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2017年04月11日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「信用」が中国人を変える
スマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」

政府も信用情報の統合、活用に熱心

 こうした民間の信用情報の充実ぶりに政府は強い関心を持ち、官民の信用情報連結に熱心だ。中国南西部に位置する貴州省は17年1月、「芝麻信用」と信用情報の利用協定を締結。「信用度の高い者を支援し、低い者を懲戒する」措置を進めると発表した。そこには当然、人々に「良い行動」を促し、社会の安定を促進、治安を維持する狙いがある。

 もともと中国政府には独自の個人情報管理ネットワークがある。国務院(内閣に相当)は16年12月には「個人信用体系建設の指導に関する意見」を発表、過去の信用データの蓄積に基づいて、航空機や鉄道、列車などの利用に際して車両の損壊や車内暴力など問題行為のあった乗客、のべ700万人以上に対し、チケットの購入禁止などの措置を実施した。

 中国で航空券や列車のチケットの購入に統一の身分証での番号登録が必要なので、芳しくない前歴があると航空機や高速鉄道などの利用が禁止され、移動には在来線やバスを利用しなければならない。現実の不便もさることながら、自分にそのような前歴があることを隠しておくことが難しくなる。極めて厳しい措置といえる。当局は「今後の社会では信用は第二の身分証だ。失えば外出もままならなくなる」とメディアなどで強い警告を発している。

 こうした権力の情報ネットワークと、前述してきた民間のネットワークが連結しようとしている。「信用点数」が中国国民にとっていかに死活的な重要性を持つか、想像に余りある。

信用が最も欠けていた社会

 こうした信用情報管理の仕組みが急速に広がるのは、詰まるところ、これまで中国社会で最も欠けていたものが信用だったからだ。社会の構成員間の相互信頼が低いが故に、取引のコストは高くなり、社会の安全感維持のためのコストも高くつく。そういう状況が続いてきた。

 その状態が今、劇的に変わろうとしている。「信用の低い社会」という中国の現状を変えようと決意し、誰でも安心かつ安全に取引できる仕組み──タオバオやアリペイ、そして「芝麻信用」などを次々と生み出してきたのが、アリババのジャック・マー(馬雲)という企業家である。今や中国14億人の行動を、力による強制でなく、本人自身の意志でもって規範化に向かう仕組みを作り上げてしまった。そこには「政治」との絶妙な間合いの取り方がある。つくづく驚嘆せざるを得ない。

アリペイ(支付宝)はリアルの店舗での決済でも広く普及している

「品行方正な人々」を増やすアメとムチ

 情報のデジタル化を武器に、権力と民間が一体となって個人の信用情報を網羅的に管理し、その「アメとムチ」によって個人の行動を変えさせる。その試みは、まさに中国という専制国家ならではの凄味がある。その全ての基盤は冒頭に書いたように「快適かつ安全な社会の実現はプライバシーに優先する」という中国社会のコンセンサスにある。これが他の国で実現できるかといえば、簡単ではないだろう。

 おそらく中国は今後、どんどん「品行方正」な人々の多い国になっていく。そして非常に効率的な社会になっていくはずだ。これは社会の安定、治安の維持にとっては極めて都合がよいことである。ただ、こうした安全・安心かつ効率的な社会がどのような副産物を生むのか、それはまだ誰にもわからない。そして、このような社会は、おそらく中国だけではなく、世界の全ての国が──望むかどうかは別として──向かわざるを得ない方向だと思うのである。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

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