「クリエイティブファースト」で切り拓く、AI時代の未来型組織論
AIが日々進化し、仕事の中でも当たり前のように使われるようになった今、仕事への意識や幸福感にどのような変化が生まれているのでしょうか。その実態を明らかにするため、NECでは企業・団体で働く人へアンケート調査を実施しました。対象は、従業員数50名以上、年間売上高10億円以上の企業・団体に所属する、22歳から59歳の男女513名です。業務におけるAIの活用状況や、組織としての導入・ルール整備の実態、AI活用による幸福感の変化、AI時代の働きかたなどについて調査し、「働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査」として2026年10月20日に公開しました。
本連載ではその調査結果を踏まえて、AIと共に生きるこれからの社会で、人がより自分らしく豊かに働いていくためのヒントを、5人の有識者へのインタビューを通じて探ります。
その中で今回焦点を当てるのは、AI時代における働き方と生産性の本質です。マクロ経済と組織の課題について、経済学の第一人者である安田洋祐氏は「効率化で生まれた時間を活かすクリエイティブファーストの発想が重要だ」と語ります。人間ならではの価値創造に何が必要なのか──。これからの組織とAIの向き合い方についてお話を伺いました。
■調査概要
対象地域:日本全国
調査時期:2026年7月
対象・調査方法:513名(22歳~59歳の男女、所属する企業・団体の従業員数が50名以上かつ年間売上高が10億円以上)にインターネットによる調査を実施
調査主体:日本電気株式会社
■調査結果:働く人のAIとウェルビーイングに関する意識調査 AI & Well-being at Work Survey 2026
SPEAKER 話し手

安田 洋祐 氏
経済学者/政策研究大学院大学 教授
1980年東京生まれ。2002年東京大学卒業。最優秀卒論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し経済学部卒業生総代となる。米国プリンストン大学へ留学、2007年にPh.D.(経済学)を取得。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授、教授を経て、2025年10月より現職。専門はゲーム理論およびマーケットデザイン。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。政府の委員やテレビのコメンテーターとしても活動。
1.調査分析から思考の代替へ —急速に深まる研究者の危機感
─AIにはできない、人間の未知への創意工夫
──よりAIエージェントというものが生活の中にかなり浸透してきたと感じております。今回はウェルビーイングという観点から法人を対象とした調査を行わせていただいたのですが、安田先生は人間とAIの関係性についてどのように捉えられていますでしょうか?
私自身、研究活動や周囲の研究者のAI活用を見ていて、AIをパートナーとして非常に頼もしく感じています。文献調査やデータ分析、理論的な数理分析について問いかけると、探求すべき方向性を的確に示し、反例や適切な先行事例などを見つけ出してくれます。処理速度は圧倒的に速く、人間が起こしがちな初歩的ミスも少ないため、研究者にとって極めて強力な武器になると感じています。特に翻訳作業では、AIは間違いなく大きな力になっています。「頭の中にある構想を自然な英語にしてほしい」と頼むだけで、完成度の高い文章をすぐに提示してくれる。こうした状況を見ると、日々の仕事や研究活動において、AIはすでに欠かせないツールになっていると実感しています。
安田 洋祐 氏
一方で、AIの調査・分析能力がこのまま向上した先に何が起こるのかを考えると、少なからず恐怖もあります。研究のアイデアそのものを生み出したり、人間が大まかな質問や指示を投げるだけで高水準の研究論文に近いアウトプットを返したりする段階に達するのも、もはや時間の問題ではないでしょうか。そうなれば、「人間があえて研究する意味とは何か」という、研究者としての存在意義そのものが揺らぎかねません。単なる業務効率化を超え、人間の知的生産そのものが代替されていくことへの漠然とした恐怖や脅威があり、その変化が想定以上の速さで押し寄せていると感じています。
2.インフラ負荷と歪む経済構造 —AI社会が直面する課題と現実
─ワンパーソンカンパニーの台頭とAI運用のコスト課題
──個人レベルでは仕事が楽になった、あるいは短時間でより多くの作業を進められるようになったという形で、「効率」の向上は見られるかもしれませんが、マクロの視点で見たときに人間の労働時間に対して付加価値は増えているのでしょうか。
「AIが私たちの働き方や社会全体の生産性をどこまで変えるのか」を考えると、専門家の間でも見解は分かれています。慎重論の代表例が、2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏です。現役の経済学者として精力的に論文を発表し、受賞前から世界的に高い評価を得てきた人物です。イノベーション研究にも長く取り組んできたアセモグル氏は、AIについて「大きく進歩していることは確かだが、現在の単線的な成長が続く限り、特定の知的作業では人間を上回る能力を発揮するものの、生産性を劇的に変えるほどではないのではないか」と述べています。実際、近年の実証研究でも、AIの導入によって生産性が大きく向上したとは言い切れないとする結果が一定数出ています。多様な人間的能力を包括的に超えるAGI(汎用人工知能)やスーパーAIへ一気に移行しない限り、現状のように優れた調査・分析ツールとして使われる範囲では、社会全体を大きく変えるほどの影響は限定的だという見立てです。
近年は、AIエージェントを活用して一人で起業する「ワンパーソンカンパニー」も増えています。AIを活用して小規模ながら大企業に劣らないイノベーションを生み出すこともでき、人件費を抑えられると思われがちですが、実際にはAI利用料が高額になるケースも少なくなく、使用量によっては想定以上のコストが発生するケースもあります。効率性や生産性を大きく高められなければ投資を回収できず、やみくもなAI投資が必ずしもコスト優位につながるとは限らないということも知っておくべきだと思います。
─環境負荷と経済の歪みを生むAI過度依存への危機感
日本企業の枠を超えたグローバルな視点で見ても、AIエージェントをどんどん活用するということは、膨大な電力を使うことにもなります。電力不足が叫ばれるなかで、「今後きちんと電力を確保できるのか」「データセンターを賄えるのか」などの問題も出てきます。ただでさえ、AIやデータセンター需要がこれほどまでに伸びたことで、世界の半導体生産は追いついていない状況です。
単に効率的だからという理由でAIを過度に使い続けると、実は使い方によっては高コストになり、いろいろとマクロ経済に歪みを生み出し、結果的に環境への負荷も増えてしまうことにもつながってしまいます。これらのリスクを考慮して、「AIとの付き合い方を考え直すべきではないか」という論者は実際にいるのです。
ただ、多くの研究者は、「そうは言っても今回のAIは今までの技術革新とは質が違うのではないか」と考えています。よく言われるのが、労働力を補完するのか代替するのかという話です。過去の技術革新でいうと、直近ではIT革命、デジタル革命などがありましたが、共通しているのは業務を効率化してくれるということに他なりません。効率化をすると、少ない労働時間、少ない労働者で業務を賄えるようになるので、仕事がなくなってしまうのではないかという議論があります。10年ほど前に、イギリスのオックスフォードのマイケル・オズボーン氏が、今後何十年かで世の中の仕事の半分近くはなくなるのではないかという予測を出しましたが、あれはあの時点ではかなり行き過ぎた予測だったと思うのです。確かに人の代わりにAIとかデジタル技術が扱うことのできるタスクは増えました。ところが、タスクとジョブ(仕事)は同じではないため、タスクが代替されても新しい仕事が生まれる、人間が担うべき役割は出てくると思います。AIの登場で消えていく仕事がある一方で、同時に新しい仕事が生まれて、トータルで見ると仕事量が減らないどころか、むしろ増えていくということが、今までの技術革新のもとでは起きてきたのです。今回のAIについては、「This time is different」などといろいろな言われ方をするのですが、今回は少し違う、かなり代替が進むのではないかと考えている専門家も多いようです。
─大手企業への利益集中が招く経済格差
先ほどマクロ経済の観点からお話ししましたが、現在のAI市場を見ると、一部のAI技術やデジタルプラットフォームを開発・販売する大手企業に利益が集中しやすい構造になっているように見えます。もちろん、関連する中小企業にも一定の恩恵はあるでしょう。ただし、その規模は大手企業ほど大きくありません。結果として、大手企業による半独占的な状況が生まれ、AIや新技術の台頭によって、経済的な勝者と敗者が分かれる構図になっているように思います。
こうした経済構造の歪みに対し、アセモグル氏は「経済の力だけでなく政治の力も活用しながら、正しい選択をしていく必要がある。収奪的、略奪的ではなく、包摂的な形でイノベーションを進めなければならない」と述べています。
─日米の雇用構造から紐解くAI導入とリストラの現実解
──今回のAIエージェントの普及を見ていると、数年前のDXと似た流れを感じます。「デジタルを使えばいい、AIを使えばいい」という発想が先行し、経済や組織の仕組みが整わないまま、技術だけが導入されているような印象があります。この点について、どのようにお考えでしょうか。
新技術を導入する際、一番わかりやすい活用方法というのがコスト削減です。今まで10人でやっていた作業を5人にする。そうすると5人分の人件費が浮きます。アメリカの企業はその5人を解雇することで業績を改善させます。人件費というのは、特にサービス業の場合は一番大きな費用なので、その削減によって利益率を高め、新しい仕事がどんどん拡大していくわけです。結果、そこで付加価値が生まれてきます。
さらにその先、事業規模が大きくなっていくと新しい人材が必要になってくるので、今までのデスクワーカーとは違った職種の人を雇うことになる。従来通りの人材の雇用は一旦減りますが、うまく新技術を導入して稼げる企業に生まれ変わったら、そこで事業拡大をします。そこでまた新しい人を雇うというダイナミズムが自然と生まれてくるのが、いわゆるアメリカ型の経済の仕組みです。
日本やヨーロッパ諸国はそういう社会構造にはなっていないので、新技術を導入しても、リストラによって利益を高めるということが非常に難しいという問題があります。論者によっては、「これこそがまさに問題で、もっと労働市場を流動化させるべきだ」とおっしゃる人もいますが、個人的にはあまり現実的だとは思っていません。労働市場とか雇用慣行というのは、いろいろな長い歴史があって、経路依存性みたいなものがあるので、そこを変えるというのはかなり大鉈を振るうことになるため、今の労働環境をある程度の前提としながら、個々の企業は動いていかざるを得ないように思います。
─経営陣やシニア層を巻き込むAIが日本企業変革の鍵に
──そのような社会構造の中で、どうすれば突破口が見つかるのでしょうか?
DXは、ある程度人を選ぶ技術だったと思います。例えば本格的にデータ分析を行うには、AI普及前であれば自分たちでプログラムを書く必要があったり、ソフトウェアを使うにも一定の知識が求められたりしました。社内にコーディングできる人材がいなければ、そもそもソフトを動かせないという課題もありました。その点は、今回のAI普及によって大きく変わりました。自然言語で問いかけるだけで回答を得られるため、専門的なITスキルがなくても、AIを業務に活用しやすくなりました。実際、今回のアンケートでもAIを活用している人は多く、利用のハードルが下がっていることがうかがえます。これは、従来のデジタル技術との大きな違いだと思います。
この違いを正しく理解し、うまく活用できれば、特に日本企業にとって大きなチャンスになるのではないでしょうか。日本企業は平均年齢が高い傾向にあるため、導入ハードルの低いAIは効果を発揮しやすいはずです。高齢化によって組織の機動性や俊敏性が低下しがちな中で、AIは年齢を問わず受け入れやすい珍しい技術です。機動性や俊敏性に課題を抱えてきた日本企業にとって、福音となりうる新技術だと思います。
─経営層と現場の情報の非対称性がある前提での組織づくり
──確かに、AIはChatGPTなどですでに身近な存在になっているため、これまでのDXよりも抵抗なく組織に浸透していきそうです。その分、導入にあたっては組織の作り方や企業のあり方にも、これまでとは異なるアプローチが求められるのでしょうか。
そうですね。AIが出てきた当初は「本当にAIを導入してよいのか」「データをAIサービスに預けてもよいのか」といった抵抗感がありました。対クライアント向けにも、AIが出したアウトプットと人がきちんと作業した成果物との違いが意識されるなど、さまざまな課題がありました。しかし、一定の様子見期間を経て、現在では多くの企業でAIの活用が前提になりつつあります。どこまでの作業を任せるのか、どの範囲のデータをAIに扱わせるのかという基準は各社で異なりますが、よほど秘匿性の高い情報を除いては、もはや「使わない」という選択肢はほとんどなくなっています。日本の産業界においてこれほど急速にAIが浸透したのは、経営層にとってもその実用性やインパクトが非常にイメージしやすかったからではないでしょうか。DX という言葉が出てきた当初は、若手の中には「デジタル化やデジタライゼーションによってこんなに変わります」ということがピンときた方もいたかと思いますが、経営層にとってみれば、その有用性が実感できなかった部分もあったのではないでしょうか。
経済学的なキーワードで言うと、経営層と現場の間に「情報の非対称性」のようなものがあったと思います。それを埋めるのにかなり時間がかかったのではないでしょうか。競合他社のなかで「デジタル化を積極的に進めます」「データ分析でこういった成果を上げました」という事例がポツポツと出てくると、「なぜうちはやらないのか」という話になり、DXの有用性には特に腹落ちしていないけれど、同業他社の成功事例を見て少しずつ推進をしていく。DXはそういう流れで広まってきた背景があると思います。
AIの場合はおそらく、「競合他社がうまくいっているから」という理由など関係なく、自然な流れで取り入れていると思います。その理由の一つは、経営層自身がスマートフォンにChatGPTやGeminiを入れるだけで、その価値を手軽に体験できたことです。AIを使い始めると、「ここまで質の高い回答が返ってくるのか」と驚いた人も多かったと思います。AIにはそういう、百聞は一見に如かず的な効果がありました。だからこそ、議論や説明だけでは伝わりにくかった価値が実際に触れることを通じて共有されやすかったのではないでしょうか。
問題は、これをどう活用していくか。AI自体にポテンシャルはあるけれども、個々の従業員が積極的にAIを使いたがるかどうかというのはまた別問題です。積極的に使ったとしても、最初の頃はいかにも生産性が上がって、短時間で質の高いアウトプットが出たような錯覚に陥りますが、長い目で見ると従業員の質が劣化していって、稼ぐ力を発揮しにくい組織になっていっているかもしれないという懸念もある。そういった罠に陥らずにAIを浸透させていくためには、広い意味での組織づくりみたいなものが欠かせないと思います。
DXの時は、「そもそも何をやりたかったのか」といったところでつまずいている企業も多かったと思いますが、AI活用に関しては、自分たちがやりたいことも、AIに任せたいことも明確になっているケースが多いと感じます。ただ、うまくAIを使っていく、そして長い目で見て企業の競争力を損なわないAIの浸透のさせ方やデザインの仕方において、まだ正解がない状況です。そこが一番難しいと思います。
─余力を価値創出へ変える仕組みが従業員の幸福感を高める
──今回の調査でも、「AIで生まれた余力をどう活かせていますか?」という質問をしたところ、新しい価値創出に活かせているという企業はなかなか少ないように見受けられます。また、活かしたいけれども受け皿がないと答えた方も28%近くいます。安田先生はさまざまな企業とコラボレーションされていますが、そうした傾向は実際に感じられますか?
先ほども触れたように、AI導入時の発想は、日本とアメリカ型の組織では大きく異なります。アメリカ型では、効率化で人員を減らし、必要になれば価値創出に適した人材を新たに雇えばよいという考え方が一般的です。一方、日本企業では、今いる人材を生かすことを重視する傾向があるので、従業員のモチベーションの向上は重要です。最初からAIによって生まれた時間や余力を、価値創出に回す仕組みを整えたうえでAIを活用する企業と、まず使ってみて時間短縮に成功してから次の活用を考える企業とでは、その点に違いが出てくると思います。懸命にAIを導入して作業時間を短縮できた先に、今より楽しい仕事に取り組める、あるいは給与が上がる可能性があると分かっていれば、活用へのモチベーションは高まります。そうした期待があるからこそ、今回の調査でも、価値創出につなげられている層と単なる効率化にとどまっている層の間で、幸福感に大きな差が出たのだと思います。
組織から見れば、コスト削減を超えて付加価値創出につながることは、利益や企業価値の面でもプラスです。さらに従業員のウェルビーイング向上にもつながるなら、メリットは大きい。単なる効率化にとどまらず、価値創出まで見据えた組織づくりは、収益面だけでなく、人材獲得の競争力にもつながるはずです。
例えば、「当社はAIを単なる効率化や時短にとどめず、削減できた人員や時間を新規事業や付加価値創出に振り向け、これだけのプロジェクトを立ち上げました」と示せる企業は強いでしょう。さらに、従来は手が回らなかった領域にも人を配置でき、その業務に携わる従業員がやりがいや満足感、幸福感を得ていると伝えられれば、「自分もこの会社でAIを活用し、価値創出に関わりたい」と考える人が出てくるかもしれません。
企業は金融市場、資本市場、財・サービス市場など、さまざまな市場と関わっています。投資家の目線で見れば、AI活用が進んでいる企業の方が評価されやすいでしょう。また、商品やサービスを提供する市場でも、AIを活用してコストを下げられれば、競争優位性を確保しやすくなります。
意外と見落とされがちですが、労働市場でも大きな訴求力があります。今回の調査からも、AIをうまく活用できている企業は、企業価値や利益に貢献するだけでなく、従業員満足度も高い可能性が示されています。外部の優秀な人材を惹きつけるうえでも、既存の従業員がやりがいを感じ、生産性を保ちながら働き続けるうえでも、AI活用は重要な意味を持つ。今回の調査は、そうした外部・内部の労働市場に対するメリットも浮き彫りにしたのではないかと思います。
3.事実解明と規範判断の棲み分けが生む人間の真価
─投資家の外部圧力も短期成果と変化を促すパワーになる
──経営者の多くは、AIの利便性や各市場へのメリットを理解している一方で、それを組織や企業のあり方に十分反映できていないように見えます。その背景には、米国市場との制度的な違いがあるのでしょうか。それとも、日本企業に多い任期制の役員構造や、短期的な利益・売上を重視する「現在バイアス」が影響しているのでしょうか。安田先生は、何が主な原因だとお考えでしょうか?
今のお話に出てきた「現在バイアス」、つまり短期志向は、AIに限った問題ではありません。日本では、米国などにやや遅れる形で、株主に寄り添う経営が注目されるようになっています。法人の所有者は株主であるという原則を踏まえれば、株主に利益を還元し、稼げる企業であることを示すのはもちろん重要です。
ただし、長期的な視点で進めるプロジェクトが本当に正しいかどうかは、その時点では分かりません。資金を出す投資家側と、経営を担う企業側との間には大きな情報の非対称性があります。一方、創業家が大株主であるファミリー企業のように、所有と経営が分離していない場合では、この問題は起きにくい。長期的な利益や社会的価値を重視する経営も、自分たちの判断で進めやすくなります。
そのため近年は、上場企業が非上場化し、プライベート・エクイティ・ファンドなどの支援を受けながら、外部株主の声から距離を置き、自分たちの経営を取り戻そうとする動きもあります。一方で、多くの上場企業は情報の非対称性がある中で経営の健全性を示す必要があり、長期的に取り組みたいことがあっても、短期的な数字を出して投資家を納得させなければなりません。この制約は、AIの有無にかかわらず存在します。ただ、AIについては、所有と経営の分離やコーポレートガバナンスが短期志向を生み、導入を妨げている例は、それほど多くないと思います。DXに比べてもAIは導入に時間がかからず、成果も見えやすい。長期的な利益や組織変革を重視する企業ほど、短期的な要求によってAI導入が進まない、という状況はあまり起きていないのではないでしょうか。
むしろ、短期的な成果を求められるからこそ、AI導入が加速している面もあると思います。それが望ましいかは別として、物言う株主などの影響は、AI導入を遅らせるよりも後押しする方向に働いているのではないでしょうか。変化が遅いと指摘されがちな日本企業にとって、AI導入に関しては、外部からの圧力がむしろ前向きに作用しているようにも感じます。
─事実解明と規範的分析の棲み分けから探る人間の役割
──つまり、AIは短期的な成果を示しやすく、日本市場の投資家への訴求と相性が良いということですね。だからこそ、企業は投資家に成果を示しつつ、同時に組織をどう変えていくかを考える段階に来ているということでしょうか。
その通りです。この点で重要なのは大きく2つあります。1つ目は、AIが得意とするのは調査と分析だということです。分析にはさまざまな種類がありますが、現時点でも平均的な人間を大きく上回り、一部の専門家より優れている場面もあると思います。一方で、判断や決断は人間が優位に立つ領域です。そもそもAIには判断しにくいものが多いからです。
少し回り道になりますが、経済学における2つのアプローチにたとえると分かりやすいと思います。経済分析には大きく2種類あります。1つは「事実解明的分析」、あるいは「記述的分析」と呼ばれるもので、現実がどうなっているかを捉える分析です。もう1つは「規範的分析」、英語ではNormative Analysisと呼ばれ、価値判断を伴いながら「どうあるべきか」を考えるアプローチです。
現実の経済がどう機能しているかを分析するのが、前者の事実解明的なアプローチです。経済理論や分析ツール、データを使って、経済の現状を読み解きます。そのうえで、どの政策を選ぶべきか、企業であればどのようにツールを活用すべきかを考えるのが、後者の価値判断を伴う規範的なアプローチです。
このように主義主張や価値判断が関わる領域は、原理的にAIだけでは判断できません。仮に判断できるとしても、事前に特定の価値基準をAIに与える必要があります。そして、その価値基準を決めるのは、あくまで人間です。
─問いの提示と決断を担う人間主導の意思決定力の重要性
企業におけるAI導入・活用について、少し抽象的な例で考えてみます。経営者の選択肢として、AとBの2つのアプローチがあるとします。Aは、一部の従業員に成果が集中するものの、会社全体の売上が2倍になる方法です。稼げる人がAIを活用して大きく成果を伸ばし、会社全体を成長させるイメージです。一方のBは、特定の人や部署に限らず、全員がAIを活用することで一人ひとりの売上が改善し、会社全体では1.5倍程度に成長する方法です。どちらを選ぶべきか、経営者の間でも意見が分かれるでしょう。短期的な企業価値や株主目線で見れば、売上が2倍になるAは魅力的です。ただし、成果を上げた社員が退職すれば、一気に企業戦力が失われる可能性もあり、持続可能性の観点では不安があります。短期ではA、長期ではBが望ましいかもしれませんが、正解はありません。一方で、最終的にどちらを選ぶかという判断はAIにはできません。AIが得意なのは、AやBを選んだ場合に、どのような仕組みで売上が伸びるのかを分析することです。
今後は、従来なら答えを出すのが難しかったり、時間がかかったりした定量化しにくい問いに対しても、AIが一定の答えを示すようになるでしょう。つまり、調査分析の力は格段に高まっていくということです。だからこそ重要になるのは、「人間がどのような問いや仮説を立てるか」ということと、「AIの分析結果から何を選び取るかという判断力」です。調査分析はAIに任せられる一方で、問いを設定し、最終的に決断するのは人間の役割です。主体的に意思決定できる従業員を育てられる組織ほど、AIを長期的な成長に資する形で活用できるはずです。逆に言えば、判断までAIに委ねれば、人は決断しなくなり、組織はAIに使われる側になってしまいます。AIがコモディティ化していく中で、付加価値を生む鍵は、人が決め、判断する余地をどれだけ残せるかにあります。
これは言うほど簡単ではありません。学生を見ていても、AIを当たり前に使うほど、判断力が育つどころか失われていくように感じます。組織にとってAIは強力な武器である一方、人材育成の観点では、決断する力や判断する力を養える使い方にシフトしていかなければ、時間とともに意思決定力は弱まっていく可能性があります。そこが最大の課題であり、うまく乗り越えられれば大きな成長余地にもなると思います。
─若手の採用抑制が招く将来の意思決定層不足という危機
──現状では、AIの答えを盲信したり、人間の代替として使おうとしたりする動きもあります。そのため、組織として使い方にどうガバナンスを効かせ、望ましい方向へ導くかという設計が必要だと、改めて感じました。実際、今回の調査でも、組織によるAI活用の支援や設計が整っているほど幸福感のスコアが高いという結果が出ています。個人の努力だけでなく、組織自体の設計が従業員にとって重要なのだと思います。
その通りだと思います。今後、日本企業でも起こり得る問題として、調査分析のために若手を採用しなくなる動きがあります。これはアメリカで先行していると言われています。経験を積んだミドルシニア層にとっては、データの洗い出しや文献調査を部下に任せるより、AIに任せた方が速く、質も高い。自分のアウトプットだけを考えれば、人よりAIを使う方が効率的だと判断しやすいのです。
ミドルシニアの従業員にとっては合理的でも、組織にとって望ましいかどうかは、経営陣が慎重に考える必要があります。若手を採用しなければ、調査分析を通じて判断力や決断力を培う機会が失われ、将来的に意思決定を担う人材が不足する恐れがあります。今は、AI登場前に十分な経験を積んだ人たちが意思決定を担えます。そうした人材がAIを活用すれば、短期的には業績にもプラスに働くでしょう。
しかし、AIを使えるから若手を雇わず、調査分析の経験も積ませないとなれば、組織内に決断力や判断力は育ちません。そうなると長期的には、10年、20年後に組織内で意思決定できる人材がいなくなる恐れがあります。その段階で育成を始めてもすでに手遅れです。短期的にはAIシフトで新規採用や調査分析のための人材を絞ることが合理的に見えても、将来的には判断・決断を担う人材不足につながります。
とはいえ日本では、そこまで露骨に新卒採用を絞っているわけではありません。人員削減が進むとされるコンサルティング業界でも、日本ではまだ急激な削減には至っていません。むしろ、若手をどう育てるかは、日本企業が本来得意としてきた領域だと期待しています。終身雇用に近い風土が残る企業では、若手を採用した後、将来の経営層や幹部候補としてどのように経営力や判断力を養うかを長期的に考えやすい。20年後、30年後を見据え、今どのようにAIを使わせるべきかを設計することは、答えのない、やりがいのある問いです。AI活用を将来の幹部育成と結びつけて設計するのも面白いと思います。
例えば、定期的にAIを使わず、新規事業を検討する社内研修や合宿を行うのも一案です。通常業務に戻ればAIを使えばよい。ただ、「AIに使われない人材になれているか」を確認する機会として、あえてAIなしで発想する場を定期的に設ける。検索エンジンなど通常の情報収集手段は使いつつ、調査分析など、自分で考える作業を残すことで、判断力や決断力を養えるかもしれません。
─いま必要なのは、時間管理から成果物評価へ転換する人事評価制度の刷新
──人が担うべき領域とAIが得意な領域は、明確に二分できるわけではありませんし、人間が判断や決断を行うには、調査分析や企画立案のプロセスを理解している必要があります。つまり、すべてをAIに任せるのではなく、人間がAIの作業内容や事業全体の流れを把握し、コントロールする意識を持つことが重要だということでしょうか?
そうですね。これはAI固有の問題ではありませんが、日本の多くの組織では、従業員の成果やパフォーマンスを評価する仕組みを見直す必要があります。いまだに、労働時間や上司が把握できる働きぶりといったインプットで管理する傾向が強いからです。すべてを成果だけで測る必要はありませんが、成果物の質や成長を見て評価しなければ、本人も納得しにくい。ジョブ型雇用が定着しにくかった背景にも、人事評価が成果と十分に結びついてこなかったことがあると思います。
その課題が大きく表れたのが、コロナ禍でした。成果に報酬を払う仕組みが徹底された組織では、リモートワークへ移行しても大きな問題は起きにくかった。一方、労働時間や勤務態度といったインプットで管理していた組織では、働きぶりを把握しにくくなりました。日常的に顔を合わせ、表情や雑談から異変や勤務実態をつかむことも難しくなったためです。リモートワークが広がった現在、インプット中心の評価はますます機能しにくくなっています。
だからこそ今後は、アウトプットや成果をきちんと評価することが一層重要になります。これをおろそかにすると、見た目には成果が出ているように見えても、実際には価値創出につながっていないケースが増えるかもしれません。AIは短時間で見栄えのする成果物を作れるため、一見すると分析しているように見えても、よく読むと中身が薄いケースが起こり得ます。見た目は立派でも意味が乏しい資料は評価せず、逆に見栄えは地味でも、考え抜いた痕跡や判断・決断がある成果物を評価する仕組みが必要です。そうしなければ、AIを使って手を抜く人が、今まで以上に増える恐れがあります。
「やっている感」を演出するためのAI活用が広がれば、企業全体の収益力は低下しかねません。そうならないためにも、アウトプットで評価する姿勢を、これまで以上に徹底する必要があります。
4.AIによって生まれた余剰を価値へと変える「クリエイティブファースト」
─付加価値創造のための「クリエイティブファースト」という考え方
──企業変革にAIを活用する際、まだまだ課題が多いように思います。安田先生としては、どのようなアクションが新たな成長の可能性につながるとお考えでしょうか?
私がアイデアとして提示したいのが、付加価値を生み出すための「クリエイティブファースト」という考え方です。まず、全社でAIをはじめとした新技術をフル活用する。その上で、今まで週5日で行っていた作業を3日でできるようになったら、残りの2日間は新設したクリエイティブ部門のような組織に行って、まったく新しい分野のチャレンジなどに充ててみるのです。また、個々の従業員が、AIによる業務効率化の成果を実感できるような職場にしていくことも重要です。新技術の導入で作業時間を短縮できても、空いた時間に別の作業を求められるだけでは、生産性の向上にはつながりません。その壁を乗り越えていかなきゃいけないという点においては、かつてのDXによるデジタル革命も今回のAIも大きくは同じだと思います。
─AI活用で生まれた時間を個人の成長と学び直しへ還元する
──今後、AIで生まれた時間をどう活用できるでしょうか。社内での評価のあり方とあわせて教えてください。
まず重要なのはアウトプットや成果物をきちんと評価することです。評価は必ずしもすべてを金銭的なインセンティブに置き換える必要はありません。「あなたの仕事を見ている」と伝わることが大切です。先週の成果物と比べて今週はどこが改善したのか、どこを直すべきなのかを丁寧にフィードバックし、従業員が納得感を持って働ける環境を整える。これはAIの有無にかかわらず、組織づくりの基本だと思います。
また、先ほど「クリエイティブファースト」の必要性をお話ししましたが、実行は簡単ではありません。AIで業務を効率化し、働く時間を減らせたり成果が上がったりしても、その先に新たな価値を見出せる仕事や明確なメリットがなければ、空いた時間を有効に使えない可能性があります。残業が減って収入まで下がれば、かえってモチベーションを損なうかもしれません。だからこそ、効率化で生まれた余力をどう報いるか、どう活かすかを設計することが重要です。
社内に付加価値創造につながる新しいタスクを用意できない場合も多いと思います。その場合、例えば、週5日の仕事を4日で終えられるようになった人には、空いた1日を副業に充てることを例外的に認めるのも一案です。給与は減らさず、副業収入も得られるなら、本人にとって大きなメリットになります。あるいは、その時間をリスキリングやリカレント教育に使うことも考えられます。
週1日では難しくても、週2日ほど確保できれば、授業を集中させることで働きながら大学院に通い、学位を取得できる可能性があります。現在の社会人大学院は、平日夜や土日に授業が集中し、家庭の事情がある人には負担が大きい面があります。しかし、平日を含めて柔軟に時間を使えれば、本格的な学び直しの機会は広がるはずです。
重要なのは、誰にでも一律に認めるのではなく、AI活用で成果を上げた部署や、週5日分の成果を3〜4日で出せる人に限って認めることです。そうした実績があれば、副業や大学院進学を認める。それ自体が特別なステータスにもなり得ます。例えば、AI活用で生まれた時間を使って大学院で学び、学位を取得して戻ってきた人をクリエイティブ部門に迎え、新たな専門知を活かして新規プロジェクトに参加してもらう、といった形です。最初から、会社としてこうした仕組みやプログラムを用意していることを示し、AIを活用した人のその後のキャリアが見えるようにすれば、従業員も自分ごととして前向きに取り組みやすくなります。リストラが難しい日本の組織には、こうした制度設計が向いていると思います。
─目先の効率化に惑わされず「人間ファースト」で挑む変革へ
──クリエイティブファーストを社会に実装していくうえで、AIを提供する企業や、これからAIを活用する企業・組織は、まず何に取り組むべきでしょうか。
今日の話では、決定打を示せたわけではありませんが、取り組めることはいくつもあります。AIと直接関係しないように見えて、実は重要なのが、先ほど触れたアウトプット評価です。AIを使えば、一見よくできた成果物は増えていくでしょう。だからこそ、その中身を適切に評価し、必要な指摘ができる人材を育てること、また社内にそうした判断力や決断力を持つ人がいるなら、その人たちにきちんと評価を担わせることが重要です。そのうえで日本企業に期待したいのは、AIを短期的な生産性向上にとどめず、人を育てる組織づくりにつなげることです。AIは従来のDXより経営層にも理解されやすく、日本企業や日本経済を変える前向きな契機になり得ます。ただし、目先の性能に振り回され、評価の伴わない成果物を量産したり、若手採用を絞ったり、調査分析の機会を奪ったりすれば、長期的に見て大きな損失になり得ます。あくまで人間ファーストの考え方に立ち、稼げる人材と組織を生み出す手段としてAIをどう使うのか。そこに向けて、各組織が試行錯誤を重ねていくことが最も重要だと思います。
企画・制作・編集:
NEC ブランドエクイティマネジメント室(鈴木章太郎、若山拓巳)、コーポレートブランド&エクスペリエンス統括部(浅井恵美、権田麻実)
記事ポイント
01|知的生産を加速させるAIは、研究者が脅威を感じるほどの速度で進化している
AIは文献調査やデータ分析、翻訳において圧倒的な速度と正確性を誇り、研究者にとって強力な武器となる。一方で、アイデア創出や高水準な論文の作成すら代替される未来は時間の問題である。業務効率化を超え、人間の知的生産領域そのものが侵食されることで、「人間が研究する意義」という根本的な存在意義が失われかねないという強い危機感と恐怖が想定以上の速さで高まっている。
02|マクロ経済の観点から見通すとAI導入は数々の社会問題を孕んでいる
AIへの過度な依存による経済の歪みや生産性向上の限界が懸念される一方、直感的に理解しやすいAIは日本企業の変革を促す可能性を秘める。導入を成功させる鍵は、単なる業務効率化やコスト削減にとどめず、生じた余力を新規事業などの価値創出や従業員の幸福感向上へ結びつけることだ。そこまで見据えた組織デザインこそが、持続的な成長をもたらす。
03|調査分析はAI、判断は人間に適性が。意思決定力を育む組織づくりが重要に
AIが得意とする領域は調査・分析などの「事実解明」であり、「どうあるべきか」という価値判断や意思決定は人間にしかできない。若手に調査分析の経験を積ませずAIに頼り切れば、将来の判断力が欠如する恐れがある。また、労働時間等のインプット管理から脱却し、思考の痕跡や中身を客観的に見るアウトプット評価を徹底する必要がある。
04|創出した余力を未来へ投資する「クリエイティブファースト」が組織変革のカギに
AIで効率化された時間を新規事業や副業、大学院での学び直しに充てる「クリエイティブファースト」の導入が有効である。成果を上げた人材にのみ柔軟な時間活用を認めることで、モチベーション向上や専門知の組織還元につながる。目先の効率化やコスト削減に惑わされず、人間ファーストの観点に立ち、人材育成と意思決定力の向上を図る手段としてAIを愚直に使いこなす姿勢が問われる。