次世代中国 一歩先の大市場を読む
「ネットか、リアルか」
~動き出した「ニューリテール」のゆくえ
Text:田中 信彦
「ニューリテール(新しい小売)」という流れ
最近、中国の大都市では、Eコマースとリアルの店舗、さらにはレストランをも融合したような新しいタイプの「未来型」生鮮食品スーパーが人気を呼んでいる。その先端事例と目されるのが、アリババグループが展開する「盒馬鮮生(Hema Fresh)」である。上海や北京、杭州などの大都市を中心に、2018年4月の段階で計37店舗と発表されている。
店頭に並んでいる新鮮な食材を、持ち帰って料理してもいいし、スマホで注文すれば即座に家に届けてくれる。その場で調理してもらって店内のテーブル席で食べてもいい。こういう融通無碍(ゆうずうむげ)な仕組みはいかにも中国らしくて、ユニークである。
この「ネットとリアルを融合した新しいタイプの小売」という概念を初めて提唱したのは、アリババグループの総帥・馬雲(ジャック・マー)である。2016年秋、「今後10年、20年でEコマースという言い方は消える。あるのは”ニューリテール(新しい小売、中国語で「新零售」)”だけだ」と語り、「ニューリテール」は一躍、時代の注目ワードとなった。
中国語でネット上、つまりオンラインのビジネスを「線上」、オフラインのリアルビジネスを「線下」と呼ぶ。アリババグループはEコマースの「タオバオ」(淘宝網)や「TMALL」(天猫)などネット上で圧倒的な影響力を持つ代表的な「線上」の企業である。
しかし同発言でジャック・マーは「”線上”の企業は”線下”に、”線下”の企業は”線上”にそれぞれ進出し、そこに最先端の物流が加わってニューリテールになる」と語っている。つまり未来の小売とは「ネット+リアル+物流」だと言っているわけだ。
それから2年。この「ニューリテール」の流れは着実に進んでいるように見える。
目を引く店内の巨大な水槽
「盒馬鮮生」の店舗に行ってみると、店ごとに多少の違いはあるが、共通するのは海産物や精肉、生鮮野菜などの充実ぶりだ。真っ先に目を引くのが生きた海鮮類を入れた大きな生け簀(水槽)である。タラバガニや毛蟹、世界各地から輸入されたロブスター、生牡蠣、ムール貝などをはじめ、まるで大型の海鮮料理レストランに行ったかのような、さまざまな海産物が並んでいる。
商品は前述のように、買って帰ることもできるし、配達を依頼すれば3㎞圏内なら30分以内に配達してくれる。その場で調理してもらい、店内のテーブル席で食べることもできる。水槽の脇には海鮮の調理法とその加工料金を書いたプレートが掲示されており、顧客が好みの料理法を指定する。重さ1㎏、4~5人で食べられるような大きなロブスターでも調理代は20~30元(1元は約17円)程度と非常に安い。
調理法のレシピはすべて公開されており、その素材に合ったおすすめの調理法を店のアプリで見ることができる。顧客は店内のテーブル席でいわば「試食」して、気に入ったらその素材を自宅に送っておき、帰宅後にアプリを見ながら料理を再現する──といったこともできる仕掛けになっている。
店頭の鉄板で焼くステーキが人気
精肉類も充実している。中国はもともと鶏肉、豚肉の消費が多く、牛肉はやや地味な存在だった。しかし、近年、生活の都市化につれて食の多様化が進み、中国の国産牛肉の味が向上したこともあって、牛肉の人気が急上昇している。特にこの1~2年、若い世代に流行しているのがステーキだ。分厚い肉をそのまま鉄板で焼いて、素材自体の味を楽しむ。
店内で食べている人を見ると、味付けは塩とコショウだけ、「五分熟(ミディアム)」を指定する人が多い。生(なま)食に抵抗のある人が多い中国で、赤みの残るステーキをこんなに多くの人がモリモリ食べるのは、少し以前なら考えられなかったことである。
売場の野菜・果物類はきれいに洗われて、日本の高級食品スーパーのようにトレーと透明のラップで丁寧に包装されている。少量のパックや下ごしらえ済みの食材も用意されており、少人数の家族、夫婦共に職を持つ家庭でも便利である。盛り合わせ済みのサラダやカットフルーツなどもある。
生鮮スーパー+配送拠点+レストラン
店は「会員制」と称していて、顧客には専用アプリのダウンロードを求める。アプリがなくても買い物はできるが、店内での調理・食事、自宅へのデリバリーなどを利用するにはアプリが必要になる。
まとめると、この店では買い物の仕方に3つのパターンがある。
(1)購入した商品を自分で持ち帰る
通常のスーパーのように商品をカートに入れてレジに持って行き、アプリかアリペイ(もしくは現金)で代金を払う。
(2)商品をその場で調理してもらい、店内で食べる
商品に附属している二次元バーコードを自分のスマホでスキャンし、メニューから調理方法を選んで指定して、アプリで代金を支払う。あとは店内のテーブル席で待つだけ。料理ができればスマホに通知が来るのでカウンターに取りにいく。顧客が通知を見落としていたら、厨房から直接、電話がかかってくる。
(3)商品を自宅にデリバリーしてもらう
店頭の商品の棚にある二次元バーコードをスマホでスキャンするか、もしくはアプリ内の商品メニューから品物を選んで「買い物カゴ」に入れる。選び終わったらアプリで決済すれば、指定の時間に自宅に届く。つまりこの場合、本人は店内にいるが、レジに行く必要はなく、店のスタッフと接触する必要もない。いわば店はショールームであり、デリバリーのための倉庫である。商品を直接見なくてよいなら店に来る必要はない。