「クリエイティブファースト」で切り拓く、AI時代の未来型組織論
AIが日々進化し、仕事の中でも当たり前のように使われるようになった今、仕事への意識や幸福感にどのような影響を与えているのでしょうか。NECでは企業・団体で働く人を対象とした調査・分析を行い、その結果を踏まえて5人の有識者へのインタビューを実施。これからの働き方と、AIとの向き合い方を探ります。
その中で今回焦点を当てるのは、AI時代の働き方と生産性の本質です。マクロ経済と組織の課題について、経済学の第一人者である安田洋祐氏は「効率化で生まれた時間を活かすクリエイティブファーストの発想が重要だ」と語ります。人間ならではの価値創造に何が必要なのか──。これからの組織とAIの向き合い方についてお話を伺いました。
■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年7月
対象・調査方法:513名(22歳~59歳の男女、所属する企業・団体の従業員数が50名以上かつ年間売上高が10億円以上)にインターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社
■調査結果:働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査 AI & Well-being at Work Survey 2026
SPEAKER 話し手

安田 洋祐 氏
経済学者/政策研究大学院大学 教授
1980年東京生まれ。2002年東京大学卒業。最優秀卒論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し経済学部卒業生総代となる。米国プリンストン大学へ留学、2007年にPh.D.(経済学)を取得。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授、教授を経て、2025年10月より現職。専門はゲーム理論およびマーケットデザイン。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。政府の委員やテレビのコメンテーターとしても活動。
1.調査分析から思考の代替へ —急速に深まる研究者の危機感
私自身、研究活動や周囲の研究者のAI活用を見ていて、AIをパートナーとして非常に頼もしく感じています。文献調査やデータ分析、理論的な数理分析について問いかけると、探求すべき方向性を的確に示し、反例や適切な先行事例などを見つけ出してくれます。処理速度は圧倒的に速く、人間が起こしがちな初歩的ミスも少ないため、研究者にとって極めて強力な武器になると感じています。特に翻訳作業では、AIは間違いなく大きな力になっています。「頭の中にある構想を自然な英語にしてほしい」と頼むだけで、完成度の高い文章をすぐに提示してくれる。こうした状況を見ると、日々の仕事や研究活動において、AIはすでに欠かせないツールになっていると実感しています。
安田 洋祐 氏
一方で、AIの調査・分析能力がこのまま向上した先に何が起こるのかを考えると、少なからず恐怖もあります。研究のアイデアそのものを生み出したり、人間が大まかな質問や指示を投げるだけで高水準の研究論文に近いアウトプットを返したりする段階に達するのも、もはや時間の問題ではないでしょうか。そうなれば、「人間があえて研究する意味とは何か」という、研究者としての存在意義そのものが揺らぎかねません。単なる業務効率化を超え、人間の知的生産そのものが代替されていくことへの漠然とした恐怖や脅威があり、その変化が想定以上の速さで押し寄せていると感じています。
2.インフラ負荷と歪む経済構造 —AI社会が直面する課題と現実
確かに、個人レベルでは仕事が楽になったとか短時間でこれだけの作業が削減できたとか、「効率」は良くなっているかもしれませんが、マクロの視点で見たときに人間の労働時間に対して付加価値は増えているのでしょうか。その観点で「AIが私たちの働き方や社会全体の労働生産性をどこまで変えるのか」ということについて考えてみると、専門家の間でも見解は分かれています。慎重論の代表例が、一昨年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏です。現役の経済学者として精力的に論文を発表し、受賞前から世界的に高い評価を得てきた人物です。イノベーション研究にも長く取り組んできたアセモグル氏は、AIについて「大きく進歩していることは確かだが、現在の単線的な成長が続く限り、特定の知的作業を人間より短時間でこなしたり、優れた能力を発揮したりするにとどまり、生産性を劇的に変えるほどではないのではないか」と述べています。実際、近年の実証研究でも、AIの導入によって生産性が大きく向上したとは言い切れないとする結果が一定数出ています。多様な人間的能力を包括的に超えるAGI(汎用人工知能)やスーパーAIへ一気に移行しない限り、現状のように優れた調査・分析ツールとして使われる範囲では、社会全体を大きく変えるほどの影響は限定的だという見立てです。
さらに、よりマクロな視点から見ると、AI利用による消費電力の問題も看過できません。日本企業に限らずグローバルに見ても、AIエージェントの活用拡大は膨大な電力消費を伴います。電力不足が懸念されるなか、十分な電力やデータセンターを確保できるのかという課題も避けて通れないでしょう。AIやデータセンター需要の急増により、世界の半導体生産は追いついていない状況も課題のひとつです。
一方で、現在のAI市場では、AI技術やデジタルプラットフォームを開発・販売する一部の大手企業に利益が集中しやすい構造が見られます。関連する中小企業にも一定の恩恵はあるものの、その規模は大手企業ほど大きくありません。その結果、大手企業による半独占的な状況が生まれ、AIや新技術の台頭によって経済的な勝者と敗者が分かれる構図になりつつあります。こうした歪みに対し、アセモグル氏は「経済の力だけでなく政治の力も活用しながら正しい選択をしていく必要がある。収奪的、略奪的ではなく、包摂的な形でイノベーションを進めなければならない」と述べています。
3.事実解明と規範判断の棲み分けが生む人間の真価
AIにはさまざまな課題もありますが、それでも企業が競争力を高めていくうえで重要な技術であることは間違いありません。では、AI時代に企業は何を意識すべきなのでしょうか。投資家へ成果を示しながら組織を成長させていくために、重要な点は大きく2つあります。
1つ目は、AIの強みと人間の役割を見極めることです。AIが得意とするのは、主に調査と分析です。現時点でも平均的な人間を大きく上回り、一部の専門家を超える場面もあるでしょう。一方で、判断や決断は人間が優位性を持つ領域です。これを経済学のアプローチに例えるなら、現実がどうなっているかを捉える「事実解明的分析」はAIと相性が良い。一方で、価値判断を伴いながら「どうあるべきか」を考える「規範的分析」は、人間が担うべき領域です。どの政策を選ぶのか、AIを何のために、どこまで活用するのか。そうした主義主張や価値判断を伴う問いは、原理的にAIだけでは決められません。仮にAIに判断させるとしても、あらかじめ価値基準を与える必要があり、その基準を定めるのは人間だと思います。
2つ目は、AIを短期的な生産性向上で終わらせず、人を育てる組織づくりにつなげることです。AIは従来のDXよりも一人ひとりが自分事化しやすく、経営層にもメリットが理解されやすいと思います。だからこそ、組織の高齢化をはじめとしたさまざまな要因から、機動性や俊敏性に課題を抱えてきた日本企業にとっては変革の大きな機会になり得ます。ただし、目先の性能に振り回され、評価の伴わない成果物を量産したり、近視眼的に人件費削減で若手採用を絞ったり、未来の人材の判断力や決断力を育てる機会を奪ったりすれば、長期的には大きな損失になります。大切なのは、あくまで人間ファーストの考え方に立つことです。価値を生み出し続けられる人材と組織を育てるために、AIをどう使うのか。その答えを探りながら試行錯誤を重ねていくことこそ、これからの組織に求められる姿勢だと思います。
4.AIによって生まれた余剰を価値へと変える「クリエイティブファースト」
こうした状況を踏まえ、私が提案したいのが、付加価値創出を軸に据えた「クリエイティブファースト」という考え方です。今年4月に本メディアの取材で、DXの文脈から「クリエイティブファースト」という考え方をお話しさせていただきました(『「クリエイティブファースト」が導く日本企業の新たなDX戦略』)。さらなるAIの進化を受けた現在、その中身はより発展させていけるのではないかと思っています。
例えばですが、全社でAIなどの新技術を徹底的に活用し、従来は週5日かかっていた業務を3日で終えられるようにする。そして、生まれた残りの2日を、新設のクリエイティブ部門などで既存の業務とは異なる価値創造に充てる。AIによって得られた時間を、単なる余白ではなく、新しい挑戦の原資に変える発想です。
もっとも、「クリエイティブファースト」は言うほど簡単ではありません。AIで通常業務が効率化され、労働時間が減ったり成果が高まったりしても、その先に新たな価値を見出せる仕事や明確なメリットがなければ、空いた時間を十分に活かそうとはなりません。さらに、残業が減って収入まで下がれば、従業員のモチベーションを損なう恐れもあります。効率化で生まれた余力をどう活かし、どう評価するのか。そこまでを含めて制度として設計することが重要です。
社内で付加価値創造につながる新しいタスクを十分に用意できない場合もあるでしょう。その場合、例えば週5日の仕事を4日で終えられる人には、空いた1日を副業に充てることを例外的に認めるのも一案です。給与を維持したまま副業収入も得られるなら、本人にとって大きなメリットになります。あるいは、その時間をリスキリングやリカレント教育に使う選択肢もあります。週2日ほど確保できれば、授業を集中させることで、働きながら大学院に通い、学位取得を目指すことも現実味を帯びます。現在の社会人大学院は平日夜や土日に授業が集中し、家庭の事情がある人には負担が大きい面があります。しかし、平日を含めて柔軟に時間を使えるようになれば、本格的な学び直しの機会は広がるはずです。
ただし、こうした制度は誰にでも一律に認めるのではなく、インセンティブとしてAI活用で成果を上げた部署や、週5日分の成果を3〜4日で出せる人に限って認めることが大切です。実績に応じて副業や大学院進学を認めれば、それ自体が特別なステータスにもなります。例えば、AIで生まれた時間を使って大学院で学び、学位を取得した人をクリエイティブ部門に迎え、新たな専門知を活かして新規プロジェクトに参加してもらう。会社が最初からこうした仕組みやプログラムを示し、AI活用後のキャリア像を可視化できれば、従業員も自分ごととして前向きに取り組みやすくなります。欧米ほど雇用が流動的ではなく、長期雇用が前提の雇用制度を持つ日本だからこそ、問われるのは「いかに人員を減らすか」ではなく「今いる一人ひとりの従業員が、どう生き生きと働けるか」ではないでしょうか。その答えとして、こうした制度設計が最も現実的だと考えています。日本企業の未来をAIで切り拓いていくことは十分できると思います。
本記事はNEC「働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査」をもとに作成しています。調査結果はこちらから。
企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)