2017年04月11日
次世代中国 一歩先の大市場を読む
「信用」が中国人を変える
スマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」
信用情報の活用に肯定的な中国社会
注目すべきは、このアリペイという一民間企業の信用情報評価が他企業のサービス、さらには政府の信用情報ネットと連結される動きが進んでいることだ。
個人や企業としては、本音を言えば、できる限り信用度の高い相手と交友関係を結びたい、取引したいのが心情だろう。企業の人材採用も同じである。出来ることなら相手を選別したいとの思いは誰にもある。しかし先進諸国はプライバシーの観念や法的な制約が強く、事は簡単ではない。
一方、中国ではもともと社会主義的な情報一元管理の仕組みがあり、西欧社会流の「プライバシー」という観念は成熟していない。宗教的、道徳的な土壌も違う。自らの情報が公的機関はもちろん、企業によって収集、活用されることへの抵抗感は、個人差はあるものの、全般に薄い。むしろ自分自身の情報開示に相応のメリットがあるならば、積極的に公開してもよいと考える人が多数派だ。そのため企業が個人の信用情報の活用を進めやすい。ここに中国の信用情報システム構築の際立った特徴がある。
私が半ば驚きをもって「芝麻信用」を話題にすると、中国の友人たちは「私は何も問題がないから構わない。信用の高い者同士が付き合えば、そのほうが安心でしょ」と全く意に介していない。自らの信用情報の公開に抵抗感を示す人は、少なくとも私の周囲ではゼロだった。
点数が低いとホテルに泊まれず
そのような土壌もあって、個人信用情報の社会的な共有は急速に進んでいる。例えば、中国のレンタルマンション大手「自如友家(北京市)」は2016年7月、自社の過去の顧客75万人の利用履歴と「芝麻信用」の信用評価点数の連結を開始し、そのことをホームページなどで利用客に積極的に告知している。信用点数の高い顧客には優先予約や料金の優遇などを行う一方、ポイントの低い客は最悪の場合、予約を断る。また毎回の客室利用状況、支払い記録、トラブルの有無などを継続的に記録し、顧客の評価として信用点数評価に反映する。
点数の高い利用者にしてみれば、「あそこには評価の低い客は泊まれない」とわかれば安心との心理が働く。実際の運用はともあれ、「あなたの信用情報を積極的に活用していますよ」というメッセージを出すことで、質の低い顧客を遠ざけ、優良な顧客を吸引しようとしているのである。同様の動きは全国規模のビジネスホテルチェーンなども追随しており、ゆくゆくは中国のホテルやレンタルマンションのスタンダードになる可能性もある。
結婚や就職でも信用点数がモノを言う
さらに切実な問題もある。結婚や就職である。
全国に約9000万人の登録者を持つ中国最大の結婚情報サイト「百合網」は同社の提供するマッチングサービスに「芝麻信用」の信用点数を利用している。ここでもそのことは積極的に告知されており、登録者同士が閲覧できる人物紹介欄には個人の信用点数が明示されている。当然ながら、お見合い希望はポイントの高い登録者に集まる。特に女性が男性の信用点数を重視する傾向が強いため、男性登録者はなんとか事前にポイントを上げようと努力し、競うように自らの評価を開示する事態が起きている。
就職でも状況は同じだ。
16年5月、卒業・就職を控えた大学生を対象に「信用情報に関する説明会」が浙江省杭州市で開かれた。席上、コンピュータ企業のデル(中国)は「当社は採用にあたって個人の信用状況を重視している。新卒学生に対しても『芝麻信用』の評価点数を参考にする」と明言した。またマクドナルド(中国)も同様の意向を示し、「大学生も良好な習慣を身に付けてほしい」と語ったと地元紙は伝えている。早くも大学生の間で「芝麻信用」は必須のツールとなっており、いかに点数を上げるかがSNSなどで話題になっている。
さらにユニークなものとしては「芝麻信用」の「貸し出しサービス」がある。これは信用点数が600点以上あれば、街の各所に設けられたレンタル拠点で、雨傘やスマホのモバイルバッテリーなどが無料で借りられるというものだ。使用後、規定通り返却すれば信用点数の評価要因に加えられる。このほか、連載の第1回で紹介したシェア自転車のMOBIKEの使用状況も「芝麻信用」の評価に反映されると発表されている。要は、とにかく「正しい」日常生活で信用点数を上げなさいという強い動機が働く仕掛けになっている。