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2018年07月31日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「ネットか、リアルか」
~動き出した「ニューリテール」のゆくえ

店内のエビやカニは生きる広告塔

 巨大なネット企業が「線下」に進出を考えた際、単にリアルの店舗を開くだけでなく、臨場感あふれる飲食スペースを店内に設けたのはいかにも中国らしい。店内に山と積まれた新鮮な食材を、目の前でプロが調理し、ほとんど「材料費+α」のお買い得な価格で提供する。その魅力で顧客を呼び寄せる。そして専用アプリをダウンロードしてもらい、その後の日常的な食材の宅配につなげていく。店内の巨大な生け簀でうごめくエビやカニは、人々を「線下」から「線上」に引っ張り上げる広告塔なのである。

 なにしろ中国の人々の「食」にかける情熱はすさまじいものがある。メディアの報道によれば、昨今、中国の大型ショッピングモールでは売上高の40%を飲食が占めるのが普通という。店舗数が200を超えるような巨大なモールの売上高の4割が飲食という光景は、日本ではちょっと想像しにくいだろう。

 このような「生鮮スーパー+配送拠点+レストラン」という形の新型業態は、アリババグループの「盒馬鮮生」だけでなくライバルのテンセント系の大手スーパー、「永輝超市」が展開する「超級物種」や、同じくテンセントと関係が深い中国のEコマース二番手の「京東」(JD)が運営する「7 FLESH」など、さまざまな企業が進出している。

生鮮スーパー「超級物種」

「線上」から「線下」へ、「線下」から「線上」へ

 冒頭に紹介したローカルの市場(いちば)は、これまでほぼ100%、リアルな「線下」の商売であった。近所の人たちと世間話をしながら、その季節のよい食材を勧め、時に調理法を教えたりもしながら、人と人のコミュニケーションを基盤にしたビジネスを続けてきた。しかし、先に触れたように、ITの進化とデリバリーサービスの成長で、このようなローカルな市場の個人店主でも「線上」に領域を広げられる条件が整ってきた。ローカルの店主たちの多くは、これからどう進むべきか、迷っている。

 一方、アリババやテンセント、京東のような「線上」の企業はいま、先を争うように「線下」に浸透しようとしている。それはなぜかと言えば、「線上」だけでは商品の供給はできても、顧客の満足度には限度がある。店頭で実物の商品を見て、新しいものを発見し、家族や友人たちと楽しく時間を過ごす。こうした買い物の楽しさ、幸福感を提供するには、どうしても「線下」に出て行かざるを得ない。それは言ってしまえば、地元の市場の店主たちがこれまでずっとやってきたことである。

 「線上」で成長してきた巨大IT企業が「線下」に浸透する手段として真っ先に生鮮食品スーパーを手がけたのは、まさにここに理由がある。「食」を入り口に、人々の日常生活の場に入り込んでいく。そしてアプリ経由で蓄積した顧客の購買データをもとに、新たな商品を開発し、仕入れや在庫管理の精度を上げる。

 そうやって人々の「線下」の生活に「線上」の影響力が深く入り込んでいき、同時に「線下」の人と人のコミュニケーションが「線上」にも取り込まれていく。ゆくゆくは暮らしのあらゆる領域で「情報」を軸に最適化が進んでいく。おそらくそんなことになるのだろう。

「自動販売機」から「無人コンビニ」へ

 先日、上海市内の地下鉄駅で飲料の自動販売機を見かけた。ただ、この機械が普通の自販機と違うのは、本体がコンビニエンスストアの冷蔵ケースのように透明のガラスになっていて、顧客が自らドアを開けて中の商品を取り出す仕組みになっていることだ。

 機械の脇にアリペイとウィチャットペイの二次元バーコードが掲出されており、スマホでスキャンするとロックが解除され、ドアが手で開けられるようになる。顧客が商品を取り出すとセンサーが感知して代金が自動的に支払われ、ドアはロックされる。そういう仕組みである。最近、このタイプの自販機があちこちで目につくようになってきた。

 この機械を見ていて思ったのは、これは「自動販売機」というより小さな「無人コンビニ」ではないかということだ。「自動販売機」と「無人コンビニ」の違いは何か。それは「機械が商品を売る」のか「顧客が自ら商品を買う」かの違いだと私は思う。この機械は顧客が自分でドアを開け、自らの手で商品を取り出す。顧客は自分で主体的に商品を買っている。機械が自動的に売っているのではない。これは小さな違いのようでいて、実は意外と大きな意味がそこにはある。

上海市内の地下鉄駅にある「無人コンビニ」。顧客が自らドアを開けて中の商品を取り出す仕組みになっている

 「機械が売る」から「顧客が買う」へ。街角の自動販売機もこんな進化を遂げつつある。その根底にあるのは「人」を主体に考える姿勢である。人は誰でも自分の目で商品を選び、自分の意志でものを買いたいと思っている。機械に買わされたくはない。だから「商品をいかに効率よく売るか」ではなく、「どうやったら人は楽しく商品を買えるか」を考える。

 同じ構造が「ネットか、リアルか」の議論の根底にも存在している。問題は「線上か、線下か」にあるのではなく、人間にとって何が快適で、何が楽しく、満足度が高いかにある。それを本気で追求しようとするのがジャック・マー言うところの「ニューリテール」なのではないか。地下鉄のホームを歩きつつ、そんなことを考えた。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

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