「N1分析」の視点から考える、AI時代の0→1価値創出
AIが日々進化し、仕事の中でも当たり前のように使われるようになったことで、仕事への意識や幸福感にはどのような変化が生まれているのでしょうか。NECでは企業・団体で働く人を対象とした調査・分析を行い、その結果を踏まえて5人の有識者へのインタビューを実施。これからの働き方と、AIとの向き合い方を探ります。
今回お話を聞いたのは、これまでに570社以上の経営やマーケティング支援を手がけてきた西口一希氏です。AI時代における人間とAIの役割分担や「問いを立てる力」、そして主体性を持ってAIと協働するための「高い視座」についてお聞きしました。
■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年7月
対象・調査方法:513名(22歳~59歳の男女、所属する企業・団体の従業員数が50名以上かつ年間売上高が10億円以上)にインターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社
■調査結果:働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査 AI & Well-being at Work Survey 2026
SPEAKER 話し手

西口 一希 氏
Strategy Partners および Wisdom Evolution Co. 代表取締役
1967年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業。Strategy PartnersならびにWisdom Evolution Company代表取締役社長。P&G、ロート製薬、ロクシタンジャポン、SmartNewsなどでマーケティング責任者を歴任。「N1分析」をはじめとする顧客起点マーケティングの提唱者。
1.歓喜か絶望か。 —AI普及がもたらす光と影
西口 一希 氏
これまで約9年間にわたり570社以上の経営やマーケティング支援を続けてきた中で、私はAIが普及していく圧倒的なスピード感を日々実感しています。私自身もAIを積極的に使っており、毎日5時間以上も生成AIを活用しているほか、今この瞬間も別の場所でAIを稼働させているほどです。
そんな私がAIに対して抱く感想を一言で言い表すならば、「驚愕するほどの歓喜と絶望」に尽きます。月額わずか数万円で、IQ150かつ体力無限の優秀な部下が常に複数人いるかのような環境を手に入れられる点には、純粋な「驚愕」と「歓喜」を覚えずにはいられません。その一方で、特定の分野においてはもはや人間の出る幕がなくなることが現実化していく可能性も高く、そうなればこれは大きな「絶望」と言えます。従来人間が担い、そこに喜びを感じていた仕事がAIに次々と代替されてしまうからです。
しかし、作業から解放された分だけ、自分自身の時間や思考力をより本質的な領域へ注ぎ込めるようになります。見方次第で絶望は歓喜にも変わり得るからこそ、AIと向き合う際にはポジティブとネガティブの両側面が存在することを前提として理解し、主体的に活用していく姿勢が重要です。
2.「0→1」は人間、「10→∞」はAIへ —N1分析から紐解く人間の価値
では、AI時代において「人間の出る幕がなくなるのか」といえば、決してそうではありません。特に顧客理解の分野においては、今後も人間の力が極めて大きなウェイトを占め続けるでしょう。実在するたった1人の顧客を徹底的に理解し、そこから新たな価値を生み出す「N1分析」のアプローチにも、全く同じことが言えます。
本来、すべてのビジネスは「たった1人のお客様」から始まります。例えばソニーの創業期も、中古ラジオの修理から始まり、やがて裁判の速記という特定の顧客に刺さる速記録音機を作ったことが事業のきっかけでした。圧倒的な支持を示す「N1」を見つけ出し、同様のニーズを持つ層の存在を探っていく。この帰納法的なアプローチは、人間にしかできない価値創造の根幹です。
そもそも私は、マーケティングのプロセスを「0→1=価値創出」「1→10=利益化・事業モデル化」「10→∞=事業の最大化・新価値創出」という3つのステージに分けて捉えています。この3つのステージで言うと、世の中の多くの経営やマーケティングは、一定規模へ成長した後の「10→∞」を対象としていることが多いように思われます。つまり、事業の拡大を目指す中で、企業は「費用を投入してより多くの顧客に売る」というマス的・拡大志向の発想に傾斜していく流れにあるということです。N1が「0→1」で帰納法的アプローチだとするなら、この「10→∞」のフェーズは市場全体を定義した上で不特定多数をセグメントに分解していく「演繹法的アプローチ」です。しかし、どこまでいっても購買を決めるのは常に「個人の人間」です。市場を大枠から分解し、ニーズを平均化してしまうと、顧客理解の解像度が薄まってしまうことになりかねません。
この前提のもとで、AIと人間の強みを考えるとどうなるでしょうか。AIの強みはまさに「10→∞」のような形式知化・データ化された大量情報の処理にあります。市場のヒット商品や既存事例、書籍データを網羅的に学習できるため、規模を拡大するフェーズにおいてAIは強力な武器となります。ただし、ここで注意しないといけないことがあります。それは、「10→∞」ばかり行っている企業は行き詰ってしまう可能性があるということ。これが顕著になるのが、イノベーションを生み出す「0→1」の場面です。「10→∞」を追求する大企業ではノウハウが蓄積されている反面、いざ新規事業を立ち上げようとなった時に、創業期の志や体験知を持つ人が最適配置されておらず、経営層が無意識に「本当に儲かるのか」という効率性の評価基準を当てはめてしまい、イノベーションの芽を摘んでしまう傾向があります。いわゆるイノベーションのジレンマです。イノベーションの源泉となる顧客の特殊な事情やまだ言葉になっていない潜在ニーズを洞察し、事業の種を芽吹かせること。それこそが人間に求められる役割です。なぜなら、AIには暗黙知や未言語化のデータ、統合されていない情報を読み解くことはできないからです。「0→1(創出)」は人間が担い、「10→∞(拡張)」はAIが担う。この明確な住み分けと協働こそが、AI時代におけるビジネスの本質と言えます。
3.なぜオーナー企業はAIトランスフォーメーション(AX)に強いのか?「問い」の実装に必要なこと
これまで経営支援を行う中で気づいたことがひとつあります。それは、私が今までお会いしてきた中では、DXやAI活用を成功させている企業はオーナー企業が多いということ。オーナー経営者の多くは常に頭の中で問いを立て、最適解を探し続ける傾向にあります。また、一族経営ゆえに若い頃からビジネスや損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の財務3表に自然と親しんでおり、リスクに迅速に対処できる人が多いのも特長のひとつです。「長期的に生き残るために今何をすべきか」という問いを常に考え続けているからこそ、AI活用などにも感度高く取り組めているのだと思います。
AI時代にますます重要となる能力が、この「問いを立てる能力」です。問いを立てることの本質とは、目的に対し現在のビジネス構造のどこに機会やボトルネックがあるかを見極め、解決するかを模索し続けることにあります。単に「売上を20%増やすにはどうするか」と考えるのは、真の問いではありません。
AI時代のリーダーに求められることは、自社のビジネスの構造を理解し、「何を目的に、どのような仕組みで売上と利益を生み出しているのか」を完全に把握することです。その上ではじめて、正しい判断ができます。
4.AI時代を生き抜く「一つ上の視座」と主体性の回復
AIによって経営や事業運営の高度化が進むのは確かです。一方で、AIに任せられることが増えるほど、人間側に新たな課題が生まれるのも事実です。今回の調査では、「AIを5〜10年使い続けることで、記憶力・批判的思考力・問題解決能力が低下すると思う」と回答した割合が3割を超えました。この結果は、利便性の裏にある「自身の能力低下に対する強い懸念」を物語っています。
こうした不安を乗り越え、人間が本来持つ「成長したい」という欲求を満たし、やりがいや幸福感(ウェルビーイング)を高める上で鍵となるのが、心理学における「自己決定理論」の視点です。自己決定理論では、人間が自発的かつ健全に生きる上で不可欠な要素として「3つの基本欲求」を定義しています。1つ目は自らの意思で選択・決定する「自律性」、2つ目は能力を発揮して成長を実感する「有能感」、3つ目は周囲とつながり他者に貢献していると感じられる「関係性」です。
しかし現代において、AIの急激な台頭はこれら3つの欲求を脅かしています。判断を安易にAIへ委ねれば自ら思考する機会が失われて「自律性」が損なわれます。さらに、培ったスキルによる成長実感や存在感も削がれて「有能感」や「関係性」を見失い、最終的には人間とAIの主従関係が逆転するリスクすら生じるのです。
では、私たちはどのようにして主体性を取り戻すべきでしょうか。私自身の以前いた消費財メーカーでの実体験がひとつのヒントを与えてくれます。当時、データ管理担当だった私はExcelもない環境で分厚い数値を連日手入力していましたが、フロッピーディスクでデータ納品がされるようになり、その作業は一気に機械化されました。入力作業から解放されたことで、私は本来注力すべきデータの比較や分析に没頭できるようになりました。そこで分析の面白さに目覚め、ビジネスに重要な示唆をもたらして成果を挙げられたのです。もし機械化の際に主体性を失っていたら、単なる作業員として淘汰されていたでしょう。現在のAI台頭も、本質的にはこれと同じ構造なのです。
主体性を取り戻す方法は極めてシンプルです。それは「目の前の仕事を何の目的で行っているのか」を一段高い視点から捉え直すこと。自身の視座を経営層レベルまで引き上げ、全体構造を把握した上で自ら「問い」を立てるのです。これが有効だと思うのは、自発的に問いを立てる行為はAIには不可能であり、人間だけが主体となれる領域だからです。
ピーター・ドラッカーの著書にある「3人の石切り職人」の寓話は、この視座の違いを鮮明に示しています。1人目は「生活のため」、2人目は「技術磨きのため」、3人目は「大寺院を作るため」に石を切ると答えました。目的と構造を理解して働く3人目の姿勢こそが、AI時代に求められる視座にほかなりません。構造を理解せずAIに頼るのみでは1人目の受動的な存在に終わり、プロンプト操作などの技能習得も2人目の「技術志向」に過ぎず、形式知化された作業はいずれAIに代替されます。だからこそ働く人々は目的意識を持ち、自ら問いを立てる「3人目」の視座へ挑む必要があります。経営側も従業員がその視座を持てるようビジョンを示し、全員で価値を創出できる企業こそが、持続的成長を実現できるのです。
本記事はNEC「働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査」をもとに作成しています。調査結果はこちらから。
企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)