点が他人になります。しかもSNSで、自分より良い暮らしをしているように見える他人と比べてしまうため、ずっと満足できません。
だからこそ、さまざまな経験を積んでおくことが大切なのです。今は意味が分からないことでも、分からないからこそやる、という考え方もある。長い時間軸で見ると、あの時の経験のおかげで今がある、という人も多いのではないですか。
人生に振れ幅を作るためには、やはりホモ・サピエンスの本質である「意味があるかないか分からない未知なる経験」を重ねることが必要なのでしょう。そうすれば、どういう人生を過ごしたいかを考える時に、他人を羨ましがるのではなく、自分の中にどっしりとした軸ができるのです。
繰り返しになってしまいますが、「どうAIを使えば幸せになれるのだろうか」ではなく、「自分の人生が、どうなったら幸せなのか」。そこを見失わず、問い続けていくことが、AI時代のウェルビーイングな生き方のためには最も大切なのだと思います。
企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)
記事ポイント
01|AI時代のウェルビーイングを左右するのは、自分にとっての人間らしさを持ち続けること
石川氏は、AIの社会実装が進むほど、人間よりもAIの方が効率的で優秀な場面が増え、人とAIは良きパートナーになっていくと語る。一方で、新しい技術を受け入れること自体がウェルビーイングなのではなく、不便でも使わない選択が幸福につながる人もいる。AIを取り入れるかどうかよりも、自分にとって何が大切かという「人間らしさ」の軸を持つことこそが、幸福の出発点だと指摘する。
02|人間らしさの本質とは、「未知への探求」と「助け合い」
人間らしさの本質とは知性ではなく、「未知なるものを探求する力」と指摘。また、ホモ・サピエンス特有の「赤の他人を助け合う」特性が基盤にあったからこそ、人類は未知を求めて遠くへと旅立つことができた。ホモ・サピエンスは意味や合理性だけに縛られず、何があるか分からない場所へ向かう行動を続けたことで、生き延びてきたとされている。
03|ウェルビーイングを支えるのは自己決定であり、その土台となる人生観を育てることが欠かせない
ウェルビーイングの形は人それぞれで一律には定義できない一方で、その重要な要因として「選択肢」と「自己決定」を挙げる。しかし自己決定をするためには、「自分がどんな人生を送りたいのか」という人生観が必要になる。また、AIが知識を与えてくれる時代だからこそ、自分の中から湧き上がる問いを持ち続ける「学問」の姿勢が、人生観とウェルビーイングの基盤になるという。
04|AI時代の幸福は、人生の主導権と振れ幅のある体験によって支えられる
石川氏は、AIによって家事や仕事の負担は減る一方で、人は生まれた時間を必ずしも幸福な活動に使えていないと指摘。AI時代に重要なのは、効率化だけを追い求めるのではなく、未知なる経験や挑戦によって人生の振れ幅を広げることだという。そうした体験が自分自身の参照点と人生の軸を育み、「どうAIを使うか」ではなく「自分はどんな人生なら幸せか」を問い続ける力につながる。