遠回りや失敗の先に、次の発見がある
──人工知能研究の第一人者が語る、イノベーションが生まれる時間の使い方
AIが日々進化し、仕事の中でも当たり前のように使われるようになったことで、仕事への意識や幸福感にはどのような変化が生まれているのでしょうか。NECでは企業・団体で働く人を対象とした調査・分析を行い、その結果を踏まえて5人の有識者へのインタビューを実施。これからの働き方と、AIとの向き合い方を探ります。
その中で今回焦点を当てるのは、人が担うべき役割です。AIに任せられることが増えるほど、私たちが依存を深めていく懸念も拭えません。人工知能研究の第一人者である栗原 聡氏は、「尖ったイノベーションを起こすことは、今のところ人間にしかできない」と語ります。人が創造性を守りながらAIと共生していくために何が必要なのか──。AIの可能性と限界、そして人が生み出せる新たな価値についてお話を伺いました。
■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年7月
対象・調査方法:513名(22歳~59歳の男女、所属する企業・団体の従業員数が50名以上かつ年間売上高が10億円以上)にインターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社
■調査結果:働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査 AI & Well-being at Work Survey 2026
SPEAKER 話し手

栗原 聡 氏
慶應義塾大学 理工学部教授
人工知能、ネットワーク科学の研究を専門とし、NTT基礎研究所、大阪大学産業科学研究所、電気通信大学大学院情報理工学研究科などを経て、2018年から現職。人工知能学会理事・編集長などを歴任。総務省情報通信法学研究会構成員、人工知能学会第20代会長も務めた。主な著書に『AIにはできない 人工知能研究者が正しく伝える限界と可能性』『AIの倫理 人間との信頼関係を創れるか』(角川新書)など。
1.AIへの「最初の一言」に、人の主体性が表れる
AIが急速に普及する中で、「AIにどこまで任せるべきか」という議論を耳にする機会が増えました。その前に、私たちはAIという存在を本当に正しく理解できているのかという点について改めて考える必要があります。
「AI(人工知能)」という言葉は、1956年のダートマス会議で生まれました。既に研究が進んでいた「人間のようにふるまう知的システム」を、そう呼び表したのです。一方で、知能という言葉の定義は曖昧で、何をもって知能とするのか統一された見解はありません。こうした定義の曖昧さを残したまま、AIは広く普及し、現在に至ります。
結果として今の私たちは、人間のように自然な受け答えをするAIに対して「知能」を感じるようになっています。しかし実際は、AIには自分で考えて動くという意味での自律性はまだ備わっていません。この印象と現実のギャップこそが、AI依存をはじめとする諸問題の根本にあると考えています。
栗原 聡 氏
AIを使う場面では、常に人間の主体性が問われています。なぜなら現在のAIは、どんなに人間のように自然な受け答えをしていても、自ら目的を定めたり、内発的な動機に基づいて行動するという仕組みを持っていないからです。AIの最初の行動は人間が指示しなければ始まらないのです。
また、その指示の出し方によっても、主体性には大きな差が生まれます。例えばAIと壁打ちをする時に、最初からAIに全てを任せるのか、「こんなアイデアを考えたが、どう思うか?」と聞くのか。全てを任せる場合、人間はAIの回答を評価するだけの存在になりますが、自分から先にアイデアを出せばAIはそれに対して答えてくれるので、「自分の意思でここまで考えた」という感覚が残ります。AIを動かす最初の一言を人間が発するという点は同じでも、そこには「AIに依存した指示」と「自分で考えた上での指示」があるのです。
この違いは、AI活用に伴う幸福感にも影響すると考えています。今回の調査で、AIを「一緒に考え、対話しながら進める伴走パートナー」と捉える人ほど幸福感が高いという傾向が出ました。その根底にあるのはAIと伴走することで得られる安心感ではないでしょうか。全てをAIに任せるということは、自分という存在は不要になってしまうという感覚に繋がります。裏を返せば、AIと伴走できている間は、「まだ自分は必要なのだ」と感じられます。そういった思いがこの結果に表れているのかもしれません。
2.AIを使えば「秀才」にはなれるが、「天才」にはなれない
AIとの関係において主体性が重要なのは、単に幸福感に影響するからだけではありません。AIに任せる割合が大きくなるほど、アウトプットは平均値へと近づいていくからです。海外の研究では、生成AIと対話しながら論文を書くと品質は上がるものの、似たり寄ったりの内容になると言われています。これはLLM(大規模言語モデル)が、膨大なデータを学習した統計モデルであり、最も確率の高い平均値を返す仕組みである以上避けられません。
言い換えると、AIを使って「秀才」にはなれても、「天才」にはなれないということです。イノベーションは平均の外側にありますから、秀才のままではたどり着けません。企業活動でも同じで、皆がAIを使えば全体のレベルは上がりますが、製品やサービスの均質化が進み、産業としての多様性は失われていきます。
とはいえ、使わなければ競争に負けてしまう以上、企業にとって、AIを使わないという選択肢はもはやありません。だからこそ人間が主導権を握り、独自性のある新たなアイデアを生み出す使い方をしなければいけないのです。
ですが仕事におけるAI活用は、多くの企業が業務効率化に向かっている印象です。確かに効率化は数字での成果が見えやすく、誰でも取り組めるため、始めやすいのだと思います。ところが、効率化自体が新しい価値を生むわけではありません。AIの開発や利用には莫大な費用がかかっているのに、それに見合う価値を生み出せていない企業が大半です。重要なのは、効率化によって生まれた時間をどう使い、新しい価値につなげるかということです。
3.遠回りや失敗にこそ、新しい発見がある──「無駄を享受する」という発想
そこで私が重要だと思っているのは、効率化によって生まれた時間で「あえて無駄を享受する」という姿勢です。新しい発想を生み出すことは効率化とは真逆の行為で、やってみれば失敗もするし、時間もかかります。しかし、その一見無駄にも見える過程こそが、実はとても重要です。というのも多くの場合、新しい発見とは偶然の産物であり、失敗などの想定外の出来事の中からしか見つからないものだからです。
例えば、ノーベル賞を受賞された先生に発明のきっかけを聞くと、「実験の失敗の中から偶然見つけた」という話がよく出てきます。これはある意味当然で、人間の脳には自分の頭にないものが急に湧いてくるという機能は備わっていないからです。我々が新たな発見をする時は、外から入ってくる情報から気づきを得ているのです。そして、何もせず情報が入ってくるのを待つのではなく、好奇心を持っていろいろと試し、時に失敗するからこそ、偶然の気づきに出会える。一方で、既存データの平均値を出す今のAIには、「試行錯誤してやってみる」ということができません。尖った一歩を踏み出せるのは、今のところ人間だけなのです。
そうした試みは、遠回りで無駄な行動にも見えるでしょう。ですが幸いなことに、私たちの手元にはAIによる効率化で生まれた時間があります。そうして生まれた時間を、あえて「無駄」を享受することに充ててみる。それが、人間ならではの新しい価値を生み出すことにつながるのだと思います。
ただ、社会全体の意識をすぐに変えるのは簡単ではありません。その点、企業は経営層を頂点とした組織ですから、社長が「やる」と言えば動き出せます。だからこそ、まずは規模の大きな企業から率先して動き、失敗を恐れず挑戦できる環境をつくることが重要です。そこからさまざまなアイデアが生まれ、社員が生き生きと働ける組織へ変わっていく。そして、その変化が社会全体へ広がっていくことを期待したいですね。
4.AIが身近になる時代こそ、学びに「悩む時間」と「身体性」を
企業が変わるためには仕組みや制度だけでなく、それを担う人材も欠かせません。新しいアイデアを出せる人、多様な物の見方ができる人はどんな会社にも必要です。そして、その力の土台となる好奇心や社会性は、社会人になってからではなく、脳が大きく発達する幼少期に育まれるものです。だからこそ、子どもへの教育が非常に重要になります。特にこれからの子どもたちは、AIが当たり前の世界で育つので、どのような教育を行うかによっては「AIに依存し、AIに動かされる社会」へ進んでしまう可能性もあるのです。
そこで重要になるのが、「悩む時間」を残すことです。何でもAIに聞けば答えてくれる時代ですが、分からないことに出会い、悩んだり、壁にぶつかったりする経験があってこそ脳は発達していきます。ですから、子どもにAIを渡して自由に使わせるのではなく、親が付き添いながら、AIを使うべき時を見極める。そうして悩む時間を残してあげることが、自分の頭で考えられる子どもを育てるためには必要です。
もう一つ、「身体性」もポイントになると考えています。これは人間の情報の受け取り方に関係しています。私たちホモ・サピエンスという種は目だけでなく五感をフルに使って情報を得ることで、少ないエネルギーで効率的に学び、生き残ってきました。一方で今は、学校でもタブレット端末やデジタル教科書が広がり、画面を通して学ぶことが当たり前になりつつあります。ただ電子媒体では、得られるのは主に視覚や聴覚を通したデジタル上の情報に限られます。紙の教科書やノートであれば、触れた質感や書き込む時の感触など、複数の感覚を同時に認識できる。そうした身体感覚と結びつくことで、学習内容がより定着しやすくなります。これだけデジタル化が進んでも、やはり脳を鍛えるには物理的な身体性が欠かせないのだと思います。
AI技術が目覚ましい発展を続ける一方で、私たちホモ・サピエンスの身体や脳は、地球上に登場した10万年前から大きく変わっていません。物事を理解するにも、人間同士が信頼し合うにも一定の時間がかかります。ところが仕事をスマートにする、効率化する…と言って物事のスピードを加速させてきた結果、私たち人間は本来のペースを見失いつつあるのかもしれません。
今ようやく、AIが時間を作ってくれるようになりました。いかにその時間を贅沢に使い、人間にしか生み出せない価値を創り出していくか。今まさに、その姿勢が問われているのではないでしょうか。
本記事はNEC「働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査」をもとに作成しています。調査結果はこちらから。
企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)